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341:リサイクル

作:◆eUaeu3dols

「ところで先から思っていたが、あなたは随分と良い男だな」
サラは唐突に言った。
せつらは茫洋と気の抜けた、それでも尚、自ら輝くが如き美貌の唇を動かして返す。
「おや、そうですか?」
「うむ、そうだとも」
サラは断言した。
「まずはその顔。井戸端会議の奥様方から深窓の御令嬢まで、
全ての女性と同性愛の男性を心ときめかせ恋の虜にする事間違いなしだ」
全く持って事実であった。
だがしかし、それを話すサラ自身はいつも通りの鉄面皮である。
「その上、料理の腕も見事だときている。
先ほど皆で頂いたあなたの店の煎餅は素晴らしかった。
あの粳米の風味と香ばしさの多重奏を奏でる焼き加減の絶妙さ。
ザラメ一つとっても妥協しない、煎餅という物の奥深さを味合わせていただいた」
「せんべい屋としては当然ですよ。むしろ、それを判っていない職人が多すぎる」
(実にあっぱれな情熱だ)
自らの仕事に対する誇りに感心しつつ、話を続ける。
「副業の人捜しも見事な腕前だそうで」
「ええ。住んでいた街では一番を自負しています」
魔界都市新宿の人外魔境ぶりを考えれば世界一と言っても過言ではない。
「更に、女性に対する博愛主義の傾向があるようだ。主夫の神様にだってなれる」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそう思ったのですか?」
「うむ。いや、大したことはない。観察の結果だ」
「え?」
せつらの口がぽかんと開く。サラは滔々と理由を話した。
「実は、先ほど学校で皆と居た時、全員の行動を観察していた。
例えばクリーオウが友人の死を知り、呆然となっていた時に倒れないように支えた。
ナイト役は最終的に空目がかっさらったが、実に自然で優しい動きだった。
他にも傍目には見えてこないが、女性陣への態度は対男性時に比べ実に穏やかだ」
「……ずっと観察していたんですか?」
「この状況での情報は金銀よりも価値があるから」
半ば趣味だとは言わない。

二人は歩く。海岸のど真ん中の開けた場所を、堂々と。
「だから例えば、全員の癖だとか、角が立たないよう振る舞ってる者が居たとか、
今言ったようにあなたが女性に対して博愛主義の傾向が有る事にも気づいている」
「そうですか」
「おかげであなたの価値をまた一つ認識できた。
その上、“後腐れが無さそう”な事もわたしにとって実に理想的だ。
こんな状況でなければ口説いていたかもしれない」
やはり鉄壁不動の鉄面皮に平坦な口調で好きなタイプだと宣い出す。
彼女の真意は秋せつらにもよく判らなかった。
ただ、せつらの手の中に一つ紙切れが押し込まれたのは揺るぎない事だった。

『そんな、わたしにとって好みのタイプである上に信用出来る、
超一級の煎餅屋にして人捜し業まで営むナイスガイになら出来る依頼がある。
今もピロテースから依頼を受けているあなたに更に依頼は出来るだろうか』
『捜す人物が同一でなければ』
素早く返事が返る。サラは頷いて、歩きながらの筆談を続ける。
『実は、捜して欲しいのは特定の個人ではなくある条件を満たす人だ。
“刻印”について何か知っている人、解除しようとしている人を捜して欲しいのだ』
『詳しい話をお願いします』
『わたしは刻印を外す事を画策している。
この刻印には、知っての通り管理者の任意でわたし達を殺す機能が有り、
更に生死判別機能、位置把握機能、盗聴機能を持っている事を確認している。
この刻印を外す手段を見つけなければ、わたし達は管理者達に手も足も出ない
そして――』
会話が筆音を誤魔化すように、波の音が僅かに残る筆音さえも掻き消していく。
海洋遊園地を出てから神社までの300mの波打ち際が、筆談を完璧な物にしていた。
『――というわけだ。というわけなので、空目以外の刻印への抵抗者を捜して欲しい』
現時点の情報と、それが空目との協力で得た物である事を伝え、サラは依頼した。
せつらは頷いた。
『判りました。その依頼、お受けしましょう』

潮騒に紛れた筆談が終わってから少しすると、二人は神社へと到着した。
森に囲まれた、人気が無いがらんとした神社。
「やはり、禁止区域の袋小路に人は居ないか」
「ええ、生きた人は居ないようですね」
だが、誰も『無い』わけではなかった。
神社の境内には、一つの死体がごろんと転がっていた。
銀色に輝く左腕を持つ、その死体の頭部は粉砕されていた。
それは丁度3時間前に、オドーに頭を叩き潰されたジェイスの死体だった。

