第十三話
溺
愛
フィッシュ
右目から後頭部にかけて強い衝撃が走った。
視界の右端から乳白色のシミが広がるようにぼやけて、
フィッシュボーイは膝から床に倒れた。
首をつたう生暖かいものは多分、血だな。そんなこと
を考えながら。
「ピコルはまだ、ゲルニーク・ホテルにいるね。」
公衆便所の窓を開けて、ハナオは風の中で鼻をきかせ
た。
「将を射んとすれば、だ。いや、海老で鯛を、かもな
。」
ミミオのシャツにはべっとりと返り血がついていた。
街の喧騒が遠く聞こえる汚れた公衆便所。
フィッシュボーイがひとりでそこへ入った時、すでに
ミミオとハナオは中にいた。
銃の柄でまず鼻の頭をやられ、ふらついたところにも
う一人の蹴りが入った。
ガムテープで両手を縛られ、殴られるたびに出るうめ
き声を録音された。
ピコルを直接狙うのはリスクが高い、まずは仲間を人
質に。ミミオはそう考えたのだ。
「男の苦しむ声ってのはどうにもあれだな。勃起しね
えなあ、オイ。」
ミミオはゲルニーク・ホテル606号室、と書いた封筒に
テープを入れて、
それをハナオに渡した。
口の中で折れた歯を転がしながら、フィッシュボーイ
の意識は遠のいていく。
いてえな・・・
死ぬなこれは
ピコルさんに迷惑かけるなあ・・・
畜生、なんだよ
いてえなホントに
やっぱ一人じゃ何にもできねえのか俺
死ぬかな俺 死にたくねえな
ああ、あの頃はよく殴られたっけ だせえなあ
雨降ってたなあん時
これ走馬灯ってやつかな
痛い痛いなんか手首とか変な方向曲がってるし青いし
走馬灯かあ
ええと俺の人生何があったっけ
ええと ええと、なんだ
そうだ、海だ 海・・・
違った あ、それ全然違った ははは
行ったことねえや全然 テレビで見たんだそのシーンは
女のこととか思い出そうかな 女、女・・・
ええと 誰だ
いてえなあ なんか腹のあたり熱いし 熱いわ
なんだヒリヒリとかいうレベルじゃないなコレは
あれだ あの、コンビニの・・・ あ、違った
あいつブスだったすげえブスだった全然違うよ
高校んときの 隣のクラスの・・・
ええと、うわ、名前忘れちゃったよ
なんか妙に体エロい女
違う違う 無視されてた俺 はは 俺あいつ嫌いだった
なんだよ、全然思い出せねえ
なんだろう ベロベロに酔ったあとヤッた女は
ああ ブスだったな
途中でゲロ吐いてさんざんだったっけ
ひでえな
うわ、床濡れてる今気づいたけど
汚ねえなあ
公衆便所で殴られて死ぬのか
最初から最後まで
だせえなホント・・・
俺の人生は・・・
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