作:◆eUaeu3dols
サラとせつらが地下連絡通路から出ると、そこは城の地下室だった。
争いの様子が無い――そもそも人が居ない――事を確認し、慎重に調査を始めると、
しばらくして彼らは、僅かに漂う血の臭いに気づいた。
そして、その臭いの元となっている部屋を見つけ、踏み込んだ。
「――またも死体か」
開け放たれた扉からは鼻をつく濃厚な血の臭いが漂っている。
これが僅かにしか感じられなかったのは、単に距離が遠かったからにすぎない。
この部屋の中でなら、例え嗅覚が塞がっていても舌で血の味を感じるだろう。
「これは酷いな、殆ど抵抗できずに撃ち殺されている。
最初に足を撃たれ、その後に蜂の巣にされたようだ」
サラは、金髪の男の死体を見下ろしながら言う。
「死後硬直は殆ど完了している。8時間近く経っているな」
「ドッグタグが付いています。軍人さんかな? クルツ・ウェーバー、だそうです」
「その名前なら6時の放送の時に名前が有った」
淡々と会話をかわしながら検屍を終え、遺留品を纏める。
まずは廊下に落ちていた粉々になった謎のアンプル。
サラは匂いを嗅ぎ……心当たりを感じて一舐めすると、呑み込まずに吐いて、言った。
「揮発性の強い興奮剤だ。アンプルが割られた時に、対処無しにそれを吸い込めば、
動揺して冷静な判断がしづらくなるだろう。戦闘か交渉に使われたのかもしれない」
次に、クルツ・ウェーバーの物と思われるデイパック。
水はこれ以上要らないとしても、パンはもらっておくに越した事は無い。
そして、最後に……
「さて。……なんだろうな、これは?」
おそらくはクルツの支給品と思われる奇妙な筒を手に取る。
「なんでしょうね。実験してみたらどうですか?」
「そうだな、そうしよう」
即決実行。サラは筒を壁に向けると、迷わずスイッチを押した。そして――
「これは良い物ですね。僕にピッタリだ」
――せつらの声に思わず喜色が混じった。
今、この超人は、この島で得うる支給品の中でも最高の物に出会ったのだ。
すなわちそれは、秋せつらにブギーポップのワイヤーである。
「やたらと物に恵まれてきたな、わたし達は。とんとん拍子が過ぎる」
「生きている人間にはとんと会えませんけどね」
一つ目の死体でのリサイクル。二つ目の死体の遺留品。
この二つの死体との出会いにより、彼らの装備は万全となった。
だが、裏を返せば、彼らはまだ死者にしか出会えていなかった。
「さっきの放送の人達も死んでいる公算が高いですし。物騒な事です」
11時になる少し前の、おそらくは何らかの支給品か、あるいは放送施設で行われた、
非戦の呼びかけ。それを遮った銃声。そして、悲鳴と断末魔。
それにより得られた情報も有ったが、同時にまた、(確定ではないが)人が死んだのだ。
「この調子で生者に会えなければ、人を捜そうにもどうしようもないな」
上級魔術師と魔界都市一の捜し屋が揃っても、人に会わずして捜し人を見つけるのは困難だ。
「この城、他にも人が居そうなんですけどねぇ」
「時間があれば念入りに調べるのだが」
時刻は11時を回った。
幾ら地下通路により安全且つ一直線の移動が出来るとはいえ、
そろそろ帰還を考えなければいけない時刻だ。
「この部屋を見たら最後にしよう」
扉を開いた。
その部屋は、またも血の臭いが漂っていた。
だが、そこには生者が居た。
彼は傷を負い、その上に意識を失っていた。
それは危機的状況だった。
もちろん、その状況自体が極めて危険な事は言うまでもないが、
それに加え、彼の倒れていたエリアは半日足らずでゆうに5回もの殺し合いが発生した、
いわばこの殺人ゲームの過密地と言えるとんでもないエリアだったからである。
その割に死者が2人に納まっている事はむしろ幸運だろう。
他に歩く死者が出入りしたり、普通なら死ぬ瀕死人が転がっているが、それはさておき。
そんな、とんでもなく危険で不幸中の僅かに幸運な場所で、
半日足らずで二度目の気絶に陥った不幸な青年は、今回も生きたまま目覚める事が出来た。
正しく地獄に仏と言うべき事であった。
ただ、その目覚めは強烈な刺激臭を伴っていたが。
「〜〜〜〜っ!?」
ツーンと鼻に来る強烈な刺激臭に無理やり夢から引きずり起こされ、
思わず飛び起き――
その時、彼は確かに「カーン」という澄んだ音と共にキラキラ星を目撃した
――もう一度石床に逆戻りし、頭を打ち付け呻き声を上げた。
(な、何ですか一体!?)
