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作品No.58  現代ノベル

【作品紹介】森の中で怪物と出会った少女。彼女の運命は、果たして。

ストーリー大賞参考作品 "森の中"

少女は何かを探していた。きょろきょろしながら森の中の小道を一人。木の実を見つけると拾い上げて眺め、やがてポケットに入れる。登りづらい傾斜があっても、その先の何かを見つめるかのような真剣なまなざしで進んでいく。
いつか洞穴の前に出た。そこに倒れている男がいる。小走りに少女は近づいた。
“どうしたの。どこか痛いの。”
 やさしい声に男はゆっくりと体を起こし、顔を向け、立ち上がった。額や頬の傷跡。それはやけただれた跡であるかのようだ。男は少女を見おろしながら、黄色い叫び声を冷静に予期したのだが。
“大丈夫?”
 少女は倍ほども背丈の違う相手をやさしく見上げ、手を差し伸べる。男の衣服はぼろぼろで、しかも汗にまみれていた。それにも構うことはない。
“よかった。ねえ、あっちへ行こうよ。”
 少女は男の手を取って洞穴の横手の道を示した。
“木の実、とってね。”
 そう言いながら、ぐいぐいと男を引っ張った。怪物、と言っていい容貌の男だったが、悪い気はしなかった。表情が和らぎ、そのうちにほのぼのとした幸福感を味わうほどになった。
 おれを・・・こわがらない。
 その巨体と容貌を恐れないものはいなかったのだ。山道で出会う誰もが、”怪物”を見ると震え上がり、逃げた。話しかけようとしただけなのに。

“おおい。おおい。”
 何人もの男たちの声がしている。手には銃を持ち、防弾服をまとっていた。
“怪物に襲われたのかも知れんな。”
“まだそうと決まったわけじゃない。”
“しかしこの山に姿を消したんだろう。ここはあの怪物のすみかだ。”
“親もいない女の子だろ。心配する人間もおらんけどな。”
“そんなことは言うもんじゃない。”
 口々に話し合い、周囲を警戒しながら捜索を続けていた。
“おっ、あれは。”
 一人が指をさした。木々の間に怪物の姿が遠くシルエットになって見えている。
“伏せろ、伏せろ。”
 身を潜めて一行は怪物に注視した。少女がそばにいる。すぐに一人が銃を構えた。
“あっ、まだだ。まだ撃っちゃいかん。あの子・・・”
 轟音が響いた。怪物はぎゃっと声を上げ、肩を抑えてうずくまった。続けざまの銃声。近くの木の幹がえぐれ飛んだ。
“ひどい。ひどいよ。”
 少女は泣き叫んだ。怪物にはその姿が天使のように見えた。この子だけは守ってやらないといけない、そう決意し、出血にかまわず立ち上がった。
“だめ。また撃たれる。”
 必死に袖を引っ張る少女を振り返ると、
“俺から・・・離れているんだ。”
 そう言って突き放した。銃撃が再びあった。鈍い痛みが走り、がくりと膝をついた。

 誰かが背後から走ってくる。少女は気づいて振り向いた。立派な体格の青年だ。顔立ちが目の前に倒れている男にどこか似ていた。
“おにいちゃん。大変。おじちゃんが。”
 そう少女は助けを求めた。
“父さん、大丈夫か。”
“ああ・・・かすり・・・傷だ。おまえ、このお譲ちゃんを・・・連れて逃げろ。”
“この子。町の子じゃないのか。”
“みんな殺されるぞ。・・・おまえたちだけでも・・・。”
“しっかりして。”
 青年は父親の強く手を握り締めた。暖かい。遊んでもらった昔、重い石をともに運んだきのうが不意に思い起こされた。青年の目から涙があふれた。
“泣くな。戦って追い払いたいが・・・力がもう出ない・・・はは、この指から弾でも飛び出せばな。あんなやつら簡単に・・・”
 男は意識を失いかけた。励ましの声にやっと目を開いたが、
“お譲ちゃん、やさしい子だね。どこの子・・・名前は。”
 そう言うのがやっとだった。
“シズク・・・私、おじちゃんを助けてあげる。”
“ほんとにやさしい子だ。必ず送り届けてあげる。いっしょに逃げるんだ・・・フランクリンと。いいな。”
 それが精一杯の、そして最後の声だった。
“もういやだよ。”
 少女は小さく言った。
“こんなこと、もういや。”
 青年は少女の手を引いて走った。少女は泣きじゃくっていた。
“忘れたいよ。今までのこと、全部。全部だよ。”

 二人はがけを滑り降り、逃げたという。それ以来、二人の姿を見たものはいない。
2005年2月06日(日) 23時09分47秒
原稿用紙: 6 枚
<kWos Gl3s>

教来石宗春(master1) さんからのメッセージ

もっと早くに作品を書き上げるつもりが、この日になってしまいました。誰でも持っている清らかな心を描きたかったのですが。