「さよちゃん。」
「な〜に?一休さん。」
一休さんの呼びかけにさよちゃんは振り向き答える。
「これ、毎日からだにつけていたものだけど、さよちゃんにあげるよ」
「ええっ?」
「さよちゃんのお守りにと思ってね。」
「本当にいいの・・?」
「うん、じゃっ」
「一休さん・・・。」
「しんえもんさ〜ん!」
走ってきたさよちゃんの手にある物を見て、蜷川新右エ門 は驚いた!
「こ、これは?」
その品が大切なものだとはさよちゃんにも分かっていた。
「一休さんがくれたの。これ・・・新右エ門 さん知ってる?」
「これは、一休さんがお父上から送られたものでござる。」
「お父上・・・・」
「左様・・・。」
新右エ門 は言葉を詰まらせる。さよちゃんの持っていたものとは、一休の父、第百代後小松天皇より送られた、菊の御紋入りの紺のお守りだったのだ。
「そんな大事な物・・どうしてあたしに・・・。」
さよちゃんの不安気な顔をみて、新右衛門は考えがあるところに行き着いた。
「まさか・・・。」
「なんなの?まさかって・・・。」
さよちゃんは蜷川にさらに不安気に聞き寄る。
「一休さんは旅にでるつもりかもしれん。」
「えっ!そんな・・・。」
驚きの色を隠せないさよちゃん。蜷川はつづける。
「いや、きっとそうに違いない。一休さんは誰にも言わず、密かに別れを告げて、旅立つ つもりなのかもしれん。」
「いやいや、そんなのいや〜!」
蜷川新右エ門 には、さよちゃんの悲痛な叫びとポカポカ殴りに黙って耐えるしかなかった。蜷川も一休さんと別れるのがつらくない訳はない。さよちゃんは蜷川に泣きすがっている。
蜷川はさよちゃんを抱き留め、つぶやいた。
「一休さん・・・・。」
てるてる坊主
安国寺には、小坊主の部屋と和尚の部屋の間に、半月状の渡り廊下がある。安国寺の小坊主中最年長、一休さんの兄弟子秀念はその渡り廊下を歩いていた。そこで秀念はいつもとの様子の違いに気づいた。
「あれ・・?てるてる坊主がない・・・ま・・まさか。」
てるてる坊主は、一休さんの出家に際し、母(伊予の局)の小袖でつくられた大事な一休さんの、そして安国寺のシンボルとも言うべきものだ。このてるてる坊主が無いことは過去にも何度かあった。一休さんの琵琶湖入水自殺未遂の時、そして母を無くした三吉がてるてる坊主を盗み隠したとき・・・。
この頃の一休のいつもと違う態度とこの無くなったてるてる坊主に、秀念は一休が別れを考えていると考えずにはいられなかった。
旅立ち〜和尚の部屋
夜も更けてゆく安国寺。一休は旅支度を一通りすませ、和尚に挨拶をしに、和尚の部屋にいた。
「ゆくか・・・・。」
「はい。」
「和尚様、長い間お世話になりました。」
「いやいや、せっかくの門出になんの餞(はなむけ)もしてやれんでのう。」
「とんでもありません。」
「わしも、一休がいつか行雲流水の中へ旅立っていくことは分かっておった。」
「仲間には、伝えたのか・・。」
「いえ、陰ながらご挨拶して起ちたいと思います。そこで、大変心苦しいのですが、さよ ちゃんや秀念さんたちには和尚様の方からよろしくお伝えいただけないでしょか。」
「わかった。儂から伝えよう。」
一休自ら秀念らに伝えるとなると、旅立つ決心が鈍るのは和尚にもよく理解できた。
「一休。」
「はい。」
「広い世の中を見てくるのじゃ。良きものも悪しきものも、よくみてまいるのじゃ。」
和尚は最後にこういって別れを告げた。
「一休、達者でな・・。」
「はい、和尚様も、お元気で・・・・。」
深々と頭を下げる一休さん。
旅立ち〜小僧の部屋〜さよちゃんとのお別れ
一休さんは、寝ている秀念さんらに陰ながら挨拶をしていた。
「秀念さん。長い間お世話になりました。・・お元気で。」
鉄斉、陳念、哲梅、黙念にも同様の挨拶を心の中で行った。そして木でできたかぶり傘と禅杖を携え、小坊主棟からでて、さよちゃんの家のほうを向き、つぶやく。
「ゴサクさん、さよちゃん・・・さようなら・・。」
悲しみにくれながら歩き出す一休さん。その時!
