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399:神の叡智

作:◆69CR6xsOqM

カイルロッドたちの正面に立ちはだかる巨大にして重厚なな扉。
複雑な紋様が表面に施されており、何かの魔方陣のようにも見える。
地図にあるとおり、これが格納庫の扉なのだろう。
しかし、格納などと近代的な響きと裏腹に岩肌にめり込んだその偉容は正しく魔境への扉に見えた。
「我々の他に生き物の臭いはしません。また、中からも生物の気配はしませんね」
「扉から漂う妖気以外に感じ取れる力もありませんわ。少なくとも扉までの床や壁には
 何も仕掛けられていないようです。……機械的な仕掛けだった場合お手上げですけど」
陸と淑芳が周囲を観察し、そう報告してくる。
カイルロッドは頷き、静かに扉へと近づき始めた。
淑芳と陸も後に続こうとするが、それをカイルロッドの腕が遮る。
彼の真剣な表情に従い、立ち止まる淑芳たち。
「お気をつけください、カイルロッド様。何か嫌な予感がしますわ」
「わかってる。大丈夫さ、淑芳」
カイルロッドは扉に後一歩のところまで近づくと注意して観察し始める。
扉には取っ手も何もついていない。
しかし、カイルロッドの腰あたりの高さに鍵穴にしては大きな穴が開いていた。
その上には文字の書かれたプレート。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

わけがわからない。
試しにカイルロッドは扉に手を掛け、押してみた。
開かない。そして、何も起こらない。
まさか引っ掛けで引き戸や上げ戸になっているわけでもあるまい。
やはり鍵が必要のようだ。
カイルロッドはげんなりした。相当の決意を込めてここに来たのに、鍵がなくて入れないときた。
これではまるで道化だ。全くの無駄足になってしまった。
扉に触れてからかなりの時間が経っているが何も起こる様子はない。
とりあえずは安全のようだ。
「淑芳、陸!来てくれ。この扉、鍵がないと開かないみたいなんだ!」
二人が小走りに駆け寄ってくる。

穴の上にあるプレートを見て陸は呟いた。
「神の怒り……素直に読めば雷のことでしょうね。
 機械式の扉でどこかに電流を流す仕掛けが施してあるのかもしれません」
「いや、でも『鍵として』だぜ? それにこれみよがしに穴が開いているし……
 やっぱり、何らかの道具をここに差し入れるんじゃないか?」
あれやこれやと推測を並べ立ててみるが、結論は出ない。
「いっそのことカイルロッドの力で破壊してしまうというのはどうでしょう?」
それを聞いてカイルロッドは腕を組み唸る。
「う〜ん、できるかな?これで結構俺の力も制限されてしまってるし……」
難破船のマストを焼き切れなかったことを思い出す。
勢いよく折ってしまわないように手加減したとはいえ、思った威力の1/3も出なかった。
扉に目をやる。材質は判らないが、かなり頑丈そうな金属でできている。
巨大にして重厚。全力で放ったとて現在の自分の力が通用するかは怪しかった。
「でも、ここまできて無駄足も悔しいしな。やるだけやってみようか。
 淑芳の術と同時に放てば何とかいけるかもしれない。なぁ淑芳、……淑芳?」
ふと淑芳を見やると淑芳は真剣な表情でプレートと穴を凝視し、何やらブツブツと呟いている。
そこにきてようやく、カイルロッドは今まで会話に淑芳が参加していなかったことを思い出した。
「気に入らない……非常に気に入りませんわ……」
「どうしたんですか、淑芳?何かこの扉に関して心当たりでも?」
陸の質問にも無反応。ただ怒った様な表情で扉を睨み付けている。
「これは主催者の仕組んだこと?偶然にしては出来すぎですわ……
 ならば何を狙っているのか……このまま踊らされるのも癪ですわね、しかし……」
「淑芳?どうしたん「いや、待て陸」
淑芳に声を掛けようとした陸をカイルロッドが遮る。
「淑芳は何かに気付いたみたいだ。ここは彼女の結論が出るまで様子を見よう」
「そう……ですね。いつになくシリアスですし、そうしましょう」
「いえ、その必要はございませんわ」
見ると、淑芳が冷や汗を垂らしながらこちらを見据えてきていた。

