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巻二の一 世界の菓子屋大将



 人間五十年とは今は昔、八十まで生き恥をさらしてなかなか迎えが来なくて、いたずらにその時を恐れつつ浮世の憂さに暫し忘れる世の中になったものだ。
 さりながら寿命の尽きる事は避けられず、末期を悟った者は子孫の為にといって、若いころ爪に火を灯して蓄えた財産を残しておく。もっとも、相続税でほとんどお上に持っていかれるし、子供は親ほどには有り難く思わずに、世間様に還流する。

 さて、ある所に不死屋一兵衛という菓子屋があった。屋号に「死」の文字を入れているのは自分だけだと常々自慢していた。
 この一兵衛が若年の砌、店を開く時、「不死屋」の屋号を用いようとしたところ、奥方が「死の文字を入れるのは不吉」と言ったのをせせら笑って、
 「さてもさても目先の事・過去の常識にとらわれる奴だな。
  誰もやらないからこそ、あえて死の文字を入れるのだ。
  つまり、オンリーワンだな。
  それと、誰しも死と聞くとドキッとする。それだけ印象に
  残る名前なのだ。」
と言って反対を押しきったという逸話を持つ。

 この不死一、金儲けの才があって、一代で金持ちになった。また、健康で医者の世話にならなかったので、薬代もかからず、仕事が一時もおろそかになる事がなかった。

 この男、本業の菓子販売の他に、いらなくなった紙をメモ帳にして、CNNや2ちゃんねるを見て、日本のマスゴミが報じない情報を蓄積していた。この情報を商売に役立てるのは無論の事であったが、外から尋ねて来る者にも拒まずに教えて、世間から重宝されていた。
 やがてその情報を求めて、日本財団の笹川良平、兜町の横井英樹、CSKの大川功会長、共産党の宮本顕治、拓殖大学のアルベルト・フジモリ教授が腰をかがめて不死屋の暖簾をくぐった。この事は各界の人間と人脈を築くことにもなり、菓子の販路拡大に貢献した。
 訪ねてきた人間に「菓子はいかがですか」とさりげなく自分の商品を勧める。勧められた方は、情報を提供してもらっている恩を感じているので断ることが出来ず、又、買ったところで懐が痛むほどの貧乏でもないので、ついつい買ってしまうのだ。

 又、この不死一は節約家としても有名で、自分に対しても店の者にたいしても無駄遣いを許さず、モッタイナイ教に入信して念仏代わりに「もったいないもったいない…」と唱えていた(ただし会費は払わない)。
 また、過剰包装を排除して地球に優しい節約をした。
 そして中元・歳暮には店の商品の売れ残りの菓子を送った。尚、そこにはこんな事が書かれていた。
 「これは他の家へ回すことが出来ないようになっております。
  どういうことかと申しますと、賞味期限が迫っているのです。
  届いたその日にお召し上がりください。」

 ある時、近所の若手社員三人が金持ちになる方法を教えてもらおうと店が閉まった後、不死一のもとへ研修にやって来た。
 不死一は
 「一人につき、一泊6980円(税別)だよ。
  あ、領収書は出ないからね。」
などと言って三人を地下室に通した。
 こうして三人は不死一に色々と質問をした。

 「死者に三角頭巾をつける由来はなんでしょうか。」
 「その昔、死出の旅路に塵除けの頭巾をと言うので
  普通の頭巾がつけられていたのだが、
  それでは布が勿体無いので、小さくしようとして、
  現在のような形ばかりのものにしたのだ。」

 「仏壇にお供え物をするのはなぜですか。
  あれでは食べ物を腐らせて勿体無いですよ。」
 「ああしておかないと、ご先祖様が餓鬼になって我々に取り憑く。
  取り憑かれると余計に腹が減って余計に食費がかかる。
  だから、そうならないためにお供えするのだ。」

 最後に不死一は、
 「…さて、今まで散々話してきたが、そろそろ夜食を出す頃だ。
  ここで出さないのが金持ちになる道なのだ。
  しかしながら、それは真の金持ちになる道ではない。
  …そう、それは夜食を出してお金を取るという事だ。
  ここに売れ残りの菓子がある。一人1980円(税別)だよ。」
 と言って、三人は食わぬうちから口を開けてあきれてしまった。

H14.2.11
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