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301 :両手いっぱいの愛を、君に・1−1:2006/05/03(水) 16:01:52 ID:IFVhtv7X

   たった一言、
   素直に『寂しい』と言ってくれさえすればいいのに。
   そうすれば、それを理由に、
   私は君を抱き締める事が出来る。
   蔦のように、
   君の身体に腕を絡ませながら…。


     両手いっぱいの愛を、君に 〜奈々穂×琴葉〜


「ん…っん…」
 くぐもった声が、暗い部屋の中に広がっている。
 それが自分の声だと分かっているのに、別人のような気がしてならなかった。
 寝間着の擦れる音、ベッドのスプリングの軋む音、掠れるような喘ぎ声と荒い息遣い。
 いくつかの異なる音が、少女達の情欲を煽った。
「ぁ…んっ」
 汗ばんできた肌を、十本の指と熱い舌が這っていく。
 与えられる刺激に反応する身体。背中が微かに浮いた。
 天井を見上げると、この部屋の唯一の明かりである照明が目に映る。
 橙色の小さな光が、奈々穂に圧し掛かる人間の肢体を照らした。
「…はぁ……奈々穂さん…」
 熱い息と共に、切なげに奈々穂を呼ぶ声。
 普段聴く事の出来ないこの声が、堪らなく好きだった。
 彼女は先程から、奈々穂の敏感な場所ばかりを刺激する。
 それに従順に反応してしまう自分の身体が、ほんの少しだけ忌々しい。
「あ、ん…ぅっ…」
 胸の辺りにキスの雨を降らしていた顔が、ゆっくりと、焦らすように下降していく。
 やがて辿り着いた股間に顔を埋め、執拗に秘所を攻め立てる。
「んぁっ、あ、こと、は…や…」
 ピチャピチャ、とわざと大きな水音を立てた。
 膣と陰核を嬲る舌の動きに翻弄されて、奈々穂は喘ぐしかなかった。
 膣口から愛液が溢れるのが分かり、羞恥心に苛まれる。
「んっあ、ふっ…や、ぁ…あ、も…イ、クッ!琴葉っ、イッ…あぁッ!!」
 絶頂の階段を昇って行く奈々穂を走らせるように、琴葉は陰核を軽く噛んだ。
 身体に力が入り、一瞬の硬直の後に、思い腰がベッドに沈んでいく。
「はっ、はぁ…ん、はぁ…」
 力が徐々に抜けていくのを感じながら、奈々穂は無意識に琴葉の肢体へと手を伸ばした。
 すぐに温かい手に包まれて、その温もりに安心する。
 繋いだ手をそのままに、琴葉の身体を引き寄せた。
 ぴったりと身体を重ねながら、触れるだけの口付けを交わした。

 

302 :両手いっぱいの愛を、君に・1−2:2006/05/03(水) 16:03:11 ID:IFVhtv7X


 絶頂の余韻に浸る奈々穂を、琴葉は愛しげに見つめている。
 その瞳は、とても優しい色をしていた。
 少しずつ呼吸を正していく奈々穂が、その視線に気付いて顔を上げ、目が合うと、自然に二人は微笑み合った。
 一つの枕を共有する喜びも束の間、ベッドの下に落としていた琴葉の携帯電話が震えた。
「…もう、そんな時間か」
 奈々穂は手を伸ばし、琴葉の電話を取り上げる。
 表示された時刻を見ながら、思わず溜め息が漏れる。
 二人の関係は、他の生徒会メンバーには秘密にしている。
 その為に、二人きりでいられる時間は限られていた。
 唯一、二人の事を知る同室の久遠は、就寝が早い。そんな彼女に迷惑を掛けぬように、二人は深夜での逢瀬を繰り返していた。
 最近は久遠が部屋にいる事が少ないが、それでも生真面目な二人は、最初に交わした約束を律儀に護っている。
 逢う時は奈々穂の部屋で、他のメンバーが眠った頃に。
 そんな約束の日から、もう三ヶ月が過ぎようとしていた。
 琴葉は奈々穂から携帯電話を受け取って、アラームを消した。
 気だるい身体に鞭打って、白いシーツから抜け出した。
 床に投げ出した服を掬い上げ、琴葉は身支度を整え始める。
 奈々穂はその様子を、後ろから眺めていた。
 情事の後の、見慣れた光景。
 何故だろう。
 もう何度も肌を重ねているのに、心のどこかで、未だ満たされない想いを感じてしまうのは。
 それが小さな不安となり、少しずつ大きくなっていく。
 二人でいる時には、こんな想いに苛まれる事はないのに。
 上着を羽織る琴葉の背中を見つめながら、奈々穂はふと声を掛けた。
「琴葉、明日は仕事があるのか?」
「え?…ぁ、はい。入学式も近いので」
「そうか…」
 仕事がある時は、支障にならないように逢わないようにしている。それは暗黙の了解だった。
 琴葉の言葉を聴いて、明日は逢えない事が確定した。
 僅かな淋しさを感じながら、奈々穂は先日考えていた事を思い出した。
「あ。明後日は時間はあるか?」
「明後日、ですか?」
 奈々穂の問い掛けに、琴葉は頭の中でスケジュールを思い出していた。
「はい。その日は何の任務もありません」
「そうか。それじゃあ、どこかに出掛けないか?」
「え?」
「ほら、今は春休みだろ?仕事だって少ない時期だし、琴葉と二人で何処かに行った事ないから」
 ようするに、初デートの誘いだった。普段は外で逢えないけれど、長期休暇中ならそれは幾分可能になる。
 そんな奈々穂の気持ちが通じたのか、琴葉は頬を微かに赤らめて頷いた。
「はい。楽しみにしています」
 そう言って、もう一度口付けを交わしてから、琴葉は部屋を出て行った。
 一人きりになった部屋。淋しい気持ちもあったけれど、今は日曜日の事で頭がいっぱいだった。
 何処に行こうか、何をしようか、嬉しさと幸福感に包まれながら、奈々穂は眠りに落ちていった。

 
303 :両手いっぱいの愛を、君に・1−3:2006/05/03(水) 16:04:14 ID:IFVhtv7X

「明日?」
 それは、翌日の事だった。
 新学期のイベントの準備の為に、奏と話をしていた時だった。
「えぇ。急にスクールバスの会社の方から、一部の時刻を変更したい、って言われて」
 奏の話によると、学園のスクールバスの会社の方から、朝、連絡があったらしい。
 何でも、ダイヤグラムの調整で一部の時刻を変更したいとの申し出があったそうだ。
 いくつかの案が出され、具体的に学園の登下校に支障の無いものを相談したい為、明日、会社の方に来て欲しい、と。
「それで、奈々穂にも一緒に来て欲しいのだけれど」
「明日、ですか…」
 理事長を務める奏はもちろんの事、新学期から会長になる奈々穂も、その話し合いには参加する義務がある。
 普段は何に措いても仕事を優先させる奈々穂だったが、明日は琴葉との約束がある。それが奈々穂を躊躇させた。
「都合が悪かったらいいのよ?」
「…あ、いえ、問題ありません」
 奈々穂の顔が曇るのに気付いた。
「…本当に?」
 心配そうな奏を安心させる為に、奈々穂は普段の口調で言った。
「うん、大丈夫。一緒に行くわ」
「…そう、ありがとう」
 今までだって、仕事で逢えない事もあった。今日だってそうだ。
 春休みはまだ残っているし、一度約束を反古にしても、琴葉だったら分かってくれるだろう。
 そう思った奈々穂は、奏との打ち合わせを続けた。

