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時間の悲しみ(第三話)


自己紹介もしていないのに、沙織がなぜこんなことを言うのかわからない。沙織が俺のことを覚えていた、

ただそれだけなのかもしれないけど・・・ でも、あれからもう三年、普通そんな昔のことを覚えている

だろうか? 俺だって、あのときの「児童会役員」のメンバーなんて、沙織以外思い出せない。何も言わ

ないのも悪いと思い、俺はただうなずいた。すると沙織は、

「私のこと・・・ 覚えてますか・・・」

小さな声で、こんなことを聞いてきた。これにも俺は黙ってうなずいた。

「あの・・・ 私・・・ ずっと・・・ 貴方にお礼を言いたかったんです・・・」

え? 俺は沙織にお礼を言うならともかく、沙織が俺に?

「お礼って、何で?」

何も考えられずに、こんなことを聞き返してしまった。沙織は、優しい声でしゃべり始めた。

「小学校のころ、児童会役員で一緒だったの、覚えてますか? 運動会の司会、一緒にやったりしました

よね? 一緒に原稿作ったり、しゃべったり・・・ 先生にほめられたりしたの、覚えてますか?

あれも、貴方のおかげです。ありがとうございました・・・」

それを聞いて、ちょっぴり恥ずかしくなった。まさか、沙織がそんなふうに思っていたなんて・・・

でも、俺だって、沙織に言いたいことはたくさんある。

「ほめられたのは俺のおかげだって言ってましたけど・・・ でも・・・ 俺のは棒読みっぽかったです

し・・・ 沙織さんの読み方が上手だったからですよ・・・」

俺は無意識に、年下の沙織に対して慣れない敬語を使ったいた。

「それと、もうひとつお礼を言わせてください。今日、私にいろいろ教えてくださったことです。今まで

ただ楽器吹いてただけでしたけど、貴方にいろいろ教えていただいて、なんか、知識が深まったって言う

か・・・」

俺は自分の顔がだんだん暑くなっていくのがわかった・・・ 俺も沙織も何もいえないまま、少し時間が

過ぎた後、沙織の一言が沈黙を破った。

「神崎さんって、優しいですよね・・・ 私みたいな影が薄い人でも嫌がらずに一緒に仕事してくれま

したし、吹奏楽部の練習も忙しいのにわざわざ中学まで教えに来てくださいましたし・・・」

俺は、

「そ、そんなこと・・・」

「ないですよ」を言う前に、沙織が次の言葉を発した。

「小学校のときはいえなかったんですけど、私・・・ その・・・ 神崎さんのこと・・・ ずっと好き

だったんです・・・」

沙織の口から出た言葉に、俺は驚きをかくせなかった。

「ずっとって・・・ あの時からですか?」

沙織はそれには答えずに、また、少しずつ途切れ度切れに話した。

「それで・・・ もしよかったら・・・ 付き合っていただけませんか・・・ そして・・・ 私に今日

みたいに・・・ 楽器のこととか教えて下さったらなぁ・・・ と思ってるんです・・・」

そんなこと、考えてもみなかったので、すぐには返事をできない。

「えっと・・・ 来週また来るので、そのときにお返事させていただいていいですか?」

俺がこう言うと、沙織はゆっくりうなずいた。沙織は顔が真っ赤になっていた。


正直言って、沙織にあんなことを言ってもらったのはうれしい。だけど、もし、また俺が沙織に迷惑を

かけたらどうする? あのときの失敗がある以上、軽々しく「付き合う」という行動に踏み切ることは

できなかった。そう、俺には二つの選択肢がある。一つ目は、失敗を避けるため、沙織の願いを拒否し、

「付き合わない」。そしてもう一つは、失敗しないように注意して、沙織と「付き合う」。

沙織の願いは「付き合いたい」なのはわかっている。そして、俺だって付き合いたい。でも・・・


〜〜〜〜〜〜一週間後・沙織との約束の日〜〜〜〜〜〜

俺は約束どおり、再び中学の吹奏楽部に行き、先週と同じようにトランペットとトロンボーンを教えた。

教える前から、もう、俺の答えは決まっていた。練習が終わったあと、俺は音楽室の隅に一人で立って

いる沙織のところへ行った。沙織は、俺のことを待っているようだった。そこで初めに沙織が言ったのは

「考えてきてくれましたか?」

こんな感じのことだった。俺は、考えてきたことを全て沙織に話した。

〔沙織にあって依頼、沙織のために「失敗をしないように、失敗を避けるように」してきた。でも、これ

からは失敗しても、それを取り戻せるだけがんばればいい、そう思った。実際、俺は、それだけの力を

持っている。だからこそ、トランペットだってここまで上手くなったし、沙織に教えることだってできた。

だから、これからは沙織のために、積極的にいろいろなことをしていきたい。〕

これが俺の出した答えであり、そして俺はこれを全て沙織に話した。沙織はうれしそうな、しかし、恥ず

かしそうな顔をしながら、俺の胸に飛び込んできた。



こうして、俺が尊敬し、愛した人物、沙織と付き合うことになった。俺の三年間の想いが沙織に届いたこと

になる。でも、これからが大切なんだよな。いろいろ考えてみれば、この三年間、俺は沙織から力ももらって

いたような気がする。だからこれからは、俺のことを頼りにしてくれている沙織のためにも「俺が沙織の力に

なってやる」そう決心した。