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第419話:暗殺者に涙はいらない

作:◆CDh8kojB1Q

 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えたのは、森と問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡ね」
 ならば、この樹の上に誰かが隠れていたという事になる。
 そして、穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、

 一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
 二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
 三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
 時間稼ぎが必要だったから。

 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
 抉れ具合から察するに強固な刃物の可能性が高い。
 この樹は下部には枝が無いから登る足場にでもしたのだろう。
 それは、樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有する事を示している。
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
 穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、これを探して回収する余裕が無かったらしい。
 ならば樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事だ。
(無敵ってわけじゃあないのね)

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』
ステルス・コートの類似品かしら?」

性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
 恐らく、周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、
 中の人間を透明に見せるシステムだろう。
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
(……高速運動に偏光処理が追いつかない)
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

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