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458:傷物の風と舞闘団の邂逅

作:◆CDh8kojB1Q

「おい、ヴァーミリオン」 
 物思いにふけっていたコミクロンはある事に気付き、
 正面に座る赤髪に問いかけた。
「雨が止んでるんじゃないか?」
「……そうだな。特に意識してなかったが、雨音が聞こえねえ」
 しばしの沈黙の後、ヘイズは肯定を示した。

 雨が止んだのはヘイズにとってなかなかの朗報だ。
 目下の悩みは、指をはじいた音で空気分子を動かして起動する、
 彼の得意技たる破砕の領域は雨に弱い事だった。
 ランダムで落下する水滴が、論理回路形成に絶対必要な超精密演算を
 狂わすからだ。
 他人の音声などによる分子運動の誤差は、今の演算能力で十分埋められる。
 だが、多量の雨による阻害となると話は変わってくる。
 落下中の水滴一つ一つが空気に及ぼす影響を演算し、なおかつ地表に落下した
 水滴が発する音すら予測して指をはじかなければならない。

 I−ブレインの演算能力低化に苦しむ今の彼には酷な現実だった。
(破砕の領域一発のためにI−ブレインが機能停止したら、洒落になんねえ)
 知人の天樹錬は分子運動制御を使用できるので、雨の中でも問題ない。
 しかし、出来損ないのヘイズはその演算力の代償として一切の魔法を使用できない。
 故に、このまま雨が続いたならば苦戦は必至と覚悟を決めていたのだが――。
「こいつは……ついに運が巡ってきたか?」
「午前中もそう言って、現在はこーゆー状況なんだがな」
 と、お下げの科学者が眼前に数枚のメモを掲げて見せた。
(ぐ、現実的なツッコミだぜ)
 確かに森や海洋遊園地では散々な目に遭った。
 殺されかけたり、殺されかけたり、殺されかけたりした。
(命の危機が三連発かよ……もういい加減慣れてきたけどな!)
 しかも頼みの綱である刻印解除構成式は、知識不足でいまだに未完成だ。
 更には貴重な仲間を一人失い、自分達の状況は悪化する一方だった。

「くそっ! "火乃香の脳"さえどうにかなりゃあ
こっちも自由に動けるってのに……!」
「憤るなよ、ヴァーミリオン。"火乃香の脳"の中枢構造が理解できん事には、
俺達は手も足も出せないんだからな」

 "火乃香の脳"とは刻印の事である。先ほどから二人は筆談や有機コードでの会話を
 放棄して、堂々と口頭会話で刻印解除について論議していた。
 会話をする上で、刻印の盗聴機能を意識する二人は"火乃香の脳"と呼んだのだった。
 これなら管理者に盗聴されても『馬鹿な仲間』について嘆きあう哀れな
 参加者としか理解されないだろう。

 その時、
 コミクロンは向かい合ったヘイズの背後で、何かが動く気配を感じた。
「ほ、火乃香……ようやくお目覚め――」
「静かに……誰かが近くに来てる」
 火乃香の目覚めに対して露骨にどもるコミクロンの台詞を断ち切り、
 彼女は閉ざされた扉の向こうに意識を集中させる。
 それにつられて、男二人も扉の方に視線を向けた。
 しばしの間、応接室に沈黙の帳が下りる。
 痺れを切らしたコミクロンが、火乃香に視線を戻そうとした時、
 ――ジャリ、
 何者かが砂利を踏んで歩を進める音が聞こえた。
 
 
「随分と霧が出てきたわね……」
 九連内朱巳は先行しているヒースロゥ・クリストフに声をかけた。
 だが、鉄パイプを片手に進むヒースロゥの足取りは衰える事無く、
 濃霧を物ともせずに突き進んでゆく。
 その心の内には、ゲームに乗った愚か者に対する怒りの炎が
 激しく燃え盛っているはずだ。

 神社への道中、遊園地から続く浜辺にはくっきりと三人分の足跡が残っていた。
 更に、不安定な歩幅からして最低でも一人は負傷しているらしい事を
 朱巳は確信した。
(あの炎の魔女が死ぬくらいなら、どんな強者が居てもおかしくないわね)
 最悪の場合、三対二の乱戦にもつれ込むだろう。
 乱戦の中でヒースロゥから離れたら終わりだ。自分の本領は闘争ではない。
 万が一のために幾つか逃走経路を設定したが、禁止エリア沿いに逃げる
 ルート以外に確実な脱出法は見つからなかった。
(まあ、こんな所に逃げ込んでる奴等は喧嘩を売ってきたりしないはずよね)
 と、突然ヒースロゥがその歩みを止めた。
「何か見つけたの?」
 背後からの問いかけに対して、ヒースロゥは静かに朱巳と向き直り、
 二つの動作で答えを示した。

 一つは、人差し指を立てて己の口の前にかざした事。
 もう一つは、手に持った鉄パイプで砂利に残った足跡をなぞり、
 その切っ先を神社の社務所に向けた事だった。

 朱巳は悟った。
(負傷者は――この中に居る)

