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407:地を行く人喰い鳩

作:◆CDh8kojB1Q

この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
 その施設は縦に長く、二つのエリアにまたがる敷地を有する。
 そして、その路面を一人の男が全力で疾走していた。
「あー、クソッたれ! 何でこう逃げまくんなきゃならねーんだ?」
 オレがちらりと後ろを見ると七匹の獣が自分を追走していた。
 何だよありゃあ? 新手の大道芸人か?
 ただの猛獣使いならサーカスに帰れ。ここは遊園地だ!
 
 思えば出会う敵全てが超人クラスだった。
 とんでもない身体能力を誇る名前のクソ長い美形の戦闘狂。
 見た目とは大違いの実力を誇る二人の女剣士。
 四対一にもかかわらず喧嘩を売ってきた空間使いのガキ。
 どいつもこいつも自分が本気を出して、紙一重で死を回避するのが限界の実力者達だ。
 今、自分を追いかけてくる奴も人外の存在に決まっている。
 しかも体力は限界で、フォルテッシモから与えられた傷には血が滲んでいる。
 このまま動き続けると、あと五分でオレはぶっ倒れる。
I−ブレインが使えないのにどーしろってんだ!?
 オレの心からの叫び、しかし誰にも届かない。

「鬼ごっこかぁ? ま、せいぜい楽しませてくれよッ。ヒャハハァー!」
 背後からの声には緊張感のカケラも感じられない。
 アル中か? 薬中か? それともただの異常者か?
 あいにくオレには、殺し合いを楽しむ神経はねーんだよ。
 だいたいさっき会ったフォルテッシモとか言う奴はどうなったんだ?
 死んだのか?
 それともこいつの仲間でオレを挟撃しようとしてるのか?
 I−ブレインが起動できれば演算で様々な回答をたたき出せるのだが、今は逃げることだけを考える。
次の瞬間、背後に熱気を感じたオレは加速したまま横っ飛びに跳躍した。
 そのまま身を捻って飛び前転の体制に繋ぎ、勢いを保って立ち上がる。

 ヒュッ!

 横を見ると、さっきまで自分がいた場所を火球が飛び去っていった。
 ……危ねえ危ねえ、こんなところでステーキに成るのは御免だぜ。
 日頃から体鍛えてたのはビンゴだな。
「見苦しいわよ。戦う気がないならさっさと死んで頂戴」
 今度は女の声が聞こえた。どうやら敵は複数らしい。
 フォルテッシッモとは嗜好が違い、完全に殺しを目的としているようだ。
 好き勝手言われるのも癪なので、オレは取りあえず言い返した。
「うるせえ! 本日におけるオレの戦闘に対する許容量は限界なんだ。他を当たれ!」
 更にコミクロンの台詞を引用して、
「これ以上オレを怒らせると、歯車様の鉄槌が下るぞ?」
 言ってやった。苦し紛れのハッタリだが、それっぽく言ったので威嚇にはなるはずだ。
「上等よ。やってみなさい!」
 ……逆効果だった。背中に研ぎ澄まされた殺意が刺さる。
 
 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
 
 振り返ったオレが見たのは、先ほどより幾分速度を増した火球だった。
 炎弾を連射できるのかよ!
 やばい。コミクロン、火乃香、シャーネ、誰でもいいから助けに来てくれ。
 迫り来る死を回避する為、オレは手近なアトラクションに飛び込んだ。

 ヘイズが助けを切望していた三人は花壇に居た。
 もっとも、すでに一人は死んでいたが。
 シャーネの墓を作る時間が無かった火乃香とコミクロンは、
 彼女を花壇に寝かせて花葬にした。
 コミクロンの治療によりシャーネの体に外傷は無く、生前の美しい容姿を保っているものの、
 彼女が再び立ち上がり、微笑む事は無いだろう。

「すまんシャーネ。俺の未熟と驕りのせいで……」
「あんただけの責任じゃない。今は気持ち切り替えていくしかないよ、コミクロン」
「ああ、クレアに謝罪のメモも残したし、とっととヴァーミリオンを助けて退散するか。
火乃香、あいつの位置は分かるか?」
「ん、こっから南西へ50メートル。あのアトラクションの中っぽいね」
 火乃香の額の中央で蒼光を放つ第三の眼を見た後、コミクロンは周囲を見回す。
 そして、遊園地の入り口近くに止まっているある物に目をつけた。
「なあ、お前はあれを動かせるか?」
「できないことは無いけど、一体どうすんのさ? この距離じゃ走るのとそう変わらないよ?」
 火乃香の視線の先、余裕顔を取り戻したコミクロンは顎に手を当て、
 ――やっと、俺の天才的思考能力が役立つ時が来たようだな。
 休憩中にまとめ上げた計画を告げた。

