作:名も無き黒幕さん
とりあえず倉庫で腰を落ち着けるために、アイザックとミリアは高里要を残し、外の見回りにでていた。
「なあ、ミリア」
なにやら考え込んでいたアイザックは、ふと何かを思いついたように声を上げた。
「なあに? アイザック」
辺りを見回していたミリアは振り向いた。
彼女の目には、アイザックに対する絶対的な信頼が浮かんでいる。
恋人同士が殺し合うかもしれない、この殺戮ゲームの最中だというのに。
「俺、思うんだけどな。やっぱりただゲームに参加するだけじゃあだめだと思うんだ」
その視線に気づいているのかいないのか、アイザックは一言一言、言葉を選ぶように紡ぎ出す。
「ん? どゆこと?」
「こんなくだらねえルールに従ってよ、人殺しをするってなのはよくないと思うんだ、うん。なんつーか……ヒーローじゃねえ」
「ヒーローじゃなくて悪人になっちゃうね」
「そう、モリアーティ教授だ」
悪人=モリアーティとは限らないだろう。
「うう、そんなんじゃ、ホウムズも死んだ子供達も浮かばれないよ」
確かにこんな奴ライバルのモリアーティ教授では浮かばれまい。しかも二人だ。
「それに要もだ。あいつ、かわいそうにあんなにふるえちまって……」
「アイザックがおもしろい顔しても、怖がったままだったもんね」
「会心のできだったのになぁ」
実のところ、そのおかげで要が随分落ち着いたことを、二人は知るよしもない。
「でだミリア。俺はいっちょヒーローらしく、あの野郎を懲らしめることにした」
「かっこいい! で、どうやって?」
「そりゃもちろん――俺たち泥棒の流儀で、さ」
「泥棒の流儀? 盗み?」
「さすがだぜミリア! ――で、あの野郎が今一番盗まれたくない物はなんだ?」
「うーん……このゲーム? でも物じゃないよねえ」
「ああ、でもゲームは参加者がいなきゃ成り立たないだろ?」
「あっ!」
目を丸くして声を上げるミリアに、アイザックは含み笑いを浮かべて答える。
「ふふふふ……そう、俺たちが盗むのは――このゲームの参加者達だ! みんなを一人残らず盗み出して、このゲームをメチャクチャにしてやるのさ!」
高笑いすら上げ、アイザックは両手を広げる。その様子には殺戮ゲームの参加者だという風情はもはや微塵も見られない。
「すごぉい! アイザック、冴えてるぅ!」
ミリアはぺちぺちと拍手した。
「ふっ、この灰色の脳細胞にかかれば造作もない」
「でも盗んだ後はどうするの? 私たちここから出られないんだよ?」
「うっ……それはだなあ……」
灰色の脳細胞はあっさりと打ち砕かれた。
「うーん」
しばしの沈黙。
広葉樹の葉が風に揺られてはらはらと舞い降りる。
やがてアイザックは開き直ったように顔を上げた。
「とりあえず盗んでから考えよう!」
「そーだね! アイザック冴えてるぅ!」
冴えてない。
「よーし、あの野郎ぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふん!」
「ひでぶとも言わす!」
「わんデシ!」
「そうそう、わんデシとも言わ……わんデシ?」
「わん……デシ?」
不意に聞こえた奇妙な鳴き声に、二人はそろって振り向く。
「わんわんデシ!」
そこには、黄色い帽子をかぶった白い子犬がいた。
健気そうな黒いつぶらな瞳が、二人を見上げている。
しっぽをふりふり、何かを訴えるように、すがるように――
「なんだ野良か? あっちいきな、しっし」
「きゃあああああ! かわいい!」
追い払おうとするアイザックの声を遮り、ミリアは犬に飛びついた。
「え?」
「わん……でし?」
「変な鳴き声ーっ」
目を白黒させる犬を、ミリアはなで回す。
「おいおいミリア、ワン公なんかどうすんだよ。これから正義の行いをするって時に」
「飼う!」
「へ?」「デシ?」
「いいでしょ? アイザック、えさもあげるし、散歩にも連れてくから!」
子犬以上にきらきら輝く瞳に、アイザックは言葉に詰まる。
「いや、しかしなあ……」
「駄目? きっとかわいいわんちゃんと一緒だったら、要も元気になると思うなあ」
こう言われては、アイザックもかなわない。
「ミリアには白い犬がよく似合うなあ」
「わぁい!」
「じゃあ名前つけないとな……うーん、メフィストフェレス」
この状況では不吉きわまりない。
「でもメフィストフェレスは黒いよ?」
色の問題か。
「よし、それじゃあロシナンテ=v
