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新・漢を磨け!俺の修行日記 -#0 Lost Mind -

土曜日。いよいよ、全開にするべきところで全開にする日が来た。
コースの開放は13時からなので、11頃に家を出る。
どうしようかと思ったが、適当なバッグもないし、行き帰りに寄り道する予定もないので、家からツナギで出る。さすがに自宅前の駐車場では「隣の家の人が出てきませんように」と祈らずにはいられなかったが、走り出してしまえば道行く人など二度とは会うまい。どう見られても気にする必要は無い。
暑さは思ったほどではなかった。市街地では前のチャックを開けていたし、俺はどっちかって言うと寒いのには弱いが暑いのには強い性質だし。

外環を大泉から三郷まで走り、常磐道で土浦北へ。ツナギは高速で走ってもバタつくこともないし、アクセル開ければいくらでも(大型に乗ったのが初めての俺としては、本当にいくらでも、に思えた)加速するし、かなりいい気分で伴奏なしカラオケを楽しみつつ、時にデジタルメーターの百の位の数字が「1」でなくなったりすることを初体験しつつ、爽やかに目的地に到着。
着いてみると、モタード数台と50ccや80ccのいかにも走りこんでそうなバイク、ズダボロの明らかにトミンのような場所専用のNSRなど、「梨本塾」ではあまり見たことのない手強そうな連中がすでに待機している。

この日、梨本塾の常連も複数名来るとジョニーから聞いていたが、思った以上にたくさんの人が来ていた。
そう、ジョニーも来るのだ。俺がSV400SからZX6Rに、ジョニーは隼からGSX-R1000に、お互いにマシンを換えてから初めてここで会うことになる。だが、今日はまだ勝負するつもりはない。なにせ、俺は昨日慣らしが終わったばかりで、実質的に今日初めて全開にするのだ。しかもこれは、ZX6Rで初めてであると同時に、大型バイクでの初めてでもある。
こういうバイクだから車体は標準的な400ccよりも軽いくらいで、そういう点ではもう慣れたと思う。しかし、反面でパワーは前の400ccの2倍を優に超える。そして、まだそれを実際に出したことは無い。
俺にはあまりにも経験が足りていない。だからこそ、イベントではなくフリー走行のコース開放で、人と競うでなく、落ち着いて車体とパワーに慣れる必要があると思ったのだ。

この判断は実に冷静だった。だが、そういう冷静な判断をした筈の俺の脳は、昨日の夕方あたりからおかしな術に惑わされ始めていたようだ。

いよいよコースに出る。
まずは八分目どころか五分目程度。変速やブレーキングのタイミングを思い出しながら、危なげなく走る。非常に楽しい。軽い切り替えしに、期待が高まる。
もしかしたら、そんな勿体付けなくても、いま気合一発で全開にすればジョニーにも勝てるんではないか?
そんな気もしてきた。

だんだんとペースが上がる。あんまりちんたらやってても面白くない、っていうか、さっきからいろんなバイクに抜かれるのが非常に面白くない。しまいには、80ccにぶち抜かれる。・・・・この時、俺の冷静なる脳味噌は次元転移装置で学習能力のない馬鹿脳と入れ替わってしまっていたらしい。
最終コーナーで、先行する80ccに遅れをとらないで旋回しようと、思い切りバイクを寝かし、ズリズリズリズリと膝を擦りっぱなしで回る。クリッピングポイントも何もあったもんじゃない。そして立ち上がりで前の80ccがアクセルを開けたと同時に、負けじとアクセルを捻る。そう、本当に捻った。グイッとね。バイクはまだ起きていない。そしてこのコース、最終コーナーの立ち上がりには少しだけ路面が凹んだところがある。俺がアクセルを捻ったのはまさにその辺り。

あ、っと思う間もなくリヤタイヤが凄い勢いで空転し、外に向かって流れ出す。バイクはバンク角をさらに増して、もはや完全にコースの内側を向いている。やっちまった!・・・と思った瞬間に衝撃があって体が上に投げ出された。くそ、と思いながらバイクがひらひらと踊りながらカツッ、カツッ、カシャーン、とやけに軽そうな乾いた音を立てるのを認めた。いわゆる「ハイサイド」というヤツをくらったらしい・・・。

路面に落ちてから勢いで何回転か横に転がり、最後にあお向けに止まって、すぐに立ち上がった。体は大丈夫だ。認めたくない嫌な経歴だが、俺はコースでも公道でも、バイクでも自転車競技でも転倒は多い。その勘からすれば、いまの転倒での体のダメージはどってことない。飛んでから止まるまでをすべて憶えているような場合はまず平気と思ってる。
しかし・・・バイクは・・・?

梨本塾から参加していた人達が、バイクをコース外に出してくれて、俺はともかくそのバイクを・・・見て愕然とした。
昨日まで、乗る度に磨いていたカウルは見るも無残な姿になっていた。両方のミラーはステーから折れて、タンクは凹み、リヤカウルは削れてひしゃげ、シートが捩れている。

