作:◆l8jfhXC/BA
墓石はひとつだった。
それが彼の墓標だと知れる印はなかったが、それを証す死体はあった。────前と違って。
元弟子が眠る傍らに置いた丸石を、オーフェンはただ見ていた。
(稚拙を通り越して墓ですらないが……今はこれで我慢してくれ)
胸中でマジクにつぶやく。土を掘る道具も時間もここにはない。
ただ、目を閉じられた死体と、大きめの石がそこにあるだけの墓だった。
(死体がある墓は……“オーフェン”になってからは初めてだな)
五年前のアザリーの墓は虚像だ。そもそも彼女は死んですらいない。
数ヶ月前のイールギットの墓も虚像だ。彼女の最期は看取ったが。
今つくったマジクの墓は虚像ではない。右腕の肘から下をなくし、胸を突かれて死んでいる死体がひとつ。
──ひょっとしたら、これも虚像なのかもしれない。
ふと思いつき、すぐさま打ち消す。そんな考えはマジクへの愚弄にしかならない。
たとえ自分自身が虚像だろうと、この茶番自体が虚像だろうと、ここでマジク・リンという少年が死んだことには変わりがない。
(あいつが言い淀んだとき、嫌な予感はした。……それまでは頭の隅にもなかったな)
彼らを捜すと決めたときに、既に死んで放送で呼ばれていたという可能性など思いつきもしなかった。
あの少年が奇妙な反応をしたときも、曖昧な違和感だけが浮かび、そして消えていた。
その直後にあの巨人と戦い、逃げ、彼の死体を見つけて初めて事実を知り、理解した。
(……すまない、死を悼む時間さえ十分にない)
これまでに確認した死は五つ。師匠と呼ばれていた女性と、キノに殺された少年と男と、放送で呼ばれた一人と、マジク。
そこにクリーオウの名が加わるのは何としてでも避けなければならない。
一刻も早く保護しなければ、マジクと同じ道をたどってしまう。
「マジク」
声に出して彼の名前をつぶやく。
数ヶ月ぶりに再会してみたかった。
生きて会話をしたかった。
クリーオウと共にここから脱出したかった。
だが、もう彼は死んでしまった。殺された。
冷たくなり、青白くなってしまった彼の顔を見る。表情だけなら、それはとても穏やかに見えた。
「……じゃあな。行ってくるよ」
そう言った後、死体から遠ざかろうとして──ふとオーフェンは思いついた。
死体のそばまで戻り、彼の首から銀細工のペンダントをはずす。剣に絡みついた、一本足のドラゴンの紋章。
紋章の裏には、所有者の名前が書かれている。
マジク・リン。
自分とは違う、たったひとつの名前。たったひとつの意味しか持たない名前。
オーフェンは、既に首にかかっている自らのペンダントの上から、それを重ねて首にかけた。
【D-6/湖南の畔/1日目・08:20】
【オーフェン】
[状態]:やや疲労。行動には支障なし。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、獅子のマント留め、スィリー
[思考]:クリーオウの捜索、仲間を集めて脱出(殺人は必要なら行う)
※第一回放送を冒頭しか聞いていません。
2005/05/09 改行調整、ダッシュ一部追加