第十
七話
空中の
マ
リ
子
第二エリアの中空に浮かぶ大きな鉄の塊
それが「ブエノスアイレス委員会」本部の空中要塞で
ある。
D世紀後期からE世紀初頭にかけて活躍した、かの有
名な建築家コンビ、
「マンチェス太郎・ユナイ哲郎」によってデザインさ
れたその要塞には
現代建築の様式美の粋が集められている。
だまし絵などによく使われる無限回廊や、
「新約!爆笑聖書」などにも出てくるクラインの壷が
随所にあしらわれており、
ガラパゴス風の庭園には3−5−2の配置で植物人間が栽
培されている。
また、老婆のミイラをそのままドアノブとして使用し
た扉、
コンソメのブロックを積み上げて作った壁、
大量の猿が放たれたエントランスなども有名であり、
よくドラマのロケなどにも使用される。
「意図的に排除された機能性」「完璧に無視された風
水」「あきらかに度を過ぎたノリ」。
全ては計算されつくした破綻そのものであり、
後の建築は全てこの空中要塞の模倣に過ぎないとも言
える。
言わばそれは空に浮かぶ一つの怪奇現象であった。
完成披露の際、そのあまりにメタ・メランコリックな
情景を目の当たりにした貴族が、
したたる鼻血をぺロリと舐めてこう言ったそうだ。
「時代は今、僕の大気圏に突入した。」
空中要塞の中心部。委員会会長室からは今日も耳をつ
んざくほどの金切り声が聞こえる。会長の声だ。
「もっと!もっとよ!もっと強く強く踏みつけて頂戴!
私のいいところを3つ言いながらッ!」
従者、イシナシ君は会長の頬肉を血が出るほど踏みつ
けながら、
「いいところ」を3つ答えた。
「えーと、会長はIQが3770あります!そして、えーと、
長者番付の6位です!
そ、そしてなによりも・・・じゅ、純粋な心の持ち主
です!」
嘘ではなかった。たしかに会長はIQ3770という人間離
れした知能指数を持っていて、
長者番付に常にランクインする資産を持っていて、
ある意味とても純粋な心の持ち主であった。
しかし、醜かった。それはそれは醜かった。
カエルとブタとゴリラとフグとミミズを足して3で割っ
た余り、のような醜さだった。
何のコネも持たない、一介の清掃員に過ぎなかったイ
シナシ君が
会長付きの従者にまでなれたのは、ただ単にその容姿
を見て嘔吐しなかったからである。逆に言えば全ての
委員会勤務者が会長の姿を見て嘔吐し、
側近になることを辞退したからであった。
会長の名は「クリスティーナ・レイン・スメルズ・ラ
イカ・ローズ・マリ子」。
視覚からは判別し難いが、女であった。
部屋中に敷き詰められたコンピュータを駆使して
ゲルマニウム島全土の治安維持を行う、いわばマザー
コンピュータである。
彼女はその生活時間のほとんどを仕事に専念し、
その合間を見てイシナシ君とのプレイに興じるのであ
った。
そのプレイとは・・・
1.イシナシ君が会長を張り倒し、罵倒しながら踏みつ
ける(特に顔を中心に素足で)
2.イシナシ君が会長の「いいところ」を3つ誉める
3.今度は逆に会長がイシナシ君の体を蹴り上げ、
こころゆくまでしばきあげる(体全体を木製バットで)
4.そして会長がイシナシ君の「いいところ」を3つ誉
める
5.二人で紅茶を飲みながら雑談
という流れで行われる。
「イシナシ!あんたのいいところはね、意思がないと
ころ!
体が異常に丈夫なところ!そして、人の心が読めると
ころよ!」
イシナシ君は蹴り上げられて宙を舞った。
イシナシ君の本名は「タケダ3号」である。
まったく意思がない(ように見えるほど従順)である
ことから
勝手に会長がイシナシと呼んでいるだけだ。
イシナシ君はその意思もあやふやだが、「痛み」もあ
やふやであった。
いわゆる無痛症である。
この病気は通常の人が侵された場合、大変危険な病気
である。
生命の危機を知らせる信号である痛みがないというこ
とは、
体の損傷や衰弱に気づかないということだからだ。
しかしイシナシ君の場合は違った。
イシナシ君の体は決して傷つきはしなかったのだ。
(正確には、損傷に治癒が追いついている状態)
会長はイシナシ君のこの体の異常性を発見した時、狂
喜乱舞した。
「最高の人形が手に入った」と。
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