なんてことだ・・・・本当に泣きてえ。予算いっぱいいっぱいで買ったんだぞ。ローンあと3年だぞ。ちきしょう・・・。

しばらくするとジョニーが遅れてやって来た。「あれ?先週見たときは奇麗だったのに!」「最終の立ち上がりってオマエがいっつもコケてるところじゃねーかよ?オマエ本当に学習能力ねえな」・・・ハイハイ・・・わかってますよ、痛いほどわかってます、って言うか、実際に体もちょっと痛いです、いくらツナギ着ても打撲はしますからね・・・。
しかし、ジョニーが言うのももっともだ。確かに、転倒した場所、状況はまさに俺の「お約束」と言えるパターン。なぜ同じところで同じように何度も転ぶのか・・・自分で自分が情けない。
だが、いままではアクセルをじわっと開ける、というのが腑に落ちなかったのだ。カパっと開ければジワーっと加速するじゃない、ってな感覚が正直、あった。だが、今日、アクセルを開けるとタイヤが滑るという理屈が、はっきりわかった(理屈は前から知ってる)気がする。しかし、こんな代償を払わないと理解できないとは、なんて間抜けなことか・・・・

さすがにしばらくはショックに打ちひしがれてしまった。転んだことは、まあ自分でもバカだなあ、と思うのだが、それよりもバイクが壊れてしまった、直す金はどうやって捻出すりゃいいんだ、っていうかなんて無駄な出費なんだ・・・ということが猛烈に俺を苛む。
俺の6Rは、黒として輸入されたものをショップで緑に外装を交換してもらったものだ。・・・ああ、赤字で緑カウルを付けてくれた店長にも申し訳が立たん・・・。その時に、外装一式は普通だと25万だと言われた。幸い、前後のフェンダーと左右のサイドカウル(もっとも大きいパーツ)はフレームスライダーが役立ったのか無傷だ。フレームは、ちょっと乗って手放ししても曲がらないところを見ると、メインフレームは生きているか?シートレールの修正か交換だけで行けるだろうか?それに、フロント、テール、ウィンカーの灯火類も無事のようだ。ブレーキレバーは曲がってるが、クラッチはOK、ペダル類もOK・・・これなら20万くらいで元通りになるかなあ。安く上げるなら、ミラーつけてシートレール修正だけでも走れそうだが、これから3年もローンがあって乗るのに、ズダボロじゃ嫌だ。俺は今回のマシンは、デザインも大いに気に入っているのだ。
頭の中で、厳しいながらもなんとか修理費を捻出する方法を考えつつ、だが、やはり以前から指摘されていたラフなアクセル操作により招いた経済的損失は、否応なく俺のテンションを下げ、この日はずっと、(いや、3日後のいまも)俺の気分はどんよりしっ放しだ。

実を言えば、この時点で俺はもう、いじけて帰ってフテ寝したかった。だが、ここで走るのを止めては、そもそも6Rを買った意味すらない。壊したことは悲しいし、二度と(自分の大事なバイクでの)転倒は御免だが、だからと言って大人しくしか乗らないなら、すべてが無駄になってしまう。
そう考えて、俺は曲がったシートに座って、エンジンをかけた。いつもどおりに2回転するデジタルメーターを見たら、少しだけ気力が戻り、再びコースを周回し始める。

前を走る者への対抗心はどうしても沸き起こる。だが、だからといってただアクセルを開ければ速くなれるというんだったら、こんな簡単な話はない。たぶん、俺はここに来て初めて、路面とタイヤの状態を意識できるように努力することを憶えた。そうです、いままでは、そんなもんほとんど、いやまったくと言っていいほど考えたことなかったんだよね。タイヤはいつも突然に滑り出すもので、コケてから「あちゃー、ダメだったかー」って感じで。
俺は、どっちかって言うと転倒による精神的ダメージには強い方だったと思う。だから転んでも、またすぐに同じように走れる。入院や手術をするような大怪我をしてないせいもあるだろうが、怖くなって寝かせられなくなるってな感覚はあまり無い。しかし、本当に「同じように」、何度コケても進歩のない走りをしてたんだなあ、と。なぜ転ぶのか?ということについて、ネガティブな意味でなく、必要な反省がなかったのかも知れない。
バイクは不安定な乗り物だ。どんなに上手いヤツだって飛ばせば尚の事、転倒することはあるかも知れない。しかし、俺はそんなギリギリに攻めたつもりもなく、同じ場所で同じやり方で何度も転倒するってのは、やはり愚かだろう。

さすがにこの日は、もうこれ以上は転べない、これ以上壊すわけにはいかないと、かなり神経質になった。
しかし、すると、いつになくタイヤの接地感が薄いときがあることに気が付いた。ビビってるのか?と自分でも思ったが、そういうわけでもないようだ。接地感がしっかりある時もあるからだ。他にもいろいろ、言葉では説明しにくいが、走っていて「なるほど」と思うことがあった。まあ、それは収穫だと思いつつ、やはり気分は晴れないのだけど。勉強代にしては代償はあまりにも高過ぎる。

この日、ジョニーは29.08までラップを上げたようだ。もう28秒台はすぐそこだ。俺は・・・計ってもらってないのでわからないが、そんなに速くはなかったろう。が、今回はこれでいいと思う。何度か後ろを走ることもあったが、どうにもならない、とは感じていない。ただ、まだムキになってはいけないと。俺はまだ大型のパワーに慣れていないということは認めざるを得ないと思った。が、しょせん慣れの問題なら・・・とも思ってはいる。

あと、課題としてはどうにも俺は人を抜くのがヘタだ。行こうと思うと塞がれて、マゴマゴしてるうちに後ろから抜いていかれる。これも結局はまだまだマシンのコントロールができていないということなんだろうが、現状での大きな制限要因は技術的な問題よりは慣れの問題だと思っている。

帰り道の高速でも手放しで走ってみたが、いちおう真っ直ぐ進んでいた。フレームまでは逝ってないと思うのだが・・・両方のミラーがないのは法律違反なので、現在バイクは店に預かられて見積もり作成中です・・・ああ・・・変なところが逝ってませんように・・・。(TOPへ