作:◆eUaeu3dols
――そこは夕焼けの学校。
「ねえ、キョン」
「なんだよ」
SOS団の部室で、涼宮ハルヒがキョンに唐突な言葉を放つ。
「退屈よ! 最近、何か変な事って無いの?」
「……そんなもん、ほいほい転がってるわけないだろ」
うんざりした様子でキョンが答える。
「みくるちゃんも何も知らないわよね?」
「は、はい。何も知りません」
矛先が向いた事に少しびくつきながら、朝比奈みくるが答える。
「古泉、有希。あんた達もなんか見つけてないの?」
「知らないな」
「同じく」
「そう、なら仕方ないわね」
――『古泉』と『長門』が答え、ハルヒは何事もなく矛先を下ろした。
キョンは何か違和感を感じ、二人を見やった。
「……何か?」
『長門』がキョンを見つめ返し、尋ねる。
「……いや、なんでもない」
何か気に掛かる様子で、しかしキョンも引き下がる。
――誰も気づかない。そういう風に決められた世界だから。
「はい、お茶をどうぞ」
「みくるちゃん気が利くじゃない。えらいえらい」
「朝比奈さんいつもありがとうございます」
「ああ、ありがたい」
「頂こう」
三者三様の返事が返り、またもキョンと、今度は朝比奈みくるも怪訝な顔をした。
「どうしたのよ?」
「…………何でもない」「……なんでもありません」
「…………?」
問い掛けたハルヒも問い掛けられた二人も首を傾げた。
――そしてすぐにそれを忘れた。
「あー、それにしても退屈ね。なんでこんなに退屈なのかしら」
涼宮ハルヒがカレンダーを見やる。
――行事の少ない6月の初めという月日が書かれていた。
期末テストは有っても、わざわざ詰め込む必要がない、あるいはする気が無い者に無関係な時期。
「……やっぱりここは、あたしが直々にイベントを起こすしかないようね!」
――時計の短針が5時を指す。
「明日にしろ。今日はもう下校時刻だ」
「……それもそーね。プランを考える時間も必要だわ。
それじゃ、明日は召集掛けるからよろしく!
今日は解散!」
SOS団は帰宅を始める。
――そこに時間の意味は無い。明日も来ない。
「では、また」
帰宅途中の分かれ道で『長門』はSOS団の皆と別れて、自宅へと歩く。
歩き、歩き、自分の住むマンションに辿り着き、エレベーターで階を上がると、
通路を歩き、自分の住む部屋の前に立ち、鍵を開け、扉を開けて――
「それにしても奇妙な世界だった。興味深い」
舞台裏で、サラ・バーリンは長門有希の配役を脱ぎ捨てた。
サラ・バーリンは闇色の荒野に立っている。
振り返ると、そこには明らかに周囲の光景とは隔絶した、箱庭世界へ繋がる扉が在った。
扉を閉めると扉は消えて、そこに在った世界は見えなくなった。
「しかし、これはどういうわけだろう」
彼女は学校で眠りに就く――というより瞑想に入り、ある物を捜した。
それは死の世界。
彼女が一度生身で見たあの世界は、この世界からも行けるのかどうか。
魂の抜けていた、刻印の実験体にした肉体の本来の持ち主が、ちゃんとどこかに居るのかどうか。
それを知りたくて試してみると、着いた所は奇妙な世界だった。
彼女の見た死の世界とは明らかに違う、見た事も無い世界。
最初は完全に居眠りモードに入ってしまい夢でも見ているのかと思ったが、すぐに思い直した。
そこに居た者達が、放送で名を呼ばれた死人だったからだ。
涼宮ハルヒ。朝比奈みくる。キョン。
どうやらこの三人は間違いなく本人であり、死人であるらしかった。
そして古泉ではない見知らぬ少年が古泉と呼ばれ、サラは長門有希の名で呼ばれた。
長門有希という少女とサラの類似はどうだか知らないが、
城で出会った古泉と『古泉』が似ても似つかない所からして、
どうやら先に配役が有り、そこに通りすがったサラが押し込まれたのだろう。
「あの世が劇団だという話は聞いた事が無いのだが」
首を傾げ、続けて次の疑問を考える。
「……それ以前に、ここは一体全体どこだろう」
そこは闇の荒野。
石にも、金属にも、無意味にも、重要にも。如何様にも見えるモノリスが遠方に乱立していた。
ただ、荒野……荒れ果てた印象だけが強く焼き付く。
空は暗黒の黒一色。
にも関わらず視界が妨げられる事は無く、遥か遠方の無数のモノリスが、地平線が見えていた。
