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290:交わした視線の行方

作:◆7Xmruv2jXQ

 こちらを見つめる二対の目。
 そのどちらもが緊張と敵意を滲ませていた。
 バンダナの少女はこちらから視線を外さぬまま、弾かれた剣を拾おうと隙を窺っている。
 ドレスの少女は二刀を構えたまま動かず、ひたすらに間合いを計っている。
 両者に諦めの色はなく、この状況下で自分に出来ることに神経を集中させていた。

(どっちもえらく場慣れしてんな。油断したら状況はひっくり返る)

 ヘイズは胸中で呟くと、両手を挙げたままの体勢で声を出した。
 Iブレインの稼働率は85%。
 相手が動き出しても完璧に対応できる自信が、ヘイズにはあった。

「俺らにやり合う気はない。ドレスの方、武器を捨ててくれ。話し合いがしたいんだ」
「いきなり攻撃してきといて信じられるわけないでしょ。あたしはそこまでお人好しじゃないよ。お下
げの方は、血で汚れてるみたいだしね」
 ヘイズの口上に対し、バンダナが低く言い放つ。なかなかに険悪な雰囲気。

 絡み合う視線と視線。
 対峙する少女は眼を逸らそうとはしなかった。
 圧倒的に不利な立場でありながら、臆することなく眼光を叩きつけてくる。
 少女の圧力に、ヘイズは額に汗が浮かぶのを自覚した。

 そのままどれだけ睨みあったのか。
 四人は動くことなく、時間だけが流れていった。
(マジで場慣れしてやがる――――こっちから動くしかない、か?)
 コミクロンもそろそろシビレを切らそうとしていた。
 このまま睨みあっていても埒が明かない。
 アドバンテージを失うが、こちらから歩みよる。
 その決意をヘイズが固めると同時に、ふっ…とバンダナがヘイズから視線を外し、ドレスに視線を送
った。ドレスが応えるようにわずかに顎を引く。

 先に向こうが動いた。ヘイズは内心安堵しながらドレスの少女を見た。
 少女の白い繊手が二本の剣を手放し――――落下するそれらを、再び掴んだ。

「む?」
 コミクロンが声を上げ、

「破!」
 バンダナ――――火乃香の放った気が、ヘイズらを直撃した。
 

(またIブレインにノイズか!)
 先ほどと同じく、気合いとともに放たれた力をヘイズは理解できなかった。
 気は科学の外側にある力だ。
 Iブレインの行う予測演算は物理法則に当てはまらないその力を捉え切れず、予測演算に全幅の信頼
を置いていたヘイズは完全に虚を突かれた。
 まともに気撃を受け、二人は森の中へと押し戻される。
 油断していたわけではない。
 気という力が、物理に縛られる魔法士にとってあまりにイレギュラー過ぎたのだ。 
「くそっ!」
 コミクロンの罵声が聞こえたが、そちらの様子を窺う余裕はない。
 尻餅をついた体勢から一挙動で立ち上がる。
 不可解な攻撃ではあったが、ダメージらしいダメージはない。
 瞬時に体が反応。
 半身のまま、指先を前に突き出す特異な姿勢へ移行。

 接近戦になる。

 ヘイズは、覚悟を決めた。


 気を叩きつけると同時、火乃香とシャーネは動いていた。
 火乃香は爪先で長い魔杖剣を蹴り上げると、左手で素早く柄を掴んだ。
 瞬時に方向を転換。
 森に背中を向けて一気に加速する。

 あの瞬間。
 相手がまさに動き出そうとしていた瞬間のアイコンタクト。
 一種の賭けとも思えるこの行為に、火乃香はなぜだか自信があった。
 天宙眼のおかげか、砂漠で生きた17年の賜物か。
 理由はわからない。
 出会って半日も経っていない、文字通りの赤の他人が相手だ。
 
 それでも。
 
 火乃香はこの喋れない少女と、目と目でわかりあえると確信していた。

「シャーネ、行くよ!」
 隙をつくって一気に離脱。
 結果として火乃香のプランは、これ以上ないタイミングで見事に決まった。
 襲撃者の二人は森へと押し戻され時間ができる。 
 右手の痺れもまだとれていないのだ、無理に争う必要はない。

(赤いのがなにをしたか、それがわかんないで戦うのは危険だしね)

 天宙眼が感じた微妙な気配。
 それを頼りに回避したのはいいが、実態がわからない以上、どこまでかわせるかはわからない。
 現に被弾した三撃目は明らかに避けることを見越しての攻撃だった。
 相対するなら相応の準備が必要となるだろう。
 相手が追いかけてきたらその時はその時。
 少なくとも今よりはいいポジションで向かい討てるはず。
 走りながらそこまで思考して火乃香は気づいた。

 赤いドレスは影も形もない。

「へ?」

 火乃香が間抜けな声を上げる。
 一流の剣士とは思えないほうけた表情。

 思わず立ち止まってみれば、すでにかなり小さくなった森の方が、やけに騒がしい。
 硬質ななにかがぶつかりあう音が抜けるような青空に響く。
 次いで小さな破壊音と、悲痛な男の叫び声。

 どう考えてもシャーネ・ラフォレット、戦闘中である。

「……ひょっとして、全然伝わってなかった?」
 
 肯定するように、破壊音が再度響く。
 
 呆然とすること約二秒。
 火乃香はわずかに頬を紅潮させると、大急ぎで森へと戻っていった。  


【F-5/北東境界付近/1日目・11:05】
【チーム・ソードダンサー】

【火乃香】
[状態]:利き手に軽い麻痺(情報解体の影響 一過性)
[装備]:魔杖剣「内なるナリシア」
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:1、大急ぎで森へと戻る 2、シャーネの人捜しを手伝う

【シャーネ・ラフォレット】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰陽
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:1、赤髪・三つ編みを攻撃 2、クレアを捜す

【凸凹魔術師】

【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:砂袋
[道具]:支給品一式
[思考]:1、なんか大変なことになってる。火乃香らと交渉に失敗? 2、刻印解除構成式の完成。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【コミクロン】
[状態]:軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)
[道具]:無し
[思考]:1、なんか大変なことになってる。戦闘が終わったから相手との平和交渉、情報交換 
    2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:服が赤く染まっています。

【備考】シャーネ大暴れ中。両チームとも海上遊園地へ向かう。

2005/05/05  改行調整

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