サラは死体の数m背後の地面に屈み込んだ。
「何か見つかりますか?」
せつらの言葉に、頷く。
「ここに跳躍痕が有る。その姿勢と、手に握っている砕けた剣からして……」
地面を指差し、そこから死体へと放物線を示し、次に入り口の鳥居近くを指差す。
「跳躍して誰かに斬りかかろうとした所を、背後上空から何かに撃たれたようだ」
「背後上空からですか。鳥居の上に誰か居たのかもしれませんね」
鳥居を振り返るせつら。
サラは空を仰ぎ見た。
「あるいはそれこそ空を飛んでいたのかもしれない」
だが、澄み切った青い空には一片の影すら見当たらない。
例え空に何か居たにせよ、それはもうここには居ないのだ。
「どちらにせよ、今から気にする事でもないでしょう?」
「確かに。死斑と死後硬直が現れ始めている。死後2〜4時間という所か。
下手人は既に周辺には居ないと考えて良いだろう。
遭遇する事があるかも不明だ」
今考えるべきはカードキーの事。あるいは……
「しかし、限り有る資源は大切にしなければならない」
サラは、名も、顔さえ知らぬ首無し死体の残した物を見下ろした。

刀身を砕かれた魔杖剣・断罪者ヨルガの柄を握りしめる。
「それ、使えるんですか? 砕けてますよ」
「心配は無用だ。わたしの世界の“杖”は魔術のシンボル以上の役割を持たなかった。
それに対し、この“杖”は本来の機能こそ失われているが、
特殊な材質で作られた魔術の増幅具とでも言うべき物のようだ。
例えこんな有様になっていても――」
“杖”を一振り。それだけで空気中の水分が凍結し、氷の球体が生まれた。
空いている方の手で氷の球体を撫でると水に変わり、蒸気に変わり、霧散する。
「――そう捨てた物では無い。悪くない使い心地だ」
「なるほど。役に立つようですね」
「そう、とても役に立つ」
といっても、戦力としてではない。
元々、サラの世界の魔術は杖が無くても有る程度は使用できる。
(元の世界で杖が手元に無い時は、同時に魔術を封印されている事が多かったのだが)
また、そもそもサラは戦いにおいてあまり魔術を使わないタイプだった。
彼女の得意とする武器は知略とハッタリと爆弾なのである。
彼女が魔術をよく使う場面は、格下の相手をあしらう時か、あるいはその逆。
ここぞという時、これという事の為だ。例えば、この状況では……
(刻印の解除の為に、杖は必要だ)

それと、サラはもう一つ気になる事が有った。
砕けた刀身を頭の中でパズルのように並べ、本来の形を復元する。
この“杖”は剣の形状をしている。
だが、弾丸を篭めるような奇妙な部分が有るのだ。
まるで杖であり、剣であると同時に、銃でもあるかのように。
そして、問題となるのはその弾倉。
(賭けてもいい。クエロが持っていた弾丸がすっぽりと納まる)
無論、たまたま同じサイズなだけかもしれない。
だが勿論、そうでないかもしれない。
(刀身も持っていった方が良いだろう。魔法生物の材料にだってなる)
サラは砕けた刀身を布でくるむと、デイパックの中に放り込んだ。

更に死者のデイパックを開封する。
「地図に禁止区域のメモが無いな。
どうやら6時より前、つまり3時間以上前に死亡したらしい。
水と食料が概ね残っている。……すまないが、頂いていこう。
おや、これは」
「どうしました?」
サラは『AM3:00にG-8』と書かれた紙と、鍵を見せた。
「どうやらわたしと同タイプの支給品は他にも有るらしい。
この男のものか、あるいはこの男が誰かから頂いた物だな」
それも時間制限付きという、サラの物より更に制限の厳しい物だ。
「誰かに斬りかかった事、刀身に彼より乾燥した血が付いている事からして、
もしかすると誰かを殺して奪った物だったのかもしれない」
「物騒な話ですね」
殺し殺され奪われる。仁義無き戦いだった。
「それで、リサイクルはもう終わりですか?」
「他に何か……いや、そうか」
サラはその問い掛けの意味に気づいた。
そう、恐らくジェイスの残した中で、最も価値のある物。
それは……
「………………死体か」

死体にまだ刻印の機能は残っているのか。
この死体をすぐ近くの禁止エリアに放り込めばどうなるのか。
あるいは、肉体が死を迎えれば、刻印は解除されるのか。
そのどれもが、これ以上無いほどに貴重な情報だ。
(だが、それは許される事だろうか?)
死者の物を勝手に頂いている以上、今更ではある。
医学を学んだ時に解剖実験に参加した事も有る。
前科無し傷害未遂の悪霊を狭い壺に押し込もうとしたり、
勝手に人畜無害な吸血鬼の血液を採取して研究した事も有った。
禁断の死後の世界にずかずか踏み込んで見物して帰ってきた事も有ったし。
死者を、ではないが、罪無き恋する乙女を勝手に悪霊を呼ぶ囮にした事も有った。

