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奇跡を起こす力(Rev.2)


この文書は、keyの作品であるKanonのシナリオを基にした二次創作です。

一応、栞シナリオ及び真琴シナリオ以外で栞が助かるという事を想定しています。

さらに栞シナリオに出てくる、初めて声を掛けて貰ったという女子生徒が、実は天野であったことにしています。

また、この文書は没になってしまった案を元に、案の内容をちょっと修正して自作しました。

93 :執筆依頼 :2005/04/10(日) 11:27:07 ID:kKu6SV/z0
栞シナリオに出てくる、初めて声を掛けて貰ったという女子生徒が、 
実は天野で、昔、舞が出たというテレビ番組の内容を覚えていて、 
その時の舞母の主治医を栞の病院に連れて行って奇跡を起こすSS 

このRev.2では最初のバージョンで軽く流しすぎたきらいのある部分の描写を多めにしてあります。また、舞踏会の描写を若干修正しました。


プロローグ

天野

私がこの高校の入学式の日に初めて声をかけてくれた子は、その日以来ずっと来ていないし、先生も何も言わない。

あの子は、もしかして妖狐?

だったら、もう消えている?

昔、あの子が消えて以来、他人と話すのが苦手で、いつも孤立していた私に声をかけてくれたあの子は幻だったのだろうか。

それでも、席はちゃんとあるし、クラスの名簿にもちゃんと『美坂栞』と名前が載っている。

ものみの丘に行ってみよう、何か分かるかもしれない。

妖狐が生まれるという、冬でも雪が積もらない不思議な丘。でも、何も分からなかった。そればかりか、あの子との想い出が甦ってしまい悲しみがつのるばかりだった。

あるとき、偶然、2年生の学年主席が美坂香里であることを耳にした。「美坂」なんて名前はそんなには無い。もしやと思い意を決して、香里のもとへ足を運んだ。

香里

天野
「失礼ですが、美坂栞さんのお姉さんですか?」
香里
「ええ、そうよ。」

突然、見ず知らずの一年生の女の子に声をかけられた香里は、まるで不意打ちを食らったかのように、いつものようにはぐらかす事もできず、正直に答えてしまった。

香里
「って、そんな訳無いでしょ、私は一人っ子よ。」
天野
「失礼ですが、美坂栞さんのお姉さんですか、それとも違うんですか?」
香里
「違うわ。そもそも私は美坂栞なんて人知らないもの。」
天野
「そうですか、ではお家に連絡します。」
香里
「なんでそんなことする必要があるの。」
天野
「それは、入学式の日に来て以来、ずっと休んでいるからです。」
香里
「あなたには関係ないじゃない。」
天野
「美坂さん、失礼ですが、栞さんについて知られることを嫌がっていませんか?」
香里
「それは…」
天野
「私には入学式の日に私にただ一人声をかけてくれた、栞さんが必要なんです。栞さんがいなければ、もう誰も私のことなんて構ってくれないと思うんです。」
香里
「そんなわけ無いでしょう。」
天野
「いえ、妖狐の幻影に憑り付かれて、他人を寄せつけない私にただ一人声をかけてくれた栞さんがいなくなってしまったら、私は残りの人生をたった一人で生きて行かなければならないんです。」
香里
「…」

香里は『私らしくもない』そう思ったが、女の子から伝わる栞を必要とする思いの強さに、隠していた事を全てを白状してしまった。

余命いくばくもないことと、自分自身を傷つけないために妹がいないと思い込み、友人達を巻き込まないようにするために一人っ子としての自分を演じていることだ。

当然のように天野の非難の言葉を浴び、そして「私は、また独りぼっちになってしまうのですね。」という天野の言葉に、香里は何も返す言葉がなかった。

北川(父)

北川の父は、かつて舞の母親の主治医をしていた。が、例の一件で病院を追われ、この街へやってきて、久瀬グループの産業医をしていた。

前にいた病院を去った表向きの理由は、重病人に外出許可を出した事と、舞の母が奇跡で治ったとテレビで報じられたことに対する責任を取るというものであった。

しかし、実際には一流の大学を主席で卒業した北川の父に対して、強い学歴コンプレックスを抱く上長が、この事件を機に、北川の父の医師としての能力を発揮できないようにする処遇、いわゆるパワーハラスメントを北川の父に加えるようになり、将来妻子を養って行けなくなる様な状況に追い込まれつつあった。

