その訃報は衝撃のうちにもたらされた。
ダッカー公配下のパメラ隊とシレジアの天馬騎士団が衝突、
ユングウィのアンドレイ率いるバイゲリッターの協力を得た
パメラ隊は、シレジア天馬騎士団を殲滅、シレジアを占拠したのだ。
「………っ!!マーニャ……」
レヴィンは一人、シレジアの山麓を眺めながら
その向こうで息絶えた一人の天馬騎士のことに想いをはせていた。
(…分かってる…けど…)
俺がもっと早く国に帰っていれば、その言葉を口にだそうとして、飲み込む、
(俺が帰っていたとしても別の争いを巻き起こしていただけだ…)
自分のためだけでなく国のためでもあった、
そういつも自分の放浪について言い聞かせてきた。
だが、今度のことは…
「レヴィン様……」
シレジア特有の緑の髪の色でひときわ目立つ
翡翠色の髪の少女がそこに立っていた。
「……フュリー……」
フュリーの髪と同じ翡翠色の瞳は、
いつもとは違い、よどみ、何処かを彷徨っていた。
「…姉様はこの国の…シレジアのため…ラーナ様、レヴィン様のために死んだのです
…きっと…きっと幸せだったんです」
そういった少女の顔は何かを決意した強い顔であった。
だが…
「フュリー…泣いてもいいんだ…ここには俺しかいない…」
レヴィンはそういってフュリーの方に手を置いた
「……っ!!……わぁぁぁっっ!!」
――――グランベル暦745年 初春
北のシレジアの冬は長い、だが、寒さが厳しければ厳しいほど、
長ければ長いほど、ひとときの休息がよりすばらしく見えてくるものだ。
いつもよりも遅めだったが、春の訪れに、人々は、植物は、生命は歓喜した。
最後の大雪が止むと、シレジアの冬は終わりを告げるのだ。
レヴィンは午後の暖かい日差しの下、小高い丘の上でシレジアを見下ろしていた。
ここはレヴィンのとっておきの場所だった。
シレジア城の向こう側にノイマン半島の北を占めるシレジア山脈がはっきり見える。
山には溶けることのない雪…万年雪って言ったっけ…につつまれ、山をいっそう美しくしている。
「ふぁあ…」
レヴィンは大きな欠伸をひとつして、背伸びをした。
「…ったく母上もこんなに良い天気なのに勉強なんかさせようとしやがって…」
もう一度でそうになった欠伸を噛締めながら、
ふと丘の下に目をやると、一本杉の木の所に誰かがいた。
「……?」
よく見てみると、それは少女だった。
歳はレヴィンよりもニつ程下ぐらいだろうか。
その髪はシレジアの中でも人目を引くだろう澄んだ翡翠色であった。
その少女は泣いていた。
「……うぐ、ひっく………ううっ」
レヴィンが近づいても少女は気づかなかった。
少女は顔を真っ赤にして涙を流していた。
「よぉ、なにしてんだ?」
レヴィンはその少女をなるべく怖がらせないように優しく笑顔で話し掛けた。
「きゃっ!?……だ…誰っ!?」
少女は驚いて顔を上げてレヴィンを見た。
そして涙を見られないようにごしごしと目を擦った。
見た目よりもずっと勝気なのかもしれない。
だが真っ赤に腫れた目元を見れば泣いていたのは一目瞭然だった。
「ん…俺?俺はレヴィンってんだ」
胸を張って自慢気に名乗る。
正直この名前は気に入っていた。
もう顔も覚えていないが、父が付けてくれたこの名前はレヴィンの誇りだった。
「あっ…わ…私はフュリー…」
フュリーは不安気にそう答える。
「へぇ…フュリー、か、いい名前だな」
フュリーは少し顔を赤らめて、ありがとう、とだけ言った。
「なぁ…さっきなんで泣いていたんだ?俺でよけりゃ話を聞くよ」
女性には優しく、これがレヴィンの信条であった。
泣いている女の子をほっとくことはできない。
「え……で…でも…」
「なんでも自分の中に閉じ込めちまうのはよくないって母上がよく言うぜ、
言える範囲でいいから誰かに聞いてもらった方が気分がよくなるって>
レヴィンはそう言うとまた笑った。
その笑顔につられフュリーは話し始めた。