「一休さん・・いかないで。」
「さよちゃん!」
こんな夜更けにいきなりさよちゃんに背後をとられ、一休さんは驚いた。なんにも言わなかったのに、さよちゃんは別れに気付いていたのだ。
「どうしても、修行の旅に出なくてはならないんだよ。」
「わかってる。でも、いかないで。」
泣きすがるさよちゃん。
「さよちゃん・・・。」
一休さんはどうしていいかわからない。
「これ・・・、あたしの小袖で作ったの。」
さよちゃんは、自分の小袖で作った桃色のてるてる坊主を一休さんに手渡した。
「おかあさんのてるてる坊主と一緒にもっていってね。」
健気にも明るく振る舞ってそう言った。
「ありがとう、さよちゃん。これをさよちゃんだと思ってきっと大事にするよ。」
「一休さん・・・。」
「じゃ。」
名残惜しそうなさよちゃんにうつむきながら背を向け本堂正面の階段へ向かう一休さん。
旅立ち〜安国寺階段〜秀念ら、そしてさよちゃんとの別れ
「ああっ!」
階段へついた一休さんは、そこで驚愕の表情を見せた。
「ひどいよ、ひどいよ!俺たちに黙って行くなんて!」(哲梅さん)
「そうだよ。俺たちに黙って行くなんて!」(珍念さん)
仲間の悲痛とも言える叫びに一休さんは心を打たれ、声を詰まらせる。
「わたしは・・・みんなに送ってもらったりすると、気持ちが・・うぐっ。」
そこに間髪入れず飛ぶ最年長兄弟子秀念の声。
「そんなこと解ってる!・・俺たちは、いつまでもいつまでも、お前の帰りを待ってるか らな。」
「秀念さん・・・」
そんな秀念の暖かい言葉に一休さんはさらに涙ぐむ。
「一休、達者でな。」(哲梅さん)
「ありがとう、哲梅さん。」
「旅の無事を祈ってるからな。」(黙念さん)
「ありがとう、黙念さん。」
「食べ物に気を付けろよな。」(陳念さん)
「ありがとう、珍念さん。」
「・・・・・・・・・・・。」(哲斎さん)
哲斎さんだけは何も言わず、一休さんを見つめる。
「哲斎さん・・・。」
「本当にありがとうございました。」
みんなに感謝する一休さん。そこへ、つらいのをがまんする秀念さんの声。
「一休、早くいけぃ!」
「はい。」
さみしそうに小さくそう答えて安国寺をゆっくり歩き出す一休さん。・・そこへ・・・。
「一休さん、いかないで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
一度は一休さんをあきらめ、別れたさよちゃんが叫びながら階段を駆け下りてきた!
秀念は驚いてさよちゃんを捕まえ、制する。
「さよちゃん!」(秀念さん)
一休さんは、情熱あふれんばかりのさよちゃんの叫びを耳にして、胸がこみあげてくる。一休さんは叫んで走り去っていく。
「さようならぁ、秀念さん。さようならぅあ〜〜〜!」
「一休さん。一休さん。」
その間もさよちゃんはそうさけびつづけていた。
走りさる一休さんの背に、さよちゃんの大きな叫び声が三回こだました。
「いっきゅうさ〜ん!いっきゅうさ〜ん!いっきゅうさ〜〜〜〜〜っん!」
終章〜母(伊予の局)・蜷川新右エ門 との別れ〜そして仏道へ〜
一休さんはいつのまにか、京都の西部嵯峨野にある、母、伊予の局の家の近くまできていた。一休さんは、母との約束で立派なお坊さんになるまではお目にかかれないので、母の住むその庵(いおり)を眺めるだけであるが、こころのなかで、安国寺を出る決心を告げた。
「母上様・・・・・・・・お元気で・・・・。」
目を開き、新たなる旅立ちへと向かおうと、母の庵を背にする一休さん。振り返った一休さんは、意外な人物に出会う。
どこで隠れてまっていたのか、一休さんの背後で立って待っていたのは、これなん、室町足利幕府寺社奉行にして(自称)一休さんの一番弟子、蜷川新右エ門親当(にながわしんえもんちかまさ)その人だったのだ。
「はぁっ!」
声を失う一休さん。
「一休さん。」
力強い新右エ門 の呼びかけ。
「しんえもんさん・・・。」
一休さんの力のない声。そう。一休さんは、ある意味最も親しいといえる蜷川新右エ門 にも別れを告げてなかったのだ。しかし、それをも包み込む新右エ門 の言葉。
「解っているでござる。一休さん・・・。」
「しんえもんさぁん。」
少し安堵の様子がうかがえる一休さん。蜷川新右衛門の言葉はつづく。
「でもいつか・・・・、いつか必ず追いかけて行きますからね・・・・・。きっと、きっと・・・。」
蜷川新右エ門の、一休さんの弟子としての参禅を拒んできた一休さんへの、これからも続く信頼、友情、そして愛情があふれる言葉である。
「しんえもんさん・・・・・。」