必至に状況を把握しようと試みる。
今、どこで、自分は、どうなっている? 何が起きた?
しばらく目を瞬かせていると、徐々に目が慣れてきた。
……そこには、一組の美しい男女が立っていた。
一人は息を呑む程に美しい青年。
彼自身、整った美形と甘いマスクで同性には疎まれる人間だったが、
目の前の青年はそれとは別、同性でさえ文句の付けようがない美形だった。
しかし、その表情は茫洋と緩んでおり、そのおかげでバランスが取れていた。
もう一人はそれよりは劣るが、整った容姿の女性。
綺麗な白い肌。黒い髪には艶があり、瞳は深く神秘的な色合いの藍色をしている。
その表情はまるで感情の見えない鉄面皮であり、
左手には刺激臭の根源らしき薬品の浸みた脱脂綿を。そして、右手には――
そして、右手には――フライパンが握られていた。
おそらくこれが真っ昼間に星を見た原因だろう。
(……な、なぜ?)
その視線を受けて、彼女は「ああ、これか」とフライパンに目を落とした。
よく見ると彼女の足下にはおたまも転がっていた。
「いや、地球という世界ではフライパンをおたまで叩いて起こすのだと読んで」
「それで、やってみようと?」
隣の青年が少し呆れた調子で尋ねると、彼女は重々しく頷いた。
「この殺伐とした世界で円滑にコミュニケーションを取るには、場を和ませる必要が有る。
まず気付け薬で起こした後にフライパンをおたまで叩くつもりだったのだが……
急に起きあがってきて頭がぶつかりそうだったので咄嗟にガードしてしまった。いや、すまない」
この場にツッコミ人種が居れば全力で色々とツッコミを入れただろうが、生憎とこの場には居らず、
無表情無感動鉄面皮な確信犯的ボケ役を止める者は居なかった。
「僕は古泉一樹と言います。誰かは知りませんが、初めまして」
「僕は秋せつらです。それにしても災難でしたね」
更に他2名、鮮やかなスルーに成功。
「わたしはサラ・バーリンだ。よろしく頼む」
冗談が滑る事に慣れているサラも、流れるように話に付いていった。
話は流れた。
「ところで、あなたはアシュラムという人に会った事は有りませんか?」
「アシュラムさん、ですか? 少なくとも名前を聞いた事は有りませんね」
「そうですか。外見は黒い髪で……」
せつらはピロテースから聞いたアシュラムの外見を伝えたが、古泉はやはり首を振った。
「ではアメリアやリナ、オーフェン……あと、ダナティア殿下に会った事も無いだろうか?」
サラの言葉にも、古泉は首を振った。これもまた、どれも知らない人だった。
「お役に立てず、残念です。ところで僕の方からもお訊きしたいのですが……」
そして、古泉の捜し人もやはり、せつらもサラも知らなかった。
「出会ったら、あなたが捜していると伝えておきましょうか? 僕達は集団で人を捜している」
目の前の青年が危険人物でないという保証は無い。だから、言付けだけを提案した。
それに対し、古泉は少し考えて言った。
「……そうですね、お願いします。それと『去年の雪山合宿のあの人の話』と伝えて下さい」
古泉の奇妙な言付けを預かると、サラはデイパック一つ分のパンを取りだした。
「どうか受け取って欲しい」
「はあ、これはどうも」
首を傾げながら受け取る。
少し血の臭いが付いているが、薬品を染み込ませたような様子は無い。
「だけど、何故です?」
「荷物が思ったより多くなったので、やはり少し減らそうと思ったのだ」
判らないでもない理由だ。パンは重さこそ無いが、体積が有る。
「さて、わたし達はそろそろ戻らないといけないな」
「そうですね。それでは僕達は行くとします。
そうそう、捜し人もまた僕達の仲間と言えます。貴方が敵対する事にならないと良いですね」
裏を返せば、捜し人と敵対すれば、彼らとも敵対する事になると釘を刺したわけだ。
「だけど、生きた捜し人の発見に繋がる情報を提供して頂けたなら、相応の謝礼はしますよ。
僕の支給品の銃をあげてもいい」
「飴と鞭ですか。判りました、次に会った時に僕が何か情報を得ていたら差し上げますよ」
(この島で銃器を頂けるとは豪気な話ですね。僕の持っていた銃は取られてしまいましたし。
