作:◆Sf10UnKI5A
歯車様――観覧車の残骸から抜け出たマージョリーは、随分久しぶりに“気を失う”という経験をした。
気絶していたのはほんの数分間だが、そのわずかな時間で三人組の『存在の力』が知覚出来なくなっていた。
「ヒヒヒ、お目覚めかい? 我が麗しき眠り姫マージョリー・ドー」
「うっさいわねバカマルコ。……それにしても、何でここまで力が落ちてるわけ?」
「歯車様の呪いじゃねえンゲェッ!!」
口汚い本を叩いて黙らせたマージョリーは、現在の自分の能力について再認識する。
「存在の力を感知出来るのは……一エリア分の五百メートルも無いわけね」
わずか数分の気絶で、疲弊しているはずの三人組がそれ以上遠くまで逃げられるとは思えない。
知覚範囲に三人動かぬ人間がいるが、全て死体のようだ。
「それで……封絶は使えないのにトーガは使える。でも攻撃力・防御力共に下げられている……」
ブツブツと呟くマージョリーの横、マルコシアスは黙って彼女の言葉を聞く。
「ねえマルコ、本当に過去こういった事件は無かったのね?」
「くどい質問をするんじゃねえよ。このゲームは“都喰らい”と質は違うが、同じくらいに奇妙で危険だぜェ?
もしこんなことが起きてたら、噂が紅世を七周半はしてるだろうさ、ヒヒッ」
「ま、そりゃそうよね……」
マージョリーはグリモアを持って立ち上がり、
「荷物を回収して、そうね……。南は考えにくいし、北の学校にでも行ってみるわ」
「当てでもあんのかい?」
「ただの勘よ、勘」
結果として、彼女の勘は丸外れというわけではなかった。が、
「ギャハハハハハハハッ!!
一体どうしたってんだ!? 我が怒れる戦姫マージョリー・ドー!!
戦いもせず尻尾巻いて逃げ出すなんてよぉブフッ!?」
「うっさいわねバカマルコ! あんた、どうせ判ってて言ってるんでしょ。黙りなさい」
学校には、確かに人がいるにはいた。
しかし目的である三人組は感知出来ず、さらに不幸なことに、
「一ヶ所に六人も集まるなんて、仲良しクラブでも作る気かってのよ」
クエロという名の時限爆弾の存在など露知らず、マージョリーはそう評した。
強襲しようにも、自分の状態は万全にはほど遠い。
やむを得ず見逃すことにして移動中、先のマルコシアスの言葉が出たのだった。
そしてまた、本から声が響いた。
「なあ、ちょいと聞くがよ」
「何よ。またぶっ叩かれたい?」
「いやぁ、生き残るっつーご大層な目標のために、少しは頭を使ったら
……イテテ、要はやり方を考えたらどうだってことだ」
「まさか私に怯え隠れて逃げ回れって言うんじゃないでしょうね」
「そんなんじゃねえさ。殺戮に付き合ってくれそうな輩を探しゃあいい。
――炎髪灼眼とかな」
マージョリーは足を止め、グリモアを睨み、
「……本気で言ってるの?」
「本気も本気だぜぇ、ヒヒッ。ほらよ、俺らがここに来た時は離れ離れになってたじゃねーか。
炎髪灼眼と、アラストールの奴の神器も同じ状況だと思わねえか?」
「アラストールがいなければ、あのジャリをたぶらかせるってわけね」
再び足を動かし始めたマージョリーは、少しして、
「……あまり気の進まない案ね。アラストールがいなくても坂井悠二の奴が一緒なら御破算。
第一、アレは問答無用で襲ってくる可能性もあるわ」
「ギャハハハハ、弱気なモンだなぁ!」
マージョリーはマルコシアスの嘲笑を無視した。
(確かに、誰か協力者を作るってのは良策よね。適当に人数減った所で殺せばいいんだし。
問題は、殺人に躊躇いを持たず、そのために他人と手を組むような人間がいるかどうか……)
空を見上げ、適当に雨宿り出来る場所を探そうか、とマージョリーは思った。
豪雨に揉まれ、草に足を取られながらも折原臨也は市街地に到着することが出来た。
「まずは適当に休憩したい……けれども……」
周囲と探知機を見比べながら、臨也は商店街へと移動する。
商店街に入ってしばらくすると、探知機に変化が現れた。臨也は店の間の物陰に体を隠し、
(一人だけか。位置は、……あの酒屋かな?)
臨也は剣――結局持ち続けていた――とライフルを、街路からは見えないように隠した。
邪魔な雨避けのカーテンは投げ捨て、ナイフと光の剣がすぐ取り出せるか確認する。
作業を済ませた臨也は、特に気負った様子も無く酒屋へと向かった。
二階建ての一階部分を臨也は音を立てずに調べたが、誰も潜んでいる様子は無かった。
ただ、何箇所か不自然に酒瓶が抜けている、
(まさか上で酒盛りでも……そんなわけ無いか)
レジの裏、開きっぱなしのドアがある。臨也はそちらへと足を進めようとする。
その瞬間、不意に、ガラスの割れる音が聞こえた。
続いて、店の外に何かが落ちた音。
(窓から外に逃げた!?)
