2001/05/26 (土)
どうもこんにちは、ムーと申します。
このページを考えて30日
ついにこのページをUp
することができました。
このページは俺の「任天堂」への
愛のカタチを表現する場所として開設いたしました。
皆様が共感してくださるとうれしいです
(されなくても突っ走るがな)
えぇ、そりゃ偏ってますから
まあこのページに書いてあるものは全て
任天堂様への愛故にってことで
皆さん許してくれたまえ<何で偉そうなんだ?
愛故に間違ってるかもしれない箇所があると思うのですが
気にしないことにします(爆)
とりあえず見捨てないでください(泣)
2001/05/27 (日)
さよなら本郷さん
「Nintendo DREAM(旧64DREAM)」上で
「教えて本郷さん」のコーナーで全国的知名度を誇った
元任天堂広報部の
本郷好尾氏が
MS社にヘッドハンティング
されていたことが判明した。
これは任天堂ファンにとってあまりに衝撃的であった。
これはその本郷氏のヘッドハンティングの真相(?)である
任天堂社長専用ヘリの中に男が二人
その男の名は
ヤマウチ溥(任天堂・首領、以下ヤマウチ)
イマニシ紘史(任天堂・広報部首領、以下イマニシ)
イマニシ「
サテラビューに
ランドネットか…
これ以上増えないことを望むよ…。
昨日アラカワ(※1)から計画遅延の文句がきたぞ、俺のところに直接な。
相当イラついてたな…しまいにはお前の
解任もほのめかしていたぞ。」
ヤマウチ「
GBAは順調だ…
e-カードリーダー計画も発表に着手している。
アメリカのマスオ(※2)はなにが不満なんだ。」
イマニシ「肝心の
Nintendo GAME CUBEが遅れてる。」
ヤマウチ「全ての計画はリンクしている。…問題はない。」
イマニシ「
ヴァーチャルボーイもか?」
ヤマウチ「………」
イマニシ「まあいい…ところで
あの男はどうする?」
ヤマウチ「好きにさせておくさ、
品質管理部と同じさ。」
イマニシ「もうしばらくは役に立ってもらうか…」
〜その後〜
ここは任天堂品質管理部(※3)
取材にきていた64DREAM(※4)編集部の
サオ編集長(以下サオヘン)がある人物に声をかけられる。
ホンゴー好尾氏(以下ホンゴー)「シン…サオくんじゃないか」
サオヘン「加持…ゲフン…ホンゴーさん、何やってるですか?こんなところで…」
ホンゴー「それはこっちの台詞だよ、何やってるんだサオ君は…」
サオヘン「僕は…僕は…もう(以下略というかネタなし)そう…決めたから」
ホンゴー「そうか…
アルバイトが公になったんでね…
広報部に
俺の居場所はなくなったんだ、
以来ここで
ソフトが流れて来るのをただ眺めてる…」
サオヘン「こんなときにですか?」
ホンゴー「こんなときだからだよ」
(以下略)
サオヘン「本郷さん最後に聞いていいですか?」
本郷「何かな?」
サオヘン「
任天堂売ったりしませんよね?」
ホンゴー「そんなこたぁないでしょう」
(大嘘)
嘘だって言ってよ本郷さん……(泣)
※注・分かりにくいかもしれませんがエヴァのパロディです(笑)
※1 NOA(Nintendo Of America)の首領
※2 ヤマウチ社長の娘の婿さん、つまりはマスオさんである。但しただのマスオさんではな い。NOAの社長です。NOAの素晴らしさは言い表せないです。
※3 ホンゴーさんが広報部から異動(左遷!?)された場所
※4 管理人の愛読誌の旧称、現在はNintendo DREAM。
ホンゴーさんを有名人(?)にしたのもこの雑誌
2001/05/28 (月)
どうぶつの森
Nintendo DREAM誌の特集
「どうぶつの森ディレクターインタビュー」読んで
「ええなぁ、こんな
ほのぼのとした村に住みたいなぁ」
と「どうぶつの森」が欲しくなったと同時にそんなことを思った
限りなくほのぼのとした
岡山の田舎に住む俺
2001/05/29(火)
新歓コンパにて
昨日の夜、
遅くまで大学のサークルの
新歓コンパに行ってました。
焼肉屋での出来事
先輩A「それ
SONY」
ピクッと反応する俺
先輩B「
SONY」
(何だこいつら、
SONYのまわし者か?※1)
だがなんとなく会話がおかしい
そして後になって判明
(S)それは(O)俺の(N)肉だ(Y)よ
あんたら最高や
※1 任天堂ファンにとってSCE(ソニー・コンピューター・エンターティメント)は
宿敵である
2001/05/30(水)
今日はマジ入ってます(笑)
マリオが
生誕20周年だそうです。
ほぼ俺と同じ時代を過ごしてきたマリオ、
そして家庭用ゲーム機。
この20年間で何が変わったのか、
ゲームを見る限り、
「グラフィック」
「ストーリー」
「ゲームの複雑さ」
は確実に進化しています。
いまや
日進月歩の勢いで進み続けるこの世界、
だからといって、
古いゲーム=面白くない
新しいゲーム=面白い
では
決してないはず。
古い(といってはなんですが)ゲームでも
今Playしても十分熱中できるゲームはたくさんあります。
それはなぜか?
俺は
「ゲームには根本的に普遍のものがある」
と思います。
俺の考える「普遍のもの」とは
ゲーム=遊び
であるということです。
もっと詳しく言うと
遊び=娯楽=エンターティメント
となります。
俺はここでの「エンターティメント」を
「人を喜ばせ楽しませるもの」
としてとらえていきたいと思います。
つまり、「ゲーム」とは端的に言うと
「画面の中にある対象(=キャラクター)を、
手元にあるボタンを
押すことによって
動かし、
その反応を見て
喜び楽しむ」
ということに他ならないわけです。(反論もありましょうが)
ゲームである以上「遊ば」なければそれはゲームとはいえない
ただムービーを見るだけでは、
それは
映画と
全く同じではないでしょうか?
(明日も続きます)
2001/05/31(木)
今日もマジ入ってます(笑)
(昨日の続きでございます)
昨今のゲーム業界では
やるゲームから
見せるゲームへと流れている風潮があります
(FFシリーズなどはその走りですね)
やがて見せるゲームのみに時代が到達してしまうと
ゲーム業界は
凍結状態に陥ってしまうでしょう
見せるのみのゲーム=映画
であるとはっきりとはいいきれませんが
それに近い状態であることは間違いないです
それでいいじゃないか
と言う人もいるかも知れません
けれども俺はいやです
俺はマリオの世代です
マリオと共に育ってきました
マリオが画面の中で自分の思うとおりに動き回る
そんなすばらしい体験を
忘れることなんて出来やしません
このままではゲームはゲームでなくなってしまう
それにいち早く気がついたのは
山内社長率いる我らが任天堂です
64発売時に山内社長は
「ゲームの質的転換が必要だ」
と唱えました
この発言は64というゲーム機のみに対して
の言葉ではないのです
当時はまだわずかにしか分からなかった
「ゲームの氷河期」
ということへの
警鐘だったのです
しかし現実は64で
それを示しても示しきれず
またそれを受け取った人々も少なかった
現在「ゲーム氷河期」という時代にさしかかりつつ
あるといわれています
これを打破するためにゲームが楽しいという根本的な
「何か」を、
そう「質」を変える必要があると思います
ゲームよ永遠なれ…
おまけ
ゲーム中古屋問題訴訟に対して
山内社長が一言
「中古屋さんに売られないゲームを作るべきや」
やっぱかっこいいわ〜