 会議が終わって直ぐに、奈々穂は琴葉に電話をした。
 仕事中だったら申し訳ない、と思ったけれど、早めに連絡をした方がいいと考えたから。
 三回目のコールを告げてから、琴葉が電話に出た。
『琴葉です』
「あ、今、大丈夫か?」
『はい、問題ありません。どうかしましたか?』
「あ、あぁ…その…」
 実際に琴葉の声を聴くと、何て言ったらいいのかが分からなくなった。
「…あ、明日の事だが、ちょっと仕事が入ってしまって、その…」
 しどろもどろになりながら話を切り出すと、琴葉が言った。
『スクールバス会社の件ですね』
「そう…あれ、何で知ってるんだ?」
『…隠密ですから』
 何を今更、とでも言うように、電話の向こうにいる琴葉が小さく笑った。
「…すごいを通り越して怖いぞ、それ」
 苦笑しながら、琴葉がその件に関して既に知っていた事が、奈々穂を少し安心させた。
「まぁ、そう言うわけだから、その、出掛けるのは今度になる。すまない、琴葉…」
『私の事なら大丈夫です。気を付けて行って来て下さい」
「あぁ。ありがとう」
 終わった後なら逢えるだろうと、明日の夜に、奈々穂の部屋で逢う約束をしてから電話を切った。
 琴葉が残念がっていたらと思ったけれど、想像よりも優しかった声に、奈々穂は安心していた。
 夜、寝る前に見たニュースで、年配の天気予報士が、明日は晴れだと言っていた。

 
304 :両手いっぱいの愛を、君に・1−4:2006/05/03(水) 16:05:08 ID:IFVhtv7X

 そして、翌日。
 午前中にシンディが運転する車に乗って、奈々穂と奏はバス会社に向かった。
 予定していた会議は、予想よりもスムーズに進み、二時間程度で終わった。
 これだったら約束を反古にする事もなかったな、と奈々穂は思った。
 けれど、今連絡をして、ころころと予定を変えるのも悪いと考えながら、会社を後にした。
 シンディの待つ車の方に向かって歩いている時、奏が声を掛けた。
「ごめんなさいね、奈々穂」
「どうしたの、いきなり?」
「こんなに早く終わるとは思ってもみなかったから。何か用事があったのでしょう?」
 どうやら、奏は奈々穂に用事がある事に気付いて、申し訳ない気持ちになっていたらしい。
「…気にしないでよ、奏。大丈夫だって言ったじゃない」
 生徒会長だし、と言いながら、安心させる為に奈々穂は笑顔を見せた。
「…卒業しても、私は奈々穂には甘えてばかりね」
「それこそ気にしないでよ。私は自分の意志で奏と一緒にいるんだから」
 その言葉に、奏は優しい笑みを浮かべた。
 幼い頃の自分を救ってくれた奏は、奈々穂にとって特別な存在だった。
 そして、そんな奏を救う事が、奈々穂の夢でもあった。
 その夢は、もう手の届く場所にある。
「そう言えば、いつか聞かせてくれた奈々穂の夢は、もう叶うかもしれないわね…」
 同じ事を考えていたのだろうか、どこか懐かしむように奏が言った。
「まだ問題は残っているけれど、聖奈や奈々穂のお蔭で、私はまだ学園にいられるもの。だから…」
「奏…」
 神宮司の当主の資格は剥奪され、奏は自由の身になりつつある。
「新しい夢を、また見つけられるといいわね」
「…新しい夢、か…」
 奏の自由が奈々穂の夢。それが叶ったなら、新たな夢を探すのだろうか。
 実感なんてなかったけれど、一つだけはっきりとしているのは、夢が叶っても、奏の近くを離れるつもりはないと言う事だけだった。
「私も何か見つけられるのかしら」
「見つかるよ、奏なら。一緒に探そう」
「…ありがとう、奈々穂」
 駐車場に停まっているシンディの車が見えてきた。
「何処かで昼食を食べてから帰りましょうか?」
 車に乗り込みながら、奏が言った。
 腕時計を見ると、ちょうどお昼を過ぎたくらいだった。
 奏の提案に奈々穂とシンディも同意して、三人は近くのレストランへと向かった。

 
305 :両手いっぱいの愛を、君に・1−5:2006/05/03(水) 16:06:33 ID:IFVhtv7X


 寮に戻ってから、その場にいたメンバーに会議の報告をしてから、奈々穂は自室に戻った。
 部屋着である愛用のジャージに着替えてから、軽い雑務をこなした。
 それから夕食までの時間を他のメンバーと会話をしたりして過ごしていた。
 夕食の時間になる頃、一緒にいたまゆらが窓の外を見ながら言った。
「何だか曇ってきましたね」
 言われて空を見上げると、晴れていた昼間が嘘のように、重い雲に覆われていた。
 夜の暗さと相俟って、黒に近い色が広がっていた。
「天気予報は晴れって言ってたぞ?」
「確か朝の天気予報でもそう言ってましたけど…。百パーセントじゃありませんからね」
 そんな事を話しながら、二人は食堂に向かった。
 雲行きは、益々怪しくなっていった。

 自室で軽くシャワーを浴びて、奈々穂は髪を乾かしていた。
 タオルを使って、やや乱暴な手つきで水分を拭い取りながら、奈々穂は机の上に置いてある時計を見た。
「…遅いな…」
 時間にしてみれば、まだ八時半過ぎだった。
 いつも琴葉と逢う時間帯ではない。
 けれど、今日は出掛けられなかった分長く過ごしたいと思って、いつもより早い時間を指定していた。
 しかし、約束の時間は既に三十分は経過している。
 琴葉が時間に遅れるときは、必ず連絡がある。それも今夜はない。
 奈々穂は琴葉に何かあったのかと、心配になってきた。
 電話を掛けても繋がらない。
 こんな事は初めてだった。
 不安な気持ちでいっぱいになった奈々穂は、久遠なら何か知っているかと思い、自室の扉を開けようとした。
 それと同時に、部屋の窓がカラカラと音を立てて開いていった。
 その音に導かれるように振り向くと、ベランダから琴葉が姿を見せた。
「琴葉!」
 ドアノブから手を放し、奈々穂は急ぎ足で琴葉の元に歩いた。
「遅かったから心配したぞ!」
「…申し訳ありません」
「…何かあったのか?」
 聴き慣れていたはずの声。なのに、いつもとはどこか違っていた。
「琴葉?」
「………」
 琴葉は俯いたまま、何も答えなかった。
 開いた窓から、夜の冷たい風が入ってくる。
 琴葉の身体は、その入り口に立ったまま、部屋の中に足を踏み入れてはいなかった。
「…取り敢えず、こっちに来い」
 奈々穂は琴葉の腕を掴み、半ば強引に部屋に入れた。
 窓を閉めるとき、コンクリートの足場に何かが当たった音がした。
 雨が降ってきた。