さっきの箱庭の霊界よりも、こちらの方がより、彼女が以前に見た死の世界に近い。
だがここは、同じ負の方向性を持っていても……
「死の世界ではないな。闇の世界だろうか」
「ご名答。ようこそ、我が“無名の庵”へ」
背後で闇が囁いた。
「…………とんでもない怪物が出てきたものだ」
サラはゆっくりとそちらを振り向いた。
急ぐ必要は無い。
何故なら『彼』を認識した時点で、『彼』が如何なる存在かを理解するには足るのだから。
全ての人間の潜在意識に擦り込まれているかのように、『彼』はその存在を誇示していた。
長い黒髪。白い貌とそこに乗る小さな丸眼鏡。
それらを包む限りなく黒くしかし闇色ではない夜色の外套。
それはあの空目恭一にもどこか似ていた。
その白い貌が歪に捻れた三日月を浮かべて嗤っていなければ。
あまりにも圧倒的でどうしようもない程に濃密な闇と人間の負の方向の極限でさえなければ。
サラは現状の手札で『彼』に勝ちうる札が一つも無い事を正確に認識する。そして――
(まな板の上の鯉というやつか)
腹を括り――というより開き直って言葉を紡ぐ。
「ところでお名前を伺えるだろうか。わたしはサラ・バーリンという名の学究の徒だ」
「丁寧な事だ。『私』は神野陰之。“夜闇の魔王”にして“名付けられし暗黒”」
「そして、このゲームの黒幕か」
「その通り」
『彼』はあっさりと答える。
「あなたは何故、わたしの前に現れた? 正確には後ろだった事には目を瞑ろう」
「それを望まれたからだよ。『私』の友人と、そして君自身がそれを望んだ。
その望みに応え、『私』はこのゲームで初めて参加者と言葉を交わした」
「わたしが?」
「そうだ。気づいていないのかね?」
『彼』がくつくつと押し殺した笑い声をあげる。
その声の響きもどこか歪で、空気さえもがその異質さを証明していた。
「君は自らの失われた欠片を見つけだしたいという望みを持っている。
その為に様々な分野を修め、魔術へも手を伸ばした。
そこに危険が有ることを知りながら、異界に続く物語すらも耳に入れた」
「………………っ」
『当然』、全てを知られている事に僅かに動揺するサラ。
「この点において、君はかの“人界の魔王”と実に近しい者だと言えるだろう」
「人界の魔王?」
「君は知っているだろう? 空目恭一だよ」
「……なるほど、言い得て妙だ」
(そうか、もしかとすると最初に出会った時に感じた同属意識は……)
上っ面の静謐さや、趣味の一致ではなく、最も根底を流れる物が似通う魂の共感だったのかもしれない。
(うむ、運命の赤い糸を感じてしまうな)
そう口に出そうとし、言った所で相手が居ない事に気づいてやめた。
「しかし、それだけではないな」
確かにサラにとってその望みは極めて重要な物だ。
だが、ゲームが始まってから『彼』が空目に逢わなかったのは何故か。
そもそもこれは、本当に他の者達が持つより強い望みだろうか。
普通では無い者達が集うこの島の中で、最初に『彼』と出会えるほどに強い望みなのだろうか。
(……否だ)
「他に理由が有るはずだ」
「冷静だね、君は」
笑い声が止まり、しかし歪な笑みは浮かべたまま神野が話す。
「君と空目恭一との最大の違いは……いや、空目恭一と他の者達との最大の違いは、
『僅かなりとも他人に何かを期待するかどうか』という事なのだよ」
空目は人に何かを期待しない。
冷静に人を見据え、どう動くかの予想を立て、それに基づいて動くことは有る。
だが、それは単なる予想だ。期待ではない。
「そして君が最初に『私』に出会ったもう一つの理由は、『私』を求めたからだ」
「そんな覚えは無いが」
「いいや、望んだのだよ。もっとも、正確には『私』という個体ではなく役割を求めたのだがね。
君は失われた欠片を見つけるため、記憶の闇を探る為の案内人を求めた。
この世界に来た事によって繋がりを失った『導霊』を求めたのだ」
「――――!!」
それは彼女の知る魔術において、深層心理での導きを受けるために必要な存在であり、システムだ。
「君は古の資質をその見に受けた魔術師だ。
君がそれを選べば、『私』は君の『導霊』となり、陰惨なる昏い記憶の奥底へ、落とした欠片へ導こうではないか」
「――謹んでお断りする。あなたの力を借りる気は無い」