(おや、振り返ってみるとなかなかの暴れん坊だな、わたしは)
実に今更であった。
既に魂の抜けてしまったこの死体が刻印を発動させても、誰も被害を受けない。
サラは、せつらに頷きを返した。

どうせ刻印に有ると思われる発信器としての機能で、この実験はバレるのだ。
ならばいっそ、宣言をした方が良いだろう。
「そうだな。禁止区域の範囲を正確に調べたい。その死体が使えるかもしれない」
そう、単なる禁止区域の範囲を正確に知るための実験と偽った。
地図ではその正確な位置は判らない。地図自体がやや大雑把な物だからだ。
だからこの建前は十分な説得力を持っていた。
「では、死体の方にご協力願いましょう」
せつらの鋼線が閃いたかと思うと、ジェイスの死体がぎこちなく起きあがる。
秋せつらの魔技は人を意のままに操る事さえ可能とし、死者すらもその手中に落ちる。
例え扱いづらい鋼線であっても、視界内で簡単な動きをさせる程度は容易であった。
「行け」
せつらが重たげに腕を振る。
それに応え、死体はゆっくりと歩き始めた。
……禁止エリアへと。

「あと1歩から10歩ほどのはずだ。ゆっくりとお願いする」
「判りました。10歩進んで発動しなかったら、戻りますからね」
もし死者の刻印が発動しなかった場合、それに気づかずに自分達が自滅したら、
それは単なる間抜けである。この実験は慎重に行わなければならない。
死体の歩みが更に遅くなる。20秒に1歩。
……2歩。……3歩。……4歩。……5歩目を踏みだそうとしたその時。
忌まわしい刻印は、形骸へと役目を発揮した。

既に破壊されたその身の内、本来魂が有る場所が砕かれていく。
肉体としての器ではなく、魂としての器が浸食され、崩れ去る。
知識の為に行われる死体の更なる破壊。それは正しく、死体の解剖だった。
刻印の発動が納まると、せつらは鋼線を引き戻し、死体を回収した。

再利用は終わった。
実験にまで使わせてもらった死体を、データを取ってから浅く埋葬すると、
サラは、これでエリアの正確な位置が判ったと呟きながら、
この“解剖実験”により得られたデータを紙に書き込んでいた。
「少し顔色が悪いですよ」
「おや、そうか」
いつもながらの鉄面皮で首を傾げる。
そうかもしれない。彼女だって、気分を悪くする事は有る。
サラは僅かに寒気と吐き気を感じていた。
「問題無い。許容範囲だ」
間近で改めて見た刻印のもたらす破滅は、相手が死体であっても残酷な物だった。
だが、おかげで得られた情報も多い。
刻印の発動の様子。魂の器とも言う部分の破壊痕。死体だからか20秒ほど遅れた発動。
それらをしっかりとデータに纏め、紙に書き込む。

そんなサラを見やりながら考える。
(どうやら完全な冷血女でも無いようだ)
割と呑気に。
せつらにとって、この実験は別に大した事ではない。なにせ、提案したのは自分だ。
もちろん得られた結果は重大な物だが、生憎とせつらの担当分野外だ。
サラに任せておくしかないだろう。
(よく冗談か本気か判りにくい事を言う癖は困ったものだけれど)
後腐れが無い貴方が好みだという発言の真偽は未だによく判らなかった。
冗談に思えたが、考えてみれば案外本気かもしれない。

しばらくしてサラは顔を上げると、
びっしりと書き込まれたメモをデイパックの中にしまい込んだ。
「それじゃ、行きますか」
「そうだな、行こう」
何処へ、と訊く必要は無かった。
まだ、ここへ来た最初の理由が残っているのだから。

賽銭箱に見つけたスリットにカードキーを通す。
すると賽銭箱がガラガラと横に移動し、その下に1m四方程の穴が開いた。
さっさと下に滑り込み、周囲を見回す。そこに有ったのは……
「地下連絡通路。それに案内板付きか。当たりかな、これは」
薄暗い通路が二方向に伸びていた。
北へ。海洋遊園地地下を経て学校、そこから市街地や地下湖に続く道。
東へ。海岸の洞窟を経て城の地下、そこから北に伸び地下湖に続く道。
更にその通過地点全てに出入り可能を示すマークが付いていた。
つまり、隠された出入り口がそれらの建物の地下にも有ったのだ。
それに加え、幾つかの枝道は、島の東北にまで続いていた。
「ここを通れば、学校まですぐに帰れますね」
「それどころか城に寄って、地下から様子を見て地下湖を経て帰ってもいい」
顔を見合せる。
「さあ、どうしたものだろう」「どうしたものでしょうね」
恵まれすぎて恐い。

【H−1/神社の地下連絡通路/1日目・10:20】
【神社調査組】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。

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