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帰って来た漢勝負 -#0 Prologue -

蛙に魔法をかける土曜日

さて、ジョニーとの一時停戦の合同練習の翌週。
関節を患っていたジョニーが問題なく走行できることが確認され、2週間後の梨本塾10月に参加することが確認され、そのジョニーとの実力差も確認され、同時にいよいよOEMのパイロットスポーツが限界を向かえたのを機に、俺は土曜の朝イチからバイク屋に向かった。
理由はもちろん、予ねて注文しておいたタイヤを装着する為である。マイティフロッグのパフォーマンスを十二分に引き出す為の高級タイヤだ。

OEMで装着されているミシュラン・パイロットスポーツは、かなりいいタイヤだが、やはりツーリングも視野に入れたオールラウンダーである。スポーツに大きく振った性格ではあるが、「レーシング」ではない。排水性、温度異存性、ライフ、価格、見た目を高レベルでクリアしつつ、サーキットでのスポーツ走行でもかなりソツなくこなす性能は素晴らしいが、やはり、「サーキットも走れる公道タイヤ」なのだ。

対して、新たにマイティフロッグに装着するタイヤは、「公道も走れるレーシングタイヤ」。その名もゲルマン魂溢れるドイツの逸品、メッツラー・レンスポルトだ。

下手糞なのにハイグリップタイヤによってタイムを上げることは邪道というか、手抜きかなあ、とも思っていたのだが、いろいろ考えてやはりこいつを投入することにした。つまるところ、グリップの弱いタイヤでサーキット走行の限界にチャレンジすることは、本来的には上級者こそがやるべきことだと結論した。
弘法筆を選ばず、とは言うが、それは弘法だから筆を選ばなくてもいいのであって、素人だったら良い筆を使った方がいい。
現実的に、ハイグリップを入れる前にもう1セットのパイロットスポーツを買うような金銭的ゆとりはない、という問題もあったが、ここしばらく動画や写真で自分のフォームを研究してても、頭と上半身がアウトに逃げてる傾向があり、それはコーナリング中にグリップを失うかも知れないという恐怖心も影響していると思えたので、それならば、安心して身を預けられるタイヤを履いた方がフォームも改善されるのでは、と考えた。
極端な話、下手だからってズルズルのバイアスタイヤで砂の浮いたサーキットでハングオンの練習したって、たぶんまともな練習にならないじゃないか。オフで練習するってのとは意味が違うし。

まあ、モノは言いようだけどさ。
超・本音を言えば、要は、とにかくいつまでも負けてらんねえワケなのよ。

さて、バイク屋も「ウチでは初めて」と言っていたレンスポルトについて、もう少し話をしておこう。
メッツラーは、比較的最近になって輸入されるようになったタイヤだと思う(ホームページ)。
取り扱いもブリジストンやダンロップ、ミシュランに比べると少ないせいかマイナーな存在だ。GPレースに出てないってのもマイナーな原因か。

しかし、以下は主にカタログからの受け売りだが、GPレースに参加してないのにはポリシーがあるらしく、メッツラー社はあくまでも公道走行のできるバイクのタイヤに拘っているので、WSBなど溝付きタイヤで走るレースに力を入れているらしい。つまり、レースで提供するタイヤは、一般の人が使えないタイヤであっては意味がない、ということだろう。

技術的な特徴としては、ゼロディグリーラジアルという、周方向に完全に直交するラジアル構造のカーカスを採用している。これはラジアルタイヤのメリットをフルに発揮する一方で、タイヤの横方向の剛性が不足するとして他メーカーは使っていないが、不足する横剛性をこれまたメッツラー社独自のスチールベルトで補っているのだ。
ラジアルタイヤの周方向にはベルトと呼ばれるワイヤーが入っているが、これが普通は化学繊維なのに対して、メッツラー社はスチールワイヤーを採用している。

カタログによれば、スチールの特性として、走行負荷がかかった時に初期にはよく変形して温まりが速く、一定以上の高負荷では金属ならではの強さを発揮して化学繊維に比べて発熱、変形を防ぐというメリットがあるらしい。