「もう、いいのですか?淑芳」
「はい」
「何を考えていたのか聞かせてくれないか?」
カイルロッドのその問いに淑芳はいきなり頭を下げた。
ぎょっとして後じさってしまうカイルロッドと陸。
「話す前に私、カイルロッド様に謝らなければなりません」
「な、何を?」
「ずっと欺いていたことをです」
そういって淑芳は顔を上げ、デイパックから何かを取り出そうとする。
謝罪する相手に私は数には言っていないのでしょうね、と陸はその間諦観の念で淑芳を見つめていた。
淑芳がデイパックから取り出したのは長さ1m程の金属製の棒だった。
柄に紅い房がついている。
それから放たれる凄まじい威圧感にたじろぐカイルロッド。
「そ、それは一体?」
「これが私に支給された武具。私の師にして最古の神仙。玉帝と並ぶ力を持った天界の重鎮。
 しかしてその実体は喰うことと寝ることにしか興味のない、長く生きすぎて脳みそが耳から
 だぶだぶ垂れて無くなってしまったのかの如きぐーたら老人なのですが……いえ、話がそれました。
 ともかく、わが師太上老君が八卦炉の火で鍛え上げた天界最大の武宝具、「雷霆鞭」なのですわ!」
「「おお〜〜〜〜〜〜」」
淑芳の口上に思わず喚声を上げるカイルロッドと陸。
「私如きが使っても大地に大穴を空けることが可能な武器です。
 邪悪な者にわたれば一体どれだけの悲劇を生み出すのか……考えたくもありませんわ。
 だから私はこの武器を封印することに決めました。奪われぬように、存在を気取られぬように。
 その為とはいえ、私はカイルロッド様をずっと欺いてきたのです。
 本当に、申し訳ありませんでした……」
そういって淑芳は俯き、袖口で涙を拭う振りをする。
「そんなことを気にする必要はないよ淑芳。君の判断は間違っていない。
 さあ、元気を出して」
「ああ、有難うございます、カイルロッド様……」
淑芳はカイルロッド胸にすがりつく。
『あー、いい様に操られてますねー』
陸は彼女の嘘泣きに気付いてはいたが、とくに口を挟むこともなくおとなしくしていた。

「そしてその武器こそがこの扉の鍵というわけですか?
 すごい偶然ですね」
その陸の言葉を聞いた淑芳は顔を上げ、神妙な表情になる。
「私はまさしくそのことを考えていたのですわ。
 偶然、地図の秘密に気付いた私達が、偶然、何の障害もなく格納庫にたどり着き、
 偶然、扉の鍵を持っていた。しかも偶然、それは私の良く知る道具だった。
 ここまで揃うとこれはもう作為的なものと考えざるを得ません。
 私達は主催者の掌の上で踊らされているのですわ」
拳を握って力説する。余程腹に据えかねているようだ。
しかしカイルロッドはそれに異を唱える。
「だが淑芳。確かにそこまで偶然が重なると必然のようにも思えるが、
 その中で主催者が介入できそうなものといったらその武器を淑芳の支給品にすることくらいだぜ?
 後は全て本当に偶然か俺たちの意志による行動だ。考えすぎじゃないのか?」
「そうかもしれません。しかし……」
淑芳は手の刻印に目をやる。
「私達がそう行動するように仕向けられていた、という可能性もあります。
 この忌々しい刻印からの介入によって」
ハッとしてカイルロッドも刻印を見る。
「例えば、地図が火に近づきすぎていることに気付かない。
 わずかに焼けただけなのに水筒の水を全てかけてしまう。
 他の参加者が通らない道を選ばせる。
 それが刻印からのわずかな信号によって私達の意志が操作された結果、だとしたらどうでしょう?
 そしてこれは恐らくですが私達以外の参加者の地図に水をかけても
 地下空洞の地図は出てこないのではないでしょうか?」
「全ては推論に過ぎませんね。しかし主催者の力を考えればあり得なくはない説です。
 仮にその通りだとして、主催者の目的は一体何なのでしょう?
 我々に格納庫を確認させてどうするつもりでしょうか」
「わかりません。
 罠なのか、主催者にとって必要なことなのか。それとも偶然の重なった結果なのか。
 私達にはこの扉を開けないという選択肢もあります、しかし……。
 カイルロッド様……」

