第1話
「ガオー。ライオンではない。中田だ。どうだ驚いたか。」
私がそう言うと、ミッケル君は鼻で笑った。「君は無邪気でいいね。世界はこんなにも絶望で満ちているのに。」
私は反省した。あまりにも子供じみた自分の行動を。そしてお詫びの意味をこめて、ミッケル君の「弁慶の泣き所」を思いきり金属バットで叩いた。
「コケーク!」
ミッケル君は高らかにそう叫ぶやいなやペンを取り、机にすごい勢いで落書きをはじめた。計算式…?
「中田君!」
「なあにっ?」
「ついに割り切れたんだよ!円周率が!」
ミッケル君の「弁慶の泣き所」が微笑んでいた。私は「あわわ」と言ってその場に倒れこんでしまった。
倒れこんだ手元に偶然にもミサイルの発射スイッチ。
「バシューッ!」
窓の外で兵器が空へ。「ご…ごめんよミッケル君!」
ミッケル君はすぐさまクラウチングスタートの構えを取った。
「ミサイルは私がなんとかする!中田君はいますぐ税務署に乗り込んで、なんだかよくわからないことをテキトーにやっててくれ!いますぐに!」
「了解!」
「よし!ヨーイドン!」
二人は真逆の方向へ走り出した。目に涙を浮かべながら。
あれ以来、ミッケル君とは会っていない。でもそれでいい。そうだろ?ミッケル君。
メリークリスマス…。
第2話
ぴゅー。
ロビオ君が魚を放り投げると、魚はそのまま空へと飛んでいった。
「ほうら、見たかい?これがオシャレなライフスタイル。君が…。」
ロビオ君は私の目をじっと見て急に黙った。
「どうしたの?」
私が尋ねると、うつむいて小声で、殴るぞ、とつぶやき、またせかせかと歩き出した。
「ごめん…。」
私の謝罪は、森の霧に溶けて聞こえないみたいだ。
ロビオ君と、ザムザムの森に来たのは三年ぶり。前に来たのはビームを出す練習をするためだったが、今回は違う。
ついてこい、とだけ言われてここまで入り込んでしまった。
「ねえロビオ君、今日はどうしてこの森に…。」
その瞬間だった。一匹のウサギが私たちの目の前に飛び出し、それに反射的に飛びかかったロビオ君の背中からニョキニョキと枝が生え、そこにリスが住み着いてリス王国をつくり、その後200年ものあいだ栄え、そこに侵略しようとした私に深沢さんが「待て」と言った。
「えっ?待てってどういうことですか?プリンが食べたいってことですか。」
「違うよバカヤロー、空。」
「空?」
「空見てみろ。」
「あ…」
キレイな虹が掛かっていた。
私は急に全てのことが馬鹿らしくなり、あははと笑って寝転んだ。
気持ちいい風が吹いてる…
後になってわかったことだが、深沢さんというのは、全くの架空の人物だ。
「おい!ぼーっとしてると置いてくぞ。」
遠くでロビオ君の声が聞こえた。
第3話
いいから石油を飲め!このやろう!
叫んだのはロマンティック・ジジイ、通称ロマジイだ。庭のカエルを捕まえては石油を飲ませようとする、どうにも困ったジジイである。
「わしゃな、機械カエルを発見してな、大儲けしてやるんじゃ。」
私は、そうですか、とだけ答え煙草のケムリを空へふうと吐いた。曇り空なのに目がまぶしいのは、昨夜のうちにうっすらと積もった雪のせいじゃない。まぶしいのは…なぜだろう。わからない。死にたい。いや、私は生きていく。絶対に生きていく。
そう固く決心した時、全ての視界がひらけた。
「ロマジイ!俺、決めたよ!」
「なんじゃい!」
「俺、いちご大福を考えついた人を見つけに行く!だってあんな発想できる奴いないもん!大福の中にいちごだよ?イナゴならまだしも、いちごなんだよっ!?どうかんがえても天才やもん!天才的なノイローゼやもん!せやろ!?」
私が言い放つと、ロマジイはカエルをグシャリと踏みつぶして言った。
「知るか!」
私は、ありがとう!と叫んで駆け出した。いちご大福発明者を探すために。
ダッシュダッシュダッシュ!
肩で風を切りながら、少し振り返ると、遠く小さくなったロマジイが右手を天にかざしていた。
そう、その手にはイナゴ大福を握り締めて。
「中田君よ!今、わしの人生の全ての点は線としてつながった!」感極まったロマジイが叫び、思い切りイナゴ大福を握りつぶした。
その刹那!
曇り空から一閃の光!
轟音と共にロマジイに落ちた雷!
ロマジイは黒焦げ大往生を果たした。
ロ、ロ、ロ、ロマジイーーー!!
