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38 :伝えたいこと・1:2006/03/18(土) 21:27:25 ID:/DCkgcAV

   ずっと言いたかった言葉がある。
   ずっと言えなかった言葉がある。
   君の事を、何も知らなかったから…。


「琴葉いる?矩継いる?矩継琴葉いるー?」
 れいんの明るい声が、教室にこだまする。昼休みの時間とあってか、教室に残っていた多くの生徒はその声に反応した。
 クラスメイト達は不思議な表情で、入り口にいるれいんと、教室の後ろの席に座っている琴葉に視線を向けた。
 このように他クラスの生徒が訪ねてくるのはそう珍しくは無い。日常の一つの日課のようなものでもある。
 しかし、今日は違っていた。
 訪ねて来たのは、学年で一番明るい、隣のクラスの極上生徒会の遊撃部所属の角元れいん。
 そして呼び出された相手はクラスでも静かで、いつも一人でいる矩継琴葉。
 正反対の性格のこの二人に、一体どんな共通点があるのだろうか。
 好奇心旺盛な少女達は、静かな声で囁き始めた。
「…ねぇ、角元さんが矩継さんに何の用なのかしら」
「知らないわよぉ…友達なんじゃないの?」
 周囲がこれ以上騒いだら収拾がつかない。そう思った琴葉は椅子から立ち上がり、れいんの方へと歩いて行った。
「…何か用か?」
「いたらいたで返事ぐらいしてよー!つーか冷たいなぁ、折角逢いに来たのにー」
「…頼んでいない。それより何の用だ」
 琴葉はクラスメイトの注目を浴びる事に抵抗を感じ、早く事を済ませたいと思っていた。
 しかし、相手が悪すぎた。会話のキャッチボールがまともに出来ない相手だったのだ。
「いやー、ちょっと話があったんだけどー…」
「…だから、一体何だと訊いているだろう?」
 少し苛立ち始めた琴葉の心情を察したのか、れいんは苦笑いを浮かべた。
「此処で喋って、話して、トークしてもいいの?」
「?」
「だって、話は生徒会の―――」
「っ!?」
「むぐっ!!」
 琴葉は一瞬にしてれいんの口を手で塞ぎ、素早く教室を出て行った。
 残されたクラスメイト達は、その一瞬のやり取りを、ただ傍観するしか出来ず、二人のいなくなった扉を見つめていた。
「…矩継さんって…」
「…時々よく分からなくなるね」
「前にもなかったっけ、こんな事…?」
「あぁ、あの時は確か書記の蘭堂さん達が来た時じゃない?」
「生徒会の人と仲がいいのかなぁ…」
「そうだとしたら、羨ましいなぁー…」
 そんな羨望を抱かれているとは露知らず、琴葉はれいんの口を塞ぎながら溜息を吐いていた。