元々職場の雰囲気は悪く、講習会に行くことも認められず、治療法も時代遅れのやり方しか認められていなかった。そのため、いずれ転職するつもりではいた。

いうなれば、この事件をきっかけに、元居た病院を逃げ出したという事が実態である。

しかし、例の事件の風評が流れている最中であり、再就職は困難を極めていた。しかし、職探しの最中に偶然、久瀬グループの産業医が高齢のため引退する事になり、何とか職にありつくことができた。

しかし、この職場でも、従業員の上長にとって都合のよい診断を下すよう常に無言の圧力がかかっており、医師としての職責を十分に果たせているとはいえなかった。そして、久瀬グループもいずれ内部崩壊するであろう事を悟っていた。

しかし、自身は妻子ある身。大勢に従う他なすすべが無かった。

結果的に何人もの有能な従業員を死に追いやってしまった自分に、医師などと名乗る資格など無い様に思え、徐々に生気を失っていった。

北川の父は、舞の母親について時々思うことがある。

確かに、同年代の子どもを持つ親の心情として、余命いくばくもないなら、最後に子どもと遊ぶ機会を与えたかったのは事実であるし、それが原因で患者を死なせかけたことも事実である。

そして、母親に死んで欲しくないという患者の娘の気迫、すなわち奇跡を起こすほどの気迫に圧せられるように、大学時代から最近までに習得した事全てを思い出して、最適な処置を施し、奇跡とも言うべき回復を果たした。

だが、今思う所としては、娘と共に外出させた事によって、母親自身に娘と一緒に居たいという願いを強く持たせた事が、母親自身の回復力を高めたのではないかという事である。

つまり、適切な処置がとられたが、それ以上に、患者自身が死を覚悟の上で娘と遊びに外出したことが却って娘と過ごしたい、すなわち生きたいという思いを高め、回復に繋がったのではないかと考えるようになっていた。

今の自分にはあのときの舞の母親のような生きる気力があるのか。時々疑問に思うようになっていた。

北川(潤)

いつの頃からだろうか、親父から「医者にだけはなるな」と言い聞かされるようになったのは。

新学期からは3年生になる。否応無しに進路を考えなければならない。幼い日々、医者として活き活きとした親父の姿を見て「将来はお父さんのような立派はお医者さんになりたい」と作文に書いたことをふと思い出したが、今はその面影すら残っていない。

ただ会社に行って帰ってくるだけで、活き活きとした姿は微塵も見られなかった。そればかりか、年中行事や行楽に出かけたときでさえ楽しげな様子も見られないことがあった。

俺達を養うために黙々と働いてくれる事には感謝していたが、同時にかつての活き活きとした姿を見せて欲しいと思うようになっていた。

何故、親父がそうなってしまったのか。自分の将来を選択する上でも重要な問題であることから、親父に聞いてみたが、それは愕然とするような話であった。俺達を養うために医者としての矜持や将来性を捨ててまで、今の仕事を続けている事を知ってしまったからである。


舞踏会

北川は舞踏会に出ていた、当然それは女の子と踊れる機会である事と同時に、父親が世話になっている久瀬家の跡取息子が生徒会長を務める生徒会主催の行事だからである。

かつては、この街でも、例の事件の風説が流れており、北川の父は再就職が困難な状況にあった。だが、久瀬の父親はそんな北川の父親を拾ってくれた。もっとも、それは単に産業医が高齢のため引退する事になったので、代わりの人間を見つけたというだけの話なのだが、北川一家にとって久瀬の父はまさに恩人であった。

舞踏会で、それとなく流されていた噂、すなわち、舞の母親の主治医が北川の父であり、実は舞の魔力で瀕死の状態の母親が回復したのではないかという風評が流れたこと。そして、その病院をクビになった北川の父が久瀬の父親に拾われ、その息子である北川が舞踏会に出ているという話題が舞踏会場内のあちこちでされていた。

