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440:切り裂く風、噛み砕く犬

作:◆7Xmruv2jXQ

 体温が急速に冷えていくのは雨のせいだけではないだろう。
 与えられた五粒の錠剤――――カプセル。
 物部景から悪魔召喚の秘薬として聞き及んでいたそれは、外見があまりに普通過ぎるため
に逆に暗い魔力を感じさせる。
 一切の判断を放棄して飲み込んでしまいたくなるような、妖しい魅力。
 風見は誘惑を振り払うように二度、三度と頭を振った。
 飲むべきか、飲まざるべきか。
飲んだ場合、うまくいけば悪魔という武器が手に入る。甲斐自身が悪魔戦のエキスパートで
ある以上、それだけで甲斐を打ち負かせるとは思えないが、今よりははるかにマシだろう。
 ただしカプセルはあくまでドラッグだ。
 カプセルについて風見が持っている知識は多いとは言えない。その副作用は不透明、武器を得
る代わりになにかを失うことは十分考えられる。
 加えて言うなら、どちらを選んだところで狂犬の牙をやり過ごせる保障はないのだ。
 もっとも確実な手段は甲斐を射殺することだが、グロックは腰の後ろ。
 抜いて、照準、発砲。
 それだけの時間を甲斐がくれるかは疑問だった。
「迷ってんのか? お前に選択権はねえよ。さっさとカプセルを――――」
「一つ聞くわ」
 甲斐の言葉を遮って風見は問いを発した。
 どちらを選択するにしろ、絶対に聞いておかなければならない問いを。
「……私が最初なのかしら? それとも、もう誰かを殺した?」
 うな垂れながら問うた風見に対して甲斐は、
「はっ! 何を聞くかと思えば。……殺したぜ? 随分と呆気なかったがな」
 後悔も懺悔もなく。
 ただ物足りなかったとばかりに、そう言った。

『甲斐が、馬鹿をしていたら、遠慮は……いらな、い……』

「そう」
 風見の周りで空気が変わる。
 握っていたクロスを首にかけ直す。
 躊躇の色は一瞬で消え、決意の篭った眼差しが甲斐を見据える。
 風見はカプセルを指で摘み、甲斐に向かって挑戦的に突き出した。
「……いいわ。乗ってやろうじゃない」
 雨の幕の向かうで甲斐が獰猛な笑みを浮かべる。
 バトルマニア。正にその通りの気質だった。
 己の欲を隠そうともせず、刹那の炎だけを求めている。
 この狂った島の狂った空気に順応してしまった人間。
 他にどれだけ、甲斐のようなものがいるのだろう?
 風見が一つ、息を吐いた。
 五錠のうち四錠はポケットの中へ。残された一つをじっと睨み、
 ――分の悪い賭けかもしれないけど……。
 風見は、カプセルを口へと放り込んだ。                 
 
 
「……いいわ。乗ってやろうじゃない」 
 その言葉に甲斐は震えた。
 まるで熱に浮かされたように全身が熱く、意識が昂ぶっている。
 甲斐は狂犬の王にふさわしい、凶暴な笑みを浮かべた。
 肉体が求めている。
 精神が欲している。
 魂が叫んでいる。
 胸に溜め込んだ鬱積を、残らず吹き飛ばしてくれる闘争を。
 既に失われた好敵手。この島の連中に奴の代わりが務まるだろうか?
 風見一人では足りないだろう。
 だが五人なら。十人なら。五十人なら。
 放送前まで頭にあった緋崎正介、そして海野千絵のことは暗い怒りよってに意識の奥へ沈んで
しまった。

