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『【外伝T】 初元の王〜第1章「旅立ち」〜』


マーサー王が密かにあこがれ目標とする人物がいる。 
統率力にすぐれ、戦場では常に矢面に立ち、数々の戦で勝ちを納めてきた。 
臣下との絆は深く、国民を慈しむ心は海よりも深い。 

即位前の名前はユウチャン・アネゴエール・ナカジェール 
後のナカジェリーヌ29世 

ユウチャンは古い町で生まれ育った。その町はハロー王国の 
首都であった事もあるが、今は落ち着いた文化と綺麗な町並みが 
特徴の中堅都市である。 

ユウチャンは静かな町とは相容れぬ性格であった。 
古い町にはありがちな物事をはっきりとさせない物言いや態度が、 
ユウチャンは大嫌いだった。”はんなり”と言われる女性達の物腰もにも 
虫酸が走る思いだった。 

「どないやねん!」 
学校の友人達と話しているといつも口論になり、口癖が飛び出す。 
良いものは良い、悪いものは悪い。 
竹を割ったような性格のユウチャンには二通りの考えしかまだ無かった。 
学校は出たものの勉強などほとんどせず、ひたすら武芸に打ち込んだ。 
ユウチャンが選んだ武器は片刃のショートソード。 
ナカザワ家に代々伝わる「アジノヒラキ」をそれとは知らずに、 
持ち出し夢中で振った。故にユウチャンの剣には型がない。 
その気性から激しい苛烈な剣を編み出していった。 
とはいえ、技量自体は対したものではない。 
体格も大きくなく、スピードを生み出す筋力も備わってはいない。 
強くなったのは、負けを認めないその負けん気、 
気性の激しさでによるところが大きかった。 

家は中流騎士の家柄で貧しくなかったが働きに出た。 
国境警備の仕事だった。当時は隣国との戦争もなく平和であった。 
仕事とは言っても、野盗やごろつきを退治するのが関の山だ。 
酒を覚えたのもこのころであった。特にエールが大好きだった。 

2年を過ぎた頃には隊長になった。 
二十代前半の身としては異例の選出であったが、面倒見の良い姐御肌な性格と、 
労を厭わない働きっぷりが評判となり、隊員から推挙されたのだ。 
ユウチャンのミドルネームである”アネゴエール”はこの頃につけられたあだ名だ。 

日課になっている仕事帰りの一杯をいつもの酒場でやっていると、 
見知らぬ剣士風の格好をしたよそ者が入ってきた。 
長いマントに身を包み大きな帽子を被っていたので風貌はわからないが、 
一瞬見えた切れ長の目が放つ眼光の鋭さは常人の物ではない。 
カウンターで強い酒を飲みはじめた後ろ姿を見ていても、イヤな感じだ。 
肌が粟立つ様だ。 

「おいおめぇ、何カッコつけてやっがんだ!この町に来て俺たちに挨拶もなしかよ!」 
因縁をつけたのは町の若者で抗夫をしている奴らだ。腕っ節は強い。 
いつもは見ず知らずの旅人に因縁をつける様な奴では無いのだが、相当酔ってる。 
ユウチャンはヤレヤレと思いながら、止めに入ろうとして席を立った瞬間、 
若者がイスを掴んで振り上げた。 
いくら腕のいい剣士でも質量のある物を受け止めるのはそれなりの腕力がいる。 
「チィ!!」 
歯噛みしながらユウチャンは掴んでいるイスの足をアジノヒラキで両断する。 
(イスが当たっても堪忍やで。殴られるよりましやろ!) 
しかし、その剣士は半歩横にずれただけで身をかわし、 
どこから取り出したのか柳の葉の様に薄いダガーを若者の鼻先に突きつけていた。 
ユウチャンに視線を向けて言う。 
「おおきに。」 
剣士は口元だけで笑いながら礼をいう。 
「でも、悪い子にはお仕置きが必要やな。」 
「ちょっ、待ちいや」 
剣士はダガーをしまうついでに、ツウと横に動かした。 
「うああああーー、目がー!!」 
若者が左目を押さえて転げ廻る。指の間からは血が流れている。 
「おい、医者や!医者呼んでこい!」 
と近くの者に指示してから、剣士に向き直る。 
「おい!ヤリ過ぎやろ。因縁つけられたぐらいで、目ぇ潰す事はないやろ!」 
「あら、こっちは正当防衛やろ。向こうが悪いんはあんたも見てたやろ、隊長さん」 
「なにぃ・・・」 
「国境警備隊長のアネゴエール。首都でも評判になってるわ。面倒見がよくて腕が立つってね。 
わざわざ会いに来たけど、面倒見の方はともかく、腕は大したこと無いわね。」 
「なんやとぉ」 
「せっかくやから、お手並み拝見といこうやないの。表で待ってるわ。」 
ペースを握られっぱなしのユウチャンは一言も返せずに後ろ姿を見ていた。 
剣士が店を出るのをみて呟く。 
「くそっ!何でウチが喧嘩せなならんねん!」 
近くにあった酒をあおってから、意を決して後を追う。 