その種の噂が広まるのは速いもので、天野にも香里にも知れ渡っていた。

要請

天野は再び意を決して、北川のもとへ訪れていた。これから一生、一人ぼっちで消えてしまった妖狐のことばかりを思う日々を送るのはあまりにも過酷な人生に思えたからであった。

天野
「北川さんですか?」
北川
「そうだけど君は?」
天野
「天野美汐と言います。」
北川
「俺に何の用?」
天野
「お父様の事で、是非お願いしたい事があります。」
北川
「時々言われるんだけど、瀕死の重症患者を救ってくれというんだろ。」
天野
「はい。」
北川
「医者に見離された患者が治るなんて事は、ほとんどないぞ。あきらめろ。」
天野
「私に、これから一生、一人ぼっちで、消えてしまった妖狐のことばかりを思う日々を送れというのですか。そんな酷な事はないでしょう。」
北川
「さすがに一生、一人ぼっちなんて事は無いだろう。」
天野
「いえ、入学式の日に私にただ一人声をかけてくれた、美坂栞さんが亡くなってしまったら、もう誰も私のことなんて構ってくれないと思うんです。」
北川
「美坂栞?」
天野
「美坂香里さんの妹さんです。」
北川
「あいつは、自分の事を一人っ子だといってたぞ。」
天野
「それは、重病の妹さんがいることからの逃避です。それと、友人達に余計な心配をかけないためにそういう演技をしているのです。」

しばしば香里の見せる態度に思い当たる節がないわけでもなかった。

北川
「そうか…、あいつは、時々…」

北川
「だが、うちの親父を説得するのは大変だぞ。いつも俺に『医者にだけはなるな』といってるからな。」
天野
「そうですか…。諦めるしかないのでしょうか。」
北川
「まだその必要はない、俺は美坂チームの一員だからな。チームリーダーの妹をそう簡単に死なせるつもりはない。」
天野
「じゃあ、説得してくれるのですね。」
北川
「うまく行く保証はないけどな。」
天野
「…、お願いします。」
北川
「かわいい女の子にお願いされたら、嫌とはいえないもんな。」
天野
「えっ…、し、失礼しますっ。」

天野は、顔を真っ赤にして逃げる様に走り去ってしまった。

その様子は、丁度通りかかった香里に見られていた。

北川
「…(俺、なんか変な事言ったか?)」
香里
「北川君、下級生の女の子にまでちょっかい出してるの?」
北川
「ああ、そうだ。それと美坂に大事な話があるんだが、後で百花屋に行かないか?」
香里
「ふぅーん、北川君、下級生の女の子にちょっかい出して逃げられたから、私とデートしたいの?」
北川
「まあ、そんな所だ、女の子に振られた哀れな男を慰めてくれ。」
香里
「いいわ、付き合ってあげましょう。今日はまだ家に帰りたくないし。」

尋問

北川は粘れるものをと思い、この店の名物、「ジャンボミックスパフェデラックス」を注文した。

北川
「ずばり聞く。」
香里
「何よ?」
北川
「お前には、栞という妹がいるか?」
香里
「何言ってるの、私は一人っ子よ。」
北川
「そうか、ではさっきの天野という女の子が言っていたのは、美坂の妹とは別人なんだな。」

香里は天野に口止めすることを忘れていたことを後悔していた。

香里
「…、そうね。」
北川
「では仕方ない、生徒の名簿を調べる事にするか。」
香里
「何でそんなことする必要があるの?」
北川
「天野に、その美坂栞って女の子を、俺の親父に診せてくれと頼まれたからな。」
香里
「そう、仕方ないわね。今まで黙ってたけど、私の妹よ。今度の誕生日、2月1日までは生きられないだろうと、宣告されているの。」
北川
「天野の言った通りだったか。」
香里
「…、隠しててごめんなさい。もうすぐ死ぬというのに、明るく振舞っているあの子を見ているのがつらくて、私には妹がいないと思い込もうとしていたの。あなた達にも余計な心配を掛けたくなかったし。」
北川
「なるほど、だが現実から幻の世界へ逃避しても、現実は変わらないぞ。」
香里
「…、分かってるわ。でも…」

