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56 :境界線の向こう側・1:2006/03/24(金) 03:06:26 ID:GIXgPHcF

 雪の降った夜の次の日の朝は、とても良く晴れていた。
 陽の光が地面に散らばる氷の結晶に反射して、キラキラと輝いていた。
 綺麗な光で、辺り一面は真っ白に輝いていた。
 冷たい風などに気にも留めず、子供は無邪気に走り回る。
 足跡一つ無い場所に、自分の足跡が出来る事を楽しみながら。
 一面の白い大地に、唯一つ、自分だけの痕跡を残す事で、まるでその場所が自分だけのもののように思えるのかもしれない。
 登校途中の小学生を眺めながら、琴葉はそんな事を考えていた。
 雪で遊ぶ子供達を見つめる瞳は、とても穏やかな色をしていた。
 正門に続く坂道を歩いていると、同じ制服を身に纏う少女達の姿が見えた。
 先程見た少年達のように、歩きにくい雪の道を楽しそうに進んでいる。
 雪の日にはしゃぐのは、何も子供に限った事でもないのかもしれない。
 いや、自分達もまだまだ子供なのだろう。
 けれど、そんな少女達のように素直に楽しめない自分は、子供なのだろうか。それとも、子供じゃないのだろうか。
 雪は別に嫌いじゃない。少し歩き難いのが厄介なだけで。
 降り積もる雪を、綺麗だとは思う。だが、無邪気に走り回れない。
 無邪気になりたいとも思わないけれど、周囲の人達のようになれない自分を、ほんの少しだけ淋しいと感じてしまう。
 正門を潜り抜けて、いつもと違う景色に目を向ける。
 多くの生徒達が、雪原と化した校庭で遊んでいる。
 きっと少女達は、この雪で友達と遊ぶ為に、いつもよりも早く登校して来たのだろう。
 見渡した景色の遠くに、りのと歩の姿を見つけた。
 知る人の姿を見つけても、琴葉は自ら声を掛けはしない。
 ただ、その純粋な笑顔を眺めるだけで、心を満たされる気がしたから。
 琴葉は正面を向いて、僅かに雪掻きをされたレンガの道を歩き続けた。
 昇降口が見えてきたその時、琴葉を呼ぶ声が何処かでした。
「琴葉ぁーっ!」
 背中に投げられた声に反射的に振り向くと、顔面に小さな衝撃が当たる。
「っ!?」
 僅かな痛みと共に、冷たい何かの感触を肌で感じ取った。
 それが雪玉だと分かるのには、ほんの少しの秒数が必要だった。
「っ……な…」
 完全に油断をした自分に舌打ちをして、雪玉が飛んできた方向を睨み付ける。
 すると、登校途中の生徒の中に、大きく手を振る少女がいた。
 その手には新たに作られた雪玉が握られていた。
「おっはぁー!当たった?びびった?ビックリしたぁー?」
 満面の笑みでなおも大声を出す少女、れいんの姿に、琴葉は静かに怒っていた。
「…角元…貴様…っ!」
 少し駆け足気味になったれいんは、あっという間に琴葉に追い着いた。
「あはははっ!琴葉が怒ってるー!」
 れいんは琴葉の怒りに気付きながらも、それに対して笑っていた。
 そんなれいんの態度に、琴葉は益々怒りを覚える。


