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593 :言葉よりも大きなもの・1:2006/06/28(水) 18:16:22 ID:B49K/o/f

 隠密部の今月の予算案の書類を受け取った帰り道、まゆらはふと、廊下を進む足を止めた。
 立ち止まり、壁全体が窓のようになっている場所から、外の景色を眺めた。
 西に沈んでいく太陽に誘われたような月が、オレンジ色に染まる空に白く、うっすらと浮かんでいるのが見えた。
 そのまま視線を下げると、自分の良く知る、仲睦まじい姉妹の姿がそこにはあった。
 今にも走り出そうとする妹を制止するように手を繋ぎ、姉は見慣れた笑顔を湛えていた。
 寮に帰る途中だろうか。
 今、急いで校舎を出れば、まゆらは二人に追いつく事が出来るだろう。
 文科系の人間だが、運動能力は人並みにある。
 けれど、まゆらは半ば無表情のままで、硝子越しに二人を見つめるだけだった。
 遠ざかって行く彼女達の背中を眺めながら、二人の姿が完全に見えなくなると、まゆらはようやく廊下を歩き出した。
 二人が歩いた方角と異なる道を歩いて行く。
 それはまるで、二人から、彼女から離れて行くかのように…。

 生徒会室に戻ると、必要な書類だけを鞄に詰めて、まゆらは帰宅し始めた。
 学園を出る頃には、陽はもう海に沈みかけ、東の空は夜の準備を始めている。
 まだ明るさの残る空を見上げるが、星を見つける事は出来なかった。
 見つけたところで、願いが叶うわけでもないのに。
 通学路の坂道を下りながら、誰もいない左側に視線を向ける。
 数日前には、そこにはいつも、同じ笑顔が存在していた。
 下校の時も、登校する時も、いつも同じ人がいたはずだった。
 けれど、今は隣りに誰もいない現実が、まるで初めから誰もいなかったのではないかと錯覚させる。
 でも、まゆらはそれは夢ではなかったと確信出来た。
 それは、時々ふざけてあの人から繋がれた左手に、消えない温もりが残っていたからだった。
 爪先で小石を蹴飛ばした時、まゆらはその小石の行方を目で追いながら、頭の中で悲観的な考えを巡らせていた。
 もしも。
 もしも、この手に残る温もりを思い出せなくなったら。
 あの人と過ごした、大切な思い出達が、全て色褪せてしまうのではないか、と。
 二人で話した事も。二人だけの時間も。あの人の素敵な笑顔に何度も胸を焦がされた事も。
 その全てが、初めからなかったように感じるようになってしまったら。
 果たして自分はどうなってしまうのだろう。
 そんな事をいくら考えても、答えなんて変わらないのに。
 今だって、あの人の事を思い出すだけで。
 胸が焼け焦げて、こんなにも熱を感じているのだから。
 坂道を転がっていた小さな石は、そのままガードレールを潜り抜け、広大な海の中へと落ちていった。

 

594 :言葉よりも大きなもの・2:2006/06/28(水) 18:19:06 ID:B49K/o/f


「まゆら先輩ー!おっかえりなさーい!」
 寮の玄関の所で、後輩達が代わる代わるまゆらに挨拶を交わしていた。
 つい小一時間程前まで、生徒会の会議で会話をしていたのに。
「まゆら先輩、今日のご飯はハンバーグらしいですよ!」
『今から飯の事考えてるのかよ、この食いしん坊』
「別にいいでしょ、プッチャン。お腹空いてるんだからー」
 訊いてもいないのに、晩御飯の献立を教えてくれる後輩に笑顔で返事をしながら、まゆらは階段に向かった。
 エレベーターを使わなかったのは、ただ単に、階段の方が近かったからだ。
「りの。夕飯までに、あしと一緒に、ゲームとか、トランプとかして遊ばない?」
「いいですよ。今日は負けませんからね!」
「…またお菓子でも賭けるのか?」
「もっちろん!当たり前で、常識で、決まってるじゃん」
「あ、まゆら先輩も一緒にどうですかー?」
 階段の半分程上がった所で、騒がしい後輩達がまゆらを遊びに誘った。
 いつもなら、その誘いに乗るまゆらだったが、今はそんな気分ではなかった。
 まゆらは皆の方を振り返り、苦笑を浮かべながら謝罪をした。
「あー、ごめん。まだ会計の仕事が残ってるから」
 そう言うと、三人と一体の人形は、悲しそうな反応を見せた。
「終わった後で遊んであげるから」
 そう言うと、三人と一体の人形は、嬉しそうな反応を見せた。
 単純な反応だと思った。けれど、それは彼女達が純粋だからそんな反応が出来るのだと考えた。
 自分だったらきっと、素直に悲しむ事も、極端に嬉しがる事も出来ないだろう。
 きっと作り笑いを浮かべながら、諦めて、手放して、それで終わりだ。
 無意識の内に自分の部屋の前に辿り着いたまゆらは、ドアノブに手を掛けたまま動かなかった。
 もしも、彼女達のように、素直に感情を吐き出す事が出来たのなら、またあの日に戻る事が出来ただろうか。
 冷たい金属の感触を掴みながら、まゆらは一度目を閉じた。
 自分はまだ、あの人に気持ちを伝えたわけじゃない。
 まゆらは目を開けて、自分の部屋の二つ隣りの部屋を見つめた。
 彼女は部屋にいるのだろうか。
 妹と、一緒に。
 それとも、一人だろうか。
 一人でいたなら、仕事をしているのだろうか。
 そこまで考えてから、まゆらは思わず失笑する。
 どうしてそこまで複雑に考えられるのだろう。会計の仕事の時みたいに、余計な事を考えずに出来れば、こんなに苦労はしないのに。
 自分が酷く面倒臭い人間だと初めて思った。
 隠密や遊撃がどれだけ予算を使っても、最終的には諦めてしまうけれど。
 あの人だけは、諦められない。
 まゆらは目を開けると同時に、ドアノブから手を離した。
 自分の部屋でない場所に向かう為に。