剣士はマントと帽子を取り去っていた。 
その出で立ちは一幅の絵のように雅やかなもので、 
赤と黒を基調とした袖無しのブレストアーマーに籠手、 
腰当てブーツまですべて統一されたものである。 
頭には兜ではなく鉢金。その中央には家紋らしき模様が描かれていた。 
ユウチャンには解らなかったが、何やら由緒正しき趣を放っている。 
そして腰には一対の両刃の剣。 
鞘も赤と黒に塗り分けられ、左右に差している。 

「これは喧嘩ではなく試合や。命まで取ろうとは思わん。安心しい。」 
これにはユウチャンが黙っていられない。 
「やかましい!ヤッパを交わすのに試合クソもあるか!怪我しても泣くなよ!」 
「・・・ふっ。良かろう。」 
そう言って、右手で左腰の剣を抜き放ち両手で構える。一方の剣は抜く気配も見せない。 
「ふん、二刀流ははったりか!」 
「先ほど程度の腕なら双剣を使うまでもない。それにこれは刀ではない。来い」 
怒りで綺麗に整えた右の柳眉がつりあがり、 
同じく右の口角は食いしばった歯を隙間にみせつりあがる。 
左の親指でアジノヒラキの鯉口を切る。 
抜かずに左足に重心をかけて腰を落とし右足を前に半身に構える。

「ほお、居合いか。この国の剣技ではないな。どこで覚えた?」 
「ふん、そんなん知らんわ!」 

剣士はいぶかしんだ。居合いの技ははるか東の国の剣技で知っている者は少ない。 
この国ではイメージすることも難しい技だ。 
それを使おうとしているのにそのことを知らない。 
すなわち自分で編み出したことになるが、剣の腕は並み以上ではあるが、 
国を代表するようなものではない。 

「・・・ふ、剣を交えてみれば解るか。」 
「ごちゃごちゃ、言っとる場合か!いくで!!」 

ユウチャンは重心の乗った左足に力を込め、右足から深く剣士の懐に飛び込む。 
同時に刀を鞘走らせ、フトモモを狙う。 
むかついてはいたが旅人に致命傷を与える気はさらさらない。 
歩ける程度に傷を負わせ、早々に追い払うつもりだった。 
剣士が狙われた右足を引いた。大きく飛びのき距離をとる。 
(今の打ち込みであんなに距離をとるとは、こいつ大したことないな。次で決めるで) 

刀を鞘に戻して再び構える。 
「今ので解ったろう。ウチには勝てん。」と剣士がバカにする。 
「なんやて、テメェこそ見切れてヘンやないか。次いくで!」 

今度はさらに深く踏み込む。剣士がさらに大きく飛びのく。 
これこそユウチャンの狙った展開だった。 
(もろたでぇ!) 
踏み込んだ右足を強く踏ん張り、それを軸にして身体を反転させる。 
同時に刀を左手に持ち替えさらに深く切り込む。 
一刀目の間合いでは絶対に避けられない踏み込みだ。 
ところが剣士は大きく飛びのいたと見せ、距離を逆に一刹那のうちにゼロにする。 
ユウチャンの左の肘が太股の上部に当たり、剣士の肘がユウチャンの肩に当たる。 
「いい攻撃だが。見え透いている。隙が大きすぎるな。まあ、こちらも近すぎてあたらなかったがな。」 

二の手が無い居合い術ならここであせるところだが、ユウチャンの剣技に基本などない。 
怒りに任せ今度は右に回り脚払いをかける。これには剣士もたまらずドウと倒れる。 
追い討ちをかけるユウチャン。上から切り下ろしよけられて刀を折るようなバカなまねはしない。 
太股前面を切り裂くように刀を走らせる。 
これに対し剣士は剣をまわしながら、刀を弾きすかさず立ち上がる。 