だが、サラの口からは出たのは拒絶の言葉だ。
「ほう。何故かね?」
興味では無くその言葉を聞くのが目的であるように、愉しげに神野が問い掛ける。
「自らの心の奥底から、迷子になった自分の欠片を見つけだす。
それが君の望みなのだろう?」
「その通りだ。だが」
サラは少し言葉を切って神野を見つめた。
(『刻印』の製作者は、彼だ)
彼から滲み出るものと刻印から感じられるものは同じだ。
その事がサラの答えを決めさせた。
「生憎と、わたしは何れあなたに挑まねばならない。
わたしにも欲望は有る。欲しい物一つでは満足出来ない。
わたしの欠片も、わたしの友人達の無事も、全て手にしてこの世界を打倒しよう。
その為に、あなたに道を定められるわけにはいかない」
神野が笑みを浮かべる。
愉快でたまらない、心の深淵から楽しげな歪んだ笑みを浮かべ、問うた。
「出来るのかね?」
「とうぜんだ」
サラは断言する。
根拠は無い。
それどころか内心では言葉通りの余裕さえ無い。
だが、それでもサラはそのハッタリを張り続ける。
「このゲームの全ての障害を仲間達と共に突破する。ここに誓おうではないか」
最初にハッタリ有りき。言った者勝ちだ。
世界の前に敵を、敵の前に味方を、味方の前に自分を騙す。
そうやって世界を騙し、『彼』の闇に呑まれぬように心を保つ。
虹の谷1を自負するハッタリを武器に、サラは神野に抵抗した。
神野が笑う。
既に笑みを浮かべているのになお笑う。
笑い声を響かせず、口元をより一層歪ませて。
「魔術師の言葉は世界を変容させ、自らをも規定する。
君は実によく魔術を理解しているね」
「そして、あなたほど魔術を知るモノも居ないだろう」
率直な称賛。
だが、互いに交わされるその言葉さえも魔術師の物だ。
「だからあなたの言葉に惑わされはしない。もう一度、問わせてもらう。
『しかし、まだ理由が有るはずだ』」
「何の、かな?」
楽しげな笑みを浮かべたまま神野が聞き返す。
「あなたとわたしが出会った理由だ」
「君が呼んだからという理由は不満かね?」
サラは神野を睨み付ける。
それでは納得できない。
「不満ではないが些か不足だ。
失った導きを必要とする者などわたし以外にも居たはずだ。
たとえば……本当に神と繋がっていた聖職者、なども居たのではないか?」
「君は深層心理の奥底より我が“無名の庵”に入り込んだ。それでも不足かね?」
「ならば何故、『わたしはここに居る?』」
陰が落ちる。
静寂の帳が降りる。
無明無音の世界で、時間の間隔すら狂う場所で間が空き……笑い声が響いた。
くつくつと神野が笑い声を上げていた。
「君は実に言葉を識っている。
だが、待ちたまえ。まだ少し早い。今は役者達の到着を待とうではないか。
それに……そもそも全ては意味の無い“偶然”なのだからね」
不可解な答えと共に神野の存在感が薄まった。
何か言おうとしたサラの言葉は、しかし唐突に響いた声に遮られる。
「ねえ、神野さん」
それは一片の邪気も無い、どこまでも無邪気で、だからこそ異様な声。
「じゃあ、その“偶然”の裏側はどんな物なのかなぁ?」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。
「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……」
時刻は、午後4時丁度。
この時刻に何が起きたか、何故出会ったのか。
何故、出会うのか。
彼女達はまだ知らない。
知らぬままに、“集い続ける”。
* * *
ダナティアは目の前に現れた紅い道を歩いていた。
それは文字通りの紅い道だ。
何も無い無明の闇の中に突如散った紅い火の粉が、闇の奥へと続く道を作り上げていた。
ダナティアはその道を歩き続け、闇の底へと踏み入った。
そして自他の境界すら曖昧になる場所――テッサに言わせればオムニ・スフィアで、問い掛けた。
「これはどういう事なのかしら? “天壌の劫火”アラストール」
「伝えねばならぬ事と、話す機会が生まれた」
劫火が吹き上がり、暗天を衝き巨大な魔神が姿を顕わす。
だが、その声はどこか覇気が無く、代わりに別の感情が満たされていた。
「……機会、というのはどういう事かしら?」