 ありとあらゆる敵と全力で戦えば、きっと満たされる。
 
 甲斐を支えているのは、もはや、それだけなのだ。
「…………っ!」
 わずかな逡巡の後、ついに風見がカプセルを飲み込んだ。
 一人目として風見ほどの適任者はいない。
 なんせ、物部景に庇われ、生き残った女なのだから。
 ――奴の十分の一でも俺を楽しませてみろ。
 凝視する。風見が悪魔を喚び出すのを待つ。
 普段の甲斐はカプセルを飲んでいても芯は冷静だった。
 しかし今の甲斐は明らかにカプセルの悪影響を受けている。
 情緒は定まらず、意識は暴走し、判断力は低下している。
 だから行動が遅れた。
 風見がそれを持っていることを、甲斐は知っていたはずなのに、だ。
 風見の細い体がふらりと揺れ、しかし踏みとどまり、
「あん?」
 乾いた音が雨音を貫き甲斐に届いた。
 左腕に衝撃。片足がバランスをとり直そうと浮き上がり、地面を捕らえるのに失敗する。
 ぬかるんだ湖底に転倒する。
 倒れる寸前の視界には、銃を構えた風見の姿。
 ――撃たれた……のか!?
 痛みが遠い。
 憤怒と憎悪が沸騰し、次の瞬間には氷点下まで冷えて固まる。
 狂犬の王は、音なき咆哮を上げた。  

 ――外した!
 口からカプセルを吐き出して、風見は毒づいた。
 放たれた銃弾は二発。
 一発は甲斐の足元に着弾して土を穿ち、もう一発は甲斐の左腕にかすっただけで、そのまま後方へ
と消えてしまった。
 カプセルを飲んだふりをして油断を誘う。
 腰に差していたグロックで悪魔を使う間を与えず仕留める。
 それだけの単純な計画。
 悪魔戦を熱望していた甲斐は銃を撃つ隙を見せたが、もともと射撃が得手な訳でもなく、加えてぬか
るんだ足場、見えずらい視界、滑るグリップと悪条件が重なった。この状況で抜き撃ちを選んだのは無
謀だったかもしれない。
 胸によぎる後悔を押し殺して、階段へ近づく。
 少なくとも蒼い殺戮者は銃声に気づいたはずだ。こちらの状況は察してくれるだろう。
 援護は期待できないが、地下まで辿り着ければすぐに行動に移れる。
 甲斐は未だ倒れたままだ。
 この隙に階段を降りれれば、一応は風見の勝ちとなる。
 一発ぶん殴ってやりたかったが仕方がない。生き残るほうが優先だ。
 雨水が流れ込んでいる階段に足をかける。
 滑る階段を一気に駆け下りようとして……風見は横っ飛びに跳躍した。
 風が叩きつけられる。巨大な質力が高速で通り過ぎた証。
 跳ね飛ばされた雨粒が風見の顔を叩いた。
 空気の唸りが鼓膜を揺らし、その存在感を誇示していく。
 体にかかる力に逆らわず地面を回転、素早く立ち上がり、風見は目撃した。
 大の字に寝転がったままの甲斐の上空に、尾を靡かせ、ゆっくりと帰還する黒い鮫。
 風を切り雨を泳ぐその姿に、風見はわずかに見惚れた。
「これが、甲斐氷太の悪魔……」
 物部景からは強力な悪魔としか聞いていなかった。
 全ての悪魔の中で、最強の一体だと。
 なるほど、確かにこれは最強だ。風見は苦笑した。

「……G-Sp2を回収しとくべきだったかもね」
 見上げていた視線を地上へ戻せば、皮ジャンの上から血の滲む左腕を押さえ、甲斐がゆっくりと起き
上がったところだった。
 暗く沈んだ瞳の色は、血のような紅色をしている。
「……カプセルを飲んだのはフェイクか」
「ええ、そうよ」
「飲む気はないってことか?」
「ええ」
「そうか」
 甲斐は静かに呟く。
 先ほどまでの熱に浮かされた雰囲気は鳴りを潜め、代わりに冷たい怒りが周囲に渦巻いている。
 静かな憎悪が、甲斐の瞳を濡らしていく。
「もうお前に用はねえ。さっさと死ね」

 ――今のは銃声か。
 蒼い殺戮者は地下にありながら、確かにその音を捉えていた。
 風見のものか、それとも相手のものか。
 いずれにしろ敵に遭遇したと考えて間違いはないだろう。
 蒼い殺戮者は視覚センサーを階段の先へ向ける。
 出口までは辛うじて視認可能だが、だからといって何ができるわけでもない。
 ――いや。できることはある、か。
 階段のつくる角度とこの空間での自身の稼動可能範囲、握った支給品の重量を確認する。
 おそらくは、可能だ。
 問題は二つ。
 一つは都合よく敵が出口の上に立ってくれるか。
 もう一つは風見と敵とを判別できるかだ。
 万が一階段に逃げ込んだ風見を攻撃しては目も当てられない。
 蒼い殺戮者は出来る限り音を殺し、地上を窺う。
 足音と叫び声から推測を繰り返す。
 その時を、じっと待ち続ける。