 
596 :言葉よりも大きなもの・3:2006/06/28(水) 18:20:16 ID:B49K/o/f

 コンコン、と硬質な音が廊下に広がる。
 高鳴る心臓の音が、身体中に響いている。
 まゆらは、自分が想像以上に緊張しているのが分かった。
 制服も着替えずに、鞄さえも手にしている自分の姿を見たら、彼女はどう思うだろうか。
 妹がこの扉を開けたら、何を口にすればいいのだろうか。
 意を決してこの部屋の前に立ったのに、気持ちはもう、少し前に戻っていた。
 早くドアを開けて欲しいと思う。でも、妹には開けて欲しくない。
 自分勝手な事を考えながら、まゆらは扉の前で待つしかなかった。
 しかし、いくら待っても扉が開かれる事はない。
 もう一度、ドアをノックするが、またも反応はない。
 もしや部屋を間違えたのかと思って確認するが、表札には『桂 聖奈』と『桂 みなも』と書かれてある。
 間違ってはいないようだ。そもそも、まゆらが聖奈の部屋を間違えるはずはない。
 けれど、いくらノックを繰り返しても反応のない事に不審に思ったまゆらは、思い切ってドアノブを引いた。
 すると、すぐに蝶番の軋む音がして、扉はあっさりと開かれた。
 鍵をしないとは無用心だ。そうも思ったけど、勝手にドアを開ける自分も不謹慎ではないだろうか。
 まゆらは廊下に誰もいない事を確認してから、素早く玄関に入り込んでいった。
 部屋には灯りが無く、物音一つしなかった。
 聴こえるのはリビングの時計の音と、ドアが閉まる音だけだった。
「…聖奈さん、いますか?」
 玄関で呼びかけてみるが、やはり反応はない。
「……みなもー。いないの?」
 出てきて欲しくない人物の名前も口にしてみるが、返事はなかった。
 誰もいないのだろうか。
 自分よりも先に学校を出ている事は確認したけれど、もしかしたらどこかで寄り道をしているのかもしれない。
 まゆらは部屋を出ようとして足下を見やると、そこには聖奈のローファーがあった。みなもの靴はなかった。
「…いるじゃない」
 丁寧に揃えてある聖奈の靴の隣りに、脱いだ自分の靴を揃えて、まゆらは部屋に上がった。
 小さな声で「お邪魔します」と言うものの、ほとんど無断で入室したも同然だった。
 余計な物には目もくれず、まゆらは真っ直ぐに聖奈の自室へと歩を進めた。
 扉の前に立つけれど、やはり物音がしない。そればかりか、人のいる気配だって感じない。
 リビングに姿はなかったから、いるのなら此処しかないと思ったが。
 まゆらは先程と同じように、扉を軽く二回叩いた。
 返事がなく、もう一度叩くが、やはり返事はない。
「聖奈さん、いますか?」
 声を掛けてみると、微かな物音が聞こえた気がした。
 耳に届いた音を頼りに、まゆらは聖奈の自室の扉を開けた。
 自室の鍵も掛かっていなくて、まゆらは簡単に聖奈の自室に入る事が出来た。
 部屋の明かりは点いたままで、辺りを見回すと、まゆらの視線がある一点に集中した。
 そこで分かった。何度ドアをノックしても、声を掛けても返事がなかったのか。
 当然だ。
 部屋の主は、ベッドの上で、気持ち良さそうに眠っていたのだから。

 
597 :言葉よりも大きなもの・4:2006/06/28(水) 18:21:47 ID:B49K/o/f

 真面目なのか、ふざけているのか、本気で分からなくなる時がある。
 でも、この人はいつだって、間違った事はしない。
 少しでも皆を楽しませようと、明るい雰囲気を決して絶やさない人。
 でも、まゆらは知っている。
 いつも笑ってばかりいるこの人が、皆の知らない所で沢山の努力をしている事に。
 その上、身体の弱い妹が転入してきて、この人の疲労感は想像も出来ないだろう。
 無防備な寝顔を眺めながら、まゆらは少しずつ聖奈に近付いた。
 ドアを閉めた音にも、人の気配がしても、聖奈が起きる様子はない。
 余程疲れているのだろうか。
 まゆらはベッドの脇に跪き、自分の近くに鞄を置いて、その寝顔を見つめた。
 睫毛が長い。数秒間見つめていた感想がそれだった。
 起きている時は必要以上に人の視線に敏感なくせに、寝ている時はどんなに見つめていても気付かない。
 なら、このままずっと起きなければ、この人をずっと見つめる事が出来るのだろうか。
 それはそれで幸せなのかもしれない。
 けれど、それだけではきっとまゆらは満足出来ないだろう。
 彼女を見つめるように、彼女にもまた、自分の事を見つめて欲しいのだから。
「……聖奈、さん」
 小さな言葉がぽつりと落ちた。
 聖奈は起きなかった。
「聖奈さん」
 もう一度。声は少しだけ大きくなった。
 寝返りをする気配もない。
 まゆらはほんの少しだけ、不安になる。
 もし、彼女がこのまま起きなかったら。
 そんな馬鹿みたいな話が現実になる事なんてない。
 分かっているのに、相手が自分の想い人であるのなら、話は別だ。
「聖奈さん」
 起きて。声を聴かせて。その手で触れて。笑顔を見せて。
 声にならない願いが、口唇に集まっていく。
 眠り姫の呪いを解く王子様は此処にはいない。
 だから彼女を目覚めさせる事は出来ない。
 だけど、此処は森の中でもない。七人の小人だっていなし、そもそも彼女はお姫様でもない。
 ならば、この出来損ないの王子のキスでも、彼女を目覚めさせる事が出来る。
 まゆらはベッドの上に乗り、聖奈に近付いた。
 微かな息遣いを感じながら、その距離を更に詰めていく。
 互いの鼻先が掠り、挨拶を交わす友人のように擦れ違った。
 そして、まゆらの口唇は、聖奈のそれにぴったりと重なるように触れた。