「私を地に這わせるとは、たいしたものだ。だが、次で最後だぞ。」 
ユウチャンは言葉を発しない。必殺の一撃を避けられたショックかそれとも・・・ 
黙って三度構える。しかし、今度は刀に手をかけない。 
剣士ももう言葉を発しない。 
沈黙の中で、三度目の踏み込み。 

ユウチャンが刀に手をかけなかったのは、最後の技のため。 

ユウチャンが刀に手をかけなかったのは、最後の技のため。 
これを防がれればユウチャンにはもう打つ手がない。 

今までの抜刀はすべて横からの切込みであったのに対し、 
今度は刀を逆手に抜き、剣を回して持ち替えながら、真っ直ぐに突き出す。 
後ろに飛んだのではかわせない筈だ。 
逆手で抜くのは刀の軌道を見切らせないため。 
踏み込みの途中に廻すのは横に跳んだ相手に刃を向けて追うためだ。 
防御は一切考えない捨て身の一撃である。 

今まで以上に低く構え力を溜める。 

ギジャリ 
踏み込みの強さで足物との砂利が鳴る。 
逆手に抜いた。相手は後ろに下がる。 
刀を廻し切先を向ける。身体の正中線に狙いをつける、手加減のない一刀。 


キーーーー! 

刀と剣の鎬を削る音と火花が散る。 
剣士はユウチャンの突きに対し、剣を立て受け止めることなく、後ろに流した。 

剣士はすべてを見透かすように、余裕の表情で剣を跳ね上げる。 
ユウチャンは絶好の剣の絶好の間合いに留め置かれてしまった。 

(ヤバイ!やられる!) 
必死に勢いの殺がれた刀を頭上に掲げる。 
そこへ重い剣の一撃が振ってくる。かろうじて受け止め、剣士を見ると、薄く笑みを浮かべている。 
「ナニがおかしい!」 
「殺しはしないよ。私の勝ちだな。」 
「ナニ!」 
「これを見い」 

そこには半ばまで抜かれた、二剣のうちのもう一方。 
抜き放たれれば剣を受け止めている、ユウチャンには避けも受けも出来ない。 
なす術の無いユウチャンは負けを悟る。一瞬の敗北であった。 
すると剣士は検圧を弱め、二剣を鞘に収める。 

「いい技を持っている様だが、垢抜けてヘンな。実戦はほとんど経験ないやろ、自分。」 
「うるさいわ!ナニもんや!」 
「私のことなどどうでもいい。腕を磨きたければ軍に入れ。これをもっていけば、入れてもらえる。ただし、試験会場までだがな。」 
「・・・」 
「では、縁があればまた会おう」 

颯爽とマントを羽織りなおし、馬に乗って去る剣士を呆然と見つめる。 
そこへ年配の副隊長が寄ってくる。 

「なんや、副隊長。見とったんかいな。ウチがあっさり負けるとは、ナニもんやあいつ」 
「隊長、知らないんですか。結構有名ですよ。あの方。」 
「なにぃ、ナニもんや」 
「あの紋章見なかったんですか。あれはヘイケの紋章ですよ。」 
「ヘイケってあの没落貴族のヘイケかいな」 
「没落って程じゃないですよ。まあ、昔に比べたら版図は小さくなりましたがね。その御家再興のために諸国を巡る『傾国の王女剣士ミッチー・ジェシカ・ヘイケ』ですよ。まあ、今の隊長じゃ絶対にかないませんね。」 
「うっさいわい」 
「それとさっきの坑夫ですが、斬られたのはまぶただけです。明日から働けますよ。少し痛いでしょうがね。」 
「・・・」 
ユウチャンは無言で、剣士の投げ捨てた羊皮紙を見る。そこには、ハロー王国戦士団の入隊を募る内容が書かれている。 

「行ってみたらどうです、隊長。まだ若い・・・んだし。やれますよ。」 
「ふん、若いに疑問符つけて、よう言うわ。」 
そういうと、羊皮紙を握り締める。もう、既にその顔には決意の色が見て取れた。 
(負けっぱなしにしてられるかい!待ってろよ!絶対にお返ししてやるからな!) 

2週間後、ハロー王国の首都に立つユウチャン。 
ここで新たな仲間との出会いと使命にめぐり合うとはまだ、予想だにしていない・・・ 


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