 一直線に迫る黒鮫は確かに速いが、見切れないほどではない。
 風見は再び横っ飛びにかわそうと考える。
 鮫を避ければ甲斐は無防備だ。
 残りの弾を全部使えば、一発ぐらい当たるだろう。
 しかし半ば自棄になりながらの風見の作戦は前提からあっさりと破壊された。
 期待どおり黒鮫は再び突進してきた。
 全身に響く威圧感に耐えながら、跳躍する機を窺い――――風見の顔に驚愕が走る。
 黒鮫は風見より数メートル手前で停止、慣性を殺すことなく回転して尾びれを叩きつけてきた。
 線の攻撃から面の攻撃への移行。
 黒鮫の全長を考えれば横に飛んでも叩き殺される以外の結末はない。
 咄嗟に後ろに倒れこむ。地面に伏したと同時に尾が一秒前まで風見がいた場所を通過。
 その一撃に風も、雨も、根こそぎ吹き散らされる。
 遠心力が加わったそれはおよそ人体が耐えられる攻撃ではない。
「覚なら平気かもしれないけど!」
 身を起こす。走る。
 黒鮫を挟んで風見と甲斐が対峙する構図だ。階段はちょうど黒鮫の真下。
 風見は階段を中心に弧を描くようにして疾走する。
 長期戦は明らかに不利だ。すでに雨で手がかじかみ始めている。
 黒鮫は甲斐のもとへ戻ることなく、巨躯を捩って風見へ牙を向けた。
 宙を踊り、飲み込まんと迫る。
「……っ!」
 連続して銃声が響く。銃弾の幾つかは鮫の顔面を穿ち、肉が弾けた。
 だが質量が違いすぎる。
 銃弾が黒鮫に与えた痛痒はわずかなのか、迫る勢いは緩まない。
 風見は再び地面を転がった。
 ぎりぎりの回避行動がなんとか功を奏する。
 巨大な風圧に押され数メートルを短縮。後ろ髪が数本ちぎれて風に舞った。
 ――心臓に悪いわね!

 回転する視界に甲斐の姿が映る。立ち止まったまま動いていない。
 かじかんだ手が反射的にトリガーを弾く。
 不安定な体勢だったのが逆に良かったのか、銃弾は真っ直ぐに甲斐を捕らえた。
 弾は胴体の中央に向かって高速で飛翔し、
「……嘘でしょ」
 甲斐の眼前に出現した、白い鮫に阻まれた。
 風見の顔に浮かんだ喜色が漂白されたように色を失くす。
「ツーパターン。……物部から聞いてなかったのか?」
 甲斐は低く笑い、待機する黒鮫へと歩み寄った。白鮫がそれに追随する。
 水を吸った皮ジャンの上から強く腕を押さえている。まだ血は止まっていない。
 甲斐は胡乱な目つきで足元の階段を見た。
「さっきからやけに足元を気にしてると思ったが……階段とはな。
 地下がありやがるのか、この島には」
 風見は荒くなった息を整えつつ思考を巡らす。
 悪魔が二匹に増えた以上、距離をとっての銃撃は無意味だ。
 攻撃と防御を同時に行えるのなら風見に勝ち目はない。
 どんなに逃げまわっても体力が尽きたところで食い殺されるだろう。
 なんとかして悪魔を封じなければならない。
 だが、どうやって?
 風見の視線が強さを増す。
 彼我の距離は五メートル。
 十分に風見のマウンド――――格闘戦に持ちこめる距離。
 めんどくせえと眉を寄せる甲斐は一見隙だらけ。
 しかしその頭上には二匹の鮫が警戒も露に泳いでいる。
 残りの銃弾を使って悪魔を掻い潜り、甲斐に接近するしかない。
 ――今度は間違いなく分の悪い賭けだわ。
 進むべき方向、タイミングを誤れば死ぬ。鮫たちのプレッシャーに臆すれば死ぬ。運が悪くても死ぬ。
 だが、覚悟はとっくに決まっている。
 風見は無理やりに笑い、甲斐に銃口を向けた。

