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404:幽玄と無笑のパン

作:◆pTpn0IwZnc

 ピロテースが捜索に出掛けた後。
 眠りこけるクエロから魔杖剣<贖罪者マグナス>と弾丸を拝借し、サラは空目と共に理科室に来ていた。
 サラが淡々と2本の魔杖剣や弾丸を調べる傍らで、空目が黙々と刻印についてのデータを読み進めている。
「クリーオウが前向きになっていたように見えたが、きみの仕業か?」
 手を止めること無く、不意にサラが訊ねた。
「俺は何もしてはいない。単に事実を告げただけだ」
 目を止めること無く、直ちに空目が答えた。
「その事実こそが彼女に必要だったと解っていたから告げたのだろう。なるほど、きみも中々良い男ではないか」
 地獄の無表情のままサラが言うと、
「そうか」
 同様に無表情のまま空目が応えた。
 とことんまでに、感情を顔に出さない二人であった。
 そこで会話は一旦途切れ、器具を扱う音とページを捲る音だけがしばらく部屋に響いていた。
 
「大きさや材質等から推察するに、この弾丸がこれらの剣専用の物である可能性は極めて高い。
用心して実際に装填こそしていないが、計測したサイズから言って両者がぴったりと嵌るのは間違いない」 
 調査を終えたサラが結果の重要な部分のみを告げた。
「…………」
 同じく書類を読み終えた空目が、沈黙を以てサラを促す。
「空目。きみは、我々が戦力を確認した時の事を覚えているか?」
 ああ、と軽く頷いて肯定の意を示す空目。それを確認し、サラが続ける。
「あの時クエロは“ハズレよ。何に使うのか分からないけれど、弾丸だけ貰ってもね”と残念そうに言って、奇妙な弾丸を見せた。
皆が納得した後すぐに仕舞われたが、弾丸は何個在っただろう?」
「5個だ」
 空目が即答した。
「私の記憶とも合致する。だが、今は4個しかない。これはどういう事だろうか」
「偶々1つだけ落としてしまった、という事もある」
「そうだな。偶然という事はある。この偶然だけではどうという事も無かったかもしれない。しかし――」
「偶然が重なり過ぎている」
 空目がサラの言を引き継いで断じた。

「クエロが魔杖剣を拾ったのは偶然。その剣に偶然クエロが持っていた弾丸が、偶然にも嵌った。
偶然二人はガユスと緋崎に出会い、クエロを疑っていたゼルガディスはクエロを逃がす為に死んだ。
そして、5個在った弾丸の内、1個だけを偶然落としてしまった。クエロの話を鵜呑みにすればこうなる。
だが、偶然も3つ重なれば必然と云う。全てを偶然で片付けるには無理がある。
この偶然の中には必ず繋がる線があるはずだ。あるいは、全てが繋がっているのかもしれない」
 空目は完全に聞き役に回ったらしい。
 口を挟まずサラの話を無表情に聞いている。
「また、警戒されるので言わなかったが、
私達魔術師は他人のオーラを見ることができ、その色から当人の感情をある程度判別できる。
制限されているせいか、今は激しい感情を表した時にほんの少し見えるくらいだ」
 黒髪の佳人は更に続ける。
「クリーオウなどは感情の動きが激しく、見えやすい。正直者なのだな。
対してクエロは、嗚咽していた時でさえオーラが全く見えなかった。
あの涙すらおそらくは演技だ。感情のコントロールに習熟しているのだろう。恐るべき嘘吐きだ」
 サラ自身も嘘は吐くが、あのような演技はとても出来ない大根役者である。
「クエロが迫真の演技をしてまで通したかった嘘に、『偶然』の数々――
やはり、クエロ・ラディーンがゼルガディス・グレイワーズを殺害した可能性極めて高い」
 低めのアルトの声で、サラは言い放った。

「魔杖剣と共に使うと思しき弾丸の用途は分かるか?」
 突然、脈絡の無いような質問を空目が放った。
「残念ながら分からない。専用の実験室でも在れば変わってくるが、
どのみち異世界の理に基づいている物なら手が出せない。
……何故そのような質問をしたのか、聞かせて貰えるかな?」
 興味深げなサラの質問に、空目が言葉を返す。
「もしクエロを殺害するならば眠っている今が好機だが、クリーオウを説得せねばならない。できるか?」
「クリーオウはクエロに懐いている。盲目的に信頼しているようにさえ見える。決定的な証拠でも無いと難しいな」
「殺さないのなら結局の所クエロに対する扱いはあまり変わらない。警戒を強めるだけだ。
疑いを強めている事に気付かれさえしなければ、クエロは今まで通り協力的なフリを続けるだろう。
管理者や無差別殺人者のような敵に対しては共闘すらできる。
だが、弾丸と魔杖剣がどれほどの威力を有するかは分からないが、
万一クエロの力が俺達全員の戦力を上回るような事になったなら、状況は厳しい。クエロに俺達の生殺与奪権を握られる事になる」
 先程とは逆に、今度はサラが聞き役に回ったようだ。黒衣の少年が続ける。
「そこまでの威力は無いにせよ、魔杖剣と弾丸を共にクエロに持たせるのは危険すぎる。
これらが揃った事とゼルガディスの殺害とは、関連している可能性は高い。
今クエロの殺害が出来ないとしても、後々の為に戦力を削いでおく必要がある。それもクエロに疑念を抱かせないようなやり方で」