後の香里の言葉は声にならなかった。

暫し、気まずい雰囲気が流れる。

しかし、そんな雰囲気とはお構いなしに、百花屋名物「ジャンボミックスパフェデラックス」が運ばれてきた。

北川
「さて、美坂、一緒に食おうか。」
香里
「…、マジで?」
北川
「ああ。」

2人で「ジャンボミックスパフェデラックス」と格闘しているうちに、再び気まずさが薄れていった。


北川の願い

北川
「なあ、美坂。」
香里
「何よ?」
北川
「俺達に心配を掛けたくないという配慮には感謝する、だから相沢と水瀬達には黙っておくよ。」
香里
「そう、ありがとう。」

北川
「なあ美坂、親父の噂は知っているだろう。」
香里
「ええ。」
北川
「親父は俺達を養うために、医者としての矜持を捨てて黙々と働いているんだ。」
香里
「そう…、それで?」
北川
「俺は、親父にもう一度医者としての矜持を取り戻させてやりたいんだ。だから、親父に栞ちゃんを診せてやってくれないか?」
香里
「どういうこと?」
北川
「親父に診せなければ、おそらく宣告された通りの結果になるかもしれない。だが、親父に診せてやれば元気な体になるかもしれないんだ。」
香里
「…、考えさせて。」
北川
「川澄先輩って知ってるか?」
香里
「ええ、よく夜中の学校でガラスを割ってるって噂を聞くわ。」
北川
「その、噂の川澄先輩のお母さんは一度死に掛けたんだ。だが、俺の親父の処置で元気な体に戻った。テレビや何かでは面白おかしく取り上げられたけどな。そのせいで、病院を追い出されてしまったんだ。」
香里
「そう、…」
北川
「それで今は久瀬グループの産業医をやってるけどな、俺達を養うために医者としての矜持を捨てて、会社の飼い犬になってしまっているんだ。俺が小さかった頃の親父は、もっと生気があったはずなんだ。」
香里
「でも、栞がモルモットにされるみたいで嫌ね。」
北川
「ああ…」
北川
「でもな、天野の言葉が忘れられないんだ『これから一生、一人ぼっちで、消えてしまった妖狐のことばかりを思う日々を送れというのですか。そんな酷な事はないでしょう。』とな。栞ちゃんにしか声をかけてもらえなかったらしいんだ。それからずっと一人ぼっちなんだってさ。多分、高校に入る前もそうだったんだろうな。」
香里
「そう、…」

交渉

確かに北川の言う事は正しい。それに親友の願いも叶えてやりたい。それに下級生への体面もある。

散々悩んだ挙句、栞が死ぬ前に香里は北川の提案を受け入れる事にし、改めて北川と相談した。

北川は父親を説得する事にし、香里は両親と栞の主治医に相談してみた。

が、交渉は不調に終わった。

香里
「きっと、あの子は栞を必要としているのよ。」
北川
「天野か?」
香里
「言葉通りよ。」
北川
「つまり、天野に説得させるという事か?」
香里
「私は何のためにあの子が生まれてきたのか分からなくなってしまっていたけど、天野さんを救うという使命がきっとあるんだわ。だから、栞は生きるべきなのよ。」
北川
「おまえはどうなんだ。」
香里
「私は主治医から宣告を受けてしまったから…」

暫し沈黙が流れる。

香里
「でも、あの子は宣告を受けていないわ。」
北川
「つまり、天野なら説得力があるという事か?」
香里
「分からない。でも、やってみる価値はあるわ。」
北川
「そうだな。」

休み時間に2人で天野の教室を訪ねたが、ただ一人自席で本を読んでおり、とても人を寄せ付ける雰囲気ではなかった。

だが、放課後に昇降口で、天野を捕まえる事ができた。

香里
「天野さん、ちょっと付き合ってくれるかしら。」
天野
「何の御用でしょうか?」
香里
「私の妹の件で。」
天野
「分かりました。まさかもう亡くなられたなんて事は無いですよね。」
香里
「ええ、まだ大丈夫よ。」
北川
「とりあえず、百花屋ででも話そう」