57 :境界線の向こう側・2:2006/03/24(金) 03:07:37 ID:GIXgPHcF

「つ…角元っ!」
 しかし、れいんはその声に聞く耳を持たず、新たに作られていた雪玉を至近距離から投げ付けた。
 来ると分かっていれば、それがどんなに近い場所からでも、琴葉には容易く避ける事が可能だった。
 標的にされた顔を僅かにずらし、勢いのある雪玉を回避する。
「あっ!」
 避けられるとも思わなかったれいんが、思わず声を上げると、琴葉は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 それに腹を立てたれいんは、道端の雪を掻き集め、先程よりも大き目の雪玉を作った。
「これでもくらえぇーっ!!」
 掛け声と一緒に投げられた雪玉を、琴葉はまたも簡単に回避する。
 すると、れいんは悔しさに肩を震わせながら、新たな雪玉を作っては投げた。しかし、琴葉には一切が通用しない。
 やがて二人のハイレベルの雪合戦に、登校中の生徒達は足を止めて観戦する。
 一度に複数の雪玉を投げるれいんに驚きの声を上げ、一方でそれを完璧に避ける琴葉には大きな歓声を。
「角元さんすごーい!」
「あぁっ!惜しいー!」
「きゃあ!矩継さん、また避けたわ!」
「誰、誰?あの人達すごーい!」
 集中力が研ぎ澄まされている為か、少女達の声は二人には届かない。
 息の上がるれいんとは対照的に、琴葉は涼しい顔をしていた。
「はぁっ…はぁっ…くっそぉ〜!」
「…無駄だ。もう止めろ、角元」
「嫌だ、止めない、諦めないっ!」
「……いい加減にしてくれ…」
 琴葉は溜息を吐いた。そろそろ教室に向かいたい。
 けれど、もう一度琴葉に当てるまでは諦めきれないのか、れいんは今までで一番大きな雪の塊を丸めていた。
 当たれば諦めてくれるなら、わざと当たる事も可能だが、流石に顔よりの大きな雪玉に当たるのは気が引ける。
 どうしたものかと思案していると、雪玉に隠れていた顔を覗かせてれいんは言った。
「こ、これが当たれば、この試合、あしの勝ちで、勝利で、言う事聞いてもらうからね!」
「…何時の間に試合になっていたんだ…。というか、何故私がお前の言う事を…?」
 れいんの言葉に不満の声を漏らす琴葉。
 始めた覚えはなかったが、何はともあれ、これで最後なら構わないだろう。
 そう思った琴葉は、半ば納得のいかないまま、れいんの雪玉に身構えた。
 れいんは雪玉を構えるが、何かを躊躇していた。
「あ…あしが…」
 何かの想いが込められた言葉は、歓声に掻き消され、琴葉には届かなかった。
「あ、あしが勝ったら―――っ!」
 しかし、最後の言葉を言い終わらぬ内に、校内に予鈴の鐘の音が響き渡る。
 それまで傍観していた生徒達は、慌てて校舎の中へと流れて行った。
「…時間だ…」
 琴葉もれいんに背を向けて、昇降口に向かう生徒達の波の中に紛れて行った。
 雪玉を抱えたまま、れいんは遠ざかる琴葉の背中を眺めていた。
「…あしが…勝ったら……」
 その呟きはあまりにも小さ過ぎて、風に乗る事もなく消えていった。


58 :境界線の向こう側・3:2006/03/24(金) 03:09:05 ID:GIXgPHcF

 朝の教室は騒然としたものだった。
 琴葉が教室に辿り着くやいなや、クラスメイト達に囲まれた。
 教室の窓から見守っていた者、昇降口で間近で見ていた者。実にクラスの大半が琴葉とれいんの攻防戦を観戦していたのだ。
 そこで琴葉は初めて、自分達の事がそれほどまでに注目を集めていた事を知った。
 詰め寄るクラスメイトを邪険に出来ず、かといって打ち解ける事も出来ず、琴葉は戸惑いながらも生徒達の相手をした。
 その姿はきっと、今までの琴葉の性格からは考えられない事だった。
 たどたどしくも、生徒の言葉に対し、自分の言葉を真摯に選んで受け答えした。
 以前に比べて、ほんの少し社交的な自分を、琴葉は多少の違和感を覚えつつも、それを受け入れた。
 そして、その琴葉の姿にクラスメイトもまた、少しの驚きを隠せなかった。
 普段は必要最低限な言葉しか口にしない琴葉との会話は、とても新鮮なものだった。
 何より、時折見せる、見た事も無い自然な琴葉の笑顔に、クラスメイトは視線を奪われた。
 そして率直な気持ちが、そこここで呟かれている。
「…矩継さん、て…」
「笑うと可愛いよね…」
「私、笑ってる矩継さん、初めて見たかも…」
 いつも無表情な琴葉だが、その顔立ちは整っている方だ。その琴葉が笑顔を見せれば、言葉を失うのも無理は無い。
 しかし、集団に囲まれるという慣れない環境の真ん中にいる琴葉は、そんな事に気付く事もなかった。
 琴葉の苦悩は、朝のホームルームが終わるまで続いた。

