作:◆Sf10UnKI5A
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
その一角、飲食店街の中に一軒のバーがあった。
外見はいたって普通なのだが、今その中は戦闘があったのかと思うほどに荒れ果てている。
その原因、マージョリー・ドーは、テーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
「ったく、いつまで寝てやがるんだか……」
床に投げ出された巨大な本――グリモアから呟きが漏れるが、それを聞く人間はいない。
少し前に外から放送のような声が聞こえたが、マージョリーはそれにも反応せず寝こけていた。
そして、時計の針が十二時を指した。
「…………頭、痛ぁ……」
脳に直接響く声に起こされたマージョリーは、頭を抱えてそう呻いた。
「ヒヒヒ、やーっと起きたか。我が泥酔女王、マージョリー・ドー」
「うっさいわねバカマルコ。そんなに飲んじゃいないわよ……」
そう言い返すと、デイパックからペットボトルを引っ張り出し、直接口にあてがった。
豪快に水を流し込むと、改めて口を開く。
「どうやら、チビジャリもおまけのガキも元気にやってるみたいね」
酔ってはいるものの、放送を聞き逃さない程度には落ち着いていたらしい。
「元気かどうかはわかんねぇぜ? 半死半生でのたうち回ってるかもな、ヒヒッ」
「ま、そりゃそうよね……」
フレイムヘイズである炎髪灼眼はともかく、坂井とかいうあの少年まで生き延びているとは思っていなかった。
――意外とあっさり合流出来たのかもしれないわね。
「ところでマージョリー・ドー」
思考に割り込む声は、マルコシアスのものだ。
「何よ?」
「ちょいと聞くがな。――これからどうするつもりだ?」
彼にしては珍しい曖昧な質問に、マージョリーはかすかに眉をしかめた。
「どうもこうもないわよ。酒はあるんだし、適当に時間潰せば……」
「そうじゃあねえさ。まだ一人も殺してないんだろ?」
その言葉に、マージョリーは眼を細めグリモアを睨む。
「殺すのか殺さないのか、そろそろ決めてくれってこった。
死ぬまで付き合う間柄っつっても、これ以上振り回されちゃたまんねえからな。ヒャッハッハ」
「…………」
――確かに、今の私はおかしいわね。
つまらない挑発に乗って二人を相手に戦闘し、結果肋骨を負傷。
今度は戦う気の無い少女を追い回し、逆に向こうが逃げたなら追わない。
そして、殺人者がうろつく状況下で酒を飲んで居眠り。
「……まずは状況把握ね。どう動くかはその後決めりゃいいわ」
二人は話し合い、そしていくつかの異常を改めて確認した。
まず、マージョリーの身体能力全般の低下。
これは、ただの人間にすぎないはずの黒ずくめのパンチでダメージを負ったことが証拠になる。
次に、存在の力の感知能力の大幅な低下。
接近しないと他人の存在の力を感知出来ず、しかも同じフレイムヘイズである『炎髪灼眼』の位置すら特定出来ない。
これはマージョリーだけでなく、『王』であるマルコシアスすら同じだった。
聞けば、契約者であるマージョリーですらおおまかな位置を把握出来る程度だったそうだ。
そして最後に、
「封絶を張れねえってのは、こりゃどういう事情だろうな?」
「自在法が使えないってわけじゃないみたいね。炎は使えるし――――?」
そこまで言って、マージョリーは一つの推測を得た。
――まさか、殺し合いを円滑に行わせるための制約!?
理屈は理解出来る。しかし、自在法自体ではなく封絶に限定して力を封じるというのは、
「どこのどいつよ、そんな馬鹿なこと考えるのは……」
数百年をフレイムヘイズとして生きてきたが、そんな自在法は見たことも聞いたこともない。
自在法・自在式には造詣の深いマージョリーだが、それは全く想像すら出来ぬことだった。
――でも、
「それが可能かどうかってことより、現実にそういう対処がなされていることが問題ね」
「ヒヒッ、随分と頭が回るようにじゃねえか。やっぱアル中女はブヘッ!?」
「黙りなさいバカマルコ。今ちょっと考えてるんだから……」
――この『ゲーム』の主催者ってのは、それを成すだけの力を持ってるっての?
それに、どうやら人ならざる力を持っているのは自分や炎髪灼眼だけではないらしい。
光の刃を放った黒ずくめ。
謎の力で自分の攻撃をいなした眼鏡の少女。
腕の一振りで木を薙ぎ倒した奇妙な笑い声のガキ。
――もし、全く異なる種類の力を持った参加者全員に、それぞれ異なる制約を掛けているとしたら……。
バーの中に、久しくなかった完全な沈黙が訪れる。
数十秒後。マージョリーは思考をまとめ、結論を出した。
「……このゲーム、乗るわよ。マルコシアス」
「そりゃあ、どういう風の吹き回しだ? 我が冷静な復讐者、マージョリー・ドー」
復讐者。そう、彼女の目的は、あくまで――
「“銀”にもう一度会うまでは、くたばるわけにはいかないわ。
でも、この制約を受けた身で主催者に刃向かうのは、……『死』でしかありえない」
「それで、見ず知らずの人間を殺して回ろうってのか?」
その言葉に、マージョリーは軽く嘆息し、
「見ず知らずの人間と共に主催者と戦おうってよりは、よっぽど現実的よ。
敵になるのはせいぜい『炎髪灼眼』くらいだろうし、あのチビジャリはいくらでも対処のしようがある」
自らの力の源であるマルコシアスとともに在る今、苦杯を舐めたあの二人と再戦しても負けはしないだろう。
能力が落ちているといっても、フレイムヘイズは元々が人間を遥かに超越した存在だ。
それに、彼女を壮絶な戦いの中生き残らせてきた“頭脳”までが制約を受けたわけではない。
どれほどの強敵であろうと、どれほど大人数が集まってようと、騙し討ってしまえばそれで終りだ。
残り八十名強の中の、最後の一人になる。それは、彼女にとって決して不可能な話ではない。
準備をしようと立ち上がったマージョリーに、また声が掛けられた。
「だがよマージョリー・ドー。その選択に、抵抗も後悔もないのかい?」
心の隅の引っ掛かりを見透かすかのように、マルコシアスが問いかけた。
マージョリーはしかし、グリモアを叩くでもなく静かに口を開く。
「――人も徒も同じよ。“守るべきもの”なんてのは、この島には存在しない」
「守るべき人間は、あの二人だけってかブッ!?」
「お黙りバカマルコ」
なんでぇ図星じゃねえか、と呟く本を無視し、マージョリーは出立の準備を進める。
地図をしまい、水を戻し、適当に酒瓶を掴んで放り込む。
マージョリーの顔からほんの一瞬険が消えた。自分を慕う二人の少年を想ってだろうか。
しかし、その表情はすぐに元へと戻る。
そこにいるのは、『炎髪灼眼』と戦い、御崎市に留まり続ける選択をする前の彼女。
ただ復讐のために敵を討滅し続ける、冷酷な『弔詞の詠み手』だった。
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:15】
【マージョリー・ドー】
[状態]:軽い頭痛(二日酔い)、怪我はほぼ完治
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:人の集まりそうな所へ移動、ゲームに乗って最後の一人になる