 アトラクションに飛び込んだ先、周りには五人のオレが居た。
「何だ?」
 自分が眉をひそめると相手も表情を変えた。
 びびったぜ、ただの鏡か。しかも通路全面に……何なんだここは?
 一瞬だけ追っ手の術かと思ったが、ここは鏡で人を惑わすアトラクションだとオレは気づいた。
 うまく立ち回れば逃げ切れるかもしれない。
 
 三秒後、オレは群青色の火の粉を散らした獣が突入してきたのを知覚する。
「ふん、ミラーハウスに逃げ込むとわね。数の多いこっちが自分の鏡像で混乱するとでも思ってるの?」
 唐突に獣の身体がはじけ飛び、獣が居た位置には小脇に巨大な本を抱えた女性が立っていた。
 ……大道芸人だったのか。それにしてもずいぶんとグラマーな姐ちゃんじゃねえか。

「私は "弔詞の読み手"マージョリー・ドー 。消し炭になる前に覚えておきなさい」
 弔詞の読み手、か……大した貫禄だぜ。
 それにこの隙の無い動き、かなりの場数をふんでやがる。
「オレは "Hunter Pigeon(人喰い鳩)"ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。翼をもがれた空賊だ」
 入り組んだ鏡の通路の中、オレは名乗りながらもじりじりと"前進"する。
 実際は出口に向かって進んでいるのだが、マージョリーには鏡像に映ったオレの姿が
 用心深く接近して来るように見えるはずだ。
 試しに騎士剣を手に持つと、マージョリーは身構えた。
「ただのヘタレかと思ったけど……戦う気は有るようね」
 良し、マージョリーは策にはまった。後は距離を稼いでトンズラするだけだ。

「ここで停車、と。準備できたよコミクロン」
 火乃香の声にコミクロンは満足げに頷いた。
 目の前には『ミラーハウス』と書かれたアトラクションが建っていて、
 自分の横には園内の送迎用バスがいつでも発進可能な状態で待機している。
「ふっふっ、後はヴァーミリオンが出てくるのを待つだけだな」
 
 フォルテッシモの防御は硬く、並大抵の攻撃力では打ち破れない。
 ならば防御できても行動不能な状態にしてしまえば良い。
 では大質量物体をぶつけて埋めてしまおう。

 これがコミクロンの立てた計画だった。
「バスをミラーハウスに突撃させればフォルテッシモが直撃を免れたとしても、
ミラーハウスの倒壊に巻き込まれてしばらく出てこれないだろう。戦闘は力押しが全てじゃない。
戦術面ではこのコミクロンが上だ!」
「あたしはこの計画も十分力押しだと思うんだけどな」
「むう、小さいことは気にするな火乃香。それよりヴァーミリオンは何分後に出てきそうなんだ?」
「けっこう遅めに進んでるから……あと二分かそこらはかかるね。
けどあたしがバスぶつける間の敵の足止めはどうするのさ?」
「ふっふっふっ、任せておけ。今とっておきの構成を練ってる」
「タイミング命なんだから肝心な所でスカさないでよ?」
「ふっ、この天才には愚問だな」
 コミクロンの返事を聞きながら、火乃香はハンドルを握り直した。