「…お前のせいで散々な目にあった…」
 自分に背中を向けるれいんに、琴葉は愚痴を溢した。
 昼休みの旧校舎。二人は此処で一緒に過ごす事が多かった。
 特に約束をした訳ではないが、いつしかそれは日常の一つになりつつあった。
 理由はきっと二つある。
 一つは、れいんと一緒にいて琴葉が隠密であると他人に知られない為に選んだ人気の無い場所であるという事。
 もう一つは、此処が二人の関係を変えた特別な場所であるという事だった。
 変わったのは、二人の関係だけではない。琴葉の気持ちも、あの日から変わっていた。
 以前なら昼休みは一人で過ごし、こんな風に他人と一緒にいる事を煩わしいとも思っていた琴葉が此処にいるのが何よりの証拠だろう。
 もっとも、琴葉自身はその変化に気付いてはいないだろうが。
 しかし、大半の施設の利用が無いこの場所は、寒い季節には適していない。
 雪の降った日に、暖房機器もない場所に長時間いるのは至難の業だろう。
 今日はもう、教室に戻った方が良さそうだ。琴葉はそう思うと、ふとした違和感を感じた。
 そして、先程から背中を向けているれいんに視線を送ると、そこで琴葉は気付いたのだ。
 この場所で、れいんがまだ一言も発していない事に。
 いつもは五月蠅いと感じる程に会話の止まらないれいんが、まだ何も話していないのだ。
 琴葉よりも先にこの場所にいた。その姿を見つけて、話しかけたのは琴葉の方だった。
 そういえば、声を掛けてもれいんは返事をしなかった。先程の言葉に対してもそうだった。
 今更ながら、その事を思い出した琴葉は、そこでまた一つ思い出す事があった。
 昼休みが始まって、琴葉は久遠に終了した任務の報告に向かった。
 大した時間は掛からなかったが、此処に来るまでに十分以上は掛かったのだ。
 なら、れいんは何時から此処にいたのだろう。
 この寒い場所で、れいんは何時から琴葉の事を待っていたのだろう。


59 :境界線の向こう側・4:2006/03/24(金) 03:10:11 ID:GIXgPHcF

「角元…?」
 途端に不安になる。まだ此処に来て間もない琴葉でさえ寒さに身体を震わすほどだ。
 その琴葉よりも長く此処にいたれいんが、どれほど寒いのか分からない。
 未だに背を向けるれいんの肩にそっと手を置いた。
「……っ!」
 その時触れた肩の冷たさに、琴葉は動けなくなってしまった。
 このまま冷たい風の吹くこの場所にいれば、風邪をひいてしまう。
 そんな危惧を感じていても、琴葉はれいんの肩に手を添えたまま動けなかった。
 声を出す事も叶わず、かといって何を言えばいいのか分からない。
 れいんもまた、何も言わず、琴葉の手を払う事もなく、まるで二人の時間が止まったようだった。
「…つ…」
 考えの纏まらないまま名前を口に出した琴葉だったが、それを遮られるようにれいんの体が急に動き出した。
 身体を百八十度反転させて、その勢いで琴葉の手は弾かれた。
 二人の体は正面に向き合い、一瞬にしてれいんは二人の隙間を塞ぐように琴葉に近付いた。
 そして両手を広げ、琴葉の身体にしがみつくように、その身を密着させた。
 背中に回した両手で、制服をきゅっと掴むと、二人の距離はほとんどゼロに近かった。
 誰かの温もりを感じるような抱擁をした事のない琴葉は、無意識に両手をれいんの背中に回した。
 冷たい身体を温めるように、そっと優しく抱き寄せた。
 今、琴葉の頭の中にあるのは、れいんの体温を上げる事だけだった。だからこそ、その身を抱き締められたのかもしれない。
 れいんは、琴葉に抱き締められるのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「…琴葉…さ、寒い…」
 数時間振りに聴いた声は震えていた。
「…何時から此処にいたんだ?」
「えっと…昼休みが始まってすぐ、かな…」
 廊下を流れる冷たい風に触れると、れいんの身体は小さく震える。
「…約束をした訳ではないだろう?私が来ない事を考えなかったのか?」
 例え約束をしていたとしても、相手が十分以上も遅れたなら、こんな寒い場所からすぐに離れるだろう。
 なら、約束の無い相手が来るのかも分からなければ、此処に来る事さえないのかもしれないのに。
 すると、琴葉の腕の中で俯いていたれいんが、弱々しくも答えた。
「考えたよ…?でも、待ってたかったから…」
「え?」
「…来ても、来なくても、どっちでも良かった…。あしは、ただ琴葉を待ってたかったから」
「…角元」
「だって、琴葉と二人で逢えるの、此処しかないじゃん…」
 俯いた顔を上げると、れいんは泣き出しそうな顔で笑っていた。
「てことは、此処に来れば琴葉に逢えるでしょ?だから…」
「だからと言って、こんな寒い日に待つ事もないだろう―――」
 今日逢えなくても構わないじゃないか。
 そう言おうとした琴葉だったが、その言葉は出てこなかった。
 れいんの口唇によって、言葉ごと塞がれてしまったから…。


