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時間の悲しみ(第二話)



〜〜〜〜〜〜そして今・・・ 諒は中学三年生・9月〜〜〜〜〜〜

俺は中学に入学してから、別に変わったことも無く、あっという間に二年が過ぎ、そして、俺は受験生

になった。中学に入学して一年間−−−〔沙織〕がいない一年間−−−は、ただなんとなく毎日が過ぎ

ていっていた。一応、テニス部には入っていたけれど、なぜかやる気が出なかった。自分で選んだはず

の部活なのに・・・ 勉強にしろ、部活にしろ、行事にしろ、なにをするにしても、真剣に、気合を入

れて、という感じで物事に取り組めなかった。理由ははっきりとはわからない。そして、時々、急に

胸が苦しくなるときがあった。これも、理由はわからない。わからないけれど、なんとなくわかる気も

する。でも、どうしようもない・・・ 「やはり、沙織と俺は別の世界の人間なのだろうか? 沙織は俺

のことを何度も助けてくれたのに、俺は沙織に何もしてやれないのか?」そんなことを考えたこともあっ

た。

そして、俺が二年になったのと同時に、〔沙織〕が中学に入学してきた。一年の時には(ほかのところに

引っ越したりしないよな)等と考えていたこともあったけど、とりあえず、ほっとしていた。〔沙織〕は

吹奏楽部に入ったこともわかっていた。俺は彼女が吹奏楽部に入ったときから、「吹奏楽のことを勉強して

沙織をサポートしてやれないか?」と考えていた。そこで、このときから、俺はトランペットを買って一人

で練習、その一方で彼女の楽器であるトロンボーンを勉強していた。勉強といっても、誰が教えてくれるわ

けでもない、自分でインターネットや本を使っていろいろ調べていたのだ。当然、自分の部活や通常の勉強

もあった。ゲームをしたり、友達と遊んだりする時間はほとんど無かった。だが、つらくは無かった。沙織

のためと思って始めた吹奏楽の勉強も、やっているうちに楽しくなってきたし、何より、「沙織に恩返しが

できる」と思えば、それはつらいものではなく、うれしいものだ。


三年になっても、俺はこんな生活を続けていた。六月中総体が終わり、部活を引退すると、塾に行ったりも

して普通の勉強をする時間か多くなった。でも、俺は吹奏楽の勉強をやめることは無かった。「いつか、沙

織の役に立ちたい」ただそれだけの思いで、大変だけれども、楽しい生活を続けていた。しかし、いくら吹

奏楽の勉強をしても、それを沙織に伝える機会が無かった。部活を引退した三年生は放課後、速やかに帰宅

しなければならないことになっているので、吹奏楽部が活動しているところに行く、ということはできない

のだ。七月から受けている模試は、どんどん点数も順位も上がっていたし、問題なかった。志望校にも合格

できる点数だったので、このままのペースで行けば、きっと高校に合格できる、そんな感じの生活を送って

いる。


〜〜〜11月・中学卒業まであと約四ヶ月〜〜〜

俺は、志望校を変えることにした。今まで目標にしていた高校よりも、ワンランク上の高校に。変更後の志

望校は、ただレベルが高いだけでなく、吹奏楽部が強い学校だ。志望校を変えた理由は単純で、高校に入っ

てレベルが高い吹奏楽部に入って練習すれば、きっと中学の吹奏楽部の人たちも俺を受け入れてくれる、そ

う思ったからだ。そうすれば、今まで勉強してきたことを、沙織に伝えられる。沙織を助けてやれる、そう

思った。「当然、今まで以上に普通の勉強をしなければならない。でも、沙織を助けるためなら・・・」こ

の一心だけで勉強し続けている・・・


〜〜〜三月・中学校卒業式の日〜〜〜

試験を受けたときも、緊張はしなかった。絶対に合格できる、そう思いながら合格発表を見に行った。そして、

合格。その次の日に、中学の卒業式があった。だが、こんどは沙織とはなれる悲しみは無い。俺は、ようやく、

沙織を助けるための第一歩を踏み出したのだから・・・


〜〜〜四月・高校に入学、そして部活決定〜〜〜

親は俺がトランペットを買ったときから、(高校では吹奏楽部にはいりたいと思っている)と感じていたらしい。

吹奏楽部に入ることを許可してくれた。さすがに中学からやっている人たちほどには上手くないけれど、始めて

の人よりは上手くできた。「勉強していた甲斐があった」と改めて実感したが、強い学校だけあって、やはり、

練習は厳しい。疲れて勉強できないような日もある。だが、受検生のときはこれよりも大変だったと思うと、

がんばることができる。そしてなにより、沙織のためを思えば・・・


〜〜〜六月〜〜〜

七月にコンクールがあるので、そのためのメンバーが選ばれることになった。吹奏楽部には全部で80人の

部員がいるが、コンクールに出られる人数は50人。部員の内訳は一年生26人、二年生32人、三年生22

人、よって、一年生はほとんど出られないのだ。しかし、このごろ俺は、勉強してきた影響か、先輩たちや中

学から続けている人たちを抜かし、トランペットパートのエース的な存在になっていた。当然、コンクールの

メンバーにも選ばれた。練習も、これまで以上に厳しくなってきた。そのなかで、毎日少しづつ普通の勉強、

そして沙織の楽器、トロンボーンの勉強も続けている。


〜〜〜七月〜〜〜

俺にとって初めての吹奏楽コンクールがやってきた。正直言って、緊張する。「大丈夫かな?」とも思う。

もし失敗したら・・・ でも、昨日先生が言っていた言葉を思い出した。「自信を持って演奏しなければ

良い曲はできない」と。今までずっと練習してきたんだから、絶対に上手くいく、そう思いながら演奏した。

そして、結果は金賞、県の大会にも進出することになった。


〜〜〜八月〜〜〜

県で優勝したことに自信を持った俺は、コンクールの次の週、俺の出身中学校の吹奏楽部に遊びに行くこと

にした。当然目的は、「少しでも沙織の役に立つこと」だ。三年間、ずっと何もしてやれなかったけど、

今度こそは、と思い、学校に足を運んだ。吹奏楽部の先生は、俺のことを受け入れてくれ、トロンボーンと

トランペットの指導に当たるように言われた。うちの高校の吹奏楽部の練習は朝の十時から午後の二時くら

いまでの四時間なので、そんなに疲れないが、中学の方は朝の八時から夕方四時まで、八時間も練習がある。

かなり疲れたが、その分、俺にとっても勉強になる点がたくさんあった。

練習が終わり、片付けを終え、俺が帰ろうとしたとき、突然、沙織が俺のことを呼び止めた。

「神崎・・・諒さん・・・ですよね?」






第三話に続く・・・