「ねえ、あんた本当に私と戦う気があるの?」
「そーやって誘っても無駄だぜ。お前の火力は半端じゃないからな」
 オレはマージョリーの鏡像の一つを睨み付けた。
 強がってはいるものの、オレの足は着実に出口へ近づいている。
 このまま行けばあと一分位で脱出できるはずだ。
 しかし、ハッタリとフェイントでマージョリーを牽制するのももう限界に近い。
 もしも彼女が痺れを切らして飛び掛かられた場合、こちらはもう何もできない。
 くそっ、そろそろ手詰まりか。血も出過ぎてくらくらするし、
 ちと早いがここらで賭けに出るしかねえな。
 コミクロンの治療が終わっているなら味方と合流して反撃。そうでないなら死だ。
 他人任せってのは好きじゃねえが……!
 出口に向かってオレは全力で駆け出した。
 例え全面鏡張りの通路であっても、床と壁の継ぎ目に沿って走れば自然と出口にたどり着く。
「嵌めたわねっ!」
 オレの加速を攻撃と捉えて防御体制をとった分、僅かに反応の遅れたマージョリーが、
 オレの意図に気づき炎を纏った獣に変身して追走してくる。
 外見と違って、ずいぶん頭に火が付きやすいじゃねえか。
 しかも結構走るの速ええぞ。怒らせたのはやばかったか?
 今まで稼いだ距離が一瞬にして詰められる。だがそこを曲がればもう出口だ!

「避けてヘイズ!」
 鏡の通路から飛び出たオレが見たのは、
「バス!?」 
 と運転席に座る火乃香だった。
 バスの急発車とともに耳をつんざくほどのクラクションが鳴り、
「走れヴァーミリオン! ぼけっとすんな!」
 横からコミクロンの声が聞こえた。
 ――そういうことかっ!
 二人の考えを理解したオレは、火球を回避した時のように全力で身を投げ出す。
 それとほぼ同時、バスの運転席の火乃香も開け放たれたドアから飛び出した。
 バスは速度を保ったままオレを追って駆け出てきたマージョリーに、
「遅いわよ!」
 突っ込むことはできない。獣の姿の彼女の回避が一瞬速いはずだ。
 だが、
「コンビネーション2−7−5!」
 その回避を止める物があった。
 オレが視線の先、コミクロンの突き出した左手の先端に光球が出現し、
 キュンッと音を立てて、鏡の通路から飛び出そうとするマージョリーのすぐ眼前に転移した。
 その後に続くのは刹那の破裂音と僅かな閃光。
「ぅあ!」
 あまりにも突然過ぎる上にバスの回避に集中していたマージョリーは、
 コミクロンの魔術の直撃を受ける。
 そして――、

 ズドォォン!

 バスはマージョリーを吹き飛ばし、アトラクションに激突した!
 こりゃあ常人なら即死、何かしらの防御を発動してもまず行動不能だろうな。
 随分とむごい倒し方だが……自業自得って言えばそれまでか。
 一息着いたオレは仰向けになり、
「危ねえ!」
 横にいた火乃香を押し倒して、その上に覆い被さった。
 数瞬後、衝撃によって舞い上がった鏡片が雨のように降り注ぐ。
「うおっ、鏡か?」
 火乃香と同様に落下物に気づかなかったコミクロンが叫び声を上げるが、
 そちらまでかまっている暇は無かった。まあ、ぎりぎりで回避できるだろう。

 しばらくしてバス衝突の二次災害も収まったので、オレは火乃香の上から立ち退いた。
「いきなり押し倒して悪かったな。無事か?」
「あたしは平気だけど……ヘイズは? 結構な量みたいだったけど」
 あたりを見回すと一面に鏡片が飛び散っている。
 だがオレは厚手の服のおかげで全く無事だった。
「問題ねえよ。実際大したでかさじゃ無かったしな」
「おい、何故俺の存在をスルーするんだ?」
 心配も何も無傷じゃねえかよ、お前。
 取り敢えず別の話題で誤魔化すか。
「おおコミクロン、さっきの魔術凄かったじゃねーかよ」
「あれの凄さを分かってくれるかヴァーミリオン!
なに、簡単な事だ。転移する小型雷球を使って一瞬だけ電流を流し、神経を麻痺させたんだ。
やはり分かる奴には分かるのだな、この天才の偉大さというものが。キリランシェロとは大違いだ。
それにあのエレガントな役回りこそこの俺に……」

 良し、誤魔化し成功。
 後は適当に聞き流すか。
「そー言えばヘイズ、あの獣は何だったのさ?フォルテッシモは?」
「あれはマージョリー・ドーとか言うゲームに乗った大道芸人で、本体は美人の姐ちゃんだ。
フォルテッシモは図に乗り過ぎてたんでオレが成敗しといた。
おかげでI−ブレインが停止しちまったがな……ところでシャーネは何処だ?」
 ん、この火乃香の顔色……まさか。
「シャーネは……死んだよ……」
 くそっ、最悪の予想が当たっちまったか。
 オレは又、別の話題で誤魔化そうとしたが、
「あたしは平気だよヘイズ。だけどコミクロンは……多分そのことで今も――」
「分かった、もう言うな。医療魔術の能力低下は今に始まった事じゃねえ。
これ以上はあいつ自身の問題だ」

