作:◆CDh8kojB1Q
「ロシナンテ! フリウ! 何処にいるの?」
商店街の一角を高里要はふらふらと歩いていた。
(途中まではフリウと手を繋いでたのに……)
謎の襲撃者から逃れる為、民家から飛び出したのは良かったが、辺りは濃い霧に覆われていて
3メートル先も見通せない。要達は夢中で走っているうちに散りじりになってしまった。
今現在、この街には要独り。
手探りで進む為に、手で触れている商店の壁面はどこまでも冷たい。
要の脳裏に、開始直後の自分以外誰もいなかった倉庫が浮かんだ。
――真っ暗な目の前。
――永遠のような孤独。
――死への恐怖。
扉を開いて入ってきたアイザックとミリアにどれだけ元気付けられた事か。
やたらと強気な潤さんにどれだけ安心させられた事か。
しかし、三人は約束した時間には帰って来なかった。
フリウに対して「潤さんは大丈夫だ!」などと言い切ったが、
彼らとはもう再会出来ない事は理解していた。
フリウもロシナンテも恐らく分かっているだろう。彼らの身に一体何が起こったのかを。
――分かっていても、認めたくない。
――あの泥棒二人が、人類最強が、死んだなんて認めたくない。
気付くと、要は以前訪れた八百屋の近くに来ていた。
確かここでは、人参スティックを食べたはずだ。
その後、奥の民家で救急箱を探そうとした時に、二人は「わぁびっくり」のジェスチャーを見せ、
『さすが知能犯のイエロー!』
『イエローロジカルだね!』
『キイロジカルだな!』
『いいから早く探しましょうよ……』
果てし無くハイな二人の事を思い出すと、少しだけ頬が緩んだ。
(参加者全員を誘拐して、ゲームを終わらすんじゃなかったんですか……?)
このまましんみりするのはいやだったので、そのまま記憶を遡ってみた。
火を放つ少年と老紳士の決闘。
鍵を開けるのに便利なグッズを見て喜ぶ泥棒二人。
放送を聞き、片手で顔を覆う潤さん。
そして――、
『別れがあれば出会いあり!』
『私たちだっていっぱい別れて悲しかったけど、それ以上にいっぱい出会った嬉しさの方がおっきいもん!』
天上抜けに明るいカップルの励まし。
(……アイザックさん、ミリアさん、貴方達二人と一緒で本当に良かった)
回想を終えた要は頬を叩いて気合を入れ、
「……頑張ろう」
勢い良く持ち上げた顔の動きにあわせて長い黒髪が踊る。
霧で濡れて顔にかかった髪をのけ、湿った空気を吸って、大きく吐き出した。
「ロシナンテ! フリウ! ぼくはここだよ!」
同時刻。
殺戮を誓った暗殺者・パイフウは、無人の肉屋の店先でその声を聞いた。
「ロシ……テ! …リウ! ぼ……こ…だ…!」
仲間を探して彷徨っていると思われる、少年らしき者の声。
音量と直感からおおよその位置を割り出して、まだ音源との距離が有る事を確認する。
開いた名簿に“ロシ……テ”なる人物は存在しなかったが、
“…リウ”は恐らくNo13,フリウ・ハリスコーの事だろう。
相手は最低でも三人。自分に暗殺技能が有るとはいえ、全員を仕留めるのは容易ではない。
以前出会った魔女の少女とスーツの少年の事が思い出される。
昼間と同じ轍を踏むのは危険。故に合流される前に片付けた方が好都合と判断する。
ならば先手必勝だ。相手の明確な位置が判明し次第、攻撃しなければならない。
パイフウは名簿をしまい、周囲を確認した。
向かって右に、抱き合って死んでいる赤い女と筋肉質の男。
肉屋の中には、首がちぎれた二人の男女。
他者が存在した形跡は無いので、四人は互いに争って全滅したのだろう。
彼らの支給品は自分の足元に転がっている。先程まで自分はその中身を探っていたからだ。
そして、
「ほのちゃんのカタナ……」
パイフウは、首を失った女の手から一振りのカタナを取り上げた。
血糊が刀身の半分近くまでこびり付いているために、
切れ味は随分と落ちてしまっているだろう。
しかし、身になじんだカタナが有るのと無のとでは火乃香の実力に大きな差が出る。
幸い刀身自体は傷ついてはいない。
火乃香と出会った時に手渡すために、それを自分のデイパックに突き刺しておいた。
その時、
「ロシナンテ! フリウ!」
再び少年の声が聞こえた。
音源との距離はおそらく30メートル前後。位置は肉屋を挟んだ通りのむこう側。
(……霧が濃くて銃撃は不可能。一撃で仕留められる距離まで接近するしかないわね)
幸い濃霧で相手も視覚は死んでいるはずだ。音さえ消せば背後を取れる。
しかし、パイフウが向こうの通りへ移動しようと、肉屋の横の路地へと歩を進めた瞬間に、
「要しゃんの声がしたデシ!」
「要! あたしはこっちだよ!」
少年がいる反対方向から返事が返ってきた。
恐らく少年の仲間だろうとパイフウは察する。
(歩行音は聞こえない……まだ距離が有るわ。今ならまだ姿を見られずに殺れる)
仲間が来ようとも全く障害は無い。
このまま濃霧に乗じて少年を襲撃し、その死体を隠して待ち伏せするだけだ。
だが次の一声を聞き、その打算は崩れることとなる。
「何だか血の臭いがプンプンするデシ。大丈夫デシか、要しゃん?」
(この距離で気付かれた?)
かなりの嗅覚だ。相手は亜人種か強化人間の類かもしれない。
これでは姿は見られないまでも、臭いで正体がバレる可能性が高い。
万が一逃亡されると、今後の奇襲に支障をきたす。
そう判断したパイフウは計画を取り止め、一時機会を待つ事にした。
「ぼくは無事だよロシナンテ。……たぶん血の臭いは八百屋の近くのお爺さんの物だと思う。
あの人が死ぬところをアイザックさん達と見たんだ」
「そうデシか。とにかく要しゃんが無事でよかったデシ」
「途中まであたしの横を走ってたのに。どこに行ってたの?」
合流した少年達はパイフウの存在に気付かなかった。
運良く自分の周囲の死体の臭いと遠くにある死体の臭いとを勘違いしたようだ。
しばらく談笑した後に、
「あたしはやっぱり移動したほうが良いと思う」
「潤さん達が待っててくれてるかもしれないしね……」
「……一番近いのは学校デシ」
行動指標を定めた三人は、最後までパイフウに気付かぬまま行ってしまった。
しかも彼らの会話は筒抜けであり、パイフウは三人の内で最も場慣れしているのは、
フリウ・ハリスコーなる少女だと推測した。
更に嗅覚の優れているロシナンテ(フリウはチャッピーと呼んだ)は会話から
しゃべれる犬だという事も判明した。
風下から霧に紛れて接近すれば一撃離脱戦法での各個撃破は可能だろう。
だが、問題が無いわけではなかった。
(学校で“潤さん”が待ってるって言ってたわね……)
学校まで直線距離にして数百メートルしかない。
短時間で三人。気付かれること無く無力化するのはかなりハードだ。
「……」
パイフウは無言でデイパックを肩にかけると、霧に溶け込むかのように走り去った。
肉屋には、物言わぬ死体が残された。
【C-3/商店街/1日目・18:00】
『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。
【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
3.フラジャイル・チルドレンの暗殺
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。
[備考]:肉屋の周囲にアイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、ハックルボーン、
哀川潤の死体と支給品(火乃香のカタナを抜かした)が転がっています。