 トリガーに指をかけようとした瞬間、甲斐が紅い瞳で風見を睨み、黒鮫が動いた。
 距離がない以上今までのような回避は不可能だ。
 もとより、風見に甲斐との距離を離す気はない。交差してかわすために風見は前へと走る。
 黒く巨大な弾丸が徐々に視界を占領していく。
 実際には一秒に満たなかっただろう時間の中で、風見はトリガーを弾けるだけ弾いた。
 残弾数は八発。無駄に使いたくはないが、当てられなければ後が続かない。
 狙いは主と同様に紅い、黒鮫の右目。
 一発、二発、三発と放ち、二発が吸い込まれるように命中した。
 黒鮫がのたうち悲鳴を上げた。
 眼球に銃撃を受けるというのは想像以上の衝撃で、甲斐が思わず苦悶の声を上げる。
 ――だがウィザードはこんなもんじゃなかった。
 苦悶の声を上げながらも、甲斐の中で醒めた声が響く。
 吐き気を催すようなドロドロとした感情が甲斐の頭を灼く。
 甲斐はカプセルを懐から拾い上げて無造作に嚥下した。
 鼓動が跳ね上がり、血液に混じって稲妻が走る。
 乱れた黒鮫の動き制御する。手綱をとって瞬く間に支配下に置く。
 しかし遅い。黒鮫の動きが乱れた一瞬を逃さず風見は跳躍していた。
 苦痛に大きく開かれた黒鮫の口内に自ら飛び込み、絶妙のタイミングで顎を踏み切る。
 牙が足を掠めるが風見は無視。甲斐が制御を取り戻したときには黒鮫の頭上へと到達していた。
 雨で艶やかに濡れた黒鮫の表皮を風見が走る。黒鮫が浮き上がり、その筋肉の脈動を足の裏で感じる。
 黒鮫の上、地上から三メートル程高くにいる風見と、地上の甲斐の視線が交錯する。
 風見は狙い通り第一陣を突破した。矛をかわされた甲斐は、盾を前に突き出すしかない。
 盾をもかわし切れれば本体は無防備だ。
 と、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 主の命に黒鮫は迅速に応えた。
 尾びれが鞭のようしなり、黒鮫の背中を駆けていた風見が大きくバランスを崩した。落下する。
「くっ!」
 風見の落下軌道の先には甲斐がいる。
 その甲斐との間に、白い鮫が割り込む。この第二陣を破らなければ、甲斐には届かない。

「喰われろ!」
「邪魔よ!」
 甲斐の怒号を、雨音を切り裂いて、風見が叫ぶ。
 真下から襲い掛かる白鮫に残り全弾を叩き込む。空中で無理やり身を捻る。
 ――かわせない!?
 近距離から銃弾を受けようとも、白鮫は全く揺るがなかった。
 主の意志に従い、愚かな獲物を噛み砕こうと口を開いた。
 びっしりと並ぶ牙が光る。無数の雨粒が黒い口内に吸い込まれていく。
 風見が死を予感し、悔しげに白鮫を睨みつけた。
 甲斐が勝利を確信し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
 そして。
 ゴッという鈍い音が、辺りを揺らした。
 甲斐がかすれた息を吐いて前のめりに倒れる。同時に二匹の鮫が力を失い地に伏せた。
 落下する風見には、甲斐の背中に何かが激突したことだけがわかった。
 跳ね返り地に転がる長細いシルエットは、
 ――ブルーブレイカーの木刀!
 おそらくは地下の蒼い殺戮者が木刀を投擲したのだろう。
 それがうまいこと甲斐に当たったのは運いいとしか思えなかった。
「また借りが増えたわね」
 苦笑した風見が着地すると同時、甲斐が跳ね起きた。
 両者の距離はもはや零。今度は至近距離で視線が交錯する。
 甲斐の瞳が紅く染まり――――
 次の瞬間、風見の左フックが甲斐を打ち据えた。
「ぐおっ!」
 弾のないグロック19を捨て、のけぞった甲斐の襟首を風見が掴む。
 口を切った甲斐は血の混じった唾を吐き、変わらず冷めた目で風見を見た。
「仲間がいるとはな」
「一人って言った覚えはないわね」
「アイツを見殺しにして……ちっ、やめだ。
 今そんなことはどうでもいい。それで、こっからどうする気だ?
 俺はこっからでもお前を殺れるぜ?」