「おい、何話してんだそこ。俺が大いなる大陸魔術士の歴史を紐解いて説明してやってるのに……
聞いてるのか?」
 おいおい、どーしてエレガントが大陸魔術士の歴史にまで発展してんだよ。紐解きすぎだ。
 あとオレはお前の魔術を褒めはしたが、講義を聞かせてくれなんて言ってねえぞ。
 そこまで心中でツッコミを入れたオレは、これ以上話させるのは不毛と判断して話題を変えた。
「その話はもっと時間が有る時にしてくれコミクロン。
今は二つばかり質問が有るんだがいいか?」
「どんと来い。この天才が答えてやろう」
「一つ目は武器をどうするか。二つ目は今後どうするかだ」
 どんと来いと言うので、ストレートな質問をぶつけてみた。
「壊れた剣はバスのアクセルとハンドルの固定のためにあたしが使ったよ。
つまり今はヘイズの持ってる騎士剣とコミクロンのエドゲイン君しか武器は無し。
あと今後どうするかだけど、今あたしは猛烈に休みたい」
「俺も休憩には異議無し、だ。ゲームが始まって以降寝てないしな」
 そう言えばそうだな。
 実を言うとオレの疲労も限界なので、正直この提案はありがたい。

「じゃあ取り敢えず休憩するか。だがこの場じゃあだめだ、
さっきの音を聞き付けた奴に襲われる可能性がある。まずは近くの安全そうな場所に避難すべきだ」
「距離的には公民館が近いね。神社も捨てがたいけど」
「俺は神社に行くべきだと思うぞ。
袋小路だが、それ故に人が集まりにくいはずだからな。休むには持ってこいだ。」
「分かった。まずは神社に行くとするか」
 目的が決まったならば長居は無用だ。
 オレはコミクロンから荷物を受け取ると空を見上げた。
 元居た世界とは違い、一カケラの雲さえない広々とした蒼天が続いている。
 ……天樹錬、お前はこの空さえ見れずに死んだのか? 
 ハリー、オレは絶対帰るからな。スクラップになんか成るんじゃねえぞ。
 親父、オレは今精一杯走って生きてるか?

「空を見上げて何やってんだヴァーミリオン? 治療してやるから早く来い」
「青春に浸ってたんだ。今行く」
 オレは止まらない、止まれない。
 死んでいった奴等のため、帰りを待ってる奴等のため。
「ま、せいぜい足掻いてやるか」

 ヘイズ達が立ち去った後、崩れたミラーハウスから一本の手が生えた。
 "弔詞の読み手"マージョリー・ドー である。
「ヒャハハ、鬼ごっこは負けみてえだな。我が麗しのゴブレット、マージョリー・ドー」
「黙りなさいバカマルコ。ったく、午前のガキ二人といいふざけた連中しかここには居ないの?」
 愚痴る彼女の前をバスのギアーが転がっていく。
「……歯車様の鉄槌、だな。ヒャハハハハ。あの赤髪やるじゃねぇか」
 バスが激突する直前、マージョリーは背後の壁を吹き飛ばして後退し、直撃を防いだ。
 しかしコミクロンの予測は的中し、防いだ所で無傷では済まなかったが。
「今度会ったら全員炭の柱にしてやるわ」
「ヒャッハッハッハー!まだまだやる気満々だなぁ。我が怒れる美姫マージョリー・ドー」
「当たり前よ」

【E-1/海洋遊園地/1日目・12:25】

【戦慄舞闘団】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1500ml)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成 
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1800ml)
[思考]:休みたい。

【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、能力制限の事でへこみ気味
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君 
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1200ml)(パンは砂浜で食べた)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。遊園地までの道中で水を飲みました。
       騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)が、
       ミラーハウスの中に埋まっています。
       シャーネの遺体が花壇に横たわっています。デイパックも放置されています。
       遺体の横にクレア当てのメモがあります。

【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り、ぷちストレス
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。 
[備考]:酔いをさますために水を飲みました。

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