 
306 :両手いっぱいの愛を、君に・1−6:2006/05/03(水) 16:09:00 ID:IFVhtv7X

 部屋に入っても、琴葉の様子は変わらなかった。
 しかし、いくら訊ねても口を開かない為に、奈々穂はどうしていいのか分からず、溜め息を吐くしかなかった。
「…琴葉、何かあったのか?」
「………」
「何も言わないと分からないだろう?」
 それでも言葉を発さない琴葉に、奈々穂は少し苛立ってくる。
「琴葉…」
 名前を呼びながら、肩に手を置こうとした。
 しかし、その右手は宙を空振った。
 目測を誤った訳ではない。琴葉が、奈々穂の手を避けたのだ。
「…こ、とは?」
 そんな拒絶をされるとも思ってなかった奈々穂は激しく動揺した。
 行き場を失った手を、戻すことも出来ずに。
 硝子の窓に雨粒と風が当たって、部屋の静寂を壊していく。
 短い沈黙。やがて琴葉がゆっくりと口を開いた。
「……今日は…」
 呟いた声は、酷く震えていた。
「…今日は、何をなさっていたのですか?」
「何、って…仕事だって言っただろう?」
 未だに動揺する心を何とか抑えて、奈々穂は答えた。
「お前だって知っていたじゃないか」
「………」
 心臓の音が大きくなっていく。心の動揺は、やがて思考まで侵していった。
「琴葉、一体、どうし――」
「買い物があったので、昼過ぎに商店街に行きました」
「え?」
 会話の歯車が噛み合わない。
 琴葉はまだ顔を上げない。
「…そこで、奈々穂さんの姿を見ました」
「…私の?」
 琴葉の小さな肩は、微かに震えていた。
「…奏さまと…二人きりで…」
「……え?」
「二人きりで…何処に行っていたのですか?」
 その言葉を聴いて、奈々穂は昼間の事を思い出していた。
 商店街に行った事は事実だった。しかし、奏と二人きりだったわけではない。シンディもいた。
 昼食を食べただけだったが、奏と二人きりでいる事はなかったはずだ。
 シンディが駐車場に車を取りに行く時以外は。

 
307 :両手いっぱいの愛を、君に・1−7:2006/05/03(水) 16:12:28 ID:IFVhtv7X

「…琴葉、それは」
「何をしていたのですか?」
 もしかして、奏と二人きりになった時を見て、琴葉は何かを誤解をしてしまったのだろうか。
 けれど、そんな時間なんて数分足らずだ。店から駐車場までの距離なんて僅かでしかない。
「琴葉、違う!それは…」
「…言い訳など聞きたくありません!」
 一際大きく声を荒げて、琴葉は顔を上げた。
 その表情は、何かを必死に耐えるような、悲しいような、そんな色をしていた。
「違う。琴葉、話を聞いてくれ」
「…仕事だと、嘘を吐いたのですか?」
「だから違うと言っているだろうっ!?」
 琴葉は一向に聞く耳を持ってはくれない。その態度に、奈々穂の苛立ちが募っていく。
 歯車はどんどん狂っていった。
「…琴葉。分かったから、取り敢えず話を聞いてくれ」
 これ以上、感情的な口論をしても何の結論も出ないと考え、互いを落ち着かせようと促そうとした。
「…にも、分かってない…」
「え?」
 しかし、琴葉はそれに反論した。
「貴女は何も分かっていないっ!」
 らしくない叫び声を上げながら、琴葉は奈々穂に背を向けた。
「…何故…私に嘘を吐いたのですか…」
「こと…」
「…私に…好きだと言ったのも…全部嘘だったんですか…?」
「――っ!?」
 その言葉に怒りを覚えた奈々穂は、そのまま部屋を出て行こうとする琴葉の腕を強く掴んで捕まえた。
「っ!」
「…怒るぞ、琴葉」
 既に怒気を含んでいる声が、静かに響く。
 一瞬、その声色に琴葉の体が硬直するが、すぐに掴まれた腕を振り解いた。
「琴葉っ!」
「…もう…何も話したくはありません…」
 その言葉を最後に、琴葉は素早く窓を開け、雨の降りしきる景色へと消えて行った。
 咄嗟に手を伸ばしても、その手が再び琴葉を捕まえる事はなかった。
 開かれた窓から、風に流された雨が部屋の床を濡らしていく。
 雨は激しさを増し、容赦なく降り続いていく。
 奈々穂は目の前の暗闇を、ただ眺めるしかなかった。

 
314 :両手いっぱいの愛を、君に・2−1:2006/05/04(木) 04:42:05 ID:OPq61L7O

 琴葉が部屋を出て行ってから、既に小一時間が経過していた。
 奈々穂は未だ呆然としながら、ベッドの上に腰を掛けていた。
 どうしてこんな事になったかを、上手く整理出来ずにいる。
 昨日の今頃は、今日の逢瀬を楽しみにしていたはずだった。
 その前の晩は、幸福感に満たされていたはずだった。
 そんな現実逃避にも似た想いを巡らせていると、扉が静かに開いた。
「琴葉っ!?」
 部屋に戻って来たのかと期待を籠めて呼んだけれど、顔を出したのは別の人間だった。
「…何だ、久遠か」
「何だ、とは失礼ですわね」
 久遠は入った時と同じように扉を閉めた。
 部屋に漂う不穏な空気を察知したのか、久遠は大きく溜め息を吐いた。
「…まったく、呆れて言葉もありませんわ」
「何だ、いきなり…」
 久遠は奈々穂のいる場所まで歩み寄り、その隣りに腰を掛けた。
 二人の体重に、ベッドが軋んだ。
「奈々穂さん、少しは琴葉の気持ちを考えて差し上げたら?」
「っ!…お前…」
「話を聞かれたくなければ、もう少し小声でお話して戴けますかしら?」
 どうやら、自分達の声が相部屋の久遠の耳にも届いていたらしい。
 久遠は足を組んで、姿勢を楽にした。
「それで、考えているのですか?」
 もう一度、久遠が問い掛けた。
「…考えてるさ、いつだって…」
「嘘、ですわね」
「お前まで嘘吐き呼ばわりするなっ!」
 久遠の言葉に、奈々穂は思わず激昂した。
 まるで琴葉の事を考えていないと、自分の気持ちを否定されたような気がした。
「琴葉の事を考えていたのなら、このような事態は避けられたはずですわよ?」
「なっ…あれは誤解だっ!」
 たまたま奏と二人でいたところを目撃し、それを琴葉が勝手に誤解をしただけだ。
 そんな事態を、どうやったら想定出来るのだろうか。
「確かに、少し考えれば分かる事ですわね」
「だろう?」
「なら、どうして琴葉は誤解をしてしまったのかしら?」
「…え?」
 何だか禅問答のようだ。
 久遠の問い掛けに、奈々穂は黙ってしまった。

 

315 :両手いっぱいの愛を、君に・2−2:2006/05/04(木) 04:43:09 ID:OPq61L7O


 窓の外の雨の様子を一瞥してから、久遠は言った。
「おかしいとは思いませんの?」
「何が?」
「頭のいい琴葉が、どうしてそんな些細な誤解をしてしまったのか」
「…それは…」
 言われてみると、確かにそうだ。
 事前に話した通り、仕事の内容もその場所も知っている。
 車で行くとも伝えていたから、シンディも一緒だった事を分かっていたはずだ。
 では、何故?
「まだ分かりませんの?」
「………」
 考え込む奈々穂に呆れながら、久遠はまた溜め息を吐いた。
「…一緒にいた相手が他の誰でもない、神宮司奏だったからですわよ」
「え…」
 奈々穂は顔を上げて、久遠の顔を見た。
 二人の目が合う。久遠は真摯な眼差しで奈々穂を見つめた。
「奈々穂さんと琴葉は、同じ神宮司を護ると言う共通の使命があった」
 室内と外の温度差に、窓が微かに曇っている。
「ですが、その立場は若干異なるもの…」
 神宮司家を護る立場と、神宮司一族を護衛する立場。
 それは、久遠の言うとおり、同じようでまったく違う立場だった。
「琴葉にとっても、会長は特別な存在に間違いはありませんわ」
 久遠は僅かに目を伏せた。
「…ですが、それ以上に奈々穂さんと会長との間には、誰も入れない深い絆がある」
「………」
「互いの人生や、価値観を変えるほどの存在ですもの。そんな人と一緒にいる場面に出くわせば、私だって誤解してしまいますわ」
 苦笑いを浮かべながら、久遠は続けた。
「頭ではどんなに理解をしていたとしても、それでも…」
 雨の音が、やけに大きく聞こえる。
 強く吹いた風に砕けた雨粒が、窓を乱暴に叩いていた。
「しっかりして見えても、琴葉はまだまだ子供ですわ。不安にもなりますわよ」
「………」
 久遠の言葉に、奈々穂は何も言えなかった。
 大切な人の事を、自分が一番理解していると思っていた。
 琴葉の事を、きちんと分かっていると思っていた。
 それなのに、大事なところを見落としていた。
 琴葉を不安な気持ちにさせていたのは、自分だ。
 『好き』という言葉以上に、伝えなければならない事があったんだ。
 その事に、どうして今まで気付いてあげられなかったのだろう。