北川は、またもこの店の名物、「ジャンボミックスパフェデラックス」を注文した。

香里
「北川君も懲りない人ね。」
北川
「今回はリターンマッチさ。今度は3人だしな。」
天野
「何ですか、それは?」
香里
「見れば分かるわ。」

天野の願い、そして北川の願いを叶えるべく、栞の両親と、主治医。それに北川の父親に栞の件を頼んだが、交渉は不調に終わった事を、天野に告げた。

天野
「親御さんたちは、もう諦めてしまっているのかもしれないですね。さもなくば、余計な苦しみを与えないでこの世を去ってもらいたいと思っているのかもしれません。」
香里
「そうね。」
北川
「でも、俺の親父はそんな事は無いはずだ。」
香里
「何で?」
北川
「親父は、栞ちゃんのことを知らないからな。」
香里
「じゃあ何で、診てくれないの?」
北川
「医者の業界の慣習でな、紹介状無しに他の主治医がいる患者を診ることはご法度なんだ。それに、親父は久瀬グループ専属の産業医だからな、グループ外の人間を診察するのも立場上難しい。」
天野
「では、諦めるしかないと言う事ですか。私は一生一人であの子の幻影を見続けるしかないのでしょうか…」
北川
「そこでだ、天野さんに関係者を説得して欲しい。」
天野
「私が頼めば、大丈夫なんですか?」
北川
「多分、皆、栞ちゃんが助からないと諦めきってしまっていると思うんだ。でも、天野さんは栞ちゃんを必要としていて、助けたいと思っているんだろう。」
天野
「美坂さんから、栞さんが重病であることを聞いて、一度死に掛けた患者さんを回復させた北川さんのお父様なら何とかできるかもしれないと思ってお願いしました。」
北川
「それが元で、親父はくびになっちまったけどな。」
天野
「そうですか、でも、諦めざるを得ないなら、それは受け入れます。」
北川
「でも、まだ諦めるには早い。」
香里
「言葉通りね。」
北川
「香里?」
香里
「あの子はもう死んだものと思っていたけど、やっぱり別れなくて済むなら、そうしたいのよ。」

結局、天野も同席して、栞の両親と主治医。それに北川の父親を再度説得する事にした。

まずはじめに、美坂一家と主治医の説得からはじめた。

彼らはどうせ助かる見込みがないなら、北川の父さえよければ診てもらう事に同意した。その背景には、天野にも栞の事を諦めさせようという意図があった。

「いわば、私は医学の進歩のために貢献する、実験動物ということになるわけですね。」
天野
「私には、栞さんが必要なんです。だから、生きていて欲しいからお願いしているのです。」
「私が必要というのは何故です?」
天野
「妖狐の幻影に憑り付かれて、人付き合いが苦手で、他人を寄せ付けない私に、話しかけてくれた、ただ一人の他人だからです。」
「でもそれは、あなた自身の問題ですよね、私はもうすぐ死ぬんです。私に頼ってはいけません。」
天野
「栞さん無しでは、まだ克服できないんです。お願いします。少しでも長生きできるよう、意を強く持って下さい。」
「分かりました、死ぬまでの間は、あなたとお付き合いしましょう。ただ死を待つためだけに病室で過ごすのも無為な行為ですから。」
天野
「ありがとうございます。毎日お見舞いに行っていいですか?」
「私は今自宅療養中です。どうせ助かりませんから。」
天野
「では、お宅におじゃましていいですか?」
「はい、天野さんさえよければ、来てください。」
天野
「ありがとうございます。」
主治医
「ところで、最後に確認させていただきますが、カルテを北川先生にお見せしてもよろしいですね。」
美坂一家
「はい」
主治医
「では、今度、北川先生とお会いしてきます。」

一方、北川の父はいわゆる9時-5時のサラリーマン生活を送っていた。そんな訳で土曜日の放課後に、北川の父を説得しに行った。

北川の父は、年一回の久瀬グループ従業員の定期健診をしたり、軽症の急病人や怪我人の処置をする他は、形ばかりの職場環境のチェックなどしかすることがなかった。もっとも、その分、空いた時間に文献研究を十分過ぎるほどすることができた。

そのような状況下で、もうすぐ死ぬかもしれない大事な人を救って欲しいという、天野の真剣さに心が揺らいだ。

「入学式の日に私にただ一人声をかけてくれた、美坂栞さんが亡くなってしまったら、もう誰も私のことなんて構ってくれないと思うんです。」という天野の言葉を聞いて、高校時代に孤立していた同級生に声をかける勇気が無かった自身の不甲斐なさを思い出していた。