ロシナンテは馬だ。
「わぁい、ロシナンテ!」
「……わ、わんデシ?」
「じゃあ私、ドン・キホーテ! 参るぞサンチョ」
「へえ、旦那様」
「あ、要は何がいいかなあ」
「風車なんてどうだ?」
人ですらない。
「おおサンチョ、あんなところに風車が!」
ミリアは要がまだ休んでいる倉庫のドアを指さした。
「いえ旦那様、あれは悪しき巨人にございます」
彼らの脳内では、妄想にとりつかれたのは従者の方らしい。
そのまま急ごしらえの騎士と従者は、これからの基本方針を決めたことへの安堵感によるのか、はたまたハイになっただけなのか、やけに堂々とした足取りで風車(要)に向かって歩き出した。
(ボクの名前……シロちゃんなんデシけど)
強制的に馬の名前を付けられたロシナンテことシロは、戸惑いながらも犬のふりを続けていた。
『悪い人の手に渡ってしまわないように、普段は犬のふりをしててね』
かつての仲間との約束を守り、犬のふりを続ける幸運の白い竜は初めからこのゲームに参加する気など無かった。
(パステルおねえしゃん、ルーミィしゃん……)
殺し合いと聞いて、真っ先に浮かんだのは仲間達の顔。
もし勝利したところで、今頃いなくなった自分を捜しているであろう仲間達は、そんな自分を受け入れてくれるはずがない。
(ボクは、絶対イヤデシ。こんな殺し合いなんて、あんまりデシ。みなしゃんもそう思うデシよね?)
人間の血で汚れた幸運の白い竜≠ネど、誰が仲間と呼ぶだろう。
人間を殺して、どうして人間の仲間だと胸を張って言えるだろう。
かといって、このまま何もせずに生存者が自分のみになるのを待つなどできなかった。
(それは見殺しっていうんデシ。見殺しだって殺し≠ェつくくらいだから、殺しとあんまり変わらないんデシ)
という思いが、シロの中にあったからである。
だからこそ支給されたディパックは確認すらせず、何処かに置いてきてしまった。
武器などあっても決して使うことはないのだから。
もっとも、食料なども入ってることを後から思い出して少し後悔したが、虫などのゲテモノの方が好みの彼はそれほど困ることもないだろう。
(ボクはあきらめないデシ。絶対にこんなゲームは中止デシ)
しかし、主催者を説得するにしても、一人では奴のところまで行くのは難しい。
ゲームをぶち壊すにしても、参加者を逃がすにしても、一人では無理だ。
そう、一人では。
(だから、協力してくれる人が必要デシ)
かといって、誰彼かまわず声をかけたら、珍しい自分を売り飛ばそうとする人間が出てくるかもしれない。
そう思い、言葉を発しても無害そうな人物――つまり悪い人≠ナはない人――を探してさまよっていた時に見つけたのが、このカップルだった。
(――この人達なら大丈夫デシか?)
この絶望しか待ち受けていないであろう状況でもなお、希望とジョークを――天然なのかもしれないが――忘れない彼らなら。
自分の正体を明かして、一緒に立ち向かって……
「ロシナンテー、おいでー?」
「わ、わんわんデシー!」
考え込んでいると、少し前からミリアの声がかかり、シロはあわてて返事をした。
(みなしゃん、待っててくださいデシ。ボクは絶対に帰ってくるデシ)
――とりあえず、彼らがどんな人物なのか良く見極めてから決めよう。
そう心に決めて、幸運の白い竜はどこまでも破天荒なカップルの背中を追いかけた。
【残り101人】
【E‐4/工場倉庫/一日目04:00】
【アイザック】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:「要を元牛気付けつつ誘拐活動だ!」
【ミリア】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:「そうだね、アイザック!」
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)】
[状態]:健康
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:「こんなゲーム中止デシ!」
名前だけ登場ですが
【高里要】
[状態]:休養中(健康)
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:アイザックとミリアに出会い多少心が落ち着いた。
【残り101人】
2005/05/23 修正メール