316 :両手いっぱいの愛を、君に・2−3:2006/05/04(木) 04:44:12 ID:OPq61L7O


 それから、一分ほどの沈黙があった。
 奈々穂は次第に冷静さを取り戻していた。
 深く深呼吸をして、奈々穂は久遠に向き合った。
「…ありがとう、久遠。お前のお蔭で落ち着いたよ」
「礼には及びませんわ」
「お前は琴葉の事を良く分かっているんだな」
「当然ですわね。優秀な部下の事ですから」
 皮肉な笑顔を浮かべながら、久遠は立ち上がった。
「奈々穂さん達に比べたら付き合いの長さは短いかもしれませんが、この三年間、私が一番琴葉の近くにいましたもの」
 その言葉に、奈々穂は軽い嫉妬を感じた。
 けれど何も言わなかったのは、琴葉と久遠の関係も、特別なものだと分かったからだ。
 奈々穂は時計を見た。短針が『9』の数字を跨いだ頃だった。
「久遠」
 扉に向かっていた久遠は、奈々穂に呼ばれて振り返った。
「何ですの?」
「琴葉が何処にいるか分かるか?」
 家に帰った可能性は高いが、確実に居場所を調べるには、隠密の情報が一番頼りになる。
 そう思って訊ねたが、返って来た答えは奈々穂の期待を裏切るものだった。
「…さあ」
「さ、さあ、って、お前隠密だろうっ!」
「あら、そう言う奈々穂さんは琴葉の恋人ではありませんでしたか?」
「っ!!」
 漸く調子を取り戻した奈々穂をからかうように、久遠は笑った。
 もっともらしい事を言われて、奈々穂の顔が少し赤くなった。
 恥ずかしさを隠すように、奈々穂は久遠を追い越して、部屋を出ようと前に出た。
 ドアノブを掴んだ右手の手首を、久遠がその上から掴んだ。
「――っ!?」
 突然覆い被さった右手に驚いて、何をするのかと振り向くと、久遠の顔がすぐ目の前にあった。
 奈々穂は一瞬、動けなかった。
 声を出す事も出来なかった。
 驚いたのは、強い力で手を掴まれたからだけではない。
 肩越しにある久遠の瞳に、鋭く睨まれていたからだった。
「……く…」
「奈々穂さん」
 冷たさを感じる声色に、奈々穂は背筋が凍った。
「どんな理由にしろ、これ以上琴葉を傷付けたら、いくら奈々穂さんでも容赦しませんわよ」
「く、おん…」
 それは、言いようの無い静かな怒りを含んでいた。


317 :両手いっぱいの愛を、君に・2−4:2006/05/04(木) 04:45:31 ID:OPq61L7O

「私がどうして貴女達にきっかけを与えたか、分かります?」
 久遠は一度、瞬きをした。
「私にもそれなりに目的はありましたわ。嫌な言い方ですけど、二人を利用していたとも言えますわね」
「………」
「ですがそれ以上に…。可愛い妹が友達に恋をしていると知ったら、協力するのが姉としての努め…。そう思ったからですわよ」
 そう言って、掴んでいた手を解放した。
「…久遠」
「不器用な友人を持つのも、考え物ですわね」
 その右手で、今度は奈々穂の背中に触れた。そして、久遠はにっこりと微笑んだ。
 それにつられるように、奈々穂も笑顔を見せた。
「…ふ…姉バカだな」
「自覚していますわよ」
 言葉にはしなかったけれど、奈々穂は心の中で久遠に感謝した。
 こうして背中を押してくれる存在がいてくれる事に。
「肝に銘じておくよ。恋人の家族には嫌われたくないしな」
「その前に、恋人に嫌われないように気を付けた方がよろしいですわよ?」
「一言余計だっ!!」
 いつものやり取りの心地良さを感じながら、奈々穂は部屋を出て行った。
 奈々穂の背中を見送ってから、久遠も部屋を出た。

 共有リビングに出ると、玄関にまゆらが立っていた。
「あら、まゆらさん。どうかしましたの?」
「あ、久遠さん。予算の事で話があったんですけど、奈々穂さんが勢い良く出て行ったんで…。何かあったんですか?」
 突然飛び出した奈々穂に驚いたのか、まゆらは半ば戸惑っていた。
「ちょっと大事な用で出掛けましたわ」
 こんな時間に用事があるのかと久遠に訊ねると、困ったものだと笑っていた。
 久遠はまゆらを自室に誘うと、何を思ったのか、まゆらは顔を赤らめていた。
 そうとは気付かない久遠は、満足げな笑みを浮かべていた。 
「久遠さん、何かいい事あったんですか?」
 赤い頬を誤魔化しながら、まゆらは久遠に訪ねた。
「そうですわね…。聖奈さんの気持ちが良く分かりましたの」
「はい?」
 意味が分からず、まゆらは間抜けな返事を返した。
「妹を溺愛する気持ち、とでも言いましょうか」
「久遠さん、妹がいたんですか?」
 聞いた事がない。初耳だ。すると久遠は、優しく微笑みながら言った。
「えぇ。血の繋がらない、飛び切り可愛い妹が一人」
「な、何ですか、その複雑な家庭環境は?」
 何だか聞いてはいけない事を聞いてしまったようで、どうしよう、と混乱していた。
「ふふ…ただの比喩ですわよ」
 その言葉に益々混乱し、まゆらは複雑な表情をした。
 次々と表情の変化する彼女に愛しさを感じながら、久遠は窓の外を見つめた。
 雨はまだ、止む気配がなかった。

 

318 :両手いっぱいの愛を、君に・2−5:2006/05/04(木) 04:46:56 ID:OPq61L7O

 バケツをひっくり返したような土砂降りの中、奈々穂は誰もいない夜の道を走っていた。
 寮を出てから、傘を忘れた事を思い出したが、戻っている暇はないと諦めて、琴葉の家へと向かった。
 坂道を走りながら空を見上げるが、月の光は何処にも見当たらなかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
 荒くなる息も構わずに、奈々穂は足を止めなかった。
 降り続く雨で出来た水溜りに、足を踏み入れる事も気にしない。
 もっとも、既に全身が濡れているのだから、今更気にするのもどこかおかしいだろう。
 雨と夜の闇で、視界は悪くなる一方だった。
 それでも、奈々穂は足を止めなかった。
 見慣れた道に出て、目的の場所が近い事が分かった。
 それにしても、どうして自分が大切な人の許へ向かう時は、いつも雨が降っているのだろうか。
 まるで雨女だ。
 それとも、この雨は、大切な人との距離を試すものだろうか。
 そんな事を思いながら、商店街を駆け抜けて行く。
 信号で立ち止まり、乱れる呼吸を正した。
 雷が鳴らないの事が、せめてもの救いだ。
 やがて信号が青に変わると、陸上選手さながらのスタートダッシュを切った。