60 :境界線の向こう側・5:2006/03/24(金) 03:11:09 ID:GIXgPHcF

 一瞬だけ触れたれいんの口唇は、柔らかくて、冷たくて、でも、温かかった。
「…つ…の、もと…?」
 思考回路が一瞬にして遮断され、琴葉の頭の中は混乱していた。
「…琴葉に…逢いたかったんだもん」
 背中に回した手に力を込めて、れいんは琴葉を強く抱き締めた。
「本当はいつでも、毎日でも、何時間でも逢いたい…」
 ほんの少し背伸びをして、再び琴葉の口唇に優しく触れる。
「でも、琴葉は隠密だから、一緒にいるのを他の人に知られたくないんでしょう?」
 紅潮した頬に、涙が一筋流れていた。
「少しでも一緒にいられるなら、それでも良いって思ってた……けど…っ!」
「角元…」
「朝、教室覗いたら他の人と、楽しそうに話して、喋って、笑ってた!」
 事実だが、別に楽しくはなかった。
「普段無口で、無愛想で、無表情の琴葉の笑ったとこ見たら、もっと琴葉と話したいって人増えるかもしれない…」
 それは困る。それは辛い。
「あしが琴葉の友達一号なら、これから二号とか三号とか出来てもおかしくないって分かってるけど」
 一号で手一杯だというのに、これ以上の負担は勘弁願いたい。
「でも、あしはその中でも一番になりたいのっ!」
「……え」
 強い想いを秘めた瞳で、真っ直ぐに琴葉を見つめる。
 吐く息の白さで、涙が滲んで見えた。
「あしは…琴葉の事が好きで、好きで、大好きなんだもんっ!」
 それは、友達の境界線を越えた感情。
―――ドクン、と心臓が大きな音を立てた。
「あしじゃ、駄目?」
「……角元…」
 琴葉にとって、れいんは初めて出来た友達だ。
 使命や任務しか知らなかった琴葉にとって、れいんは少し特別な存在だった。
 新たに生まれた感情を受け入れられたのは、きっと相手がれいんだったからだろう。
 対照的な二人の性格、けれど、琴葉は知らず知らずの内にれいんに惹かれていた。
 自分には無い明るさを持ったれいんに。
 そんなれいんが、自分の事を好きだと言った。
 それがどういう意味を含むものなのかは、いくら不器用な琴葉にも理解出来るだろう。
 琴葉はどうしていいのか分からなかった。
 何故だろう。きっと昔の琴葉だったら躊躇無く拒絶の言葉を告げていただろう。
 しかし、今の琴葉にはそれが出来なかった。
 今れいんを拒絶すれば、もう二度とれいんの笑顔が見れないような気がした。
 それがとても、怖かった。


61 :境界線の向こう側・6:2006/03/24(金) 03:12:45 ID:GIXgPHcF

「あしじゃ、琴葉の一番に、特別に、スペシャルになれない?」
 涙の混じった悲痛な声が、古びた廊下に響いていく。
 静かな場所。冷たい風が吹くだけで、他には何も無い。
 まるで、他の全てから隔離された二人だけの世界のようだ。
 何も無い場所で確かなものは、互いの温もりだけ。制服を掴むれいんの手に力が
「琴葉は…あしの事…」
 徐々に小さくなる音は、琴葉の心の中心に触れてくる。
「………」
 生まれたばかりの友情が、今度は別の何かに生まれ変わろうとしている。
 琴葉はれいんの顔を真っ直ぐに見つめた。
 れいんもまた、それに導かれるように顔を上げる。
 その瞳には、迷いが無かった。
 れいんは琴葉を好きだと言った。
 迷いの無い瞳には、きっと琴葉の立場や能力や才能なんて映っていない。
 琴葉をただの一人の少女として必要としているのだ。
「角元…」
 鼓動が速まってくる。心臓の響きが身体中に広がって、その中心から熱が湧き上がる。
「私は…」
 震える腕は、どちらのものなのか。
 震えるのは寒さのせいか、それとも別の何かなのか。
 琴葉は硬く瞳を閉じて、口唇を噛み締めた。
―――自由にしていいのよ…。
 心の中で、奏の声が聴こえた気がした。
 それが琴葉に、ほんの少しの勇気を与えた。
 琴葉はれいんの背に回した手で、力強く震える小さな身体を抱き締めた。
「っ、こ…?」
「…私には、まだ…分からない」
「………」
「…でも…」
 失いたくないから。この笑顔を。角元れいんと言う小さな少女を。
「好きかも、しれない…」
 閉じていた瞳を開けて、れいんの身体を僅かに放すと、そこには満面の笑顔があった。
「つ…」
「ありがとう…琴葉…」
 抱き合う腕を放して、流れる涙を手で拭い、誤魔化すように照れ笑いをすると、れいんはくしゃみを一つした。
「…さ、さぶい…」
 両手で自分の両肩を抱くれいんを見下ろしながら、琴葉は呆れた表情をした。
「…教室に戻るぞ」
「…やだ。もっと琴葉といたいもん!」
「だからと言って、このままでは風邪を引くぞ?あまり我儘を言うな…」
「だったら…」
 再び見つめ合ったまま、れいんは琴葉に言った。
「だったら、琴葉が温めてよ…」