 うそぶく甲斐に、風見は口元を吊り上げた。
「こう……するのよ!」
 襟首を掴んだまま、足を払い、風見は横へ倒れこんだ。
 その先には地下への階段がぽっかりと口を開けている。
「お前、正気か!?」
 甲斐の罵声を残し、二人はもつれるように転がっていった。
 
 何度ぶつかったかもわからない。
 とにかく体がバラバラになるのではと思うほどぶつかってから、二人は地下へと到着した。
 風見が手を離し、甲斐が風見を蹴り離した。結果二人はわずかな距離を置いて停止した。
 甲斐が通路の北側を、風見が南側を塞ぐ形だ。風見の横手には階段がある。
「痛っ……。覚悟はしてたけど、やっぱり痛いわね」
 風見は蹴られた脇腹を押さえながら愚痴り、甲斐は無言で立ち上がった。
 階段を落ちた際の損傷は二人とも似たり寄ったりだろう。
 それなりに痛むが、我慢できないほどではない。
 奥歯を噛み締めた甲斐に対し、風見は笑った。
 甲斐は風見の背後を見ている。
 蒼い装甲。
 最強を誇る自動歩兵。
 人ではないというだけで、それは明確な脅威に映る。
「無事か、風見」
「おかげ様で、なんとかね」
 蒼い殺戮者の言葉に、風見は荒い息のまま応じた。
 すでに体力は限界に近い。
 ふと違和感を覚えて足を見れば、右足が赤く濡れていた。黒鮫の牙が掠めたときの傷だろう。
 寒さのせいで痛みは麻痺してしまっているが、血は止める必要がある。

「……そいつが仲間か」
 甲斐が呟く。
 階段付近はやや広くなっているものの、人が二人並べるかどうかというところだ。
 蒼い殺戮者は通路ぎりぎりの大きさ。合流したところで二人同時には攻撃できない。
 だが風見が下がり蒼い殺戮者が前に出れば、甲斐は悪魔なしには対抗できないだろう。
 しかし。
「ここまで狭いとアンタの悪魔は使えない」
 その言葉に甲斐の眼差しが荒々しい刃となる。
 ぎしりと奥歯が音を立てた。
 真紅の眼差しに臆することなく、風見は不敵に微笑む。
「さあ、立場は逆転よ。ここからどうするのかしら、甲斐氷太」 
 短い時間、遠くの雨音を残して音が消えた。
 緊張を孕んだ睨みあい。
 その間に甲斐が何を思ったかはわからないが、
「次はねえ。今度会ったら、必ず殺す」
 低く呟いて、甲斐が背を向けた。
 水に濡れた重い体を引きずるようにして地下通路の奥へと消える。
 甲斐の姿が見えなくなってから、風見は大きく息を吐いて、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。
 疲労が一気にぶり返してきた。瞼が重く、倦怠感に包まれる。
「良かったのか?」
「……仕様がないわよ。私に追って倒せるだけの体力は残ってないわ。
 この狭い通路じゃ、アンタは追いつけないでしょ?」
 力なく笑った風見にそうだな、と答えて、蒼い殺戮者は頭上を見やる。
 雨音は絶え間なく続いている。
 風見は体力の消耗の激しい。休息が必要だ。
 ――この雨では、参加者の動きは止まるだろう。
 片翼の無事を願いながら、蒼い殺戮者は風見に休むよう告げた。


【B-7/湖底の地下通路/1日目・15:10】
【風見千里】
[状態]:全身が冷えており疲労困憊(休養の必要あり)。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに四錠)、頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:眠い。BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)。腹部に鈍痛。あちこちに打撲。カプセルの効果でややハイ。
    自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:逃走。次にあったら必ず風見とBBを殺す。
    とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

※グロック19(残弾数0・予備マガジン無し)、梳牙は地上の階段付近に放置してあります。

2006/01/31 修正スレ193

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