 商店街から少し離れた穏やかな住宅街の中にある、真新しいアパートの一室。そこが琴葉の家だった。
 場所は知っていたけれど、中に入った事はなかった。
 もう一人の隠密の歩が住むマンションも、この近辺にあるらしい。
 琴葉の部屋の扉の前に立つと、奈々穂は少し緊張した。
 もしも、逢ってくれなかったらどうしようと、不安な気持ちになる。
 それでも、此処に来た時点で引き返せない事も分かっていた。
 いや、引き返さないと決めたのだ。
 雨で濡れた指を、インターフォンにあてがった。
 鼓動が大きく跳ねる。
 そして、勇気を出して震える指でボタンを押した。
 室内に響く音が、扉越しに聴こえてきた。
 濡れた手で顔を拭い、奈々穂は背筋を伸ばした。
 十秒もしない内に、開錠の音がした。良かった。どうやら部屋にいたようだ。
「はい――」
 扉を開けた琴葉は、ずぶ濡れになった奈々穂を見て言葉を失った。


319 :両手いっぱいの愛を、君に・2−6:2006/05/04(木) 04:47:53 ID:OPq61L7O

「な…なほ、さん…?」
 驚き、混乱、戸惑い、といった感情が、次々と表情に表れる。
 しかし、すぐに現状を考えて、琴葉は奈々穂を中に入れようとした。
「と、取り敢えず中にお入り下さい」
 拒絶されたらと危惧していたが、すんなりと案内されて、奈々穂は半ば戸惑った。
 もっとも、ずぶ濡れの人間を放置するような事は誰もしないだろう。
 扉をいっぱいにして、濡れ鼠と化した奈々穂の腕を取って、部屋に招きいれた。
 パジャマ姿の琴葉を見つめながら、奈々穂は玄関に足を踏み入れた。
 二人が部屋に入ってから、琴葉は扉の鍵を閉めた。
 そして、一度部屋の中に向かい、タオルを取りに行った。
「どうぞ」
 差し出されたタオルを受け取る。二人の間には、先程の気まずい空気はなかった。
 その代わり、微妙な雰囲気を漂わせていた。
「…あ、琴葉…」
 髪をタオルで拭きながら、奈々穂は口を開いた。
 しかし、琴葉がすぐにそれを遮った。
「話は後で聞きますから、先に浴室に行って下さい」
 そう言って、浴室までの床にタオルを敷いていく。
 淡々と作業をする琴葉に、奈々穂は正直戸惑っていた。
 ほんの数時間前は、あんなに取り乱していたのに。
「お湯を張ると時間が掛かるので、シャワーだけでもよろしいですか?」
「…琴葉」
「はい」
「あ、あの…」
「…お話は後で聞きますから、今は早く身体を温めて下さい。風邪を引いてしまいます」
 タオルを敷き終えた琴葉が、再び奈々穂の正面に立った。
 本当は、今すぐ琴葉を抱き締めたいと思った。
 けれど、そんな事をしたら琴葉も濡れてしまうと思い、下を向いてその衝動を必死に抑えていた。
「奈々穂さん」
 呼ばれて、奈々穂は顔を上げた。
「上着と靴下を脱いで下さい」
 琴葉に促され、奈々穂は上着と靴下を脱いだ。
 脱いだ衣服を受け取り、そのまま奈々穂の手を取って、家の床に足をつけた。
「今は私の言う事を聞いて下さい」
「………」
「…もう…逃げませんから」
 その言葉に頷いて、奈々穂はやっと浴室に向かった。


320 :両手いっぱいの愛を、君に・2−7:2006/05/04(木) 04:48:55 ID:OPq61L7O

「脱いだ物はそこの籠に入れて下さい。着替えは用意しておきますから」
 それだけ告げて、琴葉は浴室の扉を閉めた。
 水分を吸って、重たくなった服を脱ぎながら、脱衣所をぐるりと見渡した。
 余計な物が何一つない、少し殺風景に感じた。
 脱いだジャージとシャツ、下着を、洗濯機の横にある籠の中に入れた。
 寮で設定している温度のお湯が、とても熱く感じる。
 全身が濡れてしまったからか、身体は思っていたよりも冷えていたようだ。
 自分のとは違うシャンプーが、何だか気恥ずかしかった。
 初めて見るユニットバスは、どこか新鮮だった。

 本日二度目のシャワーを浴び終えると、いつの間にか用意されていた着替えとタオルに気付いた。
 下着とティーシャツと短パン。
「…琴葉の、か?」
 自分のサイズと違うのではと思ったが、何故かぴったりだった。
 不思議な気持ちのまま、奈々穂は浴室を出た。
 短い廊下の先には、小さなダイニングキッチンと、六畳程のリビングがあった。
 リビングには小さなテーブルと机、沢山の書類と二台のパソコンが置かれている。
 仕事は主に此処でするのだろう。
 リビングの奥は寝室だろうか、扉が一つあった。
 浴室と同じで、必要最低限の物しかない部屋を観察するように見つめていた。
 極上寮よりは劣るものの、生活するには支障のない、充分な広さだった。
 絨毯に座っていた琴葉が、奈々穂に気付いた。
 琴葉は立ち上がって、キッチンの方に向かった。
「紅茶でいいですか?」
 備え付けの棚の中からマグカップを一つ取り出し、別の場所から紅茶のティーパックを出し、カップに入れた。
 電気ポットのスイッチを入れて、カップの中にお湯を注いでいく。
 立ち昇る湯気を、琴葉の肩口から見つめながら、奈々穂は口を開いた。
「琴葉」
「…はい」
 奈々穂はゆっくりと歩き、琴葉の真後ろに立った。
「その、すまない…。いきなり家にまで来て…」
「………」
「でも、どうしても…琴葉に逢いたかった」
 水音が止まった。紅茶を淹れ終えても、琴葉はカップを持ったまま振り返る事はなかった。
 それでも、その場を離れないでいてくれたのは、先程の約束を護ってくれているからだろう。

 もう、逃げないと言ってくれた。
 だから、私も逃げない。
 永遠に一つになれない空と地上を繋ぎ止めてくれる雨が、同じように、私と私の愛する人を、繋ぎ止めてくれると信じながら。


327 :両手いっぱいの愛を、君に・3−1:2006/05/04(木) 14:07:17 ID:vuZxOty3

 室内は、静寂に満たされていた。
 止み始めたのだろうか、雨の音も小さく聞こえる。
 奈々穂は、自分でも驚くほど穏やかだった。
 心臓の鼓動は、一定のリズムを刻んでいる。
 その心音は、心地良いものだった。
 濡れた髪を拭っていたタオルを肩に掛けて、目の前の背中を見つめていた。
「……琴葉」
 やがて奈々穂から切り出した。
「今日の事は誤解なんだ。奏と二人でいたわけじゃない、シンディもいた」
「………」
 琴葉は振り向かなかった。
「会議が予定よりも早く終わったから、三人で昼食を食べようって話になって、それで…」
 まるで言い訳のように真実を口にする。
「琴葉が私を見たと言ったのは、たぶん、シンディが車を取りに行った時だと思うんだ」
「………」
「その時以外、奏と二人になっていた時間はないんだ」
 たったの数分。それでも、琴葉に不安を覚えさせるには充分だったのかもしれない。
 誤解を与えてしまったのは、自分がそれに気付けなかったからだ。
「…信じてくれ、琴葉」
 琴葉は振り向かなかった。僅かに腕が動いたのは、マグカップを置いたからだった。
 奈々穂は、琴葉が何かを言ってくれるまで待つつもりだった。
 それがどんな言葉だったとしても、全て受け止める覚悟はとうに出来ている。
 俯いていた琴葉が漸く口を開いたには、それから二十秒ほどしてからだった。
「……は…」
 小さな声は、酷く掠れていた。
「本当は…分かっていました」
「………」
「自分が勝手に誤解をしていると、分かっていました」
 どうやら久遠の言った言葉は正しかったのだろうか。
 冷静に物事を分析する力はある。
「…分かって…いたのに…」
 それなのに。
「…奈々穂さんにとって、奏さまが特別な存在である事は、ずっと昔から分かっていた…」
「…うん」
 奈々穂は小さく肯定した。それは揺るぎようのない事実だった。
「分かっていながら、私は貴女を好きになってしまいました」
 正常だった鼓動が高鳴っていく。
「貴女が、私を好きだと言って下さった時は…嬉しかった…」
「………」
「本当に…嬉しかった…。でも…」
 震える声で、琴葉は静かに言った。
 それ以上に、怖かった、と。

