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158:彼の屍を越えてゆけ

作:◆lmrmar5YFk

『―101竜堂始―』
突如、頭の中に響き渡った放送に、鳥羽茉理は思わず手にしていたペットボトルを取り落とした。
投げ出されたボトルから貴重な水が地面へと染み込まれていくが、そんなことを気にする余裕もない。
竜堂始。自分が最も頼りにする従兄弟の一人であり、少なからぬ個人的な好感(それはむしろ『愛情』と言い換えてもいい)を抱いている人。
その彼の名前が、今、確かに呼ばれた。
…嘘よ。そう思い、茉理は「ふふ」と笑おうとした。
しかしその笑い声は、喉の奥からまともに出てきてはくれず、
「うっ」という押しつぶされたような声が嗚咽と共に吐き出されるのみだ。
喉が何者かに締め付けられたかのように苦しく、身体が自然と震えだす。
…何かの冗談に決まっているわ。だってあの人が、始さんがそう簡単に死ぬわけがないもの。
だって、だってそうでしょう!?
私ですらまだこうして生き延びているっていうのに、竜になったり宇宙に行ったりさえできるような人間が、
たった四人で世界各国の軍事組織と互角に渡り合ってしまうような人間が…死んだ、ですって?
茉理は、愛しい従兄弟の常人離れした強さを思い出すことで何とか平静を保とうとした。
けれど、脳裏に浮かぶのはなぜか彼が血まみれになって倒れている姿だけで、
どんなに頭を振っても、その想像図はかたくなに消えてはくれなかった。
「…さん」
だくだくと流れ落ちるミネラルウォーターが、彼女の足元に小さな水溜りを作る。
そこに、頬を伝って落下した茉理の大粒の涙がぴちゃんと混じった。
「始…さん…はじめ、さ…」
そう呼ぶ声は弱々しく掠れ、そこには普段の気丈な彼女の面影は残っていなかった。

どれだけその場にいたのだろう。ふと気づくとペットボトルは空で、辺り一面が雨でも降ったように水浸しになっていた。
それがボトルから流れ出た水なのか自分が泣き腫らした跡なのか、茉理には判別できなかったが、そんなことはどちらでもよかった。
洋服のポケットに入っていたままの手鏡を取り出して顔を見れば、目はウサギの様に赤く、頬には涙の伝った痕がしっかりと残っている。
それを手のひらでごしごしと擦ると、彼女は、ふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がり、前へと歩き始めた。
歩を進めるたびに、地面の草や石ころに足を取られ転びそうになるが、それでも確実に一歩ずつ前へと進んでいく。
自分でもどこに向かっているのかは分からない。
…ただ、始の亡骸を看取っておきたかった。
たとえその場に辿り着けたところで何ができるというわけではないかもしれない。
けれど、どうしても始の最期に会っておかねばならない気がした。

始を失った茉理にとって、いつもと変わらぬ精神状態でいろというのは無理な注文だったかもしれない。
しかし、彼女はせめてもう少しだけ冷静でいるべきだった。

このときの彼女は、少し、ほんの少しだけいつもより焦りすぎていた。
想い人の死という重みが招く判断力の低下。―その事に、しかし当の本人でさえ、全く気づいてはいなかった。

【残り 95人】
【A-2/1日目・6:30】

【鳥羽茉理】
 [状態]:健康だが精神的に少々問題? 禁止区域の情報を知らない
 [装備]:強臓式武剣"運命"、精燃槽一式(出典:機甲都市伯林)
 [道具]:デイパック(支給品一式) 手鏡
 [思考]:始の亡骸を見つける

どの方向に向かっているかは、お次の方にお任せします。

2005/04/30 修正スレ75

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