75 :境界線の向こう側・7:2006/03/26(日) 03:25:20 ID:vfkfpib0

 授業には使用されない旧校舎だが、いくつかのクラブの活動場所でもある為に、ガスや電気や水道は通っている。
 しかし、利用する生徒は多くはないので、ほとんどの教室には埃が溜まっている。
 二人は演劇部の衣装やセット等が置かれている用具室に向かった。
 他の施設に比べ、比較的生徒の出入りの多いその部屋は綺麗に使われている。
 部屋に辿り着くと、琴葉は暖房を入れた。多少の黴臭さは我慢した。
 暫くすると、エアコンから温風が吹き出してきた。
 これでれいんの身体を温める事が出来るだろうと、琴葉は床に座って安堵した。
 その隣に腰掛けたれいんは、琴葉の腕に自身の腕を絡ませた。
「…どうした?まだ寒いか?」
 リモコンを取り出して、温度設定をする。
「ちっがーう!あ、いや、寒いし、違わないけど…ってそうじゃなくてぇ!」
「何だ?」
「温めてって言ったじゃん!」
「?…温めてるだろう?」
「だからそうじゃなくってー!」
 噛みあわない会話に焦れたれいんは、絡めた腕に力を入れて、強引に琴葉を押し倒し、琴葉の身体に馬乗りになる。
「っ、な、つ、のもと!?」
 いきなりれいんに組み敷かれ、琴葉の声が思わず上ずった。
「琴葉が温めてって言ったじゃん」
「は?」
 するとれいんは琴葉の制服に手を掛けて、胸元のリボンを解いた。
「な、何をっ…!?」
「…何って、脱がすに決まってんじゃん?」
「なっ、脱がす必要がどこにある!」
「脱がさなきゃ温め合えないじゃん」
「え?」
「ほら、よく言うでしょ?雪山で遭難した男女が温め合うのに裸になって、抱き合って、エッチしたりするじゃん?」
「…少し違うような…と言うか、此処は雪山じゃな…」
「もー!細かい事はいいの!」
 会話についていけない琴葉をよそに、れいんは釦に手を掛けた。
 一つずつ外していき、やがて隠された肌が見えると、琴葉はれいんの手を止めた。
「な、ちょ、何をする!」
「さっき言ったし、話したし、説明したでしょ?」
「だ、だから此処はっ…!」
「いいから、黙って、あしに任せて…」


76 :境界線の向こう側・8:2006/03/26(日) 03:26:41 ID:vfkfpib0

 そうは言っても、誰かと身体を重ねた事もないれいんは、取り敢えず五月蠅い琴葉を黙らせようと、やや強引に口唇を奪った。
「んぅっ!?」
 話の途中だった為に、口を中途半端に開いていた琴葉の口内に、れいんは躊躇無く舌を入れた。
 熱を持った柔らかい何かが口の中に侵入した事により、琴葉は益々混乱し、身体に力が入る。。
 経験の無いれいんは、クラスメイトが初体験した時の話を思い出しながら、琴葉の口唇を蹂躙していく。
 丁寧に歯列をなぞり、ざらつく裏側にも舌を滑らせた。
「ん、んく、ん…」
 口内で蠢くものがれいんの舌だと分かると、戸惑いながらも琴葉はそれを受け入れていく。
 琴葉の身体の力が僅かに抜けていくのを感じたれいんは、自分の行動に間違いはなかったと思い、より深く口付ける。
 舌を伸ばした先に琴葉のそれを見つけると、導くように何度も優しく突いた。
 それに答えるように、琴葉は舌を恐る恐る差し出した。
「…ん…んぁ…」
 互いの口が大きく開き、二人は舌を絡め合う。
 熱い舌を触れ合わせている内に、咽喉の渇きを覚えたれいんは、琴葉の口内に溜まっている唾液を吸い上げて、それを飲み込んだ。
「んく…ん…」
「っんっ…ふ…んん…」
 何度と無くそれを繰り返し、飲みきれない分は自身のそれを混ぜて、琴葉に流し込んだ。
「ん…んぐっ!」
 突然流し込まれた唾液に一瞬苦しむも、琴葉はそれをきちんと飲み干した。
 嚥下する音を確認すると、れいんはゆっくりと琴葉の口唇を解放する。
 呼吸をする暇さえ忘れていたせいで、二人の息は荒くなっていた。
「…はぁ…はぁ…琴葉…」
 呼ぶつもりもなく呟いた名前にさえ愛おしさを感じる程、れいんは琴葉にのめり込んでいた。
 初めは友達になりたかっただけだった。
 自分の父親がこの町に来た事に、誰よりも先に気付いてくれた人だったから。
 そしていつしかれいんの中で、琴葉は特別な存在になっていった。
 そして、琴葉にとって、特別な存在になりたいと想った。
 なら、もしも、それが琴葉でなく、別の誰かだったなら、れいんは誰を好きになっていただろう。
 その別の誰かだったのか。
 それとも、幼馴染の小百合だったのか。
 いくら考えても、答えなんて出ないだろう。
 友情と恋情の間に引かれた境界線を、一緒に越えたいと思ったのは、琴葉だけなのだから。
 心から愛しいと感じていた小百合にさえ抱かなかった感情が、今、れいんの中に生まれていた。
 それがどんな言葉なのかは、れいんには分からなかったけれど。
「…琴葉…あし、マジで、本気で、本当に琴葉の事が好き」
 れいんの言葉に、琴葉の顔が一気に紅潮する。
「だから…いい?」
「角元…」
「…名前で呼んでよ…こんな時くらい…」
 れいんは重ねたままの琴葉の手をそっと剥がして、再び制服の釦を外し始めた。