ミシュランのパイロットレースも候補に入れていたのだが、やはりレンスポルトを入れたのは、この「温まりの速さ」のせいだ。
このレンスポルトは、梨本塾のトップグループには絶大な支持を得ているのだが、その理由がまさにその温まりの速さにあるとのこと。低速サーキットであるトミンでは、温まりが速いというのは大きなメリットだということだ。

まあ、欠点はと言えば、パイロットレースに比べても値段が明らかに高い。マイティフロッグのサイズで定価だと前後で6万5千円近い。

さて、レンスポルトにはRS-1、RS-2、RS-3、無印と4種のコンパウンドがある。順に、スーパーソフト、ソフト、ミディアム、ハードだ。今回俺が選んだのは、フロントRS-2、リヤRS-3。スーパースフトはいくらなんでもアレだろ・・・ってのと、リヤの方が早く減るからっていうような判断からだ。いくらなんでも、多少は持ってもらわないと困る。

タイヤを交換し、今までの経験上、タイヤ交換の後に店を出た瞬間に転倒した過去が何度もあるので、かなり慎重に発進。まずは店の前の国道20号線を数km走るとあるバイク用品屋まで行って見る。用品屋につくまでは直線しかないし、やはり新品で接地感が乏しく、おっかなびっくり走ったのだが、それでも駐輪してからタイヤに手を当てるとホカホカになっていた。
・・・なんとなく期待が持てるな。ウヒヒ。
余談だが、この移動中に初めて同じ2003型ZX-6R(黒)と並んだ。ちょっと意識していたが、タイヤ交換直後でソロソロ走っていたので、下手糞に思われたかなあ、と若干悔しい。まあどうでもいいか。

本当は、この日は午後にトミンに・・・と思っていたが、交換が終わった時点で12時近かったのと、午後は雨が降るという予報の為、中止。

だが、来週の塾本番で皮剥きはイヤだ。

それに、こうなると早く試したくてしょうがない。
30秒は絶対切れる、楽勝。という気持ちもある。が、もしタイヤを換えても切れなかったら?もう転倒できない俺としては、タイヤを換えたからと、度胸一発でアクセルを開けるワケには行かないのだ。果たして、噂どおりの効果が発揮されるのか?
期待の半面、そういう不安もあり、居ても立ってもいられない思いで結局、翌日の日曜の午後にトミンに行くことに決定。


スルー・ザ・ウォールの日曜日

前日、時間も空いたことだし、そろそろ・・・と思い、長らく片ミラーで使っていたバキボキのフロントカウルを奇麗なモノに 戻した。やはり、ミラーはちゃんと付いてないとイカンし。しかしこれで、また余計に転べなくなった。浮かれずに、慎重に走らなくてはいけない。

日曜は久々に家からツナギを着て出かける。
気候がちょうどいいから、と思ったのだが、途中で気付くと、これはあの転倒の時以来だなあ・・・。
しかも、今日は新品のカウル、新品のタイヤ。速く走れそうだと浮かれてるテンション・・・ああ、すべてが「あの日」にシンクロしている・・・外環を走りながら俺は自分が緊張してくるのを感じた。常磐のチケットを受け取り、発進時にウイリーを試みる。まったく上がらない。体が固くなっていてフロントから荷重が抜けないせいだ。

俺は何気に、自分のその日の調子を見るのにウイリーを活用している。体が固まってたり、気が抜けてたりすると、フロントがビタイチ浮かないのだ。これは便利だが、いつでもウイリーが出来はしない程度に下手糞だからこその技だという点が哀しい。


さて、そんなこんなでトミンに到着・・・すると、凄い混雑・・・。団体で来た方々がいたようで、たぶん、俺が今まで見た中でもっとも混んでいた。
40台は超えていたんではないか?
そして、そんな混雑の中から、ちらちらとどこかで見た人たちが・・・またもや現れやがった「梨本塾」の面々(※)。いつもは土曜に会うのだから今日はいないだろう、と思ったのに・・・本当に隠し事は出来ないものだな。新品のレンスポが入っていることは一瞬でバレてしまった・・・秘密兵器のつもりだったのに・・・。コッソリだったのに・・・。
※「オマエは違うのか!?」という突っ込みもありそうだが、俺は「『梨本塾の奴ら』に準ずる」クラスだろうな。なぜかというと、決定的な理由としては、もて耐などでの団結を見せつけるべく作られた?、STANDARD SPEEDオリジナルTシャツを俺は持っていないからだ!・・・そうだな・・・俺も27秒が出たら買うことにしよう。