 
598 :言葉よりも大きなもの・5:2006/06/28(水) 18:23:03 ID:B49K/o/f

 甘い感触が口唇を通して身体全体に広がっていく。
 物理的に言えば、ただ互いの皮膚同士が触れただけなのに。
 相手が好きな人で、触れた場所が口唇であると、こんなにもドキドキするものなのだろうか。
 ほんの少し、渇いた口唇。でも、確かに柔らかくて。
 言葉に出来ないような感情が、まゆらの中で犇めき合っている。
 柔らかな温もりに、ずっと、ずっと触れていたい。
 けれど、現実はそんなには甘い夢を見せてはくれないようだ。
「……まゆら、さん…?」
「――っ!?」
 僅かに離れた刹那、自分の名前を呼ぶ掠れた声が聴こえた。
 その声はとても小さくて、此処が違う場所だったなら、耳を澄まさなければ聴こえないような、そんな声だった。
 けれど、そんな小さな声でもまゆらを硬直させるには充分だった。
 眠り姫は目を覚ました。
 大きく開いた瞳は、呪いが解けたような喜びの色を映してはいない。
 驚きと戸惑い。
 薄く開かれた口唇から、呼吸をする息遣いが聴こえた。
「あ…私…」
 自分の体重を支えるようにベッドに押し付けた手が、震えた。
 声も震えていたのかもしれない。
 でも、まゆらは気付かなかった。それどころではなかったのだ。
 まゆらは酷く混乱している。
 聖奈はいつ、目を覚ましたのだろう。キスをする前か、それとも後か。
 次に彼女から出て来るのは、拒絶の声か。侮蔑の声か。
 二人の位置は先程からほとんど変わっていない。今にも口唇が触れてしまえそうな、そんな距離だった。
 もう、何を言い訳しても誤魔化す事なんて出来ない。
「あの、私、違っ…」
 それでもまゆらの口から出るのは、ぐだぐだになった言い訳だった。
「その、聖奈さん、寝てて…あの、夕食がハンバーグで、それで」
 最早まゆら自身も何を言っているのか分からない。
 聖奈は黙ってまゆらを見つめるだけだった。
「私、購買部の予算を訊こうと思って」
 これは本当。それを理由にして聖奈に逢おうとしていた。
「ノックしても、返事がなくて、でも、鍵が掛かっていなかったから」
 これも本当。もっとも、不法侵入には変わりない。
「ぶ、無用心だって、注意しようとして、それで」
 これは……多分、嘘。
 どうにかこの状況から脱しようとしたまゆらは、考えれば考えるほどに狼狽している。
 そんなまゆらに向けて、聖奈は一言だけ告げた。
「――どうして、私にキスしたんですか…?」

 
599 :言葉よりも大きなもの・6:2006/06/28(水) 18:24:21 ID:B49K/o/f

 今までの言い訳はどうでもいいように、聖奈は一言、そう告げた。
 肝心な事。それだけが、その理由だけが聴きたいかのように。
 まゆらは益々混乱する。
 正直に伝えたら、彼女はどう思うだろうか。
 軽蔑されたら、拒絶されたら。頭の中が絶望で真っ暗になる。
 彼女のように笑って茶化したり、ふざけただけとか、からかっただけだと言えたら、少しはこの状況が良くなるのではないだろうか。
 いや、多分きっと、状況は悪くなる一方だろう。
 そんな自分らしくない事をしても、彼女は笑ってくれないであろう事を、まゆら自身が一番分かっている。
 なら、一体どうすればいいのだろうか。
 まゆらは静かに目を閉じた。
 答えなんて、一つしかない。
「……………好き、なんです…」
 涙のように、ぽつりと聖奈に落ちていった言葉。
「…好きなんです、聖奈さんの事が……」
 それは、ずっと胸に秘めていた想い。
 いつも一緒にいてくれた。時には優しく、時には厳しく、まゆらの近くにいてくれた。
 一緒にいて、楽しくて、頼もしくて、笑った顔がとても綺麗で。
 学校に行く時も、寮に帰る時も一緒だった。
 予算を赤字にする彼女に怒る事もあるけれど、彼女が好きだという理由一つで、それさえも許してしまいそうになるほど。
 ずっと傍にいて欲しかった。傍にいれるのだと思っていた。
 彼女の妹の、みなもが転入して来るまでは……。
「いつも、一緒にいたのに…なのに…」
 破天荒な妹。その我儘で、この二ヶ月以上、生徒会のメンバーを掻き乱す問題児。
 そんなみなもに対して、聖奈はどこまでも優しかった。
 甘やかして、許して、いつも傍にいるようになって。
 そんな聖奈の姿を、まゆらは信じられない物を見るような思いでいっぱいだった。
 信じていたものに裏切られたような怒りや憤りを覚えた。
 寮を破壊し(最終的にはりのらしいが)、意味不明な劇をする事になったりと、散々な目に遭った。
 でも、まゆらは知ってしまった。
 みなもの病気の事を。彼女の、彼女達の苦悩を。
「それなのに……」
 だから、許そうと思った。許せると思った。
 でも、それでも憎いという気持ちが完全に消えてくれないのは、きっと、愛する人を奪われた悔しさが残っていたから。
 憎しみという感情が消えてしまえば、それは聖奈への想いも消えてしまうのと同じだから。
 それだけは、消せない。
「私……みなもに嫉妬してたっ…」
 言葉と共に、涙が一粒、聖奈の頬に落ちていった。

 
600 :言葉よりも大きなもの・7:2006/06/28(水) 18:25:26 ID:B49K/o/f

 血の繋がる妹というポジションが、羨ましくて、憎らしくて。
「それまで…私が一番、聖奈さんの近くにいたのに…」
 翻るスカートが。小さくなる靴音が。遠ざかる背中が。
 いくら手を伸ばしても、もうこの手で掴めないような錯覚。
 置いていかれる。離れていってしまう。
 広い世界に、一人ぼっちにされたような孤独感。
 網膜に焼きついていた彼女の笑顔が、もう永遠に見れないような気がして。
「一番…傍にいたの、に…」
 ぽつ、ぽつ、と、降り始めの雨のように、聖奈の頬に零れ落ちていく。
「みなもは…何も悪くないのに…私…」
 ただの我儘な妹のままなら良かったのに。そうすれば、自分の中で悪者に仕立て上げる事が出来たのに。
 愛する人の妹だとしても、嫌いになれたのに。
「勝手に…嫉妬して…私…」
 自分の勝手さを、自分の汚さを思い知った。
 何一つ、彼女に想いを伝えようともしなかったのに。
 こんな自分が、一番嫌いだ。
「…っでも…それでも、私は…」
 貴女が好きだから。
「聖奈さんの事が…」
 例え軽蔑されても、この気持ちは変わらないから。
 それならせめて、この想いの全てを伝えたい。
「好きです…好きなんですっ…」
 閉じた瞳から流れる涙が、まゆらの震える睫毛を濡らしていく。
 頬に一筋の涙が流れ、顎から滴る小さな粒が、聖奈の頬を、首筋を濡らしていった。
「…まゆらさん」
 聖奈の優しい声が聴こえた。
 でも、まゆらは目を開ける事が出来なかった。
 目を開けて、そこに笑顔がなかったら。
 それが恐くて、まゆらは聖奈を見る事が出来ない。
「……まゆらさん、大丈夫ですよ?」
 聖奈はまゆらの頬を撫でた。
 それに導かれるように、まゆらはゆっくりと目を開けた。
 視界には、満面に微笑みを浮かべた聖奈の顔があった。
「…せい、な、さん…」
 こんなにも優しい微笑みを、まゆらは見た事がない。
 流れてくる涙を拭うように頬を撫で、その微笑みを崩さずに、聖奈は言った。
「大丈夫ですから、もう泣かないで下さい」
「何が、だいじょ、ぶ…なんですか?」
「私も、まゆらさんの事、好きですから」