天野の言葉を聞いて、医者として再び、また人として、人を救えるかも知れないという気持ちが芽生えてきたのである。

さらに幸運な事に、今回は主治医の紹介状もあるという。また、栞の主治医は、いつも北川の父親にノートのコピーをはじめ、実習実験でも色々教えてもらっていた同級生だったため、こじつけたような理由でもお互いに会い易かったのである。

そして、肝心の栞に生きたいという願望があるか、またはその願望を持たせられるかが重要だと語った。それから、春休みに予定していた家族旅行をキャンセルすれば、有給休暇を使ってもっともらしい名目で栞を診てもよいということになった。


診断

2人が再会したのは昼過ぎの大学の学食であった。進級試験と入学試験の端境期であり、ほとんど人が居なかったたためである。

北川(父)
「久しぶりだな。」
主治医
「ああ、そういや、お前ずいぶん雰囲気が変わったな。」
北川(父)
「そりゃ、ずっと暇だからな。」
主治医
「そうか、そりゃ、羨ましいな。」
北川(父)
「そうか?」
主治医
「ああ。」
北川(父)
「まあ、それはそれとして本題に入ろう。」

栞の主治医から渡された、栞のカルテを見て北川の父はため息混じりに呟いた。

北川(父)
「何、これは…」
主治医
「例の女の子のカルテだが?」
北川(父)
「お前、データ整理するの苦手だったよな。」
主治医
「何が言いたいんだ?」
北川(父)
「あの女の子が何の病気なのかさっぱり分からんぞ。お前の病院、症例研究会やったりとか学会へ行って発表してないのか?」
主治医
「上の方の立場の先生は学会に出るけど聞くだけだ。俺達下っ端はそれどころじゃない。時には昼飯抜きで外来患者を診たり、飲まず食わずで手術をやったり大変なんだ。症例研究会は、7年間寝たきりの女の子がいて、ローテーションでその子のケアをしないといけないのでやってない。」
北川(父)
「あのさ、お前研修医並の扱いを受けてるだろ。」
主治医
「俺達下っ端はみんなそうさ。」
北川(父)
「あの街じゃ、一番の大病院だからあれだが、待遇改善を求めた方がいいぞ。」
主治医
「医者が組合作るのも格好悪いしな…」
北川(父)
「とりあえず、カルテのコピーをくれ。あと、問診したいな。」
主治医
「コピーはやるけど、問診させる方法はちょっと考えさせてくれ。」
北川(父)
「死人に口なしだからな、生きているうちに頼むよ。」
主治医
「分かった、何とかする。」
北川(父)
「ちなみに何故、2月1日まで生きられないと診断したんだ?」
主治医
「インフルエンザだ」
北川(父)
「インフルエンザ?」
主治医
「あの子の夢が叶ったと思った直後に、倒れて長期入院だからな。」
北川(父)
「なんだそれ?」
主治医
「あの子の夢は、姉と一緒の学校に通う事だったが、入学式から帰った途端に花粉症と熱射病を併発して倒れて入院したんだ。それから、あの子はアイスクリームが大好きでな、待合室の売店に行っては色んな病気を貰ってきてたからな。12月になってようやく症状が治まったから、自宅療養に切り替えたんだ。」
北川(父)
「それと、2月1日までに死ぬ事の間に何の関係があるんだ?」
主治医
「基礎体力と抵抗力が弱いって事がまず第一だな、それから生きる希望を失っているから、インフルエンザにかかったら、危ないという事さ。」
北川(父)
「何でそんなに体が弱いんだ?」
主治医
「分からん。」
北川(父)
「手掛かりが何もないのか?」
主治医
「乳幼児期の養育環境に問題があった可能性は考えられるが、それ以外にはちょっと…」
北川(父)
「単に体が弱いだけで、原因も調べないで死亡宣告か。お前もしかして馬鹿?」
主治医
「いくら主席で卒業したからって、そんな言い方するなよ、今年はインフルエンザが大流行するってニュースで言ってたからな、自宅療養でも誰がインフルエンザのウィルスを貰ってくるか分からないから、家族には覚悟を持ってもらおうと言う配慮で、そのように宣告したんだ。」
北川(父)
「はぁ…、もうちょっと分かりやすい説明はできなかったのか。」