13時になり、空いているうちに皮剥きをと思ってコースに入る。2速ホールドでバイクを寝かせずに走り、しばらく走ってはコースを出てタイヤを確認し、慎重に徐々にバンク角を増していく。自分でも慎重過ぎかな、と思うくらいにじっくりやったが、俺はこのくらいしないとすぐにコケるからな。
しかし、この皮むきから徐々にペースを上げていった時は、人数は多くてもおそらくサーキットは初めてと思われるような人ばかりで、しばし「うわ、俺って速え!っつーか最速だよ!!」と夢を見ながら走れて楽しかった(器が小せえ、とか言うなよ)。まあ、数分後には実力者達がコースインして短い夢は終わるのだが。

徐々にバンクを深くし、タイヤの端までツヤがなくなってから1速を使って全開走行に入る。様子見から徐々にペースを上げていくと、段々とニュータイヤの性能が顕れてきた。
バンク中に不安がない。言葉で表すのは難しいのだが、とにかく怖くない。これはいい。怖さがない分、フォームの改善にも気が廻せる。

先日、前回の塾参加時のムービーを見たり、写真を見たりしながら発泡酒を飲みつつ、座布団の上でハングオン?しつつ考えた、上半身の使い方。
どうも、俺の重心移動は臍の裏あたりの背中が中心になっている。もっと上の、首の後ろあたりを意識して体をイン側に入れる。
座布団の上で考えたというのは、座りながら片ケツを上げて「俺の姿勢ってこんなか?」というポーズをとってバランスを取り、そこから、アウト側に向かって湾曲した背中をわずかに2センチ程度でも伸ばすと、コテーンと倒れてしまうことを発見したのだ。
体を伸ばして内側に入れると重心が移せるという事実以上に、体を外側に曲げてると、平地に座っていられるほどに重心が「移動していない」ことに驚いた。まあ、座布団の上と走ってるバイクの上では話が違うが、自分なりに「なるほど」と思うことはあったのだ。

そして、これも調子いい。気を抜くといつも通りになってしまうのだが、ライン取りと合わせて上手く行くと、以外なほどあっけなくコーナーが回れることがある。この感覚なのだろう。すべての周回、すべてのコーナーで実践できるようになれば、確実にレベルアップできる筈だと思えた。
しかし、残念なことにえらい混雑で、なかなかクリアなラップが取れない。まあそれは仕方ないが、感覚的に前回より明らかに速いので、30秒切りは確実だろう。

まあ、つまるところ、フォームとラインに気をつけながら開けられるとこだけキッチリ開けて走れば、タイムは後から付いてくるだろう、と決めて走る。実は、今日の皮むき直後、まだ適当に流してる時にもベストに近いタイム(30秒前半)が出ていた。
気合と速さは比例しないようだ。集中力という意味の気合はいい効果があるだろうが、強迫観念めいた気合はやはり空回りしかしないし、操作の誤り、転倒にも通じるのではないだろうか。

しかし今日は調子がよく、面白い。来るときの不安や緊張はもはや無かった。混んでいたが、それもある意味では、俺が苦手な「人を抜く」ということが練習できたし、何台も折り重なってコーナーに入るせいでコーナリングの最中にもラインや速度のコントロールにいつも以上に気を使うことになり、結果的にはいい練習になったのではないかな、と思う。

途中、普段の梨本塾では裏方さんをやっていて走らないイカさんが前を走ってくれて、ラインを再確認する。どうしても、インに付けるのが早くなってしまう傾向があるな・・・。
ちなみにこのイカさんは見た目はインドア派風、オタクっぽさもタップリなのだが、実は塾の中でも猛者中の猛者と言える速さだ。
後ろにつけても、ゆっくり走ってくれてるウチはいいが、ちょっとペースを上げられると付いていけない。後で、「全然付いて来ないからやる気ないのかと思ったよ」とか言ってたが、アンタと俺のタイムには4秒近い差があることを忘れて貰っては困る。悔しいが、全開で追ってはいるんです。

