remove
powerd by nog twitter

185:朝の食卓

作:◆a6GSuxAXWA

 微かに聞こえた油の弾ける音と、何かの焼ける香ばしい匂いに、景はむくりと起き上がった。
「…………?」
 寝惚けた頭が、状況の把握を拒否している。
 順番に、確認を開始。
 殺し合いをしろと言われたことは覚えている。毛布の中で眠ったことも覚えている。
 背中の痛みも確かにあるし、幸い湿布は剥がれていない。
 視界には扉に壁に天井。
 窓が無いため薄暗いが、それでも扉から漏れてくる光は――
「何時だ……?」
 腕時計を確認するが、どうやら午前九時の手前のようだ。
 と、廊下が軋む音が聞こえる。足音だ。
「目、覚めた?」
 ひょいと扉の影から顔を除かせた風見に、景は一言。
「――料理はマズいだろう」
「失礼ね。マズい料理を作るような女に見える?」
 見える、と言ってやろうかと、よほど考えた。
 が、後が怖いので結局何も言わない。
「私は料理は得意なのよ? ――音も抑えてるし、換気扇も回していないわ」
 窓から入る光があれば、夜と違って食料を探すのも簡単だ。
 そしてもちろん、料理も。

 あっと言う間に部屋にちゃぶ台が持ち込まれ、並ぶ皿、皿、皿。
 食べ過ぎるといざと言うときの行動に支障が出る、そんな景の抗議をタッパーをちらつかせて黙らせつつ、即席の食卓は完成した。
 ふわりと湯気を立てる白米に、甘辛い香りが鼻腔をくすぐるアジの開き。
 綺麗に火の通った卵焼きに、豆腐とわかめとネギの入った味噌汁。
 レタスの葉に滴がきらめくサラダ、薩摩芋の甘露煮まであった。
「……まあ、確かにマズそうではないな」
「そういう台詞は物欲しそうな目をしないで言うものよ」
「む――」
 雑貨屋の台所は、まるで昨日まで人が居たかのような状況だった。
 では恐らくは、他の家屋もそうなのだろう。
 そんな事を言いながらも、二人は割り箸を取って一言。
『いただきます』
 ぱきり、と乾いた微かな木の香りが、食卓に添えられた。

「確認しておきましょうか。何かあったら私を起こす、良いわね?」
 景は玉子焼きを口に入れたまま頷く。
「あと、基本的には臨機応変にだけど――窓を破る音か扉に積んだ椅子が崩れる音がしたら、可能な限りは呼びかけて害意の有無を確認すること」
 言うと風見は、静かに味噌汁を啜る。
「……扉をノックしてくるようならば、君が勝手口から回り込んでいる間に僕は出入り口で扉越しに応対」
 玉子焼きを飲み込み、景。
「扉越しに撃たれる可能性もあるわ。射線に身は晒さないで、壁の影からよ?」
「分かってる」
 互いに言って、サラダを咀嚼。
「――相手がゲームに乗っていたら、状況にもよるけど無茶はせずに逃げるわよ」
「……ああ。その際は出入り口や窓周辺にトラップが仕掛けられていないか、最大限の注意を払う」
 ご飯にほぐしたアジの身を乗せて、口に。
 物騒な会話を交えての食事だが、何故だか空気は穏やかだった。
『ごちそうさまでした』
 しばらくして、二人分の声が揃って響いた。

 空の皿を集めつつ、景は苦笑。
「しかし、何というか……こんなゲームをさせられているのに、暖かい食事にありつけるとは思わなかった」
「なら、私に感謝しておきなさい。そしたら午後もお弁当にありつけるわよ?」
 冗談めかした風見の物言いに、景の苦笑が深くなる。
「はいはい、ありがとうございました。まあ、ともあれ――早めに寝たほうが良い。疲れは取れるときに取っておくべきだ」
「分かったわよ、でも片付けをしてから……」
 景は溜息を一つつくと、タッパーを手に取る。
 更にもう片方の手で毛布を取り、風見にそれを押し付けた。
「君は働きすぎだ。いざという時に君がバテていては、二人ともども死ぬ事になる」
 そのままタッパーに残りの食事を詰めつつ、放たれるのは皮肉と心配を織り交ぜた声。
「――そうね。アンタみたいのと揃って死ぬのも癪だし……まあ、少し休ませて貰うわ」
 嫌味の無い笑みを含んだ声と共に、風見は部屋の隅へ。
 枕もとに銃を置いて丸くなる風見の様子を眺めつつも、景は黙々と後片付けを続ける。
 やはりそれなりに疲労はあったのか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「しかし、まさか再会するとは……大した腐れ縁だ」
 ふと、景は己のウィンドブレーカーとクロスを見つめた。
 あちこち擦り切れた、青い、失ったはずの魔法使いの外套。
 夜の街を駆け回っていた頃、幾度と無く助けられたクロス。
 その目には、再会を懐かしむような、哀しむような、そんな光が宿っていた。

【C−3/無人の商店街、雑貨屋/一日目/09:31】

【物部景(001)】
[状態]: 見張り&後片付け中。背中に打撲傷。(処置済み)
[装備]: 折り畳みナイフ、頑丈な腕時計、食事を詰めたタッパー
[道具]:リュックサック(水入りペットボトル一本、支給食料(半分)、缶詰一個、地図、方位磁石、懐中電灯、救急箱)
[思考]: 1.とりあえず昼の放送まで休息 2.知人の捜索

【風見千里(074)】
[状態]:睡眠中。心身ともに健康。
[装備]: グロック19、及びその予備マガジン一本、頑丈な腕時計
[道具]: デイパック(水入りペットボトル一本、支給食料(半分)、缶詰三個、筆記具、懐中電灯、ロープ、弾薬セット)
[思考]: 1.とりあえず昼の放送まで休息 2.知人の捜索

←BACK 一覧へ NEXT→