作:◆7Xmruv2jXQ
――埋葬に立ち会うのは二度目か。
蒼い殺戮者は細い少女の背中を眺め、静かに思考した。
装甲の蒼が薄闇に滲んでいる。
この場所に太陽の光は入らない。
地底湖の水面が弾くわずかな光だけがここでの照明だ。
査察軍の任務で夜間行動をとることもある蒼い殺戮者に暗闇は問題ではないが、他の人間――――例えば同盟中の少女などは影響を受けるだろう。
薄暗い地下の冷たく暗い穴が、風見にはどう写っているのか。
蒼い殺戮者は沈黙を保ち風見を見守る。
風見の腕には青い布に包まれた、少年の体がある。
物部景。
名簿の一番初めに記されたその名前は当然記憶している。
そしてその名前は、二度目の放送をもって削られた名前でもある。
彼女が半日の間行動を共にしていた少年らしいが詳しいことは聞いていない。
あの拳銃使いから彼女を庇い、死んだ。
名前以外に蒼い殺戮者が少年について知っていることなどそれくらいだ。
……風見が動いた。
膝を曲げ、体を地面に近づけ、抱えた体を足元の穴へ、そっと横たえる。
風見は何度か少年の体の土を払い、しゃがみこんだまま動きを止めた。
あたりを静寂が包む中、蒼い殺戮者は思考を続ける。
こうしている間にも時間は過ぎていく。
島内は依然として危険だ。
早く捜索に動き出さねば取り返しのつかないことになるかもしれない。
火乃香、パイフウ、そしてしずく。
彼一人の捜索者にしても数は多い。
それでも蒼い殺戮者は風見を急かそうとは思わなかった。
それはしずくと、眼前の少女の姿が重なったからなのかもしれない。
自分が殺した鳥の死を想ったしずく。
自分を庇った少年の死を悼む風見。
どちらの感情も、蒼い殺戮者には未だに理解できない。
――俺は、喪ったことがないからだろう。
思考を打ち切り、蒼い殺戮者は静かに空気を揺らした。
梳牙の土を払い、風見から距離をとる。
何も知らないものが側にいるよりも、死を悼むのなら一人の方がいい。
未発達な彼なりに、考えた結果だ。
蒼い殺戮者は離れる前に風見の背中越しに少年を見た。
色失った顔。
閉ざされた双眸。
青いウインドブレーカーに包まれた体は小さい。
少年の青を塗りつぶすように、赤い血の染みが広がっている。
少年の、戦った証だった。
――お前が戦ったように、俺もまた戦おう。
守るために。
自らの命を賭して。
血に汚れてなお鮮烈なブルーを脳裏に刻む。
戦う理由は違うかもしれない。
それでも、向いている方向は同じはずだ。
蒼い殺戮者は確信があるかのように胸中で呟くと、意識を切り替えた。
センサーの感度を最大に。
襲撃者が現れても、即座に風見の下へ飛び込めるよう用意する。
風見が満足するまで、もうしばらくかかるだろう。
その間安全を確保するのは彼の仕事だ。
時刻を確認し禁止エリアと照合する。
今後の行動目的、移動ルートに変更はなし。
「お前のタマシイは、空へと還ることができたのか?」
呟きに応えるものはいない。
蒼い殺戮者は、少女の別れを邪魔せぬよう沈黙した。
* * *
蒼い殺戮者が離れていくのは気配でわかった。
どうやら気を使ってくれたらしい。
風見は胸中で苦笑した。
3rdの自動人形ではあるまいし、あの歩兵にそんな気遣いが可能だとは。
よくよく考えればすでにかなり世話になっている。
拳銃使いから逃げ切れたのは彼のおかげだし、墓を掘ったのも彼だ。
どこかでまとめて借りを返さなければならないだろう。
「アンタに借りた分は、返せなかったわね」
墓穴に横たえられた、小柄な少年を見やる。
自然と体が震えた。
物部景。
島での最初の遭遇者。
線の細い、頼りなさそうな少年。
青いウインドブレーカーの魔法使い。
共同戦線……この時は、まだ疑いを持っていた。
移動途中に少女の遺体を見つけた……この島の現実を認識した。
どこか奇妙な女の子に襲われた……庇われ、少年は傷を負った。
眠る少年の顔を見る……この時、疑うことを止めた。
腕を振るった朝の食卓……ちょっとした恩返しだった。
襲撃者の登場……再び庇われ、少年は、命を落とした。
彼との同盟は、たったの半日しか続かなかった。
間違えた判断を後悔する。
間違えた自分を憎悪する。
戦うことには慣れていた。命が失われる意味も知っていた。
だから大丈夫だと、自分はなんとかできると驕っていた。
風見千里の驕りこそが物部景の命を奪った。
捨てることのできないその思いが、震えとなって現れている。
「……っ」
風見は奥歯を噛み締めた。
握った拳がぎしりと音を立てる。
謝るというのは違う。
礼を言うのもずれている。
泣くというのはもっての他だ。
他人を庇って死ねるような大馬鹿者を前に、そんなことをしても仕方がない。
どこか皮肉った笑みを浮かべて笑われるのがオチだ。
――君はそんなことをしてる場合なのか?