「空目。きみはまるで……」
 “あらかじめ結論を手にしていたかのようだ”とは口に出さず、サラはかぶりを振る。
「いや、分かった。クエロへの対処に関しては私に考えがある。大船に乗ったつもりで任せたまえ」
 自信に満ちた口調で変わらぬ無表情のまま、サラは言った。
「あの二人にも折を見て話そう。特に、煎餅屋の美形主人にはもうひと働きして貰わねばならないな」
 言い終わってから、ふう、とサラは一息吐く。
「やはりきみは頼りになる。二人で話せて良かった。おお、そういえば今私達は二人きりなのだな。
先生と助手。年頃の男女が薄暗い部屋で二人きり。なんとも蠱惑的なシチュエーションではないか」
 僅かに頬を染め――ることも無く、サラがのたまった。
「バーリン、あなたの――」
「サラで良い。……いや、きみは今私の助手だから、“バーリン先生”と呼ぶべきだな」
 サラの言葉に空目の表情が一瞬固まった、気がした。
「バーリン先生、あなたの冗談は、時に解し難い」
 律儀に言い直す空目に、サラは満足げに頷いた。

「ところで空目、パンを食べないか?」
 突然何を――
 手中のパンはどこから取り出した――
 無意味な思考が渦を巻く。
 必要無いので断ろうとした所に、次のような文言が記された紙が差し出された。
『いま一度、刻印についてのきみの見解を聞きたい。とりあえずパンを食べるフリでもしながら書いてくれたまえ』
「年上の女性の好意は素直に受け取っておくものだ。空目くん」
 色気の無い表情で言う。
 じっ、と深い藍色の瞳が空目を見つめた。
「いただこう」
 察して空目はパンを受け取り、筆を走らせ始めた。

『前に話してから今までに得られた新しいデータは、死体への刻印の影響だ。
このことから分かるのは、刻印は禁止区域に入ると自動的に発動する可能性があるという事』
「はむはむ」
『俺達の動きを監視し、操られた死体の刻印を律儀に発動させたのかもしれないが、
それよりは自動的だったという方がまだ説得力がある。魂それ自体は既に失われていたようだしな』
「んぐんぐ」
『また、レポートによると刻印は“魂の在る場所”に刻まれていると推測され、魂の器と中身を破壊するようだ。
やはり魔術的処置で除去するしかない。少なくとも、俺の居た世界の科学力では除去は不可能だろう』
「ふもっふふもっふ」
『なるほど、ありがとう。刻印を解除するには魂・刻印を視る力や刻印のみを除去する力が必要な訳だが、心当たりは?』
「うむ、4文字は語呂が悪いな」
『魔女――十叶詠子は魂のカタチが視えるらしい。その能力に関して詳しくは分からない。本人に聞いても理解は困難だろう』
「もふもふ」
『魔女、か。私達も“楽園の魔女”だが、きみの世界の魔女とは性質が異なるようだ。
親愛なる殿下は魔女であり透視が得意だが、魂を視ることはできないだろう。……一筋縄ではいかないな』
「はむはむ……これが最適か」
『刻印の力を生み出す“要”があるならば、それを壊せば済む』
「では、実際に」
『あるならば、な。分かっていた事ではあるが、現段階では情報がまだまだ足りないようだ』

「空目、実験を少し手伝って欲しい」
 文を書きつつ独り鉄面皮で奇声を発していたサラが、空目を見据えて言う。
「簡単な事だ。そのままパンを食べながら言ってくれないか? “はむはむ”と」
 意図が全く分からない。
 情動に乏しい空目の表情にも、怪訝そうな色が出ていた。
「何を目的とした実験だ?」
「擬音とイメージに関する実験だ。さあ、“はむはむ”を」
 ずずい、と詰め寄るサラの迫力に負けたのか、微妙に嫌そうな雰囲気を纏いつつも空目は従った。
「はむはむ」
 機械的にパンを囓りながら、空目が言う。 
「頬張りながら続けて」
 サラは容赦しない。
「はむはむ。はむはむ」
 機械的にパンを頬張りながら、空目が言う。
「さあ、最後は飲み下しながら“ごっくん”だ」
 最後までサラは容赦しない。
「はむはむ。はむはむ。はむはむ。……ごっくん」
 空目の目の端に涙が浮いて――いたような気もしたが、幻だったようだ。今はもうない。
 こんな状況に追いやられても表情を変えない空目は、まことに天晴れな漢(おとこ)であった。
「ああ、擬音の効果は素晴らしい。奥が深いな。
機械的に、あたかも味が無いかのように食物を摂する空目の姿が存外に愛らしく見えたではないか。
さて、次の実験は――」
 サラが言い終える前に、
「断る」
 決然たる態度で空目は拒絶した。

【冷たい理科室と博士たち】
【D-2/学校2階・理科室/1日目・14:00前後】

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
[行動]: サラの人体実験を回避。

【サラ・バーリン】
[状態]: 健康。感染。クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。警戒。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、断罪者ヨルガの砕けた刀身
    『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
[行動]: 休息を取る。せつら・ピロテースと話を。 クエロになんらかの対処。

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