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フロイトの手紙

泉獺 H15.11/22
 あなたたちが神だとか霊だとかいったものに心を捕らえられ、宗教の世界に連れて行かれようとしているのは、科学的良心が弱く、自我の支配が確立されていないからです。
 宗教の世界に入り込んだら、一生の間、数十年にも及ぶ長期間そこにとどまることになるでしょう。しかしその後、科学はあなたたちに否応なく科学的実証を見せ付けてくれます。
 そこでは、木や発泡スチロールや写真でできた神々の偶像が飾り立てられて、信者たちに崇め奉られているのを見るでしょう。
 気を付けなさい。人々が神々の偶像を前から後ろから伏し拝むのを見て、あなたたちまでが彼らに似た者となり、それらを崇めるようなことがあってはなりません。
 彼らがそれを信じるのは、強固な願望に基く集団幻想であって、彼らの信じる通りになる可能性は、夢見る少女のもとに白馬に乗った王子様が迎えに来る確率と同等です。
 ですから寧ろ心の中で、
「科学は正しい」
 と念じなさい。科学は日々進歩して、あなたたちの生活に巣食う迷信を駆逐しつつあるからです。

 神は人々の強固な願望によって生み出されたイメージであり、まやかしにすぎず、実体はありません。
 人々は貯金を取り崩し、まるでそれによって天国に財産を積むかのように献金しています。ときには教祖や幹部たちが、そこから浄財をくすねて自分のものとし、その一部を愛人に与えたり夜の街に費やすこともあります。

 神の姿は人間と同じ形をしていますが、それは人間が自分たちの姿を神のイメージに投影しているに過ぎないのです。

 神は難病を治すことができるとされていますが、医療の進歩はそれまで不治の病とされた者を次々に治しています。
 神は火を降らせて町を滅ぼすことができるとされていますが、人間が作った核ミサイルが降れば都市を滅ぼすことができます。
 神は胎を開いて子供を授けることができるとされていますが、現代の科学では様々な不妊治療が確立されています。
 神は砂漠にマナを降らせて人々を養ったとされていますが、イラク戦争ではアメリカ軍が砂漠に食糧を投下してイラク国民を養いました。
 このように、人間の科学力は神の力を凌駕していることははっきりしているのですから、神々を当てにしてはいけません。

 民主制の指導者は、国民の支持を失ってしまえば何の力も持ちませんが、彼らの神々も同じようなもので、信者たちの指示があってこそ神とされるのです。
 キリスト教によって信者を奪われたケルト、ゲルマン、ギリシア、ローマの神々が現代において影響力を奮ったことがあったでしょうか。
 今や大ワシが美少年をさらうこともなく、巨人たちと戦争を繰り広げることもありません。大ワシには少年を持ち上げるほどの揚力を持たないし、巨人との戦争は自分たちの先祖と異民族との戦いの伝承が変化したものに過ぎないのです。
 これら神々は人間が生み出した幻想に過ぎず、生み出す人間がいなくなれば幻想も消滅してしまいます。
 いったいどうして、そのようなものに寄りすがることが賢明だといえるのでしょうか。神々は、だれかに良いことをされても悪いことをされても、それに報いることはできず、指導者を立てることも廃したりすることもできません。また、富や金銭を与えることもできないし、誓いを立てて果たさない者がいても、強制することはできません。それをやるのは、人間なのです。
 神は、アンネ=フランクを死から救うことも、シオンの娘をポグロムから救い出すこともできず、迫害をなくすようにすることも、ホロコーストを未然に防止することもできませんでした。金貸しを憐れむことも、ゲットーに恵むこともできません。
 また、アウシュビッツからユダヤ人を救うこともできませんでした。彼らを救出したのは、連合国軍でした。

 科学の光が照らし出す時、神に仕える者は迷妄を暴かれて恥をかくことになるでしょう。それなのに、いったいどうして、それらを「生きておられる」と考えたり、宣言したりすることができるのでしょうか。
 実は、宗教家自身、神々の面目を傷つけるようなことをしているのです。功徳になるからと言って信者から金を集め、その金を着服して私腹を肥やし、ブクブクと太っています。そして彼自身、神をまったく信じておらず、口では信仰を説くものの、本音は逆で、金儲けの手段としか考えていません。それなのに、いったいどうして、それらを「真実の神だ」と考えたり、宣言したりすることができるのでしょうか。

 神々は人間の強固な願望に基く幻想によって創り出されたもので、意識的にせよ無意識的にせよ、人間が創ろうと思う以外のものにはなりません。神々のイメージを創り出す者でさえ、神々より長生きするわけではありません。だから、どうして彼らの生み出したものが永遠の昔から存在したといえるでしょうか。彼らは後世の人々に幻想と願望充足を残したに過ぎないのです。
(終わり)

元ネタ:「エレミヤの手紙」1-47
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