作:◆5KqBC89beU
地下通路を通って人の多そうな場所まで行く、という手もあったが、結局、
麗芳は地上を移動することにした。途中で殺人者が待ち伏せているかもしれないが、
それは地下通路を通っても同じ。あちこちに出入口がある以上、地下通路の存在に
気づいた参加者が他にいても不思議ではない。敵と出会ったなら、隠れる事もできず、
狭い一本道を逃げねばならないかもしれない。
さらに、もし途中で崩落でも起きていれば、それこそ無駄足になる。
まず地下通路で行けない場所から探そう、と麗芳は考えた。
「よし、とりあえず灯台に行こう。で、その次は難破船を探してみようっと」
彼女が最優先で探す相手は、淑芳だ。麗芳を気絶させるほどの実力を持つ藤花
(の中にいる誰か)、神将である鳳月と緑麗、ED曰く剣の達人らしいヒースロゥ、
この四人は急いで探さなくても平気そうだが、淑芳は少々危険かもしれなかった。
「淑芳ちゃんだったら、どこか人の来ない場所に隠れててもおかしくないし」
だからこそ、いかにも人がいなさそうな場所から調べるわけだ。
淑芳以外の人物が隠れていたとしても、それはそれで構わなかった。弱いせいで
殺し合いができないか、あるいは単なる平和主義者か――他に理由は考えにくい。
温厚そうな相手なら、同盟に誘う。そうでなくとも、情報交換くらいはできる。
小娘一人だと侮って襲いかかってくるようなら、返り討ちにすればいい。麗芳は、
そんじょそこらの軟弱者くらいなら簡単に倒せるのだから。
「何も収穫がなければ、またその時に考えよう」
デイパックから地図と方位磁石を取り出し、麗芳は北へ向かって歩いていく。
湖岸と湖底の境界だった場所は、急な斜面になっており、無理に登れば滑って
転びそうだった。おかげで緩やかな坂を探さねばならず、移動に時間がかかった。
湖底だった場所を離れ、やっと草原に出られた頃には、靴が泥まみれになっていた。
「うーん、誰もいない。喜ぶべきなんだか、哀しむべきなんだか」
そう言いながら彼女は周囲を見回し、近くの手頃な岩に腰を下ろし、靴を脱いで
泥をぬぐい始めた。靴に付いた泥から移動経路を推理されては困るからだ。
天気はだんだん悪くなっていくようだったが、雨が降ると断言できない以上、
泥だらけの靴を見られた時に、水場から来たと見破られる可能性があった。
地下通路の存在は伏せておくべきだ。だから麗芳は手掛かりを消す。
雑巾がわりのメモ用紙が、泥色に染まっていく。やがて作業が一段落した頃、
どこか遠くから、何かが暴れているような音が聞こえてきた。
「南西の森で、バケモノが木々を薙ぎ倒してる――としか思えないなぁ……」
破壊の響きは、すぐにおさまった。けれど、騒音の元凶は謎のままだ。
靴を履いて立ち上がり、金色の瞳に森を映して、麗芳は静かに自問する。
(確認しに行く? それとも無視する?)
危険な場所に近づくのは得策ではない。けれど彼女は、森へ向かって走りだした。
(あの森で、誰かが襲われてるのかもしれない)
その誰かは、麗芳の探している相手かもしれない。見知らぬ誰かでも、罪なき人が
死にかけているのなら、なるべく助けるべきだろう、と麗芳は思う。
森から出てきた相手は、黒い革の上着を着た男だった。ポケットに手を突っ込み、
麗芳を無表情に眺める視線は、まるで路傍の石でも見るかのようだった。
対峙した瞬間に、麗芳の背中を悪寒が走った。本能が、今すぐ逃げろと言っている。
「俺を殺すか、お前が死ぬか。選択肢はそれだけだ。……さぁ、どうする?」
彼の顔が歪んだ。猛々しく、禍々しく、ひたすらに空虚な笑みだった。
男の目を見て、麗芳は悟る。説得は無駄で、戦闘は不可避。彼は狂っている。
周囲のすべてを巻き込みながら、際限なく暴力を撒き散らす。そういう目だった。
(放ってはおけない。こいつは、ここで倒さないと……!)