77 :境界線の向こう側・9:2006/03/26(日) 03:27:56 ID:vfkfpib0

「ちょ、ま、待ってくれ!」
 琴葉は慌てて僅かに身を起こした。肘を立てて、不安定に身体を支える。
 腰の辺りに乗っていたれいんの身体が傾くが、倒れないようにと力を入れる。
「つ、角元」
「だから、名前で呼んでって言ったじゃん」
「つ…れ、れいん…」
 恥ずかしげに呼び捨てると、言われたれいんは嬉しそうに微笑んだ。
 その笑顔にドキリとする琴葉だったが、何とかこの状況を回避しようと思索する。しかし、上手い方法が浮かばなかった。
 何も出来ないまま、いつの間にか全ての釦を外されて、開かれた隙間に触れる風の冷たさにその身を小さく震わせた。
「……う…」
 と、頭上かられいんの呟きを聴き、琴葉は思わず見上げた。
「な、ど、どうした?」
「…琴葉…あしより胸がある…」
 制服を脱がそうとした際に、琴葉の胸の膨らみを確認して、それが自分のものよりも大きいである事が分かり、れいんは少なからずショックを受けた。
 特別豊かであるとは言えないものの、それよりもサイズの劣る自分の胸が少し悔しかった。
 自分でも小さいと自覚をしていたとは言え、好きな人よりも小さいと言う事実が、れいんは面白くなかった。
 れいんは口唇を尖らせて、琴葉の胸を下着の上から触り、形を確かめるように撫でる。
「…っん!」
 琴葉の小さな反応に、悪戯心が芽生えるれいん。
 硬い生地の上から撫でていた手を、乳房全体を包み込むように動かして、ゆっくりと優しく揉んでいく。
 自慰行為さえした事のない琴葉は、他人に胸を弄られる事に軽い屈辱を感じる。
 けれど、れいんにはもう何を言っても無駄だと思ったのか、抵抗は無かった。
「…っ、れ、れい、ん…」
「気持ちいい、琴葉?」
「そ、なの…分からな…」
 円を描くような単調の動きから琴葉は視線を反らした。
 しかし、いくら違う場所を目にしても、れいんの動きが止まるわけも無く。
 徐々に湧き上がる感覚に、琴葉は戸惑い始めていた。
 れいんが触れる箇所から、説明出来ないような刺激を与えられ、琴葉は思わず身を捩る。
 その刺激のせいで、身体を上手く支える事が出来ず、琴葉は固い床に身を横たえた。
「…ん、くぅ…」
 れいんは琴葉の下着を上にずらし、勃起した乳首に口唇を寄せた。
 一度口付けてから舌を伸ばし、色付いた果実を舐める。
「ふぁっ!」
 強い刺激に思わず喘ぐ。それは琴葉にとって初めて自覚した快感だった。
 琴葉のその反応を楽しむように、れいんは吸い付くように乳首を嬲る。
 唾液を纏わせ、時にわざと音を立てて。もう一方の乳房には手で捏ね繰り回すように動かす。
 同時に与えられる異なる刺激を与えられ、琴葉は漏れそうになる声を抑えるように両手を口に覆った。
「声、聴かせてよ。琴葉…」
 それに気付いたれいんは、乳房から顔を離し、空いた手でそれを制した。