淑芳はカイルロッドを見つめる。主催者に対する怒りと決意を持った目だ。
陸もカイルロッドを見つめた。決断を促す、試すような目だ。
淑芳は参謀であり、陸は補佐であり、カイルロッドは指揮官だった。
いつの間にか決まっていた役割。
今、カイルロッドに決断が迫られている。
しばらく黙考した後、カイルロッドは口を開いた。
「開けよう。
 こちらのカードは全て相手に筒抜けだ。
 それを相手にしようとするのならわずかでも相手の手の内を知る必要がある。
 掌の上から抜け出すには掌の大きさを知らないといけない。
 淑芳、やってくれ」
「はいっ!」
淑芳は力強く頷き、雷霆鞭を扉の穴の中へ挿入する。
かちり、と音がしてぴったりとはまり込んだ。
「カイルロッド様、ついでに陸。下がっていてください。
 とばっちりが行くかもしれませんわよ」
忠告を受けて、カイルロッドたちは淑芳の背に回り身構える。
「打ち据えよというなら打ち据えて差し上げますわ!
 神の怒り、とくと喰らいあそばせ! はぁーーーー!!」
雷霆鞭に力を送り込み、その威力を炸裂させる。
淑芳と扉の周囲を電撃が迸り、縦横無尽に走り抜けた。
それが収まった後、扉に刻まれた紋様が輝きだし、ゆっくりと扉が左右に開き始める。
ゴォン
完全に扉が開ききった後、雷霆鞭はそこにもう存在しなかった。
武器として使用するか鍵として使用するかの二者択一だったらしい。
そして淑芳は……その場に崩れ落ちる。
「淑芳!」
カイルロッドは倒れた淑芳に駆け寄って抱き起こした。
「しっかりしろ、淑芳。どうしたんだ!?」
淑芳は弱弱しく微笑む。

「ふふ、私の力が制限されていたことを忘れていましたわ。
 雷霆鞭に力の殆どを持っていかれてしまいました。
 私は今から少し眠らせていただきますね。私を……お護りくださいカイルロッド様……」
そういい残して淑芳は目を閉じた。
「ああ、安心して眠ってくれ。必ず護る。」
そしてカイルロッドは淑芳を背に負い、格納庫の中へと足を踏み入れる。
その後を陸が静かについていった。

格納庫の中には広々とした空間が広がっており、
その真ん中に空間の1/3は占めようかという巨大な箱庭が置かれていた。
「これは……この島の全景か?」
蛍光色の光に照らされた箱庭は驚くべき精巧さで島の全域を擬していた。
「物凄く細かい部分まで再現されていますね。
 私達が淑芳と出会った難破船や、灯台はもちろん。
 森の木々の一本一本まで作りこまれています。よっぽど暇だったんでしょうか」
「一体誰が作ったんだろうな」
カイルロッドは淑芳を箱庭の脇に横たえ、様々な角度から模型島を観察する。
陸は箱庭の中に降り立ち、中を歩き回りはじめた。
「お、おい陸。大丈夫か?」
「ええ、かなり頑丈に作ってありますね。
 多少踏んだくらいでは壊れることはないようです。
 いえ、気をつけないとこちらが怪我をしてしまいますね」
陸は平然と中からの観察を続ける。
「うーん、本当にただの模型みたいですねぇ。
 起動に必要なスイッチやそれらしきものも見当たりませんし……」
「いや、この模型からは何らかの力を感じる。
 わずかだが、魔法のような力を」
陸は箱庭の中から出てカイルロッドに近寄る。
「魔法ですか。それでは私の知識ではお手上げですね。
 カイルロッドなら動かせそうですか?」

「いや、俺では無理だな。俺の力は魔法じゃなくて親から受け継いだ能力だからな。
 魔法や術なんて大層なものじゃない。
 多分だが、これを動かすには力の流れを制御する術が必要なんだと思う。
 俺たちの中で曲りなりにも術が使えるといえば……」
カイルロッドと陸の視線が眠り姫のもとに注がれる。
「やれやれ、彼女が目覚めるまでは待ちぼうけですか」
「そういうなよ。急ぐ気持ちもわかるが俺たちも動き通しだ。
 休息する時間ができたと思おう。
 いざ仲間と出会えても疲労困憊で護れませんでした、じゃ話にならないからな」
そういってカイルロッドは腰を下ろした。
「確かに灯台で少し仮眠を取っただけですしね。わかりました。
 この場なら他の参加者が訪れるというような事態もそうそうないでしょう
 灯台に代わる新しい拠点が出来たと思うことにしましょう」
陸も少し残念そうだが素直に身体を伏せる。
「おやすみ陸。良い夢を」
「悪夢でないといいのですが」