「我が意志を顕現させる神器コキュートスは汝の肉体の側に有る」
「なんですって」
「文字通り、我が手の届く程度の距離だ。故に我が言葉が汝に届いた」
アラストールのその身は百数十m程だろう。
手を伸ばしてせいぜい二百。三百には届くまい。
「参加者達に与えられた地図のエリアで一つ隣、その程度の距離だ」
だが、そんな事はどうでも良い。
そう前置いて、アラストールは語った。
「皇女が離れてから合流を果たす前。契約者はその油断から傷を受けた」
「――っ!?」
(あたくしが離れた間に、シャナが……)
その幾らかを自らの責としても背負い……何も言わず先を促した。
「傷は些細な物だ。だが、傷と共に刻みこまれた呪いが身と心を蝕んでいる」
「呪い?」
「その身を心と魂すらも歪め、『吸血鬼』なる魔性へと作り替える呪いだ」
「……残された刻限は?」
会話が止まる。
……しばらくしてから、裏側に苦渋を隠した言葉が返ってきた。
「――保って、半日」
「……」
「皇女よ、もしもあの子が。炎髪灼眼の討ち手が冥府魔道に堕ちる事があれば……」
ダナティアはその続きを言わせなかった。
「救ってみせるわ」
決意を篭めた誓言でアラストールの言葉を叩き切った。
「でも訊いておくわ、アラストール。あなたはまず何を守りたい?」
「何……?」
戸惑いが波となって広がる。
「他を傷つける事も無い幸福な生か、それとも誇り有る死かよ」
「それは当然――」
――フレイムヘイズとしての誇り。
そう答えようとして言葉に詰まる。
それは彼と少女の双方が望む、満足のゆく結末の筈だ。
だが……少女に生きていて欲しいというその想いも、決して嘘では無かった。
なにより天秤の逆側に掛けられた物があまりにも大きすぎた。
だから、当然のはずの答えを紡ぐのに迷いが生まれる。
その様子を見て、ダナティアは微かに口元を綻ばせた。
「あなたは本当にあの子の事を大切に思っているのね」
「……選択肢が恣意的に過ぎる。それに皇女よ、汝はどうするつもりだ」
複雑な想いを内に、アラストールが問い返す。
「あたくしはあたくしのやり方でやらせてもらうわ。
誇りを背負って死ぬなんてバカげてるけど、あたくしに止める権利は無いわね。
でも、誇りが重荷になっていて手を出さない理由も無くってよ」
「誇りは、愚かか?」
「誇りが無い馬鹿は嫌いよ。でも、誇りの為に死ぬ莫迦はもっと嫌い」
その言葉でアラストールも彼女の意志を理解した。
ダナティアはその全力をもって『生かす道』を捜すだろう。
「お話はここまでかしら?」
「そうだ。皇女よ……」
……あの子を頼む。そう言い残し、魔神は去った。
ダナティアもまた、彼に呼ばれて赴いた深層意識の深い底から帰ろうとし……足を止める。
「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……『優しい女帝』さん」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。
* * *
“灰色の魔女”カーラは記憶の海を漂っていた。
そこは深層意識の底。福沢祐巳の奥の奥。
福沢祐巳と、それ以外の人間との境目があやふやな場所。
「ここまで潜る必要も無かったのだけれど」
カーラの知る世界において言えば、ここは夢幻界に近い。
世界は混沌から切り取られた小さな秩序に過ぎない。
その外の混沌に確固とした法則は存在せず、物質という概念すらない。
精神のみで辿り着ける世界。夢幻の世界。
その世界は夢の底、深層心理の奥底から繋がっていた。
(情報が足りないとはいえ、少し焦ったのかしらね)
ここに来る過程でカーラが得られた情報は十分とは言えない。
もっとも何も判らなかったわけではない。
まず、この肉体の本来の主である福沢祐巳は紛うこと無き一般人だった。
彼女の友人達も皆、何一つ特異な能力を持たない普通の人間だった。
魔法は存在せず、機械仕掛けのからくりだけで発展し、
その中でも平穏な時代の豊かで平和な国。暦からして『平成』という理想郷。
武術は有ったが、武道と名を変え、スポーツと精神修養の為に存在していた。
そんな国の中でも上品に育つお嬢様学校から来た者達。