もしも彼が、淑芳に会えばどうなるか――そう考えただけで覚悟は決まった。
デイパックを投げ捨て、麗芳はスタンロッドを構える。ここは、森と森の間にある
林の中。戦いの邪魔になるほど、木々は多くない。
「名前を訊いてもいいかしら?」
返答を期待しない問いだったが、男は短く名を告げた。
「甲斐氷太だ。いくぜ」
言うと同時に、甲斐がポケットから手を出す。その時には、既に麗芳も動いている。
一直線に近づいて、思いっきり殴る。ただそのための動きだ。しかし、接近する速度が
尋常ではなかった。あっという間に二人の距離が狭まっていく。
だが、甲斐には一瞬の時間があれば充分だった。カプセルを口に入れて噛み砕き、
瞳を真っ赤に輝かせる。漆黒の鮫が、麗芳の眼前に出現した。
「!」
慌てて麗芳が跳びのいた空間を、鋭い牙が通過する。木々を薙ぎ倒しながら、黒鮫が
追撃を開始。空中を泳ぐ怪魚に対し、彼女は防戦一方だ。
(何よこれ! あの男が操ってるの!?)
木々を盾にしても、黒鮫は平気で襲ってくる。牙から逃げ、尻尾を避け、突進を
かわして、麗芳は駆け回る。黒鮫にスタンロッドを叩きつけようとするが、なかなか
隙をつくことができない。甲斐自身は攻撃してこないが、そちらを完全に無視する
わけにもいかない。飛び散った木片が、起伏だらけの足場を余計に悪化させていく。
徐々に麗芳は追い詰められていった。周囲の木々は、大半が木片と化している。
接近しないと攻撃できない彼女にとって、甲斐の悪魔は難敵だ。相性は最悪だった。
普段の麗芳なら、黒鮫を殴り倒せたかもしれないが、今の彼女にそれは不可能だ。
「ぐぅっ!」
黒鮫の突進をくらい、麗芳の身体が地面を擦りながら転がる。受け身は失敗した。
右手のスタンロッドを放さないようにするだけで精一杯だった。
(術を使える仲間がいれば、こんな鮫に苦戦なんかしないのに……)
鈍痛を堪えて彼女は立つ。もはや満身創痍だ。まだ辛うじて動けるが、あちこちの
骨にヒビが入っている。当然、内臓も無傷ではない。
麗芳に勝機があるとすれば、それはたった一つ。
(どうにかして、あの男を殴る!)
甲斐は不機嫌そうに顔をしかめている。楽しんでいるようには見えなかった。
「けっ、憂さ晴らしにもなりゃしねえ」
カプセルを幾つか再び嚥下し、甲斐は黒鮫に「とどめを刺せ」と命じた。
主人の許可を得て、悪魔が大きく顎を開き、空気を裂いて襲いかかる。
間近に迫る黒鮫を、麗芳は睨みつけた。身構え、見据えて、拳を握る。
左手を大きく振りかぶって、麗芳は、密かに握っていた石を投げた。
石は黒鮫の右目に向かって飛び、当たる寸前で避けられた。
だが、石は囮だった。次の瞬間、黒鮫の口の中へ、麗芳の指輪が投げ込まれる。
ただの指輪ではない。大きさを変えて鈍器にできる武宝具だ。それ故に、応用すれば
こういう使い方もできる。
「なっ!?」
甲斐が思わず驚きの声をあげ、硬直した。黒鮫の口の中で指輪が巨大化し、
直径1メートルほどの輪となって、顎を閉じられなくしてしまったのだ。
その隙に、麗芳は黒鮫の横を駆け抜け、甲斐にスタンロッドを振り下ろす。
「ちっ!」
甲斐の反撃が間にあった。麗芳の右腕を拳が打ち、スタンロッドが落とされる。
けれど、スタンロッドも囮だった。最後の力を込めた麗芳の左拳が、容赦なく
甲斐の腹に命中した。
「が……!」
腹を押さえて、彼はその場にしゃがみこむ。黒鮫が、力を失い地面に落ちた。
「まだ、死ぬわけにはいかないのよ」
そう言って微笑した麗芳を、真横から出現した白鮫が一撃で噛み殺した。
ごきり、と骨の折れる音が聞こえ、白鮫の口から赤い血が流れ出す。
痛みや苦しみを感じる時間すらなかったはずだ。それが唯一の救いだろう。
ゆっくりと甲斐が立ち上がり、不愉快そうに腹を撫でてつぶやく。
「……次は、最初から全力でいくか」
二匹の鮫を消し去り、甲斐は死体に背を向けて歩き出した。
【032 李麗芳 死亡】
【残り74人】
【B-6/林の中/一日目/13:25】
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。腹部に鈍痛。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
※森の木に加えて、林の木も十数本ほど折り砕かれています。
※林の中に、支給品一式(パン4食分・水1500ml)、凪のスタンロッド、
武宝具・圏(金属の輪、今は直径1メートル)が落ちています。
※麗芳の所持品を甲斐が拾ったかどうかは、続きを書く人に任せます。