78 :境界線の向こう側・10:2006/03/26(日) 03:29:04 ID:vfkfpib0

「んっ、ぐ…」
 しかし、素直に声など出せない琴葉は、なおも必死に口唇を噛み締めて快感に耐えようとする。
 れいんは意地でも琴葉を仰がせようと、より強い刺激を送り続ける。
「っはぁ…ん…」
 身体から湧き上がる熱に、琴葉の身体が汗ばんでくる。それはれいんも同じだった。
 れいんは身体を起こし、自ら制服の釦を外し、開帳する。
 互いの顔は、熱と興奮とで紅潮していた。
 上半身に纏っていた衣服を脱いで、素肌を露わにすると、れいんは琴葉の肌に身を寄せ、ぴったりとくっついた。
 密着する肌から互いの速くなる鼓動を感じる。
「琴葉…」
「…れ、いん…」
 どちらともなく口付けを交わした。
 琴葉は中途半端に脱がされたままの制服の袖もそのままに、れいんの首に腕を回した。
 それを見たれいんは脱がそうと思ったが、琴葉の腕の温もりが心地良くて、結局そのままにした。
 キスをしたまま、れいんは身体の位置を変える。
 気付かれないように自然に動き、琴葉の足を身体で割る。
「ん、んっ…ぅん…」
「んぁ…ふ、ぅん…」
 夢中で口付け合いながら、れいんは右手を琴葉のスカートの中に滑らせた。
 太腿を撫でながら、確実にその中心に手を進める。
「んっ!?」
 琴葉はれいんの手が自分の秘所に伸びている事に気付き、足を閉じようとする。
 しかし、既にれいんの身体に入り込まれていた為に、それは叶わなかった。
「ふ、んぁ、んんっ!」
 それでも足をばたつかせて抵抗するが、れいんはお構いなしに手を動かした。
 やがて下着に辿り着き、その中心に指を這わすと、そこは薄っすらではあるが確かに湿っていた。
「琴葉、濡れてるよ?」
「そ、そんな、の、知らなっ…!」
 琴葉の顔が羞恥心でみるみる紅くなる。
 れいんは自分が与えた刺激が、琴葉にちゃんと快感として伝わっていたと分かり、満足そうに微笑む。
 片手で器用に下着を脱がせると、布地には粘着質を含んだ体液が僅かに滲んでいた。
 遮るものの無い秘所に触れると、琴葉の身体が大きく震えた。
「んぁあっ!」
 背中が浮き、快感に顔を顰める。
 今までで一番の快感に、声を抑える事すら出来なかった。
「琴葉…」
 二本の指を使って膣口に触ると、熱い愛液で濡らされる。
 指を滑らせて、割れ目を何度も往復し、淫らな水音が琴葉の耳にも聴こえる。