328 :両手いっぱいの愛を、君に・3−2:2006/05/04(木) 14:08:24 ID:vuZxOty3

 無意識に持ち上がった右手は、琴葉の肩の上で躊躇っていた。
 胸を切られるような鋭い痛みに苛まれる。
「自信がなかったんです…」
「……自信?」
「…奏さまと同じように、奈々穂さんの傍にいられるか…」
「――っ!」
 その言葉が、奈々穂の迷いを完全に消した。
 肩を掴んで、自分の方に引き寄せた。
 そのまま、強い力で背中から琴葉を抱き締める。肩に掛けていたタオルが床に落ちていった。
「っ!」
「…何で、そんな事っ…」
 突然、奈々穂の腕に絡め取られた事に、琴葉は驚きを隠せなかった。
「奏と同じじゃなきゃ駄目なのかっ!?」
「…え…」
「奏と同じ関係を築かなくちゃ駄目なのかっ!」
 怒鳴り付けるような声に、琴葉の身体が硬直する。
「…お前は、奏じゃないだろう…」
 悲しい音色が、琴葉の心を震わせた。
 琴葉を包み込んでいる腕の力が強くなる。
「どうしてそれが分からないんだっ!」
「なな…っ!」
 奈々穂は片手で琴葉の顎を掴み、やや強引に振り向かせて、薄く開いた口唇を奪った。
「んっ!」
 互いの歯が当たり、骨がぶつかる堅い音がした。
 いつもと違う荒々しい口付けに、琴葉は思わず抵抗する。
「んっ、ぅんっ!」
 手を使って奈々穂の身体を押し返すが、それ以上に強い力で拘束される。
 口唇を噛んで、その柔らかい肉を食べるような口付けを繰り返す。
 息をする暇さえ与えないように、何度も琴葉の口唇を奪った。
「んっ、んむっ!」
 暴れる身体を大人しくさせようと、奈々穂は抱いていた手で琴葉の胸元の釦を外しにかかった。
「ぅぁっ!」
 それに気付いた琴葉は、胸元を弄る奈々穂の手を掴んだ。
 それに気を取られている隙に、奈々穂は琴葉の口内に舌を捩じ込む。
「っん!」
 奈々穂の熱い舌が口内でうねる。
 予想出来ない奈々穂の動きに翻弄されながらも、琴葉は身を捩って逃れようとする。
 しかし、琴葉の抵抗も虚しく、二番目と三番目の釦が外された。

329 :両手いっぱいの愛を、君に・3−3:2006/05/04(木) 14:09:31 ID:vuZxOty3

 開いた合わせ目の隙間に手を差し入れると、琴葉の身体が硬くなった。
 先程、シャワーを浴びて温めたはずの手が冷たく感じるのは、琴葉の身体が熱を帯び始めていたからだろう。
「ぁ、やっ!」
 奈々穂の口付けから解放された琴葉の口唇は、拒絶の言葉を紡いでいる。
「な、奈々穂さんっ、やめっ…っん!」
 パジャマの中に入り込んだ手が、琴葉の柔らかい胸の膨らみに触れた。
 乳房の形を確かめるように這っていた手が、その頂を摘まんだ。
「いっ!」
 微かな痛みを感じ、琴葉は小さな悲鳴を上げた。
「…琴葉」
 濡れた口唇が、琴葉の耳に寄せられる。
 後ろから舐め上げると、琴葉の身体がビクン、と反応した。
 そして、口唇で耳朶を挟んだまま、奈々穂は言った。
「私が好きなのは琴葉なんだ」
「っん、ふ…」
「こんな風に触れたいと思うのは、琴葉だけだ…」
 囁かれた言葉と、耳に吹き掛けられた吐息が、琴葉の身体を更に熱くさせる。
 自分と同じ匂いのする髪に口付けを一つ落としてから、白い項に口唇を滑らせた。
「ふぁっ!」
 強く押し当てていた口唇を、首筋から下に向かっていく。
「や、ぁ…な、…んっ!」
 掌全体で、円を描くように乳房を揉みながら、摘まんだままの乳首を指で擦り合わせる。
 小さな蕾が徐々に硬さを増して、奈々穂の指の中で形を変えていく。
「んっ、や、あっ!」 
 こんなに乱暴な愛撫は初めてだった。
 琴葉は恐怖心を覚える一方で、着実に高まっていく身体に戸惑っていた。
「琴葉…」
 顎を掴んでいた手を放すと、その手で琴葉の下半身へと向かった。
 素早くズボンの中に潜り込ませて、下着の上から股間を掴んだ。
「っ!なっ、奈々穂さんっ!まっ…!」
 奈々穂が何をしようとしているのかが分かり、琴葉は足を閉じて抵抗する。
 しかし、足を閉じた事により、奈々穂の指が奥に入り込んだまま固定された。
 さらさらとした感触の生地の上から、ゆっくりと指を擦り上げる。
「んっ!や、っぁ、奈々穂、さ…」
 身体から、次第に力が抜けていく。
 ズボンの上から、蠢く奈々穂の手の形が分かり、その中でされている事が、脳にはっきりとした映像を映し出していた。
 胸の愛撫と相俟って、琴葉の呼吸は乱れていた。
 女性器のスリットを何度も往復していた指は、いつしかある一点に止まり、小刻みに振動を与えた。
「あっ!ん、は、ぁっ!」
 与えられた刺激が快感に変わり、下着越しに奈々穂の指を濡らした。

330 :両手いっぱいの愛を、君に・3−4:2006/05/04(木) 14:10:40 ID:vuZxOty3

 抵抗する力を失い、琴葉は奈々穂の愛撫に身を委ねるだけだった。
 奈々穂が触れる箇所から熱を発し、与えられる刺激が愛液を分泌させる。
 既にその役割を放棄している下着が肌に張り付いてくる。
「…ん…はぁ…あ…」
 弱々しい喘ぎ声が、琴葉の口許から漏れていく。
「…琴葉…」
 腕の中で身悶える琴葉の姿に、奈々穂もまた、興奮を覚えていた。
 濡れた下着を指に引っ掛けるようにして隙間を作り、別の指で膣口を軽く引っ掻いた。
「んぁっ!」
 指先を入り口にあてがって、とろりとした愛液の感触を楽しみながら、ゆっくりとその中に入り込ませる。
「あぁっ!あ、んぁっ!」
 琴葉の膝がガクガクと揺れ、最早立っているのがやっとだった。
 奈々穂は、乳房を弄っていた手で軽く押して、琴葉の身体を自分に寄り掛からせた。
 すると、琴葉の手が窮屈な体勢のまま、奈々穂の背中に回された。
 震える指が、きゅっと奈々穂のパジャマを掴んでいる。
 荒い息を吐きながら、琴葉は奈々穂を見上げた。
 涙で揺れる琴葉の目が、奈々穂の目と視線を絡めた。
 目が合った瞬間に、どちらともなく口付けを交わした。
「ん…んっん…」
「ふ…んむ…んっ」
 重なるだけだった琴葉の口唇は、段々と奈々穂を求めるものに変わっていく。
 顔の角度を変えながら、より深い口付けを求めていた。
「んふ…んぅ…んぁっ!」
 琴葉の口唇を味わいながら、奈々穂は膣壁を強く擦った。
「んんっ!」
 一際大きな嬌声は、奈々穂の口内に吸い込まれていく。
 奈々穂は琴葉の身体の中にある指を、上へと突き上げるように動かした。
「んっんぁ、はぁっ、あぁっ!」
 数回程繰り返すと、膣壁は奈々穂の指を強く締め付け、琴葉の身体が大きく震え、絶頂に達したのだと分かった。
 混ざり合った互いの唾液が、二人の口から僅かに零れていた。
「っ、はぁ…はっ、ぁ…ん…」
 身体を完全に奈々穂に預け、琴葉は荒い呼吸を繰り返していた。
 奈々穂は指をそっと抜き取り、それを口に含んだ。
 生温かく淡い酸味の粘液は、奈々穂の舌を滑らせ、心地良く口を潤した。
「…ぁ…はぁ…なな、ほ、さん…」
 か細い声で自分を呼ぶ琴葉を、奈々穂は優しく琴葉を抱き締めた。
「…奈々穂さん…」
 目尻から流れていた涙を、舌でそっと拭った。