そしてそれから4時間ほどが経過した後、淑芳は目を覚ました。
「ここは……格納庫の中……のようですわね」
ヨロヨロと立ち上がって辺りを見回す。
すると大きな箱庭とそれにもたれて寝入っているカイルロッドと陸を見つけた。
何者かにやられたのかと慌てて駆け寄るが、単に寝ているだけと悟って安堵する。
「全く、見張りもおかないなんて無用心な」
微笑み、カイルロッドの鼻先をちょいと指で突付いて今度は箱庭を観察する。
この島を模した模型であること、何らかの力が働いていることまではわかったが
どう動かせばいいのかがまるでわからない。
「一体何なのかしら、これ?」
『玻璃壇』
「え?」
突如として頭の中に浮かび上がった単語に淑芳は戸惑う。
耳を澄ましてみるが、もう何も聞こえない。

「淑芳、起きたのか」
ギョッとして振り向くと目覚めたカイルロッドが欠伸をしていた。
涙を拭いながら笑いかけてくる。
「心配したんだぜ」
「それにしては熟睡なさっていたようですけど」
淑芳も笑って返す。
「おはようございます。お二方。
 まぁ異常なかったようでなによりですね」
陸も起き出してきた。
「それで淑芳、この模型を見て何か判るか?」
カイルロッドの言葉に淑芳は無念そうに俯く。
「いいえ、何も判りませんわ。
 どう動かせばいいのかすら……」
その時、淑芳の頭の中にこの『玻璃壇』の起動方法が流れ込んでくる。
「え? え? い、一体なんなんですの!?」
頭を押さえてうずくまる淑芳を見てカイルロッドが駆け寄る。
「どうしたんだ淑芳、しっかりしろ!」
「う、うう」
彼女が疑問を頭に浮かべるごとにその答えとなるべき情報が流れ込んでくる。
その未知の情報に淑芳は翻弄されていた。
苦しむ淑芳を前にカイルロッドはどうすることも出来ずに淑芳の身体を支えている。
「くそ、一体何が起こっているんだ」
その時、淑芳が大きく息を吐き出した。
そしてそのまま呼吸を荒げたまま立ち上がる。
「し、淑芳?」
「わ、判りましたわ。この箱庭の名前は玻璃壇。
 存在の力によって編まれる自在法という術によって起動するようです」
大量の汗に顔面を蒼白にして、今にも倒れそうな状態だが淑芳は屹然と玻璃壇の前に立つ。


陸は怪訝そうに尋ねる。
「そのことをどこで知ったのですか?」
「私が疑問に思ったことの答えが脳裏に浮かび上がってしまうのです。
 私が何故こんな状態になってしまったのかは判りません。
 しかし心当たりはあります。おそらくは……」
「神の……叡智」
淑芳の言葉を陸が受け継ぐ。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

カイルロッドが得心が行ったように叫ぶ。
「あの扉に書かれていた言葉か! 扉を開けた淑芳にその叡智とやらが宿ったんだな?」
「多分、間違いありません。
 最も、なんにでも答えてくれるというわけではありませんけれども。
 主催者の都合のいい部分だけでしょうね。
 ある世界には異界黙示録(クレアバイブル)と呼ばれる知識の泉があり、
 これはその力を模しているようです」
突然溢れ出てくる知識の奔流にも慣れたのか、淑芳は大分落ち着いてきている。
「大丈夫なのか、淑芳」
「ええ、最初は次々に疑問を浮かべてしまいパニックになりましたけど
 今はもう慣れましたわ。さぁ玻璃壇を起動しましょう」
「自在法とやらを扱えるのですか淑芳?」
「ええ、存在の力は全てのものが持っています。
 私の仙術を使うための力やカイルロッド様の力も
 その源は存在の力から派生したものなのです。
 それさえ判れば簡単な自在法なら私にも可能ですわ、攻撃などの難しい物は無理ですけど」
そういって淑芳は踵を打ち鳴らし、玻璃壇に力の供給を始める。
「起動を願う」
格納庫の中に淑芳の声が朗々と響き渡った。


【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、011:50】

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
 [思考]:玻璃壇の力を確認する/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////

 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。呪符×20。
 [思考]:玻璃壇を起動する/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪

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