 応接室の中も緊張で張り詰めていた。
「足音から察するに……二人か?」
「当たり。そのままこっちに来るみたいだね。しかも両方とも素人じゃない」
「最悪だ。マーダー二人組みって事はねえだろうな?」
(I-ブレインの動作効率を50%で再定義)
 舌を鳴らしたヘイズは即座に最良の戦法を練り始める。まだ間に合う。
 演算を開始したヘイズの背後から、エドゲイン君を持ち出したコミクロン
 が後ろから囁いてくる。内容は予測済みだったが。

「甘いぞ、ヴァーミリオン。善良な一般人が禁止エリアに囲まれた袋小路に
わざわざ出向く理由が無い」
「しかも怪我人じゃない。気の乱れが見られない」
 火乃香が続けた。もはや黙って隠れる義理は無い。
 殺られる前に、殺る。

(I-ブレインを戦闘起動。予測演算開始)
 同時にI-ブレインが最適な戦法を叩き出した。
「奴等が前に来たらコミクロンが扉を吹き飛ばせ。
破壊と同時に俺が左、火乃香が右を警戒しながら飛び出して先手を取る」
「一応、威嚇と警告はするんでしょ?」
「俺がやってやるよ」
「援護は出来んぞ。連続で魔術を使うとヘイズの頭に負荷が掛かる事は、
前々から承知だ」
 すまん、とコミクロンに告げる間もなく、相手は社務所に進入して来た。
 火乃香が予告した通りに、隙が無い歩法だ。
 直後に遠くで扉を開く音がした。
 と、言っても足音と同様にほとんど音を立てないままだが。
 あの時火乃香が目覚めないで、コミクロンと二人で話し込んでいたとしたら、
(確実に奇襲を喰らってたな)
 今一度、睡眠状態でも警戒を怠らなかった火乃香の鍛錬の度合いに
 驚嘆させられる。
 思考する間に、歩行音が近づいてきていた。
 進入者達は、社務所の入り口からどんどん扉を開きながら進んでいるようだ。
(さて、コミクロン。ここはタイミング命だぜ。お手並み拝見といこうじゃねえか)

 朱巳は入り口から四番目の扉を前の扉同様、ほとんど音を立てずに開け放った。
 瞬間、鉄パイプを持ったヒースロゥが間髪入れずに突入する。
 その背後に隠れつつ、握った砂利を投擲しようとして――人気の無さに気付いた。
 ここも無人だった。残った扉はあと一枚のみ。

 数秒後に、安全を確認したヒースロゥが無言で部屋から出て来た。
 室内で警戒すべきは挟み撃ちだ、と社務所捜索前に提案してきたのは彼だ。
 見た限り露骨に怪しいのは扉が膨張している応接室だが、
 自分達が真っ先にその部屋へ突入した場合、あらかじめ他の部屋に潜んでいた第三者に
 背後を取られて、応接室の内と外からの挟撃を受ける事になる。
 相手は三人。二手に分かれて行動する余裕が有るはずだ。
 故に、朱巳とヒースロゥは時間と手間を掛けてでも
 入り口から順番に扉を開きつつ進入して行く必要が有ったのだ。
 
 しかし、その用心は杞憂に終わったらしい。
 応接室以外の部屋は全くの無人で、挟撃を仕掛けられる可能性は皆無のようだ。
 そのまま一度視線を合わせ、申し併せどうりに最後の扉の前に立つ。
 室内の相手がこちらに気付いた様子は無い。寝込んでいるのだろうか?
 どのみち、作戦は簡単だった。
(あたしが扉を開いて、ヒースロゥが殴りこむ)
 朱巳が手に持った砂利は威嚇・目潰し用であり、あくまで前衛のヒースロゥが
 敵を打ち倒すための補助に過ぎない。
(要は先手を打てればいいのよ。とことん闘う義理なんてないじゃない)
 朱巳はそう考えていた。最も、ヒースロゥは殺人者に手加減する気は無いだろうが。
 そのヒースロゥが自分の横に移動し、僅かに頷いた。突入だ。

 朱巳が眼前の扉を蹴破ろうとした瞬間、
「――罠だ!」
「コンビネーション4−4−1!」
 ヒースロゥに突き飛ばされた数瞬後、先ほどまで眼前に存在した扉が粉砕した。
(粉々に? この攻撃は……! フォルテッシモ?)
 錯乱した思考は、しかしすぐに立て直される。
(違う。あいつは隠れたりしないし、攻撃前に叫ばない)
 じゃあ何者か? と問う直前に、扉の中から二人の男女が踊り出た。

 そのまま二人は、まるで定められた進路が有るかのように左右に分かれ、
 朱巳の眼前には赤髪の男が迫ってくる。
 そのニヤついた顔を見るなり、朱巳は砂利を投擲していた。
(嵌められた――)

 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が、火乃香に対して
 じりじりと後退していくのが見えた。
 火乃香と数回打ち合っても無傷なところを見ると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。

「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。

【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

73 :傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:12:17 ID:QPnmELgG
【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。

【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。

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