331 :両手いっぱいの愛を、君に・3−5:2006/05/04(木) 14:11:57 ID:vuZxOty3

「…ごめんね、琴葉」
「え?」
「琴葉の事を、全部分かってるつもりだった…」
 もう一度、ごめん、と呟いた。
「なな…」
「不安にさせてたなんて知らなかった。だから…」
 気付いてあげられなくて、ごめん。
 その言葉を聞いた琴葉は、慌てた様子で口を開いた。
「違います!奈々穂さんは悪くありませんっ!」
「琴葉…」
 抱き締めていた腕を解放すると、琴葉は奈々穂の正面に向き直った。
 真っ直ぐに、奈々穂を見つめながら。
「私が、勝手に不安になっていただけで――」
「でも、そうさせたのは私だ!私がもっと早く気付いていれば、琴葉が不安になる事もなかったはずだ…」
 琴葉の言葉を遮るように、自らを戒めるように。
 苦しそうな表情を見つめながら、琴葉は奈々穂を抱き締めた。
「こ…」
「そんな風に、御自分を責めないで下さい」
 小さな腕が自分の身体に絡み付いていく。
「私が…弱かっただけです」
 背中に回した手に力が籠められる。
「知りませんでした…自分が…こんなに、弱かったなんて…」
 ぽつり、ぽつり、と、言葉が涙と共に零れてくる。
「…琴葉」
「ごめ、なさ…奈々穂さ…」
 震える肩を、そっと抱き締めた。
「弱いところを見せてくれても良かったのに…」
「…そ、なこと…」
「その為に、私は琴葉の傍にいるんだ」
 優しい奈々穂の声に、琴葉は顔を上げた。
 いくつかの筋を流れる涙を、奈々穂は指で拭いながら言った。
「私の前では、隠さなくたっていいんだ。不安なら不安だ、って言っていいんだよ?」
「…な、なほ、さ…」
 頬が紅潮し、瞳が再び潤んでくる。
 ぼやける視界の向こうで、奈々穂の優しい微笑みが見えた。
「私は、琴葉の全部が知りたい」
 それは、奈々穂が初めて口にする言葉だった。
「私は、琴葉を愛してるから…」
「っ…ぅ…ふぅっ…!」
 堰を切ったように瞳から涙が溢れて、琴葉は奈々穂の胸の中で泣き続けた。
 一気に吹き出した感情を、奈々穂は総て受け止めていた。

333 :両手いっぱいの愛を、君に・3−6:2006/05/04(木) 14:13:26 ID:vuZxOty3

 二人はリビングから寝室に移動し、布団の上で向かい合って座っていた。
 いつも自分が使うベッドとは違う布団の感触に、奈々穂は新鮮な気持ちになっていた。
 他の部屋と同様で、一切の無駄のない部屋だった。
 洋服箪笥と本棚、小さな収納スペースが存在するくらいだった。
 箪笥をみて、奈々穂はある事を思い出した。
「そう言えば、この服、琴葉のじゃないだろう?」
 襟元を摘まみながら訊ねると、琴葉は微かに顔を赤らめた。
「…ん?」
「そ、それは…」
 口籠もる琴葉を、奈々穂は訝しげに見つめた。
「琴葉?」
 名前を呼びながら、琴葉の方に詰め寄ると、観念したのか、顔を背けながら言った。
「…そ、その…い、いつか…奈々穂さんが家に来た時に、と思いまして…」
「…へ?」
 琴葉の言葉を聞いて、奈々穂はきょとん、とした。
 要約すると、琴葉は奈々穂がいつか自分の家に遊びに来た時の事を考えて用意していたものらしい。
 従って、この服と下着が奈々穂のサイズにぴったりだという事だ。
 と言う事は…。
「え、えっと…つまり、琴葉は私に遊びに来て欲しかったのか?」
「ち、違います!べ、別に、私はそんな事を期待していたわけでは…」
 赤い顔をして、奈々穂の言葉に焦って否定する琴葉。どうやら図星のようだ。
(な、何、この可愛い生き物っ!?)
 先程までのシリアスな雰囲気は何処へ行ってしまったのか。
 必死に照れ隠しをする琴葉が可愛くて仕方ないのか、奈々穂の顔は緩んでいる。
「何だ。それならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
「だ、だから、私は別に…」
 琴葉の家の住所を知っていても、仕事で疲れていたり、邪魔したりしたくないと考えて、此処に来るのを自粛していた。
 迷惑だと考えていたが、どうやら逆だったようだ。
「何ならこれから毎日遊びに来るぞ?」
「結構です」
「!?」
 あまりにもしつこい奈々穂にムッとして、琴葉はわざと冷たく言い放った。
 奈々穂はあからさまに落ち込み、がっくりと項垂れていた。
 その姿を見て、言い過ぎたかと思った琴葉は、小さな声で呟いた。
「……と、時々なら…」
 それを聞いた奈々穂は、勢い良く顔を上げ、琴葉の身体に飛びついた。
「っ!?」
「本当だな?」
「え?」
「時々なら、遊びに来てもいいんだな?」
 嬉しそうに顔を輝かせる奈々穂を見つめながら、琴葉は苦笑しながら頷いた。