39 :伝えたいこと・2:2006/03/18(土) 21:28:29 ID:/DCkgcAV


「ちょっと待って!ストップ!いい加減降ろしてよぉ!」
 小脇に抱えられるという屈辱的な体勢から暴れだし、琴葉の腕から逃れようとれいんは必死にもがいていた。
「あ、暴れるな!」
 急に動いたれいんの身体を抑え付けながら、琴葉は人気の無い場所を探していた。
 校内は生徒の注目が集まってしまう。校庭や体育館も、昼食を食べ終えた生徒達の遊び場と化し、とても話は出来そうにない。
 中庭にも生徒がいる。
 人目につかないように素早く歩きながら、琴葉が辿り着いた場所は今は使われていない旧校舎の方だった。
「……此処なら誰もいないだろう…」
 やっとで安堵し、琴葉はれいんを解放した。
 埃っぽい廊下に立ったれいんは、自分を此処まで強制的に連れてきた琴葉を睨んだ。
「もぉー、随分乱暴だなぁ、琴葉は…」
「…お前が生徒会の名前を出そうとしたからだろう。それよりも、どういう事だ?」
「何が?」
「何が、じゃない。約束したはずだ」
 極上生徒会の隠密である琴葉は、その特殊性から一般生徒達には知られていない。
 知られたとなると、任務に支障が出てしまうからだ。
 それは一般生徒だけでなく、他の生徒会メンバーにとっても同じだった。
 しかし、一月ほど前に、車両部のシンディ真鍋の母親が来日した際、琴葉は失態を演じてしまった。
 夜にシンディが母親といなくなり、それを副会長である銀河久遠に報告し、そのまま行動を共にした。
 そして、そのまま久遠と一緒に、他のメンバーの前に姿を現してしまったのである。
 その時は、シンディと母親の騒動で、琴葉の姿を気にする者はいなかった。
 だがしかし、数日過ぎた頃、廊下で擦れ違ったれいんに問い詰められたのだった。
 初めの内こそ否定をしたが、毎日のように付き纏うれいんに、琴葉は首を縦に振るしかなかった。
 琴葉はれいんと一つの約束を交わした。
 自分が隠密である事を認める代わりに、今後自分には近付かないで欲しいと。
 遊撃であるれいんは、学園の生徒達がその存在を知っている。
 そんな人間と一緒にいれば、自分が隠密であるとばれてしまうのも時間の問題だ。
 生徒達の為にも、学園の為にも、自分が隠密である事を知られる訳にはいかない。
 そう言った琴葉の言葉に、れいんはあっさりと承諾したのだ。
 その態度に拍子抜けしたが、琴葉はれいんを信じ、事無きを得た。はずだったのだが。
「約束って言っても、用がある時はいいって言ったじゃん!」
「だ、だからと言って、教室の入り口で生徒会の名前を出す奴がいるか!」
「あ、そっか。ごめん、すまん、うっかりしてた」
 軽い謝罪をして、れいんは笑った。琴葉は頭を抱えて溜息を吐いた。
「…あ、悪夢だ…」
 この疲労感は、りのやみなもが隠密の手伝いをしに来た時以来だろう。
 一ヶ月以上前の出来事を思い出し、琴葉は益々溜息を吐いた。
「…それで、用件は何だ?」
 気を取り直して、琴葉は再度れいんに訊ねた。そう、態々自分の教室に来たほどの用件とは、一体何なのだろうか。
「あー…まぁ、ちょっと、ね…」
「…ん?」
「……ありがとう、って…言いたくて…」


40 :伝えたいこと・3:2006/03/18(土) 21:29:30 ID:/DCkgcAV


 れいんのお礼の言葉に、琴葉は思い当たる節が見当たらなかった。
 お礼を言われるような事をした覚えがまったくなかったのだ。
「……え?」
 薄暗い旧校舎の廊下を歩きながら、れいんは言葉を紡いだ。
「…この前、ほら、極上寮に赤ちゃんが置き去りにされてたじゃん」
「あぁ…」
 そういえば、そんな事もあった。寮に置き去りにされていた赤ん坊。母親はその日の内に見つかった。
 その赤ん坊の世話を、れいんが中心になってしていた事は知っている。
「あの時、あしのおっとさん…見つけてくれたの、琴葉なんでしょう?」
「………」
 れいんの問い掛けに、琴葉は何も答えなかった。
 確かに、失踪中だったれいんの父親、角元晴男を見つけたのは琴葉だった。
 しかし、それは偶然でしかない。
 赤ん坊の母親を捜すのに、たまたま調べたシティホテルの顧客名簿の中に、その名前を見つけただけにすぎない。
「どうしておっとさんの居場所が分かったのかって、この前、聖奈さんに訊いて、質問して、教えてもらった」
「………」
「琴葉が見つけてくれたって…」
「…偶然だ」
 れいんは歩いていた足を止めて、突き当りの階段の一段目に腰を掛ける。
 変わらない笑顔のまま、れいんは琴葉を見つめていた。
「偶然でも、奇跡でも、たまたまでも、あしのおっとさん、見つけてくれた…」
「…見つけても、逢えなければ意味はない」
 琴葉もまた、変わらない表情で口を開いた。
 真剣な眼差しで、れいんを見つめる。
「逢ったら逢ったで、ギッタギタのメッタメタのバッキバキにしてやるけどね」
 拳を握り、その両手を空中で振り回しながら、れいんは笑った。
 琴葉はそれを見て、静かに笑った。
「…勝手にいなくなって、最低で最悪な父親だと思ってたけど…生きてるって分かって、正直、嬉しかった…」
「………」
「だから、ありがとう…」
「………」
「二度と繋がらないと思っていたあしとおっとさん、もう一度結び付けてくれて、ありがとう…」
 れいんの素直な気持ちに、琴葉は思わず顔を背けた。
 そんな言葉を言われるとは思わず、油断をしていたのかもしれない。
 その言葉を言う為に、約束を破って教室に来てくれたのかと思うと、琴葉は何だか気恥ずかしい気持ちになった。
「べ、別に、私は…」
 するとれいんは立ち上がり、琴葉のいる場所にゆっくり歩いて行く。
「何、もしかして琴葉ったら照れてる?」
「っ!ち、違っ…!」
 れいんの言葉に否定をするも、僅かに紅潮した頬は隠せずに、琴葉は狼狽した。
 そんな琴葉の仕草が新鮮で、れいんは思わず笑ってしまう。