 
601 :言葉よりも大きなもの・8:2006/06/28(水) 18:26:39 ID:B49K/o/f

 聖奈のセリフに、まゆらの思考は一時凍結した。
 私もまゆらさんの事が好き…?
 まゆらはその言葉の意味が、まるで分かっていなかった。
「…はい?」
「ですから、私もまゆらさんの事が好きです」
「……はぁ…」
 流れ続けていた涙が一気に引っ込んだ。
 まゆらは未だにその言葉の意味を理解していない。
「…まゆらさん?」
「はい?」
「あの〜…分かってもらえましたか?」
 その事に気付いたのか、聖奈は苦笑を浮かべた。
「何が、ですか?」
「え、えっとぉ…」
 どうやら、先程の告白で、まゆらは自分の神経や、自分を構成する全ての力を出し切ってしまったようだった。
 聖奈の言葉が耳に届くも、脳にまでは届かなかったらしい。
 どうしたものかと思案すると、聖奈は再び笑顔で言った。
「こういう事です」
 声を発すると同時に、聖奈はまゆらの口唇に触れた。
 口付けをしながら、両手を背中に回して、まゆらを優しく抱き寄せる。
「っ!?」
 先程憶えたばかりの聖奈の口唇の感触を感じ、まゆらはやっと理解したようだった。
「っせ、せい、なっんんっ!」
 理解はしたが、それはまゆらを余計に混乱させた。 
 慌てた様子で離れようとするが、聖奈の腕に閉じ込められている為に、それも叶わなかった。
「ん…ぅんっ…」
 顔が真っ赤になる。でも、息苦しいわけではなかった。
 何が起きているのかが把握出来ず、まゆらはぎゅっとシーツを握った。
 やがて聖奈の口唇が離れていくと、二人は熱い息を吐き出した。
「…せ、聖奈さん…?」
「分かってもらえましたか?」
 そこには見慣れた笑顔があって。
 一度は止まったはずの涙が、再び溢れそうになっていた。
「ま、まゆらさん?」
「っ…う、嘘ですよぉ…」
「え?」
「そ、んな…嘘に決まってますぅ…」
 どうやらまゆらは実感が湧かないようだった。

 

602 :言葉よりも大きなもの・9:2006/06/28(水) 18:27:41 ID:B49K/o/f


 再び緩んだ涙腺のおかげで、視界がぼやけていた。
 聖奈が自分の事を好きだなんて、未だに信じられないようで。
「嘘じゃないですよ、まゆらさん」
 何度も聖奈が言い聞かせるが、まゆらはそれを否定する。
「絶対、嘘です、よ…っそ、な…」
 泣きながら、途切れ途切れに口にした。
「…困りましたねぇ…どうすれば信じてくれますか?」
 子供のように泣きじゃくるまゆらを、聖奈は強く抱き締めた。
 髪を撫でて、背中をさすって。それでも、まゆらは泣き止まない。
「…まゆらさん」
「せ、なさん…優しいから…だから、そんな事、言うんですよぉ…」
 まゆらの言葉を聴いて、今度は聖奈が否定をした。
「…私、そんなに優しい人間じゃないですよ」
「………ふぇ?」
 まゆらは聖奈の顔を覗き込んだ。
 変わらない笑顔が、どこか淋しげに見えた。
「人を傷付けた事もあるし、それを知っていながら、笑っていたり…」
「聖奈さん?」
「今もそうです。苦しんでいる人がいるのに、知っているのに…何も出来ない事の方が多くて…駄目な人間ですね、私って…」
「そ、そんな事ありませんっ!」
 まゆらは聖奈の肩を掴んで、大きな声ではっきりと言った。
「聖奈さんは、駄目な人間なんかじゃありません!」
「まゆらさん…」
「誰にだって、出来る事と出来ない事がありますから。私だって、会計以外の仕事を任されたら、きっと何も出来ませんよ」
 それに。
「それに、優しくない人間が、あんなに…綺麗に笑えるわけがありません…」
 本当に優しくない人間の笑顔を、まゆらは間近で見た事がある。
 以前、友人をたぶらかそうとした、一人の男の笑顔を思い出し、胃の辺りがムカムカとしていた。
 何人の女の子の気持ちを弄ぼうとした、軟派な男。
 今思い出しても、嫌悪感しか浮かばない。
 それとは対照的に、聖奈の笑顔は安心感があった。
 見ているだけで心が温かくなって、満たされるような安心感。
 だから、そんな風に言わないで欲しい。
「そうじゃなかったら…私…」
「………」
「聖奈さんの事、好きになんてならなかった…」
 だから、そんな事を言わないで。
 貴女を好きだという気持ちまで、否定されたようになるから。