北川の父はため息をついた。

主治医
「なんだよそのため息は、お前だってインフルエンザで卒業式欠席したろ。次席の奴は大変だったんだぜ。猿のきぐるみから大慌てでスーツに着替えてたからな。」
北川(父)
「ああ、そうだったな。散々文句言われたよ。」
主治医
「それにあの子の母親に会ってみろ、分かり易く説明する事がどんなに難しいかよく分かるぞ。」
北川(父)
「そうなのか?」
主治医
「ああ。」
北川(父)
「ちなみにその子は死亡宣告を受けた事を知っているんだな?」
主治医
「分からん。」
北川(父)
「息子から聞いた話だと、知っているみたいだぞ。大至急美坂家の人間を全員集めてカウンセリングをする必要があるな。天野さんは俺が呼ぶから、お前は美坂家の人間を全員集めてくれ。」
主治医
「ああ。分かった。」

宣告

一同は、街の中の久瀬グループのホテルにある会議場に集められた。

北川(父)
「まず結論から申し上げます。」
一同
「はい。」
北川(父)
「栞さんがお亡くなりになる可能性があるのは、インフルエンザに感染した場合です。」
一同
「えっ?」
北川(父)
「ご両親にお尋ねしますが、栞さんをどのように養育されましたか?」
美坂(母)
「未熟児で生まれてきたものですから、それはもう箱入り娘として、ほとんど家の外に出しませんでした。」
北川(父)
「一般的に子どもが外でやるような、泥遊びや草むらでの虫取りや児童公園で遊ばせたりはしなかったのですか?」
美坂(母)
「ええ、それはもう大事に育てましたから、そんなことは一切させてません。そのおかげで体は弱いですけど、色白の美人に育ちました。それに、変な病気をうつされないように、他の子どもたちともなるべく遊ばせないようにしていましたから。」

栞の主治医は、何か変だと気付きながらも、忙しさにかまけて、結果的に自分が対症療法しかしていなかった事に気付き愕然としていた。

一方、北川の父は、母親の馬鹿さ加減に呆れ返りながらも、気丈にも言葉を発した。

北川(父)
「…大体の事情は分かりました。とにかくインフルエンザにだけは感染させないで下さい。あれは抗生物質が効きませんから。」
美坂(母)
「分かりました。栞、もう外でアイスクリームを食べるのは止めなさい。」
北川(父)
「乾燥が最もよくないので、外でアイスクリームを食べてもインフルエンザにはならないと思いますが。」
美坂(母)
「あら、そうなの。」
美坂(父)
「先生、それで、これからどうすればいいんでしょう。」
北川(父)
「まず、抵抗力をつけさせる事です。食生活の改善と、なるべく、屋外で遊ぶ機会を増やすようにしてください。ただ、抵抗力は十分ではありませんので、ちょっとでも異常があれば主治医の診察を受けさせてください。あと、体力をつけさせる事ですね。これも主治医と相談してください。」
「今まで、もう死ぬと思っていたんですが、そういうことだったんですか。思い留まって良かったです。」
北川(父)
「思いとどまったとは?」
「ここを見てください。」

