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380:伝えた言葉

作:◆E1UswHhuQc

 赤い液体が身体を浸している。粛々と衣服を侵蝕していくそれは、自身の血液だ。
 ……寒い。
 新庄は寒さを感じていた。痛覚は既に超過し、寒さが身体を犯していく。
 失血による体温の低下。
 暗い闇が視界を包んでいく。黙々と閉じられていくそれに抗い、新庄は見た。
 ……ミズーさん。
 血溜まりの中に倒れた佐藤の向こう、赤髪の剣士が壁にもたれかかっている。動きはない。
 死んでいる。右手で腹を押さえた姿勢で。
 ……ごめんなさい。
 彼女を見て、新庄は意思だけで謝った。
 物腰を見ていた限り佐藤聖は素人だ。戦闘訓練など受けた事のない、ただの民間人だろう。
 ミズー・ビアンカなら、苦も無く無力化できていたはずだ。
 だが結果は、閉じかけた視界に映る通り。
 佐藤聖もミズー・ビアンカも死に、そして新庄・運切も死を迎えている。
 足手まといだった自分のせいで、彼女は死んだ。
 だから新庄は謝った。声は出ず、聞くものもいない為に、意思だけで。
 ごめんなさい、と意思を送る。同時に思うのは、この場には居ない彼の事だ。
 ……もし、佐山君だったら。

 ミズーと同行していたのが自分ではなく佐山・御言であれば、突発的な佐藤の行動にも対応でき、
 ……ミズーさんも佐藤さんも、無事だったのかな。
 と考え、否定する。もし、を語るのは無為だ。
 新庄はほぼ閉じかけた視界の中、血溜まりに眠る少女と、赤髪の剣士の姿を目に焼き付ける。
 これが、新庄・運切の選択の結果なのだから。
 ……佐山君は。
 なにをしているのだろうか、と思いを馳せる。
 この状況を打破しようと悪役として行動し、無茶な交渉で参加者達を説き伏せる彼の姿を容易に脳裏に浮かべ、新庄は苦笑。
 ……ボクがいなくても……大丈夫、かな。
 視界が閉じた。何も無い、凍った暗闇だけがそこに在る。
 死を覚悟した刹那、声が来た。
 この場にいない者の声であり、先ほど思い浮かべた者の声であり、自分と正逆の存在である悪役の声だ。

 ……新庄君。

 それは聞き慣れた、そして聞きたかった声だ。

 聞こえるはずのない声だが、幻聴だとは思わなかった。
 ……ボクは……
 新庄は沈んでいく意識を留め、彼の事を思う。
 ……ボクはもう逝くけど、一緒だから。……悪い運は、断ち切るから。
 強く、思う。誰よりも強く、何よりも強く。
 新庄はただ純粋に、彼の事を思った。
 ……運切の加護が君を、……護る……から。
 意識が切れ切れになり、走馬灯のように過去が走る。
 彼との出会い。引き金を引けなかった事。正逆の者としての誓い。
 身体の事。名前の事。親の事。自分の記憶の事。
 まだ調べなければならない謎がある。やらなければならない事がある。
 ごめんね、と新庄は思った。薄れていく意識の中、彼に謝る。
 一息。
 最期だ。もう何かを思うだけの意識が残っていない。
 最期に、彼の名前を声に出そうとする。
 しかし肺に空気は残っておらず、喉を震わせるだけの力も残ってはいない。

 だが、新庄は叫んだ。声にならずとも、それはきっと、


 ……佐山君――――――


 彼に、届く。


【D-1/公民館/1日目11:52】
【072 新庄運切 死亡】
『佐山・御言に運切の加護が付与されました』
追記:『運切の加護』は2nd-G系列の概念空間以外では、考慮する必要はありません。
ただの気分、誓約の類だとお考え下さい。

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