この世界に連れて来られた者達の中では極めて珍しいと言えるのだろう。
だが其れは、『この世界に来るまで』という過去形で語られる事だった。
(ゲーム開始後、約一時間半……)
わずかそれだけの後に再会した彼女の頼れる先輩である友は、吸血鬼と化していた。
どうやらカーラの世界における吸血鬼とは違い、
感染者でも知能や自我自体は残っており、生命活動も終了してはいないようだ。
だが、だからといってそんな事は何の慰めにもなりはしない。
(そして、6時の放送で別の1人が名を呼ばれた)
助けられ生き残った彼女が幸運だったのだろう。
それでも彼女はそれを幸せと思える人間ではなかった。
別に恐怖を感じないで居られるほどに強かったわけではない。
彼女は平和な世界の平和な時代の平和な国の平和な学校から来たあまりにも普通の少女なのだから。
ただ、彼女はその中でも特に感情が豊かで、他人の事にも感動したり泣いたり出来る人間だった。
だから怯えるより早く、その状況を悲しみ、悔やみ、嘆いた。
どうして自分は何も出来なかったのだろう。
どうして自分に、自分を助けてくれた人達のような強さが無いのだろう。
その想いをぶちまけた。
(それを聞きつけ、奇妙な存在が姿を見せた)
500年以上前に滅びた古代王国より連綿と在り続けるカーラから見ても尚、それは奇妙だった。
その『動く血の塊』は参加者の一人である子爵だと名乗り、
彼女と彼女の仲間に瀕死の少女を預けると、少女に力を得る術を教えた。
(食鬼人(イーター)化……)
吸血鬼の血を啜る事によりその力を得る術なのだという。
カーラの世界には無いその術は確かに何か効果が有ったらしく、
少女はその途中の症状と思われる熱と頭痛に苦しんでいた。
だが、カーラと遭遇した時の奇妙な暴走やその後の不安定さは無かった。
それは更に先の、別のお人好し(変人?)達と出会った後の事だ。
熱のため寝かされていた祐巳の記憶には、その時に何が起きたかは殆ど記録されていない。
ただ、唸り声とどたばたとした足音、ガラスが割れる音がして、
祐巳の口に独特の匂いを持つどろりとした液体、すなわち血が流れ込んだ事だけだ。
その後の事は祐巳自身の表層記憶には残っておらず、深層にまで潜る必要があった。
暴走状態で同じく暴走状態にあった竜堂終と激突した事をその双方が覚えていなかったのだ。
――カーラが竜堂終の肉体で福沢祐巳と戦ったのは第二戦だった事になる。
「“偶然”……奇遇にも程が有るでしょうに」
そう呟いた瞬間。
「じゃあ、その“偶然”の裏側はどんな物なのかなぁ?」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。
「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……『優しい女帝』さんに『悪神祭祀』さん!」
――かくして、魔女達は夜会に集った。
【場所:X-?/無名の庵/1日目 16:00】
【十叶詠子】
[状態]:睡眠中(夢を見ている)/体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:????
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:睡眠中(夢を見ている)/疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿
【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化/睡眠中(夢を見ている)/精神、体力共にやや消耗。睡眠にて回復中。
[装備]:サークレット 貫頭衣姿
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:起床後はフォーセリアに影響を及ぼしそうな参加者に攻撃
(現在の目標:坂井悠二、火乃香)
【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中(夢を見ている)/健康/感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。