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129:狂人と奇人の選択

作:◆J0mAROIq3E

 ――いかんな。
 詠子と向き合うこと十秒。佐山の頬に一筋の汗が流れる。
 今までに出会ったことのないタイプの奇人だ。
 会った途端に魂のカタチときた。これは真性かもしれない。
(いや、交渉役としては第一印象を重視しすぎるべきではないな)
「――まず聞こう。君の名は?」
「私は十叶詠子。詠子って呼んでいいよ、佐山君」
 そう言うと、詠子は再び透明な笑みを広げた。
 そして笑みを消すことなく、少し拗ねた様子で続ける。
「もっとお話したいんだけど、銃を下ろしてはくれないのかな?」
「無礼は承知の上だが、状況が状況なのでね。
 では詠子君。無礼ついでにその血についても説明してはもらえないだろうか」
 そこで初めて血に気付いたようで、詠子は納得したように頷いた。
「死に顔は綺麗な方がいいかなと思って拭いたんだよ。紛らわしくてごめんね」
「……その人は、君が殺したと?」
「まさか。私が見たときはもう手遅れだったんだよ。白い髪が綺麗な子だったんだけどね」
 白い髪、という情報で自分の探し人でないことに安堵し、次いでその安堵を恥じる。
 死んでいい人間などあってはならないのだから。
 ともあれ、躊躇いのない言葉に裏は感じられない。
 血の件については信用しても問題ないと佐山は判断し、銃を下ろした。

「申し訳なかった。改めて自己紹介しよう。私は佐山御言――この世界においても中心に座する人間だ」
「それは凄いね。じゃあここが世界の中心なんだね」
「そうとも。この通り、四方を見渡してもどこも途切れてはいないからね」
 ――新鮮な突っ込みも快い。なかなかに素晴らしい人だね。
 満足げに頷くと、促すように自分のハンカチを砂浜に広げた。
 詠子も警戒なくその上に腰を下ろすのだった。

「さて、敵意がないのならお互い情報交換といこうではないかね、詠子君」
「うーん……構わないけれど、私が分かっていることはあまり多くないよ?」
「恥ずかしながら私も手持ちのカードは不足しているが、目的は明確だ。
 新庄運、風見千里、不死身バカ、この二人と一匹には会わなかったかね?」
「さっきの子を除くとニンゲンは佐山君が一人目だよ。小人さんや妖精さんはたくさんいるけどね」
「それはロマンに溢れて素晴らしいことだと思うが、小人さんや妖精さんとは?」
「うん? 今もたくさん私たちを見てるよ。ほら、そこにも」
 指さす先を見ても、もちろん波が砂を洗っているだけだった。

 佐山は内心の動揺を封じて黙考する。いや、沈黙は許されない。沈黙は刺激だ。
「……サナトリウムに興味はあるかね?」
「あそこはあそこで面白いけど、やっぱりヒトが多い所の方が物語も多いからね」
 ね?と同意を求める詠子に爽やかな笑顔を返し、
(……世界は広いものだ)
 実に見事な切り返しだと判断し、素直に称賛する。
 だがやはり刺激は避けようと決断した。
「君の目的はそのお友達を見つけて帰ることだね?
 私の方は単にできるだけ早く帰りたいだけだけど……
 ――あなたみたいな子を見てると、もう少しここにいたい気もするかな」
 これはまた大胆な人だ、と佐山は襟元を整える。
 今のような異常事態。人肌のぬくもりが恋しくなるのも道理だろう。
(――さあ、私の胸でよければ飛び込んできたまえ)
 両腕を広げる佐山をじいっと見つめ、詠子はぽつりと呟いた。
「“裏返しの法典”、かな」
「ふふふ、それは君一流の告白かね?」
「だから、貴方の魂のカタチだよ」
 これはかなり本気でサナトリウム生活のプランを考えねば、と佐山は唸る。

「んー、こっちじゃ少し見えづらいからはっきりとは言えないんだけどね」
 照れたように頬杖を突き、詠子は佐山の全身を眺める。
「“裏返しの法典”は自分が間違ってることを知った上でみんなを正しく導くの。
 逆しまの言葉でみんなを煽り、率い、誤りを以て世界を矯正する。
 言葉力を持つって点じゃああなたこそが魔女なのかもね。
 でも、それはとても立派な生き方だと思うよ。
 問題を提起して、遺恨を全部背負って英雄に倒される悪役は、必要だけどみんなやらないものね」
「……君は、何者かね」
 腕を広げたまま表情を改め、佐山は詠子を見据える。
 悪役、と彼女は言った。その己の在り方を会って間もなく見抜いた。
「私は“魔女”だよ。杖も箒もないけど、水晶玉を持ってる魔女。
 ――ねえ、あなたはどうして間違えていこうと思うの?」
「佐山の姓は悪役を任ずる。それが祖父の教えであり、今私が望むことなのでね」
 その答えに、詠子の顔がぱっと明るくなる。場違いなほどの喜色を隠そうともしない。
「凄い凄い。あなたは自分の望むままのカタチを持って、それを自覚してるんだね。
 “夜会”に招待する必要もないくらい完成してる。
 “影”の人たちともいいお友達になれそうだね」

 相変わらず理解し難い詠子の言葉だが、それら全てを妄言とはもはや思わなかった。
 確信に満ちた言動は、ヒトの幻想が見える概念でも持っているのかとさえ思わせられる。
「一つ、間違えているね詠子君。私はまだ悪役としては発展途上のいわば第二形態だ。
 そしてその超進化は私と対になる、常に正しく在る人がいてのものだ」
 新庄の姿を思い出すと、佐山は厳かに虚空を揉みしだいた。
「それが新庄か風見って人? それとも不死身バカって子?」
「正しく名詞を記憶してくれて嬉しい限りだ。そう、新庄君こそ私に必要な人だ」
 そして新庄もまた自分を必要としている。故に一刻も早く見つけたい。
 立ち上がり砂を払い、佐山の手が詠子に差し伸べられる。
「さて詠子君。目的が相反しない以上、セメントS気質魔女にも性悪な人妻ドイツ魔女にも私は助力を請うが――
 君は、私に助力を請うかね?」
 慣れない状況にきょとんとするのも束の間。
 やがて邪気の欠落した笑みを浮かべ、詠子はその手を取った。
「うん。……君の探してる人にも興味があるからね。魔女は悪役に誑かされるとするよ」
 魔女の立ち上がる動きに合わせ、周囲の闇が動いた。
(――ここでもいい物語が出来そうだね)

【座標H−6/海岸/時間(一日目・2:50)】

【佐山・御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.仲間の捜索。2.言葉が通じる限りは人類皆友達。私が上でそれ以外が下だが。

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:メス
[道具]:支給品一式、閃光手榴弾1個(ティファナから拝借)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.佐山の仲間の魂のカタチも気になる。

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