「私がいけないの…一昨日の冬の最後の大雪のとき、私が母様と喧嘩して
吹雪の中、家を飛び出してしまったの」
そりゃ無謀だ、道にでも迷ったら恐らく凍死してただろう。
特に、今年の大雪はかなりひどかった。
吹雪に強いペガサスでも飛ぶのは控えられ、
情報伝達が一時的にストップしたぐらいだ。
「それで姉様がぺガサスに乗って私を連れ戻しに来たの」
「へぇ、フュリーの姉さんは天馬騎士なんだ。(そういえば、
この間新しい天馬騎士が数名新しく入隊してたな)」
「まだなったばかりだけどね…でもそのせいで姉様のペガサスが倒れたの…」
天馬騎士の規律は厳しい。
シレジアに住む貴重な動物ペガサスにまたがる彼女らは、
ペガサスと一心同体でなければならない、
普段の生活の中ではもちろん、戦場においてもペガサスを失うことは、
騎士としての資格を失うことに等しい。
「どうしよう…姉様、あんなにがんばって天馬騎士になったのに、私の…私のせいで…」
フュリーは堰を切ったようにまた泣き出した。
と、考え込んでいたレヴィンが顔を上げて言った。
「……星露草だ…」
「え」
「何かの文献で読んだことがある。
今の時期だけ生える、ペガサスのどんな病にも効くという幻の草の名前だよ」
レヴィンは真剣な眼差しでフュリーを見つめ、頷いた。
「探しに行こう」
やってきた春の陽気に雪は溶け始めていたが、山の方は、
まだほとんどの雪が残っていた。
二人は、星露草が生えているという木の根元に注意しながら、
ゆっくりと星露草を探していた。
「っと、フュリー大丈夫か?」
「うん」
「寒くないか?」
「平気」
さっきまであんなに泣いていたのに、今はもう一生懸命星露草を探している。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「うん?」
「あなたの名前…何処かで聞いたことがあると思ったんだけど
この国の王子様と同じ名前なのね」
「うん…まあ……ね」
レヴィンは、ここで、俺が王子だ、なんて言ってみようかと思ったが、やめた。
フュリーにそんなこと言ったって信じないだろう、
王子がこんな所をうろついてるはずもないし…(実際はうろついているけど)
(第一、俺にはまだ証拠が…聖痕が出てない)
風使いセティの直系である以上いつかは出るだろうが、
今のレヴィンには風を操る能力もなかった。
「ここ狭いな…気をつけろよ、落ちるなよ」
「うん」
その時、フュリーの足元の雪が崩れた。
「…!!きゃあぁあぁぁぁ!!!」
「フュリー!!」
レヴィンはフュリーの手をつかんだ。
かろうじてフュリーの手をつかんでいる。だが、このままではそう持たない。
「……っ!!大丈夫っ…いま…助ける…」
「…………」
ずるっ
…今は一番聞きたくない音が聞こえた。
「しまっ…」
フュリーが落ちていく、それを見つめながらレヴィンは、
心の奥底から強く願った。
(力が欲しい…誰かを守れるくらいの…フュリーを守れるくらいの…力が!!)
『ドクン』
急に右手の手の平に激痛が走った。
「うああぁぁぁっ!!」
突然、激しい風が巻き起こった、その風は嵐のように激しく、
しかし母のように慈愛に満ちた風であった。
その風が去ったとき、レヴィンの見たものは、
右手に浮き出る風使いセティの聖痕と、
腕に抱えていたフュリーの顔だった。
気絶をしているフュリーに向かってレヴィンはつぶやく
「もう大丈夫だ…お前は俺が守ってやる…ずっと」
そういってレヴィンは顔を上げた。
すると、その先には星のような花を咲かせた草が……
(そうだ…あの時、俺は確かにフュリーに言った。ずっとお前を守ると)
レヴィンは不意に自分の肩で泣く少女をぎゅっと抱きしめる。
「れ……レヴィン様…!?」
フュリーは驚いて目を大きく見開く、
風が彼らを優しく包み込む。
(マーニャ…見守っていてくれ…俺達を…)
「………お前が好きだ………」