作:◆l8jfhXC/BA
「……どうしよう」
大きな橋の上で、フリウ・ハリスコーは一人途方に暮れていた。
殺人ゲームに巻き込まれたことも彼女の精神を追いつめていたが、フリウはもっと先のことを考えていた。
「どうしよう」
“もし、精霊眼にひびでも入ったら”
幻像と力だけは、開門式を唱えることによって引き出すことは出来るものの、水晶眼に入ってしまった精霊は永遠にそこから出られない。
だが何らかの理由で水晶眼に傷が付いてしまったら。
襲われてその際に眼球を傷つけられるか、あるいは死体になったあとに踏みつぶされるか。
こんな状況になったらいくらでもケースは考えられる。
──精霊が精霊檻から脱出する際のエネルギー。
スィリーでもあれだけの威力があった。それが破壊精霊ともなるとどれだけの規模になるか。
しかも破壊精霊は有形だ。脱出しエネルギーを放出しても、それで終わらない。間違いなく暴走する。
周囲は文字通りの地獄となるだろう。
「あたしは……死んでも人を殺してしまうかもしれない」
二回も故郷の村を壊滅状態に陥らせた破壊精霊。そのどちらも、錯乱してたとはいえフリウが自らの意思で行ったものだ。
……今度は、自らの意思にかかわらず起こしてしまうかもしれない。
入水すれば眼は安全だろうか──そんなことまで考えてしまう。
「でも、死にたくない」
生きたい。
帰りたい。
サリオンやマリオ、ラズやアイゼン、マークス親子、それにスィリーのいた生活に。
「帰りたいよ……」
涙が冷たいコンクリートの上に、落ちた。
「…………」
そうしてしばらく嗚咽を繰り返して、フリウはやっと思考を働かせることができた。
「死にたくない……けど、このままここにいても意味がないよね」
大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
「あ、そういえばまだ中を見てなかったよね」
忘れられていたデイパックの中を開けて、中のものを取り出す。食料と日用品、それに名簿──
「────っ?!」
突然指に痛みを感じ、フリウは思わず飛び退いた。
デイパックの中を見回したが、中に残されていたものはただの剣の柄だった。刀身はない。
「……?」
おそるおそる柄を握って外に出してみた。すると──月の光に照らされてかすかに輪郭が見えた。
「これ、もしかして見えない剣?ガラスとか……水晶で、できてるのかな」
おそらく強力な武器になるだろう。
だが、水晶眼を持つ自分にこれがあてられたのは何となく皮肉にも感じられた。
「あとは名簿かな?」
剣を除いて一通りのものをしまい、フリウは外に出しておいた紙に目を通した。程なくして見知った名前を見つける。
──そこには、ミズー・ビアンカの名前が書かれていた。
「…………、あの人なら、この眼の事を知ってる。もし、あたしが死んでも、この眼をまかせられる」
彼女がいたことはフリウにとっての唯一の幸運だった。ミズーなら信用できるし、安心してこの眼を託せる。
それに、個人的に再会してみたいというのもあった。
「どうしてるのかな……」
数ヶ月前に会った彼女に思いを馳せる。印象的な真紅の髪。強い眼差し。そして最強の──
『わたしたちは、その力を使って戦うしかない。誰からも許されざる力で』
「そう……だよね。あたしはこれでしか、戦えないんだよね──」
数ヶ月前に聞いた彼女の言葉を、思い出す。その言葉がゆっくりとフリウを包み込んでいく。
「うん、がんばるよ。あなたに会うまで……生きのびてみせる」
胸に確かな決意を抱いて、フリウ・ハリスコーは橋を歩き始めた。
ただ、彼女は忘れていた。水晶眼の存在を知るものがもう一人いることを。
【A-4/橋の上/一日目・1:30】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]:健康、右手の人差し指と中指に小さな切り傷、落ち着いた
[装備]:ガラスの剣@魔術師オーフェン、水晶眼(ウルトプライド)
[道具]:支給品一式
[思考]:ミズーを探す。殺人はできればしたくない。
2005/05/09 改行調整、一マス開け、ダッシュなど追加、ウルペンに関する矛盾修正