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新・漢を磨け!俺の修行日記 - #9 The END OF GENESIS -

今回の話は、エピローグである。なので、気分を盛り上げる為に三人称でゴー。


思い出されるのは、あの日。
Bクラスでまだミレニアムファルコンを駆っていたブランク明けのジョニーが2位、そしてSV400Sのガイが3位だった、2003年4月の「梨本塾」。

このリザルトだけを見れば、あと一歩というところまで追い詰めたように見える。だが、実際には、周回遅れにされる間際という大差をつけられての惨敗。
ささやかな表彰時にコメントを求められた時、疲れ果て、打ちひしがれたガイは言い放ったのだった。その言葉は、「売れてないロックミュージシャンの遠吠えのような」と比喩されたように、なんの根拠も希望もなく、ただ悔しさの反動としてのみ吐き出された、ガイの魂の嗚咽であった。

「速えマシンに乗ったらジョニーなんかにゃ負けないんだよ!!」

この完全な敗北の後、ついにガイは、新しいマシン、最新型の高性能機「マイティフロッグ」を手に入れたのだ。彼は嬉々としていた。なんだかんだ言っても、腕には自信があった。こんなに速いマシンに乗るのは初めてだった。コイツが、自分の秘められた実力を解放してくれるに違いない・・・。

「こいつさえあれば、ジョニーくらいあっと言う間にミラーの彼方にブッ飛ばしてやる」

そしてニューマシンでの初めてのサーキット。ブッ飛んだのはジョニーではなかった。飛んだのはガイ自身とマイティフロッグ。
砕けたのは両方のミラーと前後のカウル、そして自信だった。

嗚呼!己の器を見誤って踊った哀れなマリオネットに、しかし与えられる罰としては、これは余りに惨いことではないか!

・・・などと呪いのひとつも吐きたくなるガイであったが、彼はまた、大型免許の一発試験に緊張して7回も落ちる精神的な脆さと裏腹に、地に平伏す前に最後の一歩を踏み止まる意地も持ち合わせていた。
天は自ずから乗り越えられる試練のみをぞ与えるものぞ、と、実はこのいい加減な文語の文法的妥当性と同じ程度に、いやそれ以下にしか信用していない言葉を無理に信じて立ち上がったのだ。

この頃、ジョニーとガイのタイム差は、1LAPが30秒ほどのコースで実に2秒を超えていた(ジョニー@GSX-R1000:28.3sec、ガイ@SV400S:30.6sec)。まだマイティフロッグは目覚めない。SVをはるかに超えるパフォーマンスを秘めたマイティフロッグで、ガイはまだSVより速く走ることさえできなかった。

このコース・・・土浦にある通称「トミン」を知る者ならわかるだろう。この差はもはや完全にレベルが違うことを示している。それも、数段は違う。はっきり言って、ゴールドセイントの前のブロンズ、いやブラックセイントに等しい。
漢勝負に負け続けたばかりか、もはやジョニー対するガイの実力は「勝負」という言葉で語るべきものではなかった。ジョニーに言わせれば「敵ではない」、それは誇張でも何でもなかった。

そして、彼の修行の日々が始まった。

晴れの日も風の日も走った。でも雨の日は休んだ。もちろん仕事のある日も走らないよ。けどそれ以外の多くの日は走り、「懐は痛いけど、走りにビビリはないね」と強がっても確実に浅くなったバンク角で、彼は走り続けた。

そして、夏を挟んだ数ヶ月で10回に迫る土浦修行と日々の研究の結果、彼が到達したタイムは・・・「30.120」。

SV400Sの頃の彼のベストラップは、30.63。
マシンの性能は飛躍的に向上しているのは間違いない。しかし、たったの0.5秒・・・。

何かが足りない。
走りの安定度は増している。タイムも、少しずつだが確実に縮んている。だが、決定的な何かが足りない。
脱皮ができないのだ。
何か、次の段階が見えそうで、いや見えているけどその扉を開けることができない。

・・・生物の進化というのは不連続な変化である、と言う事実を御存じだろうか?
生物は、漫然と生き延びているだけではいつまで経っても進化出来ない。サメ、ゴキブリ、原始的な魚・・・生きた化石と言われるものが存在するのはその為だ。時間の経過に耐えるだけでは何も変わらないのだ。
彼らになくて、他の進化した仲間にあったものは何か?
それは、きっかけだ。
それは例えば、遺伝子の突然変異。それは例えば、環境の激変。
きっかけが、彼らをジャンプさせたのだ。

さて・・・ガイはひとつの「きっかけ」に気がついた。
思えば、周囲の多くの者も、そのきっかけを機に30秒の壁を飛び越えて跳躍しているように見える。
一度超えてしまえば、きっかけで掴んだスピードはやがて自分のものになる筈だ。

確かに、このマシンの現状で30秒を切りたいというこだわりはあった。しかし、消耗したタイヤに不安を抱えながら限界に挑むことに、いかほどの価値があろう。また自己満足を言い訳にする気か。

そんなある日、それでもまだ、もしかしたらと言う一縷の望みを胸に、マイティフロッグで土浦に向かうガイ。
だが、この日は、今までとは違うことがあった。

宿敵である筈の・・・ジョニーと走ったのだ。和解ではない。しかし、今回に限りの停戦協定の元に、ガイとジョニーは土浦に向かった。
一時体調を崩してブランクの空いたジョニーの腕ならしにガイはP-LAPを貸与した。代わりに、かつてジョニーが梨本塾の特別講議で教えてもらい「目から鱗が落ちた」というラインを、ガイは教えて貰うと言うギブ&テイクだ。

ラインは、確かに新鮮だった。ただ、それでもこの日、ガイは30秒前半までしかタイムが上がらない。もっとも、ペースを上げた後半にはP-LAPをジョニーに貸しており自分のタイムを計測していないので、もしかしたら・・・という期待もあるが、計っていないタイムに期待を込めても仕方がない。

だが、この日、ジョニーは28.877秒をマークし、かつての28秒台が計測ミスでもフロックでもないことを改めて証明した。

ただ、ガイにとって衝撃的だったことはそのタイム自体ではなかったのだが・・・。

いずれにしても、停戦は一時的なものだ。
そして、それは激戦の道へ踏み出す前の最後の憩いである。

10月開催の梨本塾。
実に半年振りに、ガイとジョニーは揃って参加を決めた。
ガイに確かな勝算はまだ、ない。しかし、漢は、負ける為の戦いには赴かない。例え可能性は薄くても、勝負は勝つ為にする。それが漢というものだ。

さあ・・・ガイが気付いた「きっかけ」それはもちろん、噂に名高いあの「魔法」である。現状では、まだおよそラップタイムに1.5秒の差・・・これは、20周の梨本塾模擬レースで周回遅れにされるかどうか、という大きな差である。遂に切り札を出すガイは、残りわずかな時間でどこまでレベルアップを果すことができるのか・・・!?(TOPへ