作:◆685WtsbdmY
「今度は、手を離さないで」
「…はい」
差し出した手を握る少年の手を握り返し、フリウは歩き出した。
(あたしが、守らないといけないんだ)
潤さんはいない。
チャッピーはもとより、要が戦えるとは到底思えない。
自分が硝化の森に初めて入ったのは十二の時。互いの身の上話などはしていないが、少年の年齢がそれにすら届かないことは容易く知れた。
おそらく、十かそこらといったところだろうか。
(四年前くらいかな…)
ふと、自分が少年と同じ年のころを思い出そうとしてみた。しかし、その記憶はぼんやりとかすみのようなものに覆われて、いくら覗き見ても判然としない――まるで、今の自分たちの姿のように。
それよりも、
父に守られ、初めて森に足を踏み入れたあの日からの二年間。追いつくことのない背中。
“殺し屋”ミズー・ビアンカとの出会い。自分が壊し、サリオンにつれられて後にした故郷。
牢からの脱出。差し伸べられた手。二人旅。狩り。
精霊使い、リス・オニキス。彼に導かれて進む帝都への旅。
そして…精霊使いになった夜。
それらの情景が、浮かんでは消えていく。
あの、近いようで遠い日々、自分は誰かに守られてばかりだった。
けれど、今は違う。自分は、もう、泣くことしかできない子供ではない。
ならば、一人の精霊使いとして…
(あたしは、あたしの役目を果たす。潤さんたちが戻るまで、二人のことはあたしが守る)
(……汕…子)
触れた指の感触は、自分にもっとも近しい者の名を想起させた。
(……傲濫……驍宗さま)
驍宗。一度その名が浮かんでしまうと、わきあがる思いを抑えることはできなくなった。
異常な状況に対する恐怖、孤独、死への不安、他者への気遣い。
そういったもろもろの感情の下に隠されていた――いや、むしろ無意識のうちにおしこめていたのかもしれない――思いが、踏み出す一歩ごとに要の中で形をとり、大きく膨れ上がり始めた。
悲嘆ではない。ただひたすらに驍宗の元に帰りたい、帰らなければいけないという強い意志、ただそれだけに体の全てを支配される。
……帰らなければ。
でも―。
要の額の一点――そこには麒麟の妖力の源たる角がある――に集まった熱は、得体の知れない何かに阻まれ、形をとれずに霧消する。
どうやって?
髪も、服も、空気も。湿って重くなり、体にまとわりついてはなれない。
名を呼ぶ声に、要はあわてて顔を上げる。いつのまにやら足が止まっていたようで、連れの二人が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの」
こちらを見上げる子犬にも、大丈夫だよ、と声をかける。
二人ともそれで納得ができたわけではないのだろう。しかし、問い詰めても無駄だと判断したのか、それ以上は何も聞こうとしなかった。
フリウはかすかな苛立ちや、気遣い、そういった思いのない交ぜになった表情を浮かべると、要の顔から視線をそらした。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
言って、歩き出した。その手に引かれるようにして、要もまた歩き出す。
要は深く息を吸って、吐き出した。そうすることで、気持ちを落ち着かせる。
帰還への意志は、一向に消えることなく心の中に残っていた。しかし、一度明確に認識してしまえば、それによって周囲の状況を忘れてしまうということもない。
たとえ一時といえど、立ち止まり、連れをも危険にさらしたことを要は恥じていた。
自分は何もできない。それでも、自分のために。そして、ここで出会えた人々の気持ちに応えるために、しなければならないことがある。
だからこそ、「頑張ろう」と気持ちを固め、行動に移した。それなのに、先程は……。
戦うことのできない自分のために、二人をこれ以上の危険にさらしてはいけない。
「わっ!! とっと」
フリウしゃんが声を上げて、ボク、後ろを振り向いたデシ。フリウしゃん、要しゃんがいきなり立ち止まったから前につんのめっちゃったんデシね。
「要?」
「要しゃん? どうしちゃったデシか?」
前に回り込んでボクが聞くと、要しゃんも気づいたみたいデシ。一瞬きょとんとした顔をしてボクを見ると、フリウしゃんの顔を見上げるデシ。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの。…大丈夫だよ、ロシナンテ」
こっちを向いて、ボクに声をかける要しゃん。けど、顔色もあまり良くないし、なんだか心配デシ。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
フリウしゃんがそう言って、また歩き出すのについてくデシ。
さっきは要しゃん、いきなり立ち止まっちゃって、ちょっとビックリしちゃったデシ。
本当は学校までもう少しかかるはずデシ。危険が危なくはないみたいデシけど、気をつけなきゃデシ。
……あれ?なんか変デシ。
さっきの人来たとき、ボク、何にも気づかなかったデシ
もしかして悪い人じゃなかったんデシか?ボク、よくわかんないデシ。
「チャピー、そこにいる?」
「はいデシ」
周りは、霧で真っ白デシ。暗くなってきてるし、きっと、要しゃんのむこうを歩いているフリウしゃんからだと、ボクのことよく見えないんデシね。
ずっと前にもこんな霧見たことあるデシ。その時は朝だったデシけど。
あれは……たしか、復活屋しゃんのところに行く途中だったデシか?
……
……
アイザックしゃん、ミリアしゃん、潤しゃん。
これでお別れだなんて…ボク、いやデシよ。
ボク、あきらめないデシから。
だから、必ず待っててくださいデシ。
【C-3/商店街/1日目・17:59】
『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
の二つの能力は刻印により制限されています。
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。
※なお、時間は「濃霧は黙して多くを語らず」の最後の段落に相当します。
2006/01/31 修正スレ201