609 :言葉よりも大きなもの・2−1:2006/06/29(木) 21:32:07 ID:KC5nMN/I


「ありがとう、まゆらさん…」
 穏やかな声が、まゆらの涙を完全に止めた。
「それで、信じてもらえましたか?」
「え?……ぁ…」
 一瞬だが、まゆらは忘れていた。そもそも、聖奈の言葉を疑った事が原因で泣いてしまった事を。
「…本当…なんですか?」
「はい」
「嘘、じゃない…ですよね…?」
「…結構疑り深いのね、まゆらさんって…」
 そりゃあ常日頃から膨大な予算を使い荒らされては疑り深くもなりますよ。
「好きですよ、まゆらさん」
「…聖奈さん…」
 その言葉の真偽を確かめるように、まゆらは聖奈の瞳を見つめた。
 曇りの無い、透き通った瞳を見て、それが真実だと、まゆらはやっと信じる事が出来たようだ。
 縋るように聖奈の身体に自身の身を預け、背中に手を回した。
 まゆらの意を汲むように、聖奈もまた、まゆらを抱き締めた。
 互いの温もりを確かめるように、二人は強く抱き締め合った。
「…もっと早く、言えたら良かったんですけどね」
 聖奈はまゆらの耳元で囁いた。
「でも、女の子が女の子を好きになるなんて、きっとまゆらさんに拒まれるって思って…」
 傷付けたくなかったから。拒絶されるのが恐かったから。
 離れていってしまうのなら、いっそ告白なんてしない方がいい。
 友達のままだったら、ずっと傍にいられるのだから。
 静かな告白を、まゆらは黙って聴いていた。
「でも…それでも気持ちは大きくなるばかりで、私…」
 そこまで言うと、聖奈は口をつぐんだ。そこから先は、言えないように。
「聖奈さん…?」
 そんな聖奈を促すように、まゆらは聖奈を呼んだ。
 言って欲しい。どんな事でも。
 気持ちが通じ合った今は、もう何も隠す必要なんてないのだから。
 聖奈は苦笑いを浮かべながら、話の続きを再開した。
「……私…まゆらさんに触れたいって思ってしまったんです…」
 それは、懺悔のような告白だった。
 言われた直後は分からなかったが、意味を理解した途端、まゆらは顔を赤くした。
「みなもちゃんが転入してきて、助かった、って思いました」
 妹の世話に没頭すれば、きっとこんな汚い良く欲望を消せるのではないか、と。
 まゆらと距離をおけば、触れたいという欲求を抑えられるのではないか、と。


610 :言葉よりも大きなもの・2−2:2006/06/29(木) 21:33:11 ID:KC5nMN/I

「でも、駄目だったわ…」
 離れれば、逢いたくなる。逢えなければ、その欲求は益々強くなる。
「…だから…」
「……い、ですよ…」
「え?」
 それ以上の言葉を遮るように、まゆらは口を挟んだ。
「…さ、触っても…いいです、よ…」
「まゆらさん…?」
 まゆらは聖奈に預けていた身体を起こして、聖奈に向き合った。
 恥ずかしげに顔を俯かせながら、まゆらは小さな声で言った。
「触っても…いいんですよ」
「まゆらさん…何を言っているか分かってるの?」
 少し口調が厳しくなる聖奈の声に、まゆらは頷く事で肯定した。
「だって、好きな人には、触れたいって、触れられたいって思うのは、当然だから…」
 まるで、自分もそうだから、と言うかのように。
「私、聖奈さんが本当に好きだから…」
「…まゆらさん…」
 小さな沈黙。
 激しくなる心臓の音が、聖奈に聞かれてしまうのではないかと心配になる。
 恐くないわけがない。そんな経験があるわけではないから。
 でも、これ以上聖奈に苦しんで欲しくない。
 好きな人が自分の為に何かを抑制して、苦しむ姿を見たくはないから。
「…本当に…」
 沈黙を破ったのは、聖奈の方だった。
「本当に、いいのね?」
 それは、最終確認だった。
 少なくとも、もう今までの二人の関係ではなくなってしまう。それでも、いいのかと、聖奈はまゆらに問うたのだ。
 聖奈の真剣な眼差しを受けて、まゆらは一つだけ頷いて、優しく微笑んだ。
「はい…」
 それが合図のように、聖奈はまゆらに手を伸ばした。
 胸元のリボンを解きながら、聖奈はまゆらの瞳から視線を反らさずに。
 蝶の形が完全に崩れ、一本のリボンに戻った時、まゆらが「あっ!」と声を上げた。
「な、何?」
 何かいけない事をしてしまったのかと、聖奈はまゆらに聞いた。
 すると、まゆらは苦笑しながら言った。
「いえ、その…夕食のハンバーグ、少し楽しみだったので…」
 その言葉が、聖奈の緊張を解した。聖奈はまゆらの頬を撫でながら、そっと呟いた。
「…じゃあ、管理人さんに残しておいてもらうように頼んでおかないといけませんね」
 愛しい恋人だけに向ける、極上の微笑みを浮かべながら…。

 

611 :言葉よりも大きなもの・2−3:2006/06/29(木) 21:34:18 ID:KC5nMN/I

 聖奈は自分のブレザーを脱いでから、まゆらの上着とセーターを脱がしていく。
 まゆらは自分で脱ごうとしたが、聖奈に優しく制された。
 自身のベストを脱いでから、聖奈はまゆらを抱き締め、そのまま優しくベッドに寝かせた。
 視点が変わって、聖奈を見上げながら、これからの行為が現実になる事を自覚し始めたまゆら。
 頭の中では分かっていた事だったが、思った以上に自分の鈍感さに気付いた。
 ブラウスの第一釦を外そうと動いた聖奈の手を掴んで、まゆらはたどたどしく言葉にした。
「あ、あの、聖奈さん」
「なぁに?」
「あの…私、初めてなんですけど…」
「あら、私だって初めてよ〜?」
 いつも通りののんびりとした口調に戻った聖奈に対し、まゆらは訝しげな視線を向けた。
「…本当ですか?」
「えぇ」
「…なんか…そう言う割には手馴れてますね…」
 服を脱がしながら押し倒して。流れるような動作が、まゆらの癪に障ったようだ。
「…本当に疑い深いのねぇ、まゆらさんって」
 苦笑を浮かばながら、聖奈はまゆらの手を取って、自分の胸元に押し付けた。
「!?」
 突然の行動に驚くまゆら。そんなまゆらに、聖奈は笑顔で言った。
「ほら、すごくドキドキしてるでしょう?」
「…あ…」
 胸に押し付けられた手の平から、聖奈の速い鼓動が伝わる。
 その速度は、自分と同程度か、それ以上か。
「信じてくれました?」
「………は、はい…」
 緊張しているのは自分だけじゃなかったのだ。
 二人で小さく笑って、そのまま自然に口付けを交わした。
「…ん…」
 つい先程のものとは違う感じがするのは、互いの気持ちが通じ合う前だったからだろう。
 それでも聖奈の口唇は柔らかさは変わらなくて、まゆらは暫しうっとりとした気持ちで、その感触を味わった。
「ん…ふ…」
 啄ばむように、短い間隔で触れて、離れて。何度か繰り返してから、ふと熱を持った柔らかい何かが口唇を這っているのに気付いた。
 それが聖奈の舌であると分かったのは、小さな水音が聴こえたからだった。
「っん…んぁ…ふ…」
「んんっ…っぅん…」
 聖奈の舌はまゆらの口唇を割って、その隙間から侵入を開始した。
 ぬめる感触が自分の口腔内に感じると、まゆらは身体を硬くした。
 そんなまゆらの力を緩めようと、聖奈は髪を梳くように撫でた。


