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真冬の月夜

この文書は、keyの作品であるKanonのシナリオを基にした二次創作です。


祐一のクラスメートの斉藤は理系の文化部に所属していた。理系の文化部は独自に研究部会というグループを作っていた。 これは、高価な機器や書籍を共同で購入することと、予算を削られないように生徒会執行部に対抗するためであった。 斉藤は、今年度の研究部会代表として、生徒会執行部の集まりに駆り出されていた。

斉藤にとっても、また他の研究部会員にとって夜の旧校舎は研究部会員のサンクチュアリーとなっていた。昼間の喧騒や運動部員の練習の声に邪魔されずに、各自の研究を進めることが出来たからである。

斉藤は来年度はほとんど活動できなくなる可能性があるので、後輩のためにこれまでの研究レポートのまとめを行っていた。 特に、近頃は生徒会執行部の馬鹿げた会議に呼び出されること無く研究を順調に進めることが出来ていた。久瀬が生徒会長になって以来、川澄舞の件で何度も呼び出され、研究の邪魔をされたことかと思うと頭に血が上りそうになるが、あの久瀬が大恥をかかされた事件以来、無駄な召集が無くなったことが喜ばしいと感じていた。 ちなみに、今日は斉藤が所属する部が戸締りをする係になっていたので、最後まで図書室に残っていた。

何故部室ではなく、図書室で作業しているのか、近年のコンピュータの処理能力向上は凄まじいものがあるが、騒音もまたすさまじく向上していた。 そういうわけで、図書室に低スペックのノートPCを置いて、telnet等を使ってBSDで部室のコンピュータを動かしながら作業することが多くなっていた。

muleで作業していると、突然停電が起こった。UPSによるバックアップ時間内に部室に戻るため、非常用懐中電灯を頼りに部室へ向かう。 UPSでバックアップされていた全てのマシンを手順通りシャットダウン、すなわち、

> sync
> shutdown
と打ち込む余裕が十分あったのでデータは損なわれずに済みそうだった。

もっとも、実行中のジョブはやり直しかもしれない。 各マシンの実行状況を調べると、他の部員のシミュレーションが実行中であったので、 斉藤は停電から復旧したらジョブを投入してやろうとコマンドラインの写しを取っておいた。

何が原因で停電したのか、翌日は休みであり、調べる余裕は十分あった。 校外の家屋や街路灯は点灯していた事から、校内に停電の原因があることが推定できた。 とりあえず、校内への引込み線の開閉器が閉じている事を確認してから、校内の配電盤を調べて回った。 一つを除いて全てのブレーカーはON状態であった。漏電遮断器が落ちていたのである。

何処で漏電しているのかは分からないが、旧校舎の電力は回復させないと大変なことになる、研究部会員が夜中まで作業できるのは帰る際に、旧校舎にある職員室と部室である実験室を確実に施錠することが条件だった。しかも、これらの鍵は電気錠であり、停電時には安全のため鍵が開放される仕組みとなっている。万一シャットダウンタイムを見られれば、停電を放置して帰った事になり、研究部会の立場は危ういものとなる。

そういうわけで、配電盤ごとに電力供給を停止しては漏電ブレーカーを投入という途方も無い作業をする羽目になった。

各フロアのブレーカーをOFFにして、漏電遮断器を投入することを、何度も繰り返しているうちに、新校舎一階のブレーカーをOFFにして戻ると、漏電ブレーカーは落ちなくなった。 これで、作業を続けられると一旦は安堵したが、真っ暗な新校舎一階を通らなければ雪靴に履き替えることが出来ないことに気づいてしまった。

とりあえず、まとめ作業は後に廻して、手探りしながら雪靴を下駄箱に取りに行った。その帰りに凄惨な光景を目にしてしまった。 見なかったことにして、そのまま帰ろうとも思ったが、自分の指紋が多数付着している上に、ブレーカをOFFにするという荒業までしている。

物証らしきものと状況証拠らしきものは十分に備わっている。

このまま現場を放置して帰れば問題にされるかもしれない。 しかし、公衆電話のあるこのフロアは停電だ。だが48Vの電話線が活きていて、非常ボタンが有効ならば通報できる。 試しに警察にかけてみたら通じたのでに状況を知らせた後、救急車を呼び、部室から懐中電灯を持ってきた。 これは緊急車両に場所を知らせるためである。

晴天による放射冷却で普段よりも寒い中、校門の扉を開けて車両の到着を待っていた。

防寒着を制服の上に着ているにもかかわらず、極寒の地に一人取り残されている。

そんな風に感じはじめていた矢先に、警察官が一人到着した。

現場まで案内して、もう帰っても良いか尋ねたところ、クラス、住所、氏名、電話番号を聞かれた。さらに旧校舎の施錠をしてきて良いかと尋ねた所、現場保存のため止めろといわれた。どうも、後から多数の警官が来るらしい。 斉藤は、不審者の立ち入り規制を要請してそのまま帰途に着いた。

斉藤が家に着いた頃には空が白み始めていた。今日も寒い一日になるだろうなどと考えながら遅い就寝に入った。