しかし、そんなこんなで走ってるうちにも、ポツポツと29秒台が出ていた。
29.7、29.8といったタイムだが、やはり、遂に「30秒の壁」を突破できたワケで、俺としては地味に嬉しかった。だが、最終兵器たるレンスポルトを入れてこのタイムじゃあな・・・。

まあ、今日はこの混雑だから仕方ない(実際、一人も抜かずに一周することはまずない)、と思いつつも今日はタイムアタックのつもりで来ていた面もあるので、不完全燃焼な気持ちは拭えない。
今日は多人数の上に初心者が多く、おかげで人を避けて走るのにも結構慣れたなあ、と思いつつ、タイムを取るのには邪魔だなあ、と思いつつ、しかし自分も1年ほど前は初心者だったのだし、不慣れな人達を脅かすような抜き方もしたくはない。

ひとしきり走り、まあとりあえず30秒は切れたし・・・と休憩しながらコースを眺めていた。

走行時間は残り10分。この時、コースはいくぶんか空いて来ていた。よし、と思い、閉まるまで頑張って走ることに決める。
しばらく走っていると、梨本塾トップグループの3台が凄い勢いで抜いていく。と、その最後に白いR1が。確か、コイツは俺よりいくらか速いといったペースだった筈。塾のメンバーを追っているようだ。その差は開きつつあるが、いいペース・・・これを俺も追うことに決定。このR1が塾連中の速さと俺の間の緩衝役になってくれれば、上手い具合に引っ張って貰えるかも知れない。

調子はいい。クリアラップはなかなか取れないが、徐々にコースが空いてきてリズムよく走れている。コーナリングの速度も上がっている。その証拠に、いままで回転が落ちすぎてギクシャクしてたコーナーもスムーズになって来た。うおっし。乗れて来た!!・・・と、しばらく走っているとR1がコースを出た。スピードメータ横の時計を見ると、16:11PM。あれ?もう走行時間とっくに終わってる・・・。

俺もコースから出て、P-LAPのタイムを確認してみる。すると・・・なかなかいい。
最後の10周においては、5周で29秒台が出ている。

そして、その中でも一番速かったタイムは、29.262秒。
うおーーーっし!!あと一押し!!

前回走行時のジョニーのベストラップは28.788秒。その差は0.48秒だ。
それに、レンスポルトでの初めての走行、今日は異常な混雑でペースよく走ることは難しかった、そういう要素を考えれば、タイムを想像してもしょうがないが、とにかく俺は発展途上だと思える。

勝利宣言を出せるまでのモノはとても無い。が、これまで遠ざかっていくばかりだったジョニーの背中が、はっきりと近づいて来ているのは確かだ。

後は、来週の梨本塾当日にどれだけ俺がレベルアップできるのか、が鍵だ。
それは不確定な話だが、敢えて言うならば、まったく勝算がないわけではない。
決勝レースでは、スタート、疲れ、他との絡みなど様々な要素があるから、一発のベストタイム的にはジョニーと拮抗すれば十分。勘ではあるが、+−0.3秒くらいなら、他の要素の影響で打ち消すことも可能な範囲だろう。前回の塾のように。
それに今日の走りが、もうどこを削ればいいかわからない、というほどの切羽詰まったものだったとは感じていない。

レンスポルトを入れるまで、タイムは伸び悩んだが、俺とてただ遊んでいたワケではない。
履けば1秒速くなる魔法のタイヤで、1秒は縮まった。
遂に切り札は出してしまった。だが、言ってみれば、これでやっと、そして初めてハードウェア的にイーブンな条件に持ち込んだのだ。
ここからは、純粋に腕の勝負。もう、お互いにバイクのせいにもタイヤのせいにもできない。

およそ8年前の学生時代から様々なマシン、シチュエーションで戦ってきたガイとジョニー。
漢勝負はいよいよハルマゲドンへと突入する。

ようやくガイの小宇宙も燃え始めたか!?長い暗黒時代が終わり、再びガイが宿敵ジョニーに挑む。最初にジョニーに負けた2002年3月から実に18ヶ月。遂に攻勢に転じたガイ。時期尚早と言える勝負で、劇的な勝利はなるか?(TOPへ