うれしい一休さん。しかし、今は修行への道を急がねばならない一休さんであった。
「では・・・。」そういい残し、蜷川とすれちがおうとする。
「一休さん、お元気で。」
蜷川の力強いさいごの言葉であった。いや、最後の言葉にしようと思ったのだろう。
しかし、振り返ると一休さんはまだすぐそばにいるのである。だが、険しい本格的な仏門の修行の道に進む一休さんが、いままさに、遠い存在になりつつあるのだ。
一休さんとの楽しかった日々、一休さんへの様々な思いが胸中を駆け巡る。万感極まった新右エ門 は、最後に叫ぶ。もちろん叫ぶ言葉はきまっている。
「一休さ〜〜〜ん!」
完
補足
蜷川新右エ門 の最後の叫びのあと、一休さんは、般若心経の読経のなか曼荼羅の世界のごとく金色(こんじき)の雲のたちこめる仏道世界に歩を進めてラストシーンとなる。
この最終回は、他の回と決定的に異なる点が3点ある。ひとつは、当然なのだが、次回がないので、いつものさよちゃん解説による次回予告が無い点。ふたつめとして、一休さん演じる「どーだった?じゃあねぇーい。」若しくは「面白かった?じゃあねぇーい。」がないこと。そして、最後の3点目として、最初の「題字」である。他の回は、いわゆる角丸ゴシック体のような字体(色は白)で、たとえば、「
てるてる坊主 と 小僧さん」(第1話)「
まんじゅう と ねずみ 」(第2話)などと書かれるのだが、最終回は違うのである。
一休さんの苦悩にあわせた感じで、「筆」なのである。題は「
母よ 友よ 安国寺よ さようなら」である。東映動画のスタッフの心憎い演出である。
たしか、この最終回のあとに補足的なナレーションとして、今後の一休さんの行動が少々語られてたように記憶する。
さて、アニメでの一休さんの安国寺脱出はこのような次第である。脱出と書いたのは、実際の一休さん(周建さん)の安国寺から建仁寺へ移った原因がそんなものではないかと思ったからそう書いたのである。相違点のページにも書いたが、一休さんはもともと好きで仏門に入ったひとではない。足利義満の権力欲により、帝の皇子である一休さんがそのまま宮中にあると目障りだから、京都五山に次ぐ、十刹の中の安国寺へ預けられたのだ。
天竜寺、建仁寺などで学び、西金寺の謙翁様(為謙宗為いけんそうい〜第68話「
杉のかぶと と 折紙和尚」に登場)のもとで宗純となったりする。その後のことはまた別の機会に。
安国寺は足利氏の権力範疇であり、もろに鹿苑院の支配を受ける。一休さん(周建さん)の安国寺脱出は、アニメのようではないことは想像に難くない。特に、若い頃の一休さんは京都を離れることはしてないのだから、蜷川新右衛門と既知を得ていたと百歩譲って考慮に入れても、蜷川が叫んだりする必要など毛頭ないのだ。ずっと京都にいるのだし、蜷川は政所などで勤めるかなりの侍なのだし。
しかし、そうはいってもこういったことが解ったのは調べていってからのことで、アニメを漠然と(学術的見地として漠然と)、かつ、しんえもんさんやさよちゃんに感情移入して鑑賞するとなると、その別離が深刻なものであると認識できる知能を持ち合わせている人間である以上、本能として(「愛別離苦あいべつりく」は一発変換可能な仏教上の八苦中の一つ)涙を禁じ得ないのである。かくいう筆者も、中学時代に最終回を見たおりには、倉重健太郎氏(好物:味噌カツ)と泣いたものである。
余談ついでに、筆者のお奨めする一休さんの秀作(傑作)を3つだけ書き留めておこう。まず筆頭は、やはりこの最終回「
母よ 友よ 安国寺よ さようなら」である。そして、第28話 「
つらい修行 と 鬼の和尚さん」、第21話「
一休納豆 と 腹ぺこ道中」の二つである。前者の方の話は、安国寺住職外観和尚(像外集観)がキレて、一休に鬼の仕打ち!傷に塩をぬったり、その上で風呂にはいらせたり、はっきりいって修行ではなくまさにイジメである。異色作品といってもいいくらいの作品である。後者の方の話は、アニメ一休さんにおけるターニングポイントとしての作品である。蜷川新右エ門 がはじめて一休さんのことを「一休さん」と呼ぶ回なのである。(それまでは「小僧」「一休殿」と呼んでいた・・・「小僧」は第一話のときのみで、一休さんに、小さくても大根は大根といわれてやめた)これらは、一休さんファンとしての基礎知識として重要なファクターであるといえるし、初学者にもぜひご鑑賞していただきたい作品でもある。
未推敲のため(する気も無いけど・・)乱筆乱文お許しください。一休さんファンの研究の一助となれば幸いです。ほいだら、股!