612 :言葉よりも大きなもの・2−4:2006/06/29(木) 21:35:27 ID:KC5nMN/I

「ふ、ぅん…んっ…んく…」
 まゆらの歯の一本一本の形を確かめるように舌を這わしながら、更に奥へと入り込もうとする。
 自分の口唇がまゆらのそれを覆うように重なると、口付けは深いものへと変わっていく。
 縦横無尽に動く聖奈の舌に、口腔内を蹂躙され、されるがままのまゆらだった。
 一度、呼吸をする為に離れるが、すぐに二人の口唇は一つになった。
 聖奈は奥に縮こまるまゆらの舌を見つけると、優しくそっと撫でた。
 小さな刺激に、身体がピクンッと反応する。
 いつの間にか、まゆらは聖奈の背中に両手を回していた。
「んっふ…んむ…んっ」
 聖奈は器用に舌を動かし、まゆらの口の中で卑猥に踊る。
 それに誘われるように、まゆらの舌が少しずつ伸ばされていく。
 互いの舌先が触れ合うと、それが別の生き物のように、すぐに二つの紅い舌は絡み合った。
「んくっ、ん、ちゅ…っんぁ」
「はぁ…ん、ぁむ…ん」
 唾液で滑る舌が離れていかないようにと、舐めて、絡めて、吸った。
 まゆらの中から聖奈の中へと移動をすると、僅かに開かれた口唇の隙間から、混ざり合った唾液が流れた。
 先程聖奈にされたようにと、まゆらも必死に舌を動かすが、直ぐに聖奈に主導権を奪われる。
 互いの口唇を行き来する内に、二人の唾液が掻き混ぜられ、ぐちゅぐちゅ、と淫靡な水音が部屋に響いた。
 まゆらが甘い口付けに夢中になると、腰の辺りに違和感を覚えた。
 視線を下げると、聖奈の手がスカートのホックを外し、チャックを下げて脱がそうとしていた。
 やはり手馴れていると思いながら、その一連の動作を眺めていた。
 するすると脱がされて、まゆらの白い脚が外気に晒される。
 上半身はブラウスで、下半身は下着だけという異様な光景が、まゆらの視界に入った。
「んぁっ…はぁ…」
 聖奈の口唇が離れていくと、まゆらは大きな溜め息を吐いた。
 呼吸は乱れ、瞳は熱で浮かされて、思考はぼんやりとしていた。
 そんなまゆらを愛おしげに見つめながら、聖奈はまゆらの太腿に触れた。
「っん…」
「まゆらさんの肌、滑々で気持ちいい…」
 ぴったりと手の平をつけて、太腿を撫でる。
 その動きを止めずに、空いた方の手でまゆらのブラウスの釦を外していった。
「あ…せ、聖奈さん…」
 お風呂に入るわけでもないのに、他人に肌を晒すのは、やはり恥ずかしいもので。
 思わず声を掛けたが、次の聖奈の言葉に、まゆらは何も言えなくなってしまった。
「私に、全部見せてくれますか?」
 その言葉を聴き終わる前に、ブラウスの釦は全て外され、合わせ目が開かれていく。
 白いはずの素肌は色を変え、今の紅葉の季節のように、綺麗に染まっている。
 浮き出た鎖骨に触れながら、そのまま臍の辺りまでゆっくりと指をなぞった。


613 :言葉よりも大きなもの・2−5:2006/06/29(木) 21:36:34 ID:KC5nMN/I

 初めて他人に触れられた肌に、小さな刺激が走った。
 傷付けないようにと、繊細な動きでまゆらの露わになった素肌に触れ、聖奈は恍惚とした表情を見せた。
「…ん…っ…」
 指の後を追うように、なぞった箇所に口唇をつけた。
「ひゃぁっ!?」
 突然の艶かしい感触に思わず声を上げるが、聖奈はお構いなしに行為を進めていく。
 口唇と舌を使って、鎖骨に触れて、徐々に下に下がっていく。
 茶色い髪が遠ざかっていくのを、まゆらは息を荒げながら眺めていた。
「は…っぁ…せ、なさん…」
 無意識に名前を呼ぶと、それに応えるように聖奈は顔を上げた。
「まゆらさん、下着、外してもいいかしら?」
「へ?…し、下着、ですか?」
「えぇ」
 楽しげな聖奈とは裏腹に、まゆらは羞恥心でいっぱいいっぱいだった。
 まゆらの答えを聞かずに、聖奈はやや強引にまゆらの身に着けている水色のブラジャーを外した。
「あ、ちょ、聖奈さんっ!私、いいってまだ言って…」
「…まゆらさん…とっても綺麗よ」
 年相応といった大きさだろうか。聖奈は片手に程好く収まるような可愛らしい乳房に触れた。
「ひゃっ、あっ…」
 オレンジ程の大きさのある肉房をやんわりと揉み解す。
 誰から教わったわけではないが、それは優しさに徹した乳房の揉み方だった。
「ふ…ぅん…はぁ…ぁ…」
 聖奈の指から送られ続ける刺激に、まゆらは素直に反応を示している。
 彼女の指が冷たいと感じるのは、自分の身体が熱いからなのだろうか。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、聖奈は膨らんできた乳首を口に咥えた。
「あっ…」
 今まで以上に強い刺激が、まゆらに初めての嬌声を上げさせた。
 聖奈は舌の上で乳首を転がしたり、薙ぎ伏せたりする内に、少しずつ堅さを増していく。
 強く吸って、甘く噛んで。そうしてから、ちゅっと音を立てながら解放すると、勃起した乳首がぴんと上を向いていた。
 先端が唾液に濡れて、部屋の明かりで妖艶な光沢を帯びている。
 それを指で軽く弾きながら、反対の乳房にも触れた。
「はぁっ…あ…やぁ…せ、な、さん…」
 左右の乳房に同時に与えられる快感に、まゆらの身体が震えていた。
「まゆらさん…」
 互いの名前を呟きながら、どちらともなく口唇を重ねた。
「ん…ふ…」
 キスをしたまま、聖奈は手を休めはしない。乳房に手の平を押し付け、大きな円を描き、次々と新たな刺激を生み出していく。
 左手は右の乳房を捉えたまま、右手をまゆらの下半身に伸ばした。


