第十六話
獏の胃袋の中で
ハロー、ミミオ。頭の中がジャリジャリするだろう?
でもそれでいいんだ。気にしなくていいんだ。普通な
んだからそれが。
ふふふ。まあるい箱の中へようこそ。
僕はそう、青くて青くて青い鳥、ピコル・ド・オード
トワレ。
初めに言っておくけど、君を殺したりはしないよ。
もっと酷い目にあわせてあげる。幸せのどん底にたた
きこんであげる。
ほんとうの世界に連れてってあげる。
それじゃあ踊ろうか。君と僕と、金色の動物と。
ピコル君の声が聞こえると同時に、ミミオの周りの世
界は
ミミオを中心にグルグルと回転し始めた。
五感の全てに亀裂が入り、その亀裂が青くにじんでいく。
「ピコル・・・!」
遠くでバイオリンの弦が切れる音が聞こえた。
その瞬間、ミミオは大きな金色の獏に飲み込まれた。
無音。暗闇。しかし目が見えないはずのミミオは目が
見えるようになっていた
(少なくともそう感じた)。
白い立て看板があった。
「ひとつでは足りないけれど、ふたつだと多すぎるも
のって、なーんだ?」
と書いてあった。
ミミオが首をかしげると、その首の上に金色の蛙が飛
び乗った。
冷たくてヌルリとした感触だったが、ミミオはびっく
りしなかった。
自分がびっくりしないことに少しだけびっくりした。
「ミミオくん。この世には、すっぱいブドウしかない
んだよ。」
蛙はそういうと消えた。ミミオが上を向くと、
手の届かない場所に美味しそうなブドウがたくさん実
っていた。
ふと、目線を降ろすと、手の届きそうな場所にもブド
ウが実っていた。
しかしそれは腐っていた。
ミミオはどうしても美味しそうなブドウの方を食べた
くなり、高くジャンプをした。
しかし届かないどころか、着地するときに足を痛めて
しまった。
悲しくなって涙が出てきた。
「ははははは、醜いな、ミミオくん。なんで君には翼
がないのかな。
なんか、すごく不恰好だ。ははは。」
金色の鷹が上空で笑っている。笑いながら美味しそう
なブドウを食べている。
ミミオは、その鷹が美味しそうなブドウを全て食べき
ってしまうのではないかと
心配でしょうがなかった。そしてまた涙がこぼれた。
するとその涙が地面で金色のミミズになった。ミミズ
は言った。
「僕を神様にしてください。」
ミミズは分裂を繰り返し、異常な速さで増殖していく。
僕を神様にしてください、僕を神様にしてください、
僕を神様にしてください・・・
ミミオの心が有刺鉄線でぐるぐる巻きにされていく。
気がつくとミミオは足で全てのミミズを踏み潰してい
た。ミミオの息は乱れている。
するとミミオの目の前にヒラヒラと金色の蝶がやって
きた。
「あなたに薬をあげるわ。薬は二つ。でも選べるのは
どちらか一つだけよ。
ひとつは、高く高くジャンプできるようになる薬。
でも、高くジャンプしてもブドウは取れないかもしれ
ないし、
着地した時には十中八九、死ぬわ。
もうひとつは、腐ったブドウを美味しく感じられるよ
うになる薬。
どちらかといえば後者がオススメね。みんなそっちを
選ぶわ。
でもね、後者の薬は、毎日飲み続けなきゃだめよ。
そうでないと、腐ったブドウの毒で一生苦しむことに
なるから。」
蝶はミミオに、さあどっち?と聞いた。
ミミオは悔しかった。自分に翼はないのかと、何度も
背中を確認した。
「やめなさい。あなたには翼はないの。いい?
私は優しいから本当のことを言うわ。あなたには、翼
は、ないの。」
ミミオは鷹のことを羨ましく思った。嫉妬し、ねたみ、
憎く思った。蝶は言った。
「あなたは鷹じゃないの。それはもうどうしようもな
いことなの。
ミミズがあなたではないことと、同じように。」
ミミオの足元で、まだ数匹のミミズが生き残っていた。
ミミオはそれをまた踏み潰した。
「もう一度言うわ。あなたには翼がない。さあ、どっ
ちの薬を選ぶ?
選ばないのなら、私はもう消えるわよ。」
ミミオは天を仰いだ。どちらを飲めばいいんだろう。
どちらの薬を飲めばいいんだろう・・・。
その足元で、半身をつぶされたミミズが、体をよじり
ながら叫んでいた。
僕を神様にしてください。僕を・・・。
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