栞は左手首を差し出し、赤い筋を見せた。

一同、暫くの間絶句していたが、最初に天野から言葉が発せられた。

天野
「栞さん、自ら命を断つなんて…。もし思い留まってくれなかったら、私は一生一人ぼっちになってしまっていたんですね。でも、なぜ思い留まってくれたんです?」
「昼間、遊歩道で出会った、祐一さんとあゆさんの楽しげな姿を思い出したら、一人きりで死のうとしている私が惨めで滑稽に思えて…」
美坂(母)
「祐一さんとあゆさん?」
香里
「私の同級生とその友人よ。」
美坂(母)
「そうだったの。」
香里
「私はあなたを死に急がせたけど、相沢君たちに救われたって訳ね。」
美坂(母)
「香里っ!、どういうことなの!?」
香里
「栞に、クリスマスの晩に、今度の誕生日まで生きられないだろうという主治医の診断結果を伝えたのよ。」
美坂(母)
「どうして、そういう余計な事をしたの。」
香里
「だって、もうすぐ死ぬとは知らないで無為な日々を送っていたら、栞が可哀相じゃない!」
「お姉ちゃんも、お母さんももう止めてください。私には天野さんというお友達ができましたから。毎日、天野さんが来てくれるのを楽しみにしているんですよ。」
天野
「私といると楽しいですか?」
「はい。」
天野
「よかった。私だけじゃなくて栞さんも楽しいんですね。」
「はい。ですから、これからは北川先生の言うように、抵抗力をつけて、長生きして、天野さんとずっとお友達でいたいと思います。」
天野
「そうですね、私も栞さんに長生きしてもらって、縁側で茶飲み話でもできるくらいのお友達になりたいです。」
一同
「…(天野さんって、もしかしておばさん臭い?)」
天野
「どうしたんです、皆さん黙り込んで?」
主治医
「なんでもないですよね、皆さん?」
一同
「なんでもないから気にしないで。」
天野
「…?」

エピローグ

北川(父)
「で、ちょっとした企画があるんですが、皆さん参加できますよね?」
一同
「あ、はい」
北川(父)
「では、車を用意してありますので、これから百花屋に行きましょう。」

香里と天野は嫌な予感がしていた。

一同が百花屋に着くと北川(潤)が居た。さらに、「本日貸切」という張り紙がしてあった。インフルエンザ感染を警戒した父親に頼まれて百花屋を貸切にするよう手配して待っていたのである。

香里
「まさか…」
天野
「再挑戦ですか。」
北川
「その通り。」
北川(父)
「何事も成せば成るということですよ。潤、待たせたな。」
北川
「ああ、暖かいものを何かおごってくれ。」
北川(父)
「分かった。」

店に入ると案の定「ジャンボミックスパフェデラックス」が注文された。

そして北川にはホットココアが運ばれてきた。

北川(父)
「これで温まるだろう。」
北川
「ああ、ありがとな。」
主治医
「こういう店にはあまり来ないのでよく知らないのですが、『ジャンボミックスパフェデラックス』ってなんですか?」
北川
「見れば分かりますよ。」

そうして、ジャンボミックスパフェデラックスが運ばれてきた。

主治医
「うわ、でかい!」
美坂(母)
「本当、大きいわね。」
美坂(父)
「食べ切れるんですか?」
香里
「さぁ、でも食べきったらただになるらしいわよ。」
北川(父)
「成せば成る、成さねば成らぬ何事も。ですよ。今回は7人ですから食べ切れるでしょう。」

そうして、7人で格闘した結果、ジャンボミックスパフェデラックスに勝利した。ジャンボミックスパフェデラックスが食べきられたのは百花屋始まって以来だという。

北川(父)
「成せば成る、成さねば成らぬ何事も。ですよ、栞さん、色々大変だとは思いますが、がんばって病気に負けない体になってください。つらい事があったら今日のことや天野さんのことを思い出してがんばってください。それから天野さんも栞さんを応援してあげてください。」
「はい。」
天野
「茶飲み友達になれるよう、応援します。」

やはり、おばさん臭い天野であった。

北川(父)
「ご家族の方も、栞さんの抵抗力を上げるように主治医とよく相談してください。それから、お前、何か分からない事があったら俺に聞いてもいいぞ。どうせ暇だからな。」
主治医
「ああ、そうするよ。」
北川
「親父、昔みたいに活き活きして来たな。」
北川(父)
「そうか?」
北川
「ああ。」
主治医
「確かに、潤君の言う通りだな。学食で再会したときよりも、活き活きとしているよ。」
北川(父)
「お前にもそう見えるか?」
主治医
「ああ。」

あとがき

上手いSS職人さんにまとめてもらえれば、結構上手くまとまりそうな気がするのですが、生憎私は上手いSS職人さんではありませんので、こんな長文になってしまいました。

また今回のRev.2では、内容的に見てタイトルを「同級生」にした方がよかったかもしれませんが、内容が最初に作成したものとほぼ同一ですので、「奇跡を起こす力 Rev.2」と致しました。