最も、鉛玉だけくれてやる、という事になる事も考えられます。警戒はしなければ)
敵でないからといって利用して捨てられる危険性は有るのだ。
古泉はまだ少しだけ警戒していた。
「ではごきげんよう。あと、自力で銃弾を摘出したのはあっぱれだが、包帯はキチンと巻くべきだ」
「はい、さようなら。あの時は、余裕が有りませんでしたから」
苦笑しつつサラに返事を返す。我ながらよくやったものだ。
肩を見てみると、そこには……キチンと巻いてある新しい包帯が見えた。
もしも彼が物を透視する事が出来たなら、その下の銃創まで縫合してあるのが見えただろう。
「これは……」
あなたがしてくれたのですか? そう言おうと振り返った時、二人は既に居なくなっていた。
(長門さんのように、何らかの手段で高速で移動する事が出来る人達なのか?)
少なくとも、ただ者ではない。
「敵に回したくはありませんね。さて、僕も行かないと……」
また気絶したせいでかなり時間が経ってしまったが、今度こそ長門有希を捜さなければならない。
怪我をした肩を庇いながら立ち上がると、古泉は歩き出した。
「今の時間は……11時40分か。この通路が無ければ帰りが間に合っていないな」
「だからこそ縫合までしたんでしょう? あの治療は10分以上も掛かりましたよ」
「すまない。医術は専門でない事が祟ったか」
サラの治療は特別遅かったわけではなく、むしろ開業医になれる程の手早さだったのだが、
世界最高――いや、ここに連れてこられた者達の元居た世界全ての歴史を全て掘り返しても、
一人とて居ないほどの超人的医者を親友に持つせつらから見れば、稚拙に映った事は否めない。
だから、流石に『そうでもない』等という言葉は掛けず、ただ走り続けた。
持久力の無いサラをせつらが抱き抱え、高い足音を響かせてひた走る。
所々に付けられた光量の低い照明に照らされ、薄暗い通路は延々と続いている。
僅か十数分で出られるというのに、永遠に続いているような錯覚すら感じる。
「ところで、あのワイヤーの具合はどうだろう?」
唐突にサラが訊いた。
「ああ、良い物でしたよ。僕の本来の妖糸ほどでは無いにしても、かなり質の良い物です。
ただ……少々頑張って洗わないといけないでしょうが」
ワイヤーが有った場所が場所だ。
ワイヤーは入れ物である筒ごと、べっとりとクルツ・ウェーバーの血に沈んでいた。
他の武器ならいざ知らず、細く軽く鋭くしなやかなのが売りの金属ワイヤーはそうは行かない。
「帰ったら、化学室から金属を腐食させずに凝固した血液を溶かせる薬品を出してこよう。
水で薄めてバケツに入れて、部屋の隅において2〜3時間。それで使えるようになる」
「それじゃ、そうする事にします。助かります」
「いやいや、わたしの方が助かっている。荷物が多いのに見事な体力だ」
せつらは、色々と物が入ったデイパック付きのサラを抱き抱えて走り続ける。
息を切らしもせず、まるで散歩道を歩くかの如く話しながら。
せつらは地下通路を走り続けた。
彼らの仲間の一人は、遂に帰還できなかった事を露知らず。
【G-4/城の地下・隠し連絡通路(学校へと移動中)/1日目・11:40】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)/ブギーポップのワイヤー(備考に注意)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。
ブギーポップのワイヤーは帰ったら洗浄液入りバケツに漬け込み、部屋の隅に置きます。
※:この二人はこの後、真実と事実に続きます。
【G-4/城の中/1日目・11:40】
【古泉一樹】
[状態]:左肩、右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) ペットボトルの水は満タン。パンは2人分。
[思考]:長門有希を探す
2005/07/16 修正スレ127
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