私は爆笑してまた駆け出した。頬に当たる風はブリーズィー。
そんなわたしを、1200ccの機械カエルが追い越した。
ちぇっ…、泣かせるじゃねえか。
第4話
「せかいじゅうのあくまがきみのたいせつなものをうばいにやってくる」
という長い題名の歌がリリースされたのはQC65年のことだ。しかしその歌がリリースされるやいなや、歌を聴いた者に奇病が発症することがわかり、すぐさま音声データ配信のサービスが停止された。
その歌を作ったバンド「天麩羅ゼウス☆」のメンバーはそのことを苦に、着の身着のまま逆バンジーで成層圏を越え大気圏に突入し自殺。また、データ配信を行ったレコード会社の本社ビルに、被害者の家族が抗議の意味を込め「とろろ」をぶっかけまくり「山かけ」状態にするなどの騒ぎとなった。
当時の状況をよく知る音楽関係者、マセル・ザ・フライハイ氏(別名、高倉豚之介)に私は突撃取材を試みた。
「その奇病というのは一体、どのようなものだったのでしょうか。」
「あ〜、ん〜、なんていうかなあ、ひとことで言うとオムレツだよね。」
「…オムレツ?」
「うん、オムレツ。つまりさ、ふんわりと…卵でくるまれちゃうワケ。わかるでしょ?」
「ふ〜む、それは具体的に言うと?」
「ん、具体的に言うとね。オムレ…、いや、オムレツだね。つまりさ、ふんわりと…卵でくるまれちゃうワケっ!あはは!」
やべえ!ラチがあかねえ!と思った私は偶然手元にあったネジをマセル氏のこめかみにネジこんだ。
ギュルリ。
ギュルリリ。
マセル氏はぴたっと黙り、目をくるりと反転させてつぶやいた。
「…アイラブユーと唱えよう。大好きな人に伝えよう。そうさその時さ。世界中の悪魔が、君の大切な物を奪いにやってくる。」
私は、ふ〜んと言った。
その二時間後、二人で代官山に服を買いに行きました。晴れてたし。
第5話
『ミグダ観音像は3つの顔を持っているという。
現地住民の伝承によれば、その3つはそれぞれ「希望」「欲望」「絶望」を体現しているのだそうだ。
ただ、そのミグダ観音像の安置されているギャラン堂へたどりつく為には、森の途中の井戸で「とある物」を捨てなければならないらしい。
その「とある物」が何かを示す壁画が風化し、今では現地住民でさえもギャラン堂の中へ入ることができない。
ミグダ観音像はかつてその地の思想的信仰的な中心として不思議な力を発揮していたが、今では存在の信憑性すら灰色の、おとぎ話になってしまった。』
ネット上でなんとなく読んだその記事に私は吸い込まれてしまった。
ミグダ観音像を一目見たいという衝動に急激にとりつかれ、深夜2時、パジャマのまま部屋を飛び出した。
第6話
ギャラン堂はセブラスカ諸島の南端、スピカ島にある。
家を出て最寄りのエレクトリックチューブから第66番物質転送ターミナルへ。
そこからセブラスカ諸島の入口、第89番物質転送ターミナル(メスカポリス)まで。
そこからは公共交通機関がないのでかなりレトロな移動を強いられる。
ネット上にわずかに点在していた画像データもかなり古いものだから、今は秘境となっていることだろう。
私は胸の高鳴りを抑えきれず声がうわずってしまった。
「ネ…ネスカポリスまでっっ」
無愛想な転送工員はなんの反応もせずにゆっくりとレバーをおろした。
私の体が足元から分解されていく。
粒子がぼんやりと光りながらふゆんふゆんと消えていった。
第7話
F月62日のジェイズ・ニュース紙の記事より
「昨夜未明、メスカポリス行きの転送ターミナルにおいて転送事故が発生。
位置転送後、内容転送の際に乗客の男性の脳神経の一部が未転送のまま運転を停止。
男性は一時意識不明の昏睡状態となり病院にかつぎこまれたが、その直後、目を離した隙に失踪。
現在も行方不明のまま、警察の捜索は続いている。」
第8話
スピカ島の民謡「青」
♪
俺は完璧な青空が欲しいのに
いつも汚い雲はやってきて雨を
雨を
雨を
降らしやがるんだこの俺にどしゃぶりの雨を
だから飛行機に乗ったんだ
真っ赤なプロペラ機であの雲を貫いて
雲海を遥か上から見下ろしてそこに
そこにツバを
ツバを吐いてやろうと決めたんだ
ねぇ神様
そこから見ている神様よ
俺は飛行機に乗ったんだ
真っ赤なプロペラ機であんたの体を貫いて
死骸を遥か上から見下ろしてそこに
そこにツバを
ツバを吐いてやりたいよ
最高だろ
最高に泣けてきて最低だろ
最低で最高で
最高に最低なんだろその青は
俺は
俺は完璧な青空が欲しいのに
|