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第十五話 廊下を走らないで下さい。そんな病み上がりの体で。 廊下を走らないで下さい。こんな僕なんかのために。

「全く意味はわからない。けれどお前の気持ちはよく わかる。 ほら、その証拠に、ほら、ここのここらへん見てよ。 破裂しそうでしょ?なんかもう、怖すぎて笑っちゃう でしょ。」 誰の言葉だったか、うまく思い出せない。 ただ、それが自分にとって重要な言葉だったことだけ は思い出せる。 警察との猥談に華を咲かせていた蝶子をホテルに残し、 ピコル君は脳味噌に引っ張られるように走った。 走り出すや否や、ピコル君はランナーズ・ハイに突入 した。 景色が色を失い、思考がドロリと溶け出した。 体内時計の時針がポキリと折れ、秒針が赤黒く肥大化 していく。 ・・・があ、があ、があ・・・ シェフを。シェフを呼んでくれるかい? かしこまりました。長雨のせいで、右側が多少、裏返 っているかもしれませんが、 失笑していただけますか? いただけるも何も、それはこっちの十八番だよ。お礼 が言いたくてね。 さあ、呼んでおくれ。 はい。それではお呼びいたしましょう。当店のナンバ ーワンシェフ。 猫舌・毒舌・二枚舌でおなじみの「黒佐藤みりん」さ んです。はりきってどーぞ! どーもー。黒佐藤みりんでえす。何の御用でしょうか お客様? ああ、あなたが、この料理・・・いや、この・・・料 理?うん。なんだろう、この、 あれだ・・・ええと・・・この・・・この・・・ええ と、これを作ったシェフですか? いかにも。いかにも私が作ったものでございます。ど うでしたでしょうか? 物理的にありえる範囲内でしたでしょうか? いやあ、もうとにかく最高だよ。最高。 まあ、最初はビックリしたよ?なんていうか、ちょっ と・・・うん。カチンと来たけど。 ええ、ええ。そうでしょうそうでしょう。 こちらとしても、計算外なことになる、ということは 予想していましたので。 そうなんですか。でも最終的にはあちら側とも相談し て、 シャレにならない感じでうまくまとまったと思うし。 うん。 個人的には、なくもない印象だった。 あはは。そう言って頂けると、冗談半分で撲殺された 孫も、浮かばれると思います。 まあ、そのあと沈みに沈みますが。 それはそうと、これは何を材料にして作ってらっしゃ るんですか? 材料?ああ・・・これはまずですね、無から有を作り ますね。 是が非でも折り曲げたい感じで。そのあと14乗して 7を引き、そこにゴマ油を加えます。 ほお・・・、ええと、中華ですかね。 中華?まさか。中華ではないですよ。むしろパンクロ ックやメロコアに近い。 でもそこに否定的なニュアンスが含まれているので、 もはや中華です。 だから中華ではありません。 なるほど。おっしゃっていることがよくわかりません。 でも、とにかく完璧なアチチュードであると言わざる を得ませんね。 当然です。そしてですね。そこに隠し味として性的暴 行を加えます。 もうこれでもかっていうほど合法な感じで。ええ。 ああ、そのことによって隠し味が隠れる側から隠す側 に回るわけですね。 ええ、そのとおりです。全くの正解です。大正解です。 では、最終問題はポイントが倍なので、みなさんよろ しくおねがいします。 倍・・・ですか。なんだか急にしんみりしてしまいま したね。 そうですね・・・。あ、どうですか?これから一緒に 18階のダーツ・バーに行くというのは。もう、予約 してあるんですよ。 えっ?いや、ちょっと待ってくださいよ。 そんなみっともないこと・・・今日は僕の親戚も見に 来ているんですよ? それをそんなふうに・・・。 そんなふうって・・・ふふ。具体的にはどんなふうに なっているんだい? いや・・・その・・・。 ねえ。ほら、ねえ。今、どこをどうされているんだい? ねえ。 そんな・・・。 ねえ。ほら、ねえ。この気持ちを、そう、今のこの気 持ちを、誰に伝えたいんだい? じゃあ・・・。この店の・・・ナンバーワンシェフに。 ・・・。 ・・・伝えたいです。 お、お、お客様・・・!! ・・・があ、があ、があ・・・ 気がつくとピコル君は走りながら涙を流していた。 しかしそれが頬を伝うよりも早く蒸発してしまったた めに、 ピコル君は自分が泣いていることに気づかなかった。