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魔法少女、来タル





 街灯もなく無秩序に建てられたビルディングの影が空を覆うように黒く染める路地裏を、女が一人走っている。
 肩口で切りそろえた髪に、少し派手なオレンジ色のスーツ。海外で騙されて
買ってしまった偽ブランドのバッグ。
 慣れないヒールなんて履いてくるんじゃなかった――――。
 会社帰りのOLは、胸中で自分の不幸を呪った。よりにもよって、こんな町中でワケのわからない化け物に襲われるなんて誰が信じるだろう?
 高い音を立てヒール先がコンクリートを打つたび、踵(かかと)の骨に響くような痛みがはしる。
 運動不足で悲鳴を上げる脚を酷使して、人がいる場所を求めて女は走る。が、しかし、


 びゅぉおぉう!―――たんっ!


 後方から疾風が吹き付けたかと思うと、頭上をくるりと回転しながら飛び越え、黒い影が女の目の前に降り立った。

「ど、どどどこにいくノカなななな」

 異形、そうとしか形容できない姿だった。黄色く濁った目に、剥き出しの歯茎。
 だが、異常なのはその男の顔ではない。男の腕や胸、あるいは背中や指先から

蛇ともタコの足とも付かぬグニャグニャした軟体生物を思わせる細長い触手が生えていたのである。

「いいいっしょにあそぼぼぼぼばばばあぁぁぁぁっっ!!」

 狂ったように笑う男、悪夢のようなその姿。恐怖に女の顔が歪む。
震える脚で後ろに振り向き、来た道を引き返そうとする。

「にに逃げても、ムダムだむダ!!」

 女が逃げるよりも早く、触手の一本が空気を這うような存外に俊敏な動きで女の脚を捕らえた。
 触手は素早く脚に絡みつき、ストッキングを引き裂きながら女をアスファルトの地面に引きずり倒す。

「ひっ!」

 体勢を崩した身体に残りの触手が次々と吸い付いていく。男性器に似た先端から分泌される透明な粘液が、べったりと女の全身を濡らす。

「い、いやぁぁぁっ!!」

 あまりの気色悪さに悲鳴を上げる女。だが、その声は無人のコンクリート街に響くばかりだ。

「おんんな!うま、うまうママま」

 触手は女の服に潜り込むと、形の良い乳房と高級シルクのパンティに包まれた秘所を粘液のぬめりを使って巧みに愛撫する。
 激しく、時に焦らすように。
 本人も信じられなかったが、絶妙なテクニックとローション代わりの粘液で女の身体に官能の火が付き、秘所からトロトロと蜜が垂れてきていた。

「やぁ!…やめて……お願いだから……ダメぇ、ぁあ…」

 哀願する女の声に艶が混じり始める。
 異形は愉悦に顔を歪め、顎を外れんばかりに開くと
口内から他のものより二周りはでかい触手を吐き出した。
 男の口から伸びる大蛇のような触手は、ショーツが愛液にぐっしょり濡れて
秘所が透けて見える女の股間へ進んでいく。

「ダメ、駄目ぇ……!」

 顎を外したまま、男の目が笑う。逃げようにも身体に巻き付いた触手は
思いのほか強く締め付け、腕を動かすこともままならない。
 そのまま男は触手を使ってOLの秘所を一気に挿し貫こうと狙いを定め、

「――――そのくらいにしておきなさい」

 低く、どこか感情を押し殺したような声が響いた。

「ダレ、だだれれれれれダ?」

 口から触手を出してどうやってしゃべっているのか不明だが、男が声の方向に振り向く。
 月を背にして、か細い少女が電柱の上に直立していた。

 小柄な身体をレオタードのような全身にフィットした服に包み、丈の短いフレアスカートを履いている。
 顔立ちはまだ幼い。せいぜい16,7歳くらいだろう。だが、計算され尽くした機械のように冷徹な視線で
異形を貫く凛とした瞳は、獲物を狙う“狩人”の目ではなく、
血なまぐさい戦場に身を投じようとしている“戦士”の目をしていた。

 そう、彼女こそが異界から触手の化け物“ゆらぎ”を狩るために派遣された戦士、魔法少女アイであった。



「―――翔輝(しょうき)!」

 かけ声と共に一瞬、夜の闇がいっそう濃くなり少女の姿が燐光に包まれる。


「斗牙(とが)!降真(こうしん)!」

 短い髪をまとめる赤い大きなリボンと腰を飾る装身具が現れ、腕と脚を服と同じ色の袖とソックスが包む。

「翠竜装填(よくりゅうそうてん)!」

そして手には、アイの背丈の2倍近くはある長い槍のような武器―――この世界の人間からはロッドと呼ばれることもある―――が握られていた。



 変身を完了したアイは、ふわりとOLを拘束したままの男の前に降り立つ。


「待ってなさい――――すぐにぶっ潰してあげるから」


 神秘的な瞳に殺意を宿すと、すぐさま棒を槍のように構え男に突撃を仕掛ける。

「邪魔を、するなァあッッッ!!」


 男は迎え撃つように触手をアイに伸ばした。その一本一本がコンクリートブロックを叩き潰せるほどの勢いを持って振り下ろされる。
 左右に飛び跳ね触手を避けつつ、アイは目にもとまらぬスピードでロッドを繰り出す。

「そらそらそらそらぁぁぁぁっ!!!」


 ブシャァ!ザッ!ズバッ!


 向かった触手が次々なます切りにされ、血とも精液ともつかぬ液体をまき散らしながら少女と地面を濡らしていく。
 触手を叩き切る少女に嫌悪の表情はなく、むしろ嬉々として武器を振るっている。
 その技の切れはすさまじく、ほんの数秒の攻防で触手はほとんど切り落とされていた。

「がァあっッッ!!」

 男の口から生えた触手がドリルのように回転し、風圧でプロペラのような音をたてながらアイに向かう。

「はぁっ!」

 触手が到達する寸前、アイはロッドを地面に突き立て、それを軸に棒高跳びの要領で飛び上がり身体を反転させる。

 触手ドリルを避けながら上を取ったアイは、そのまま回転の勢いを利用して触手の横腹を両断した。

「ク……」


 追いつめられた男は倒れているOLのもとに駆け寄る。

「そソレ以上スると、このオンナここコロス――――」

 女の首に触手が一本巻き付いていた。人間離れしたその力ならば、女の頸骨も容易く折ることができる。

 しかし、相手は脅しが通用するような“人間”ではなかった。

「光疾(こうしつ)!」

 SYUBAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――!!


 アイは構わず呪文を唱えると、男の顔を電流で狙い撃ちにした。

「うぎゃあぁぁァァあぁぁぁぁああッッ!!」


 たまらずのたうち回る男に、つかつかと歩み寄るとアイはロッドを高々と振り上げ、無慈悲に最後の鉄槌をくだした。

「あ、あ……」

 女は自分が見たものを信じることができずに放心している。

「忘れなさい。次に目覚めたとき、あなたは何も覚えていない……」

 アイは女の顔に優しく手をかざした。怪物たちを倒したとは思えない小さな手が淡い光を放ち、
女はゆっくりと目を閉じた……。







「この町だけで、もう六体目……」

 怪物の流した血と体液にまみれ、アイは独り立ちつくす。
月の明かりも、星の光も、彼女を清めることはない。

「愛(めぐ)ねぇさま……」


 凛々しくもどこか儚げな横顔は、何故か泣いているように見えた。



 その魔法少女――――加賀野愛が岡島秋俊と出会うのは、それから数日後のことである。




     to be continied ……
【THE MAHOU SYOUJO AI 】




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