334 :両手いっぱいの愛を、君に・3−7:2006/05/04(木) 14:14:40 ID:vuZxOty3

 胸に埋める奈々穂の頭を、琴葉はそっと撫でた。
 髪を梳く指がくすぐったいのか、奈々穂は僅かに身を捩る。
「…子供みたいですね」
 先程までは、あんなに格好良かったのに。
 困ったように笑う琴葉の顔を見上げながら、奈々穂は言った。
「…うん。私はまだまだ子供だ。だから失敗ばかりする」
 琴葉の腰に腕を回し、ギュッと抱き締めた。
「間違えて、遠回りして…でも、そこで初めて分かる事もある」
 頭を撫でる琴葉の手に自分の手を重ね、抱くように指を絡ませた。
「だったらまだ、私は子供のままでいい」
 絡めた手を引き寄せて、その甲にそっと口付けた。
 それから上半身を起き上がらせて、触れるだけの口付けを交わした。
 流れるように、口唇を頬、瞼、額へと滑らせていく。
 腰に回していた腕を解いて、まだ外していないパジャマの釦に指を掛けた。
「お前と一緒に、大人になりたい…」
「奈々穂さん…」
「ずっと、ずっと傍にいたいんだ…」
 全ての釦が外れて、服の合わせ目から白い素肌が見え隠れする。それを左右に開くと、両の肩口からするりと滑り落ちた。
「ずっとずっと…永遠に…」
 まだ熱の残る素肌に指と口唇で触れると、琴葉の身体が小さく震えた。
 パジャマが肘のところまで下りて、微かな衣擦れの音がした。
 先程の行為の時に乱暴にしてしまった場所を癒すように、優しい手付きで触れていく。
「…でも…」
 膨らんだままの胸の突起を舌で触れた時、吐息を漏らしながら琴葉が言った。
「永遠なんて、ありません…」
 その言葉に奈々穂は苦笑した。
「…そうかもしれないな。でも…」
 硬くしこった乳首を咥えて、少し強く吸った。
「っん…はぁ…」
「だったら、一緒に見つけよう?」
 柔らかい乳房を揉み解し、張り詰めていく肌をなぞりながら、奈々穂は続けた。
「一緒に、永遠を探そう」
「奈々穂さん…」
「それが、私の新しい夢だ」
 胸の間を舌で舐め、そのまま焦らすように下に向かっていく。
 肋骨の浮き出る脇腹を舐めながら、琴葉の腰を浮かして、下半身を覆うものを剥ぎ取っていく。
 パジャマのズボンと下着を脱がして、琴葉の秘所をうっとりと眺めた。
 すると、自分だけが裸になるのが恥ずかしいのか、琴葉も奈々穂の服を脱がしに掛かった。
 互いが生まれたままの姿になると、啄ばむように甘いキスをした。

335 :両手いっぱいの愛を、君に・3−8:2006/05/04(木) 14:15:50 ID:vuZxOty3

 濡れた膣口は微かに息衝いていた。
 手で太腿を抱えるようにして、奈々穂は琴葉の秘所に舌を伸ばした。
「ぅんっ!ぁ…」
 既に敏感になっている陰核を舌先で突かれ、掠れた嬌声が漏れる。
 強い快感を感じて、琴葉は奈々穂の頭を掻き抱いた。
 奈々穂は、上目遣いに琴葉の上半身を見つめながら女陰口に指を捩じ込んだ。
「はぁっんっ、ぅ…」
 その直後に膣の括約筋が収縮して強く締め付け、周りから泡粒状の体液を噴き出した。
「あ…や…」
 既に一度絶頂を迎えている身体は酷く敏感になっていて、早くも琴葉を絶頂へと導こうとしていた。
 指の数を増やすと、より一層の快感を与えられた。
 溢れる蜜を啜りながら、快楽の波に捕らわれていく琴葉の姿を見て、奈々穂の情欲も満たされていく。
 特別強い刺激を与えられたわけでもなく、緩やかな快感を感じていた。
 そして、奈々穂は自分の感じていた漠然とした不安感の正体が分かった気がした。
 何度も肌を重ねても、満たされない感覚。
 それはきっと、同性同士で肌を重ねる禁忌の行為からくるものなのだろう。
 同じ身体を持つ二人は、決して一つにはなれないから。
「あぁっ、ん、はっ、あぁぁっ!」
 陰核を軽く甘噛みすると、琴葉は全身を激しく痙攣させ、後ろに大きく反り返った。
 絶頂を向かえると、濃厚な淫液が泉のように溢れた。
 奈々穂は琴葉の中に入っていた指を卑猥な水音を立てながら引き抜き、愛液で濡れたそれを自身の膣にあてがい、ゆっくりと挿入する。
「ん…ぁ…」
 奈々穂の膣口も既に潤いを帯びていた為に、指はスムーズに入り込んでいく。
 奥まで辿り着くと、ストロークを繰り返した。
 琴葉の愛液が自分の中で混ざり合って、やっと一つになれたような悦びを感じた。
「あ…ん、こと、は…ことはぁ…」
 喘ぐ奈々穂の声を聴いた琴葉は、頭を抱いていた腕の力を強めた。
 そして、荒い息を整えながら、自分にとって唯一の人の名を呼んだ。
「…はぁ…ぁ…な、なほ…ななほっ!」
 それが、奈々穂に強烈な快感を与えた。
「――っ!!…あ、あっ、あ、こと、は、あ、ん、あぁっ!」
 ビクンッと大きく振るえ、奈々穂も絶頂に達した。
 膣壁の締め付ける力が弱まってから、指をぬくと、濃厚な愛液が音を立てて溢れ、太腿を流れた。
「…はぁ…はぁ…琴葉…」
 絶頂の余韻に震えながら、奈々穂は琴葉を抱き締めた。
 今までにない充足感で、奈々穂の胸はいっぱいだった。
 ただ、この腕の中に、愛する人がいればいい。愛する人の温もりを感じられればいい。
 だから、一つになんてなれなくてもいい。
「琴葉…琴葉…」
「…奈々穂…」
 互いの汗で湿る背中に腕を回し、強く抱き締め合いながら、飽きる事なく口唇を重ねた。
 口唇が触れ合う度に、心の中で何度も、愛していると言いながら…。

336 :両手いっぱいの愛を、君に・3−9:2006/05/04(木) 14:17:08 ID:vuZxOty3

―――プルルルルルル…。
―――プルルルルルル…。
「…ん…」
 機械の高音が、奈々穂を眠りから覚ました。
 ぼんやりとした思考の中で、電話が鳴っていると分かった。
 ゆっくりと起き上がり、部屋の窓に目をやると、カーテンの隙間から眩しい光が零れていた。
 夜中まで降り続いた雨は、もうとっくに止んでいた。
「…ん…何時だ?」
 鳴り続ける自分の携帯電話を手に取り、時間と着信相手の名前を見た。午前九時三十六分。電話の相手は久遠だった。
「…はい」
 寝癖のついた髪を掻き上げながら、奈々穂は通話ボタンを押した。
『おはようございます、奈々穂さん』
 機械越しから、久遠の透き通った声が聴こえた。
「…おはよう…」
 気持ちよい睡眠を妨げられて、奈々穂は少し不機嫌だった。
『その分だと、無事に琴葉と仲直りが出来たみたいですわね』
 昨日の事を心配してくれたのだろうか。奈々穂は久遠の言葉に思わず破顔した。
「あぁ、お前にも迷惑を掛けたな」
『貸し一つ、ですわね』
 電話の向こうで、久遠は笑っていた。つられて奈々穂も笑っていた。
『昨日の夜からの外出届は出しておきましたから、帰ったら管理人さんに報告をして下さいましね』
 そう言えば、何も言わずに此処に向かっていて、その事を失念していた。
「すまないな、久遠。何から何まで…」
『二つ目の貸しですわね』
「……お前なぁ…」
 何だか素直にお礼を言う気がなくなった。
『あぁ、それから…』
 まだ何か伝える事があるのかと、奈々穂は久遠の声を注意深く聴いた。
『奈々穂さん。私の事はお義姉様と呼んで下さって結構ですわよ?』
―――ピッ!!
 奈々穂は強制的に電話を切って、枕元にぶん投げた。
「…な、何がしたいんだ、あいつはっ!」
「ん…」
「!」
 小さな声が聴こえて、奈々穂はその声のする方を見た。
 寝返りを打って、奈々穂の方を向いた寝顔はとても可愛らしいものだった。
 奈々穂は微笑みを浮かべながら、布団をそっと掛け直し、その隣りに寝そべった。
 未だ夢の中にいる恋人を、起こさないように優しく抱き締めながら、奈々穂もゆっくりと瞳を閉じた。
 優しい幸福感に包まれながら、同じ夢を見れる事を願って。

  琴葉には、まだ言っていない事がある。
  近い将来、私は昔のように髪を伸ばすだろう。
  ずっと、琴葉の傍にいる。
  永遠を探す夢を叶える為の、一つの決意表明として……。