作:◆69CR6xsOqM
血だまりを後に少し進んだ場所で……福沢祐巳は足を止めた。
どくん
祐巳の視線の先にあるのは……明らかに人為的に盛り上がった土と
その上に置かれた両手で抱えるくらいの石。
石には何も刻まれてはいない。しかし墓だということは充分に認識できた。
どくん どくん
恐らくは、あの少女の墓。子爵が作ったのだろう。
いや、子爵は……でも……もしかしたら。
どくん どくん どくん
近づく。
一歩を踏み出すたびに心臓が跳ねた。
全身の血液が沸騰しているかのように熱い。
どくん どくん どくん どくん
背中に広がる赤に染まった草原を思い出して体が異常に火照り始めていた。
この、名も無き墓を見てから。
どくん どくん どくん どくん どくん
頭の中に浮かんでは消える悪夢の一場面。
子爵の元にいた少女を自分が襲う、とても恐ろしい夢。
どくんどくんどくんどくんどくんどくん
夢?本当に……夢だったのだろうか?
自分には倉庫から海までの記憶が無く、真っ直ぐに進んだのならここはその通過点……。
そして血塗れの自分の衣服。
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん
その簡素な墓の前に跪く。
「嘘よ。そんなはず……ない」
盛り上がった土に手をかける。
ざくり、ざくり、ざくり
何をしているんだろう、自分は。
掘り出して何をしようというのだ。これは明らかな死者の冒涜だ。
マリア様はいつもみていらっしゃる。このような行為が許されるはずは無い。
このことを知ればお姉さまも許しはしないだろう。
ざくり、ざくり、ざくり
やめるんだ。今ならまだ間に合う。
大体遺体を確認して何をしようというのだ?
この下に埋まっているのはあの少女であることは確信しているというのに。
ざくり、ざくり、ざくり
止まらない。
頭ではこれは禁忌の行為だと理解しているのに、手は機械のように土を掘り返し続ける。
掘り返し続けてしまう。何かの予感に責めたてられながら。
ざくり、ざくり、ざく
白い布が露出した。刺繍に見覚えがある。
やはり彼女の纏っていたマントだ。ここに埋まっているのはやはりあの少女なのだ。
もうやめよう。確認は終わったのだから。
ざく ざく ざく ざく ざく
「どうして……もう、いいじゃない」
祐巳は再び土を取り除き、遺体を掘り起こし始める。
何か、いいようのない衝動に突き動かされ遺体の上の土を掻き分ける。
だんだんと遺体の露出が多くなり……そして終に完全に露出した。
朱茶色に染まった元は白であっただろう洋服。
体のあちこちに引き裂かれたような傷跡。
……そして、肩口に明らかな牙の後。まるで吸血鬼に血を吸われたかのような。
ど く ん
フラッシュバック。
眠っている少女を襲う爪。
切り裂かれ、目を覚まして恐怖に歪む少女の顔。
そして……その肩口に牙をつきたてる……獣となった自分の姿。
鮮血に染まる私の服。
思い、出した。
「いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私が殺した。
あれは夢なんかじゃない。私が起こした現実。
無抵抗な少女を。子爵が、潤さんが救った命を私が奪った。
私は力が欲しかった。
でもそれは他人を傷つけるためではなく、守るためだったはず。
お姉さまを、志摩子さんを、守る。聖さまを……止める。
そして由乃さんの分まで生きると誓い、手に入れたはずの力。
それなのに……ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私、福沢祐巳はあなたを殺してしまいました。
謝って許されることではないけれど、ごめんなさい。
……どうしよう。
潤さんにも、疑ってしまった子爵にも……もう会うことなんて出来ない。
お姉さまにも……もう合わす顔なんてない。
……終わろう。ここで私を終わらせてしまおう。
そうすればもう誰も傷つけることは無い。お姉さまを傷つけることも無い。
どれくらい、座り込んでいただろう。数分か数時間か。
頭の中に響き渡る声で祐巳は覚醒した。どうやら放送を聞き逃してしまったらしい。
しかしそれももうどうでもいい。祐巳はゆっくりと立ち上がり、ヨロヨロと幽鬼のように歩き始める。
坂を上り、木々の間をすり抜け……崖の上に立つ。
不意にヴォッドのレザーコートが風になびいた。
ヴォッド。自分に力をくれたダンピール。いや、私が一方的に力を奪ったのだ。
だからその礼として共に行こうと彼のコートを羽織った。
でも……もうその資格もない。彼はさぞ自分に失望しただろう。
祐巳はコートを脱ぐとそれを崖の下へと投げた。
風に乗って何処かへと舞い飛ばされていくレザーコート。
次は、自分だ。
一歩、崖へと近づく。
これで……私は終わる。もうお姉さまとも会うことは無い。
志摩子さんとも聖さまとも、潤さんとも……もう、会えない。
お父さんとも、お母さんとも、祐麒とも二度と会えない。
楽しかったあのリリアン女学院の日々にはもう戻ることはできない。
足が、止まる。
肩が、手が、足が震え、それを押さえつけるように祐巳は肩を抱いてその場に座り込んだ。
涙が知らずに溢れ出て頬を伝う。
「……そんなの、やだぁ……いやだよ……誰か、助けて……」
怖い、死ぬのが恐ろしい。
これが一番良い方法だと判っているのに竦んで体が動かない。
死にたくない。ごめんなさい。ごめんなさい。
人の命を奪ってしまったのに……、自分は死にたくないんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
涙を絶え間なく流しながら呪文のように唱え続ける。
「たす……けて……」
「助けてあげるわ。私があなたを苦しみから解放してあげる」
不意に、声が、聞こえた。
振り向くとすぐ傍に剣を携えた少年が佇んでいた。
哀しそうな瞳でこちらを見つめている。
「可哀相に……この島の狂気に囚われてしまったのね。
でももう苦しむことはないわ。永遠の安息をあなたに与えてあげる」
そう言って、彼……カーラは手にした剣、吸血鬼を振り上げた。
祐巳はその姿をただ呆然と見上げている。
殺される?ここでこの人に?いやだ。何故。望んでいたはずじゃない。私は終わる。
いやだ。受け入れるべきだ。いやだ。私は罪を犯した。逃げろ。許されるはずが無い。
いやだ。逃げろ。どこに。生きろ。死ぬべきだ。逃げられない。それでも。生きたい。
死ね。死にたくない。生きたくない。死にたくない。死ね。死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない……。
どくん
心臓が活性化を開始する。
血液が全身を駆け巡り、臨戦態勢を整える。
「さようなら。願わくばあなたの来世が幸せでありますよう」
そして剣が振り下ろされ……祐巳の意識はそこで途絶えた。
【C-4/崖の上/一日目、12:07】
【福沢祐巳】
[状態]:看護婦 魔人化 記憶混濁
[装備]:保健室のロッカーに入っていた妙にえっちなナース服(血まみれ)
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り)
[思考]:死にたくない
[補足]:12時の放送を聴いていません。
※【ヴォッドのレザーコート】がC-4付近の何処かへ飛ばされていきました。
【竜堂終(カーラ)】
[状態]:やや消耗
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし/ サークレット
[思考]:目の前の少女を救う/フォーセリアに影響を及ぼしそうな参加者に攻撃
(現在の目標、坂井悠二、火乃香)