臨也が外へと振り向くと、そこには――
「下手な真似したら殺すから、大人しく質問に答えなさい」
雨の中、上に向けた手のひらに炎の球を浮かべた、長身の美女の姿があった。
「…………お姉さん、もしかしてベリアルの知り合いかな?」
「誰よそれ。とにかく、コイツを店の中にぶち込めばあんたごと店が炎上するわ。
そのくらい判るでしょ?」
死人に口無しと思い掛けたカマだったが、どうやら外れらしい。
『そんな小さな火の玉で……』と言うことも考えたが、一先ずは大人しく従うことにした。
臨也はゆっくりと両手を上げ、顔に笑みを浮かべると、
「で、質問って何かな、お姉さん」
「気安くお姉さんお姉さん言うのは止めなさい。……じゃ、まず名前」
「折原臨也。お姉さんは?」
「もう一つ、質問に答えたら教えてあげるわ」
互いに薄ら笑いを浮かべたまま、会話が続く。
「……じゃあ、どうぞ」
「何軒も店が並ぶ中で、何故この酒屋を選んだわけ?
単に雨宿りするなら他でもいいじゃない」
臨也の表情は変わらない。
「酒好きだからね、どうせ店に入るならって良さそうな所を選んだだけさ」
「それにしちゃ、随分こそこそしてたわね」
「で、お姉さんの名前は?」
「マージョリー・ドーよ、イザヤ」
と、そこでマージョリーは浮かべた炎を消して見せた。
「度胸と腹芸は及第点ってとこね」
呟き、傍らに落ちていた巨大な本を軽々と拾い上げた。それを持って店の中に入る。
「イザヤ、この周辺にあんたの仲間がいないことは判ってるわ」
「どうかな? 建物の陰に君を狙う銃口があるのかもしれない」
「つまらないことを言うのは止めなさい」
マージョリーは臨也の目を見据え、
「――私にはね、判るのよ。だから正直に話しなさい」
(ハッタリか、超能力の類か……。ま、どっちでも構わないかな)
「おっしゃる通り、俺は一人で行動している。これでいいかい?」
「上等よ。じゃあ次の質問。
このゲームで生き残るために、他人を殺す気はある?」
臨也は少し間を置いて、
「答えにくい質問だね。イエスノーで言うならイエスだけど」
「ならば、一人でやっていくには限界があると思わない?」
その言葉に、臨也は笑みを濃くする。
「手を組んでほしいのなら、最初から言えばいいのに」
「生き残るために手を組むんじゃないわ。“殺すため”に手を組むの。理解出来る?」
「なるほど、参加者の中に邪魔で厄介な相手がいるんだね」
マージョリーもまた笑みを濃くし、
「頭も切れる、と。武器は?」
「ナイフが一本。あと、近くにライフルを隠してある」
――目の前の女は、銃弾の一発程度でくたばる人間じゃない。
――セルティの様に。静雄の様に。萩原子荻が怯えた相手の様に。
「随分好条件なのが飛び込んできたじゃない。ねぇ、マルコシアス」
「何だァ、やっとお喋り解禁かい、ヒヒッ」
新しい男の声、それも近くから。臨也は思わず周囲に目を走らせる。
「そんな怖い顔すんなって、兄ちゃん」
「……まさか、その本が?」
初めて臨也の表情が笑み以外のものに変わった。
「そうよ。本の名前は“グリモア”。喋ってるのは“マルコシアス”」
「ヒヒヒ、ヨロシクなぁイザヤ」
(……いやはや、セルティ以上の変わり者がいるとはね)
「ヨロシク、ってことは、同盟締結ってことなのかな?」
「そっちが構わないならね。断るなら殺すけど」
「いやいや、願っても無い話だよ。ただ、条件があるんだけどいいかな?」
「言ってみなさい」
「襲ってくる相手と、君が狙っている人間を殺すのには手を貸す。
ただし、それ以外の人間が相手なら手を貸さない。
全部の人間を狙っている、ってのはナシ。
俺の知り合い、まあ一人だけだけど、は殺さない。
相手が誰であれ戦闘中にピンチになったら、俺は自分の身を第一に動く。
残り十名前後になったら同盟は解消。これでどうかな?」
マージョリーは、クッと低い笑いを漏らし、
「随分と調子がいいわね」
「君の方が圧倒的に強いんだから、これくらい認めてもらわないと」
「いいわよ。じゃあ私の条件は一つだけ。
――そちらの条件に挙げた以外の状況では、私の仲間で在り続けること。
裏切れば殺す。これでどう?」
臨也もまた、笑いを噛み殺し、
「それは二つじゃないかな?」
「二つでワンセットよ。で、返答は?」
「OK、同盟成立ってことで」
臨也はゆっくりと手を下げる。
マージョリーがゆっくりと手を上げる。
マルコシアスの笑い声をバックに、二人は殺人同盟締結の握手を交わした。
【C-3/商店街、酒屋前/1日目・15:35頃】
『詠み手と指し手』
【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り。やや上機嫌。
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
臨也と共闘。学校組が目障りだと思っている。
シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。やや疲労。
脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、青酸カリ
デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:マージョリーと共闘(利用)。
セルティを捜す。同盟を組める参加者を探す。人間観察(あくまで保身優先)。
ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
ベリアルの本名を知りません。
※酒屋の傍に、・蟲の紋章の剣 ・ライフル及び弾丸(三十発) が隠してあります。
2006/01/31 修正スレ210