614 :言葉よりも大きなもの・2−6:2006/06/29(木) 21:38:29 ID:KC5nMN/I

 腰のくびれをなぞり、上下揃いの下着に指を引っ掛けて、するすると脱がしていく。
「んっ!?んんっむ…んっ!!」
 戸惑うまゆらは、思わず太腿まで下げられた下着を掴んでしまう。
「あ…やっぱりこれ以上は駄目かしら?」
「あ、そ、その…そういうわけじゃあ…」
 好きな人だといっても、やはり局部を見られる事に抵抗があるのか、まゆらは口籠もった。
 二人の間に、気まずい空気が流れた。もっとも、そう感じているのはまゆらだけだった。
 すると、聖奈は何かに気付いたように、まゆらの額に触れた。
「…え?」
 聖奈はまゆらの髪留めを外して、前髪を軽く払いながら整えた。
「せ…」
「やっぱり、前髪下ろした方が可愛いわ。いつもそうすればいいのに…」
 寝る時やお風呂に入る時以外は、いつも水色と黄色の二つの髪留めで前髪を留めている。
 理由はただ単に、邪魔だから。
 髪留めをナイトテーブルに置いて、その前髪に口付けた。
「…仕事の時とか、邪魔ですから…」
「それじゃあ、私といる時だけでも…」
「…聖奈さん」
「それならいいでしょう?」
 まゆらは、まゆらの大好きな笑顔を見せられると、最早頷く事しか出来ない。
 多分、この笑顔には一生逆らえないのだろう。…予算は別だけど。
 同じように聖奈に笑顔を向けると、下着を掴んでいた手を離した。
「…もう、大丈夫ですから…」
「まゆらさん…?」
 まだやっぱり、恐くて、恥ずかしいけれど。
 彼女が自分を求めてくれる嬉しさの方が大きいから。
「す…好きにして、いいですよ…」
 何だかものすごく大胆な事を言ったような気がする。
 その証拠に、聖奈は今までに見た事のないような表情を浮かべていた。頭の中が真っ白になったような、上手く説明出来ないような。
 まゆらは一瞬視線を泳がせてから、意を決したように、聖奈を抱き締めた。
「…聖奈さんのしたい事…して下さい…」
「まゆ…んっ…」
 聖奈の声を遮るように、口唇を合わせて、今度は自分から舌を伸ばした。
 顔の角度を変えて、より深く重なるように。
 聖奈はまゆらの行為を受け入れながら、下着を完全に脱ぎ取った。
 乱れたシーツに、再びまゆらを寝かせて、右手で太腿を撫でながら聖奈は言った。
「まゆらさん…。痛かったり、嫌だって思ったら、ちゃんと言って下さいね…」
 そして、聖奈はまゆらの両足を割って、その間に身体を滑り込ませた。

615 :言葉よりも大きなもの・2−7:2006/06/29(木) 21:39:36 ID:KC5nMN/I

 聖奈は、初めて見るまゆらの局部に見入った。
 瞬きすらを惜しんで、絹糸のような恥毛の一本一本を凝視した。
「あ、あんまりじっと見ないで下さいよぉ…」
 風呂場でもタオルで隠す場所を注視され、まゆらはあまりの羞恥に、泣きそうな声を上げた。
「ご、ごめんなさい、まゆらさん」
 つい、と言った感じで軽い謝罪して、聖奈は行為を再開した。
 恥骨の山の少し下辺りを、さわ、さわ、さわ、と撫で、聖奈は指を下に這わせていった。
 まゆらは、恥丘の形に沿って徐々に下がる指の行き先を見つめていた。
「…はぁ…ぁ…っぅ…」
 少しずつ積み上げられた快感が、欲情というものに変化したかのように、まゆらの身体は益々熱に浮かされていく。
 思考までもが浮かされて、理性というものは、最早まゆらの中にはほとんど残っていないのだろう。
 細い聖奈の指が、終着駅である膣口に辿り着いた。
 淡いピンク色の膣は、熟れた果実のような水気を含んでいた。
 薄っすらと白く濁った愛液が、膣口の周りを微かに濡らしている。
 聖奈は右手の人差し指で、そっと柔肉に触れた。
「ぁっんぁっ!」
 秘裂を優しくなぞると、まゆらの口から喘ぎ声が漏れる。
 それが恥ずかしくて、必死に声を抑えようとするが、聖奈の指の動きに翻弄されて、それが不可能であると悟った。
「あっ…やぁっ…ん…」
 膣口に指をあてがい、そのまま小刻みに動かすと、まゆらの身体が小さく揺れた。
 自分の与える刺激が、快感になって伝わっていると、指を通して伝わる実感に、聖奈は幸福感にも似た気持ちでいっぱいだった。
「…まゆらさん…気持ちいい?」
「っそ、なの…はぁ…ぁ、わ、かりませ、んっ…」
 自分の身体に何が起きているのか分からず、思ったままを正直に伝えた。
 そんなまゆらを見つめながら、聖奈は顔を近付けて、淫靡に蠢く膣に口を付けた。
「はぁんっ!」
 秘裂を舐め上げ、舌先を僅かに尖らせながら、その中心に押し付ける。
 そのまままゆらの膝を抱えるようにして、聖奈は存分に味わうように舌を伸ばしていく。
 舌で舐めて、吸い上げて。まゆらに刺激を与えると、身体は益々震えていく。
 膣口からは愛液が滴り落ちて、まゆらの太腿を濡らしていった。
「や、ぁ…はっ…ぁん…」
 か細い嬌声を聴きながら、やがて聖奈は手を伸ばし、まだ完全に包皮に包まれたままの小さな肉片に触れた。
 聖奈はその肉芽を舐め回し、口唇や舌でこね回し、吸い上げた。
 コリコリとしている小さな陰核を執拗に嬲り続けると、まゆらは白い頤を反らした。
「あぁッ!や、せ、なさっ…そえ…らめッ…!」
 あまりの刺激の強さに、呂律が回らなくなる。
 ある一点から与えられる快感は、今までの比ではないのではないかとも思ってしまう。
 唾液と愛液で濡れそぼる膣から舌を抜いて、二本の指をあてがい、ゆっくりと挿入させた。