――ここは殺人ゲームなんてイカれたイベントの真っ最中なんだぜ?
――さっさと自分の身を守ることを考えるべきだな。
その時の仕草すら見えるようで、風見は再度苦笑した。
そして手を伸ばした。
景の首にかかった銀のクロスを外し、立ち上がる。
風見は胸元で強くクロスを握りこんだ。
五本の指に、灼けるような冷たさを感じる。
冷たさは体と心に食い込む痛みだ。
肉を裂き心を乱す。
それでも、その冷たさを意識するのは悪くなかった。
少年が最後に発した言葉を、胸の奥で噛み締める。
『ぁ……さちゃ……ごめ、ん』
『……なたを……まも、れ……』
物部景には帰る場所があった。
おそらくは、そこで待っている人がいた。
彼が守るべきなのはその人であり、自分などではなかったはずだった。
「これ、借りてくわよ」
物言わぬ彼に告げる。
風見の脳裏には一つの名前があった。
海野千絵。
他の二名の知り合いとは違い、景がきっぱりと仲間だと告げた少女。
彼女はまだ生存している。
なんとかしてこのゲームを終わらせ、そして、海野千絵に、このクロスを届けてもらう。
青い魔法使いの、待ち人の下へ。
風見はクロスを自分の首にかけると、よしっと頬を両手ではたいた。快音が響く。
顔がひりひりとする。
硬い相方のせいで溜まっていたフラストレーションが少し解消された気がする。
盛られた土を穴へと落とし込んでいく。
青が、姿を消していく。
五分ほどで少年の姿は見えなくなった。
最後に手の平で土を固め、丸石を添える。
腰に手を当て、風見は胸を張って言葉を放った。
「意地でも生き残ってやるわよ。佐山の馬鹿や覚と合流してね。
アンタの言葉も、絶対伝える。
だから……ちょっとの間、寝てなさい」
風見は息を一つ吐くと、躊躇いなく後ろを向いた。
――さあ、気合を入れなさい。
後悔はある。しかしそれに押しつぶされるわけにいかない。
物部景の死を抱えたまま、風見千里はさらに先へと進んでいく。
それが、風見にできる唯一のことだ。
「ブルーブレイカー! 待たせたわね」
叫びながら、風見はやれやれと肩を竦める、魔法使いの声を聞いた気がした。
* * *
腕時計を見る。
時刻はニ時四十五分。
埋葬を終えて歩き出してから四十分が経過していた。
「結構続いてるわね、この地下道」
「そのようだ。あるいは、島を一周しているのかもしれない」
「その可能性は高いかも。
私が逃げるのに使ったのと、アンタが入ってきたの。
すでに二つの出入り口があるんだもの。他に出入り口があったっておかしくないわ」
「あの二箇所だけという可能性もあるが」
「……そうね。
ただあの二つだけが地下への下り口だとしたら距離が近すぎる。
今私達は島の東に抜けてるみたいだし、そっちにも出入り口はあるんじゃないかしら」
小声で会話を交わしながら二人は進む。
風見はともかく、蒼い殺戮者にとってこの地下道は狭すぎるようだ。
歩いくだけで装甲が壁にぶつかってしまうので、さきほどから何度も体を入れ替えている。
当初の予定通り地下道を探索し始めたのはいいが、これは思わぬ誤算だった。
と、薄暗かった通路に徐々に光が増える。
通路がやや明るくなったあたりで、風見たちは歩を止めた。
「人の痕跡だわ」
「食事をしたようだな。人数は判然としないが」
自分たち以外にも地下通路を使っているものがいる。
それを悟り、自然と二人は緊張を強くした。
周囲を見回せば、容易く階段が見つかった。やはりこちらにも出入り口はあったようだ。
「ここにくるまでは一本道で他の人間には出会わなかった。
この階段から上に上がったか、この通路を先へ進んだかだ」
とりあえず二人は上に上がることにした。
これからも地下を使うことはあるだろう、この出入り口がどのエリアなのか押さえておきたい。
「俺が行く。地形データとマップを照合するのは容易い」
風見に異論があるはずもなく、蒼い殺戮者が階段を昇ろうとしたのだが……
「……無理みたいね」
「……飛行ユニットを使っても不可能だ」
「両側の壁が狭いからしょうがないけど、なんというか脱力するわねー」
半眼でぼやきながら、風見は階段を昇り始めた。
階段は人一人が通れるほどの幅しかなく、蒼い殺戮者には通行不能だ。