79 :境界線の向こう側・11 :2006/03/26(日) 03:31:57 ID:vfkfpib0

「あっ、や、れいっ…んぁっ!」
 一度漏れてしまった声は、もう自分の意志では抑えられない。
 普段よりも高い声色は、れいんの聴覚を刺激し、それが小さな快感を与える。
「琴葉の声…可愛くて、色っぽくて、エッチだよ…」
「や、ぁ、ん、ふっ…うあぁっ!」
 膣肉を人差し指と薬指で割り開き、愛液を分泌し続ける中心に中指をあてがった。
 別の生き物が口を開けて呼吸するように蠢く膣口に中指をゆっくりと挿入していく。
「んっあぁっ!!」
 ビクッと大きく震える琴葉の身体を押さえつけるように、れいんは琴葉を抱き締める。
「っ、いっ…!」
「痛い、琴葉?」
 荒い息を吐いた琴葉は、れいんと目が合うと、安心させるように首を横に振る。
「へ…いき…だ、から…」
 首に回したままの腕でれいんを引き寄せて、琴葉の方から口付ける。
 啄ばむような口付けに、二人の心が解け合うような感覚を感じた。
 侵入してきた異物に抵抗する膣壁を慣らすように、浅い出し入れを繰り返す。
 溢れる愛液で指を更に濡らし、滑りを良くさせ、少しずつ奥へと指を埋める。
「う、ん…ふ、あ…」
「琴葉、力抜いて?」
「ん…」
 指の根元まで入りきると、少しの時間を置いて異物感を慣れさせる。
 荒いながらも落ち着き始めた琴葉の呼吸を確認したれいんは、ゆっくりと指を前後に動かした。
「ぁあんっ!!」
 出し入れを繰り返すと、愛液は更に膣から零れ落ち、琴葉の尻の谷間を流れ、やがて床を汚した。
 激しい快感に襲われて、琴葉はれいんにしがみつく。
「あ、ふぁ、んぁっ!れ、いんっ!」
 無意識の内に開かれていく足が、指を更に奥へと導いていく。
 れいんは一度指を抜き、数を増やしてもう一度入れる。
「あぁッ!ん、あ、やぁ…!」
 擦れるような声がれいんの情欲を煽り、ストロークを速める。
 ぐちゅぐちゅと膣口を掻き回し、肉天井も擦るような動きを増やす。
 琴葉の声が一層上ずり、断続的に震える琴葉の様子から、限界の近さに気付いたれいん。
 指の動きをそのままに、空いた親指を使って膣の上部に存在する陰核を捉えた。
「はぁんッ!!あぁっ、あ、んくっ!」
 幼い恥毛と陰核を濡らしながら、同時に刺激を与えると、膣内の指がきつく締め付けられる。
「はぁっ…はぁ…琴葉、琴葉、琴葉!」
「あぁ、やっ、れいっ…ん、んぁッ!や、な、か…くるッ!」
 指を三本にして、親指で陰核を押し潰すように刺激を与えると、琴葉の身体が大きく痙攣する。
「あぁっ!ん、あ、れ、れい…ん、んぁッ!あ…あぁぁッ!!」
 背中と頤を大きく反らしながら、琴葉は初めての絶頂に達した。


80 :境界線の向こう側・12:2006/03/26(日) 03:33:09 ID:vfkfpib0


 温かい部屋の中、水を張ったバケツを用意して、琴葉は雑巾で床を拭いていた。
 二人が汚した場所を綺麗にするように。正確には、琴葉の、であるが。
 空き教室ならある程度の掃除で済むが、此処は人の出入りのある場所だ。
 少しでも痕跡が残らないように、琴葉は懸命に床を拭いた。
「…何かさぁ…終わって直ぐやる事じゃないんじゃないのぉ?」
 琴葉がバケツに水を汲む序でに濡らしてきたハンカチで身体を拭きながら、れいんが話し掛けてくる。
「…エッチした後ってさー、二人でもっといちゃついたり、ベタベタしたり、ラブラブしたりするんじゃないのぉ?」
 琴葉はれいんを無視し、雑巾を絞った。
 無視をしているが、別に怒っている訳ではない。ただ単に、照れくさいだけなのだ。
 しかし、れいんは琴葉が怒っていると勘違いし、様子を窺うしかなかった。
「こーとーはー?」
「………」
 制服を着直しながら、琴葉の背中を見つめる。
「…ちょっとは話、してよ…」
 淋しげに呟いた声に、琴葉は不覚にも言葉を発してしまう。
「…何だ?」
「…怒ってるの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん!」
「怒ってない」
「…じゃあ何であしの事、見てくれないの?」
 悲しそうな声に思わず振り向いた琴葉。れいんと目が合うと、先程の行為を思い出し、一瞬にして顔が真っ赤になる。
「っ!!」
「へ?」
 すぐに顔を反らし、掃除の作業を再開するが、れいんにはその表情で全てが分かった。
「琴葉、照れてるんだ?恥ずかしいんだ、思い出しちゃったんだ?」
 楽しげに笑いながら琴葉に近寄り、背中から抱き締めた。
「な、ちょ、お、重い!どけ!」
「あ〜あぁ…さっきはあんなに可愛かったのにぃ…」
「っ!?」
 追い討ちをかけるようなれいんの言葉に、琴葉は益々顔を紅くする。
「あはははっ!琴葉、可愛い!」
「う、五月蠅い!」
 れいんに後ろから抱き締められ、掃除も儘ならない琴葉だったが、その表情はどこか穏やかだった。
「琴葉、大好きだよ」
 耳元で囁いて、そっと紅い頬に口付ける。
「琴葉、は…?」
 静かに振り返り、れいんの真摯な瞳を見つめながら、琴葉は優しく微笑んだ。
「…あぁ…好きだ、れいん…」
 その言葉に、れいんは瞳を潤わせて、嬉しそうに微笑んだ。
 そっと口唇が触れ合って、甘い感触に二人は目を閉じた。

 れいんと付き合っていくのは色々と大変な事がありそうだ。
 それでも、こんなに穏やかな気持ちになれるのなら、それもまぁ、いいだろうと、琴葉は想った。
 二人がいつまでも、一緒にいられる事を祈りながら……。