616 :言葉よりも大きなもの・2−8:2006/06/29(木) 21:40:48 ID:KC5nMN/I

 まゆらの膣内は、燃えるような熱が籠もっていた。
 愛液を分泌させながら、縮小する膣壁に指を締め付けられる。
「あぁッ…あ、や、ら…あぁっんっ!」
 嬌声と同調したように揺れる腰に煽られて、聖奈は指をより深い場所へと沈めていく。
 半ば無我夢中でまゆらの蜜泉を掻き混ぜる聖奈の指は、第二関節までずっぽりと呑み込まれた。
 たっぷりと溢れかえる肉汁の飛沫が、聖奈の手首までもを濡らした。
「や…いっ…せ、なさっん…あッ!」
 まゆらはせり上がる快感を必死に耐えた。耐えるのは苦痛だったが、裏返せば快感とも言えなくもない。
 シーツをくしゃくしゃになるまで握り締めながら、夢中で聖奈の名前を紡いだ。
「あっんっ、せい、なさ…はぁっ…く…あ、せ…なさ…」
「…大丈夫…此処にいるから…」
 指先が白くなるまで強く握るまゆらの手に、聖奈は自分の手を重ねた。
 それに気付いたまゆらは、シーツを放して、聖奈の指に自分のそれを絡めた。
「まゆらさ……まゆら…」
「せ、いなさ…ん…ふっ…くぅ…んっ」
 編み物の毛糸のように複雑に絡み合う指は、微かに汗ばんで、より強く繋がっていく。
「い…せ、いな…さ…な、んか…く、るっ!」
 性行為の経験のないまゆらには、それが絶頂の前兆だとは分からなかった。
 けれど、聖奈には理解できたのか、右手だけを下半身に向けたまま、まゆらの身体に覆い被さった。
「あっ、は、ぁ、ん、あぁッ!や、も…あ、ぁんっ!」
「大丈夫よ、まゆら…そのまま力を抜いて…」
 優しい音色。それとは対照的に激しさを増す指使い。
 ピストンを速め、肉天井を擦りながら、外で待機していた親指で陰核を押し潰した。
 それぞれの指が、同時に異なる刺激を与えると、複雑になった快感が、一つの強い快感となって、まゆらに襲い掛かってきた。
「まゆら…好きよ…」
「せ、いなっ…あ、ん、も、はぁっ…あっん、ぅ、あッ、ああぁぁぁぁぁッ!!」
 ビクンッと一際大きく身体が跳ねると、まゆらは背中を反らしたまま、二度、三度痙攣した。
 やがて、その力が抜けて、ゆっくりとベッドに身体を沈めた。
「はぁーっ…はぁ…ぁ…ぅん…はぁっ…」
 荒い息を吐き出しながら、まゆらは天井を眺めた。頭が真っ白になったようで、目に映るものが何か理解出来ない。
 額から吹き出た汗を拭うように、聖奈はまゆらの頬に触れた。
「大丈夫?」
「は…はぁ…」
 聖奈の二本の指を締め付けていた膣壁の力が緩むのが分かると、聖奈は指をまゆらから引き抜いた。
 僅かに収縮する膣口の下端から、たらりと蜜が搾られて、零れ落ちた。
「何か…まだ、良く分からないんですけど…」
 整い始めた呼吸の合間にそう告げると、聖奈は満足そうに微笑んだ。
「…ありがとう…まゆらさん…」
 そう言って、聖奈はまゆらを抱き締めた。

617 :言葉よりも大きなもの・2−9:2006/06/29(木) 21:43:19 ID:KC5nMN/I
 その後、二人で一緒にシャワーを浴びてから、まゆらは自室に戻り、私服に着替えた。髪にはいつもの髪留めをつけて。
 微かに下半身に違和感を覚えるが、聖奈と階段を降りた頃には、その違和感は消えかけていた。
「良かったわねぇ。夕食に間に合って」
「皆よりも随分、遅れてしまいましたけどね」
 二人は仲良く手を繋いで、食堂に向かった。
 夕食の時間は二十分も過ぎていて、二人が食堂に辿り着く頃には、皆は食べ終えているだろう。
 玄関近くのロビーを抜けると、一歩先を歩いていた聖奈は、ふと立ち止まった。
「…聖奈さん?」
 どうしたのかと思い、声を掛けると、聖奈はまゆらを振り返った。
「暫くはね、隠密の仕事があって、こんな風に二人きりになれないと思うの」
 そう言った聖奈の顔が、とても悲しげに見えた。
 隠密の仕事。それを聴いて、近々、一期生に転入生が来るという話を思い出した。
「…みなもちゃんの世話だってあるし、まゆらさんには、淋しい思いをさせるかもしれないけど…」
 繋いでいた手を、聖奈はぎゅっと掴んだ。
 本当は、ずっと一緒にいたい。そんな想いが、手の平を通してまゆらの心に伝わった。
「大丈夫ですよ、聖奈さん」
 笑顔を浮かべて、聖奈に言った。今度は、自分が安心させてあげたい。自分の笑顔で安心させたい。
 暫く逢えなくても。一緒にいられなくても。
 貴女を好きな気持ちは、きっとずっと、変わらないから。
「私、待ってますから」
「まゆらさん…」
「私の左側、ちゃんと空けておきますから」
 そう言って、まゆらは聖奈よりも一歩先に進んだ。
「あ、でも…あんまり遅いと、浮気しちゃいますからね?」
 繋いでいた手を放して、まゆらは食堂に向かった。
「…それは、とても困っちゃうわね…」
 廊下に置き去りにされた聖奈も、食堂へと足を早めた。
 待っている、というまゆらの言葉に、幸福感を噛み締めながら。
 いや、例え約束なんてしなくても、二人はきっと、お互いの存在を信じる事が出来るだろう。
 言葉よりも大きな愛が、二人の心の中にあるから。
 言葉よりも確かな愛が、此処にはあるから。
「あーっ!お姉ちゃん、おっそーいっ!あたし、先に食べちゃったんだからねーっ!?」
 食堂に足を踏み入れた聖奈に向けられた第一声は、妹のみなもの文句だった。
「ごめんね、みなもちゃん」
 まゆらは先に席についていて、何かあったのかと奈々穂達に質問をされていた。
 その隣りに座った聖奈と一緒に、仕事をしていたと、打ち合わせも無い嘘で誤魔化しながら、皆の会話に入り込んだ。
 洗い物を始めようとしていた管理人さんが、熱々のハンバーグを持って来てくれて、二人で一緒に食べた。
 その味を、二人はきっと、ずっと忘れないでいるだろう。
 まゆらは、美味しいハンバーグを食べながら、ふと思い出した。
 昔、一人の後輩にされた質問の事を。今なら、はっきりと答えられるだろう。
 私は今、とても幸せだよ、と……。