風見が行くしかない。
「気をつけろ」
「ヘマするのには飽き飽きよ。五分で戻るわ」
短く答え、風見は地上へ消えた。
「……雨?」
風見が地上へ出ると同時、無数の雨粒が体を叩いた。
耳に染み込むような雨音。
靴が踏みしめた土は泥のようで、危うくバランスを崩しそうになる。
服にたちまち水が染み込んで体温を奪っていく。
風見は天を仰ぎ嘆息した。
長居は遠慮したいところだ。
意味もなくクロスを弄びながら辺りを見回す。
風見のいる場所は巨大な窪みの中心だった。
本来そこは湖で水が抜けて湖底が露出したのだが、神ならぬ風見にそこまでわかるはずもない。
「とりあえず何もなさそうね」
額に張り付く前髪をはがして風見は呟いた。
――できるだけ覚えとかないと。
周囲の地形を覚え、ここがどのエリアか判別しなくてはならない。
ここで地図と照らし合わせたいところだが、この雨ではそうはいかない。
照合は地下に戻ってからの作業になる。
持ち時間は五分。
雨が勢いを増す中、風見は水流で見づらい時計で時刻を確認、記憶を開始した。
* * *
西の森を抜けて男はエリアB-7へと踏み入った。
降りしきる雨が全身を濡らしているが、男に気にした様子はない。
男は雨のスクリーンの向こう、何かが動いた気がして目を細めた。
「あれは――――」
* * *
「こっちは南だったわね。見通し悪いけど・・・・・・特に見るべきものはなし」
少しづつ体を回して視界を動かす。
――東には何かある。結構大きいけど、見通せないか。北には灯台。西には・・・・・・
森が、と胸中で呟いて、風見は動きを止めた。
西の森の前に立つ、凶相の影。
雨で霞んだその姿は判然としない。
影は歩を進め、跳躍して湖底へと降り立った。
ぼんやりと男のシルエットが浮き上がる。
男が近づいてくる間、風見は動けずにいた。
迷うことなく逃げるべきだ。地下への入り口はすぐそこにある。下りるのに一分とかからない。
しかし。
――背中を見せたら殺られる・・・・・・。
本能的に風見は察していた。
男から滲み出る殺気は、絶えずこちらに向けられている。
彼我の距離は今だ百メートルはある。が、男はその距離を越えて迫ってくると。
隙は見せられない。
階下の自動歩兵に敵の存在だけでも伝えたかったが、迂闊に声を出すこともできない。
男が距離を詰める。悠然とした、一歩一歩を確かめるような足取り。
全身が緊張する。思考を切り替え、目の前の男にのみ集中する。
風見は息を大きく吐くと、いつでも走れるように力を溜めた。
顔の水滴を拭う。前を見る。
瞬間。
雨を、紅い光が切り裂いた。
風見の背筋を悪寒が駆け抜ける。
大気を凍らせる、強く凶々しい、紅。
「誰かと思えば。……お前か」
風見の十メートル手前で男は停止した。
雨はいよいよ勢いを増し、痛いくらいだ。
しかし、全身を叩く雨も、男の熱を冷ますにはまるで足らない。
長く縛られていた戒めからようやく解き放たれたかのように、男は牙を剥き出しにしていた。
風見がクロスを握る手に力を込めて、男の名を口にする。
「甲斐、氷太」
【B-7/湖底/1日目・15:00】
【風見千里】
[状態]:表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり、肉体的には異常無し。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(全弾装填済み・予備マガジン無し)、頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。腹部に鈍痛。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
【B-7/湖底の地下通路/1日目・15:00】
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力。待機中、五分間風見を待つ。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。
2005/11/06 修正スレ174-8