41 :伝えたいこと・4:2006/03/18(土) 21:30:36 ID:/DCkgcAV


「な、何が可笑しいっ!」
「あはははっ!だ、だって、無口で、無愛想で、無表情の琴葉が、て、照れて…あははは!」
「う、五月蠅い!大体、人を気安く呼び捨てにするな!」
 琴葉は益々顔を紅くし、らしくない大声を上げる。
 そんな態度がれいんを更に焚きつける事に気付いていないのだろう。
「いいじゃん、別に。同い年なんだしさぁ」
「だからと言って、馴れ馴れしいぞ」
「何で?同期で、同級生で、友達じゃん?」
「…友達?」
 れいんの言葉に、琴葉は戸惑った。
 無理も無い。れいんの存在を知っていても、話した事など殆ど無く、こんな会話をし始めたのも最近の事だったからだ。
 言うなれば、まだ逢って間もない知り合い程度に過ぎない。
 そんな微妙な関係でしかないと思っていた相手に、友達だと言われても、琴葉には戸惑う事しか出来なかった。
「…琴葉?」
 黙ってしまった琴葉を心配して、顔を覗き込むような仕草をした。
 れいんの方が若干背が低い為に、少し見上げるだけで琴葉の表情が良く見える。
「何、何、何?あし、変な事言った?」
「いや…」
 漸く搾り出した声は僅かに震えていた。
 その低い声に、れいんは微かに動揺した。
 いつもの声色。けれど何かが違う。何が違うのかは、れいんには分からなかった。
「琴葉?」
 様子が変わった琴葉に、れいんは不安な気持ちになっていく。
 何か気まずい事でも口にしてしまったのだろうか。
 すると、それまで俯いていた琴葉が顔を上げた。しかし、れいんの瞳を極力見ないようにして。
「…隠密に…友達など必要ない」
 それは、どこか悲しみを帯びた言葉だった。
 琴葉にとって、一番大切なのは自分の職務だけだった。
 幼い頃から、与えられた使命に忠実に従い、それ以外は職務の妨げにならぬように切り捨ててきた。
 それは宮神学園に来た当初から変わらなかった。
 けれど、今は違う。
 りのやみなもといった極上生徒会のメンバーと接し、自分が今、此処にいる理由が分かりかけていた。
 生徒達の無垢なる笑顔を守る事。それこそが、自分の使命だと。そう考えるようになった。
 しかし、それも最近の事で、急に全てを変える事は出来ない。
 だから、今まで親しい人間関係を築いてこなかった琴葉にとって、友達と言われても戸惑うしかなかった。
 ただ、それは琴葉の問題であり、そんな事を知らないれいんからして見れば、その戸惑いにこそ戸惑うだけだった。
「何で?」
 それが、れいんのストレートな意見だった。


42 :伝えたいこと・5:2006/03/18(土) 21:31:56 ID:/DCkgcAV


「何で隠密に友達は必要ないの?」
「……それは…」
 任務に支障が出るから。それしか頭に浮かばない。
 それは幼い頃からそうしてきた為に、それ以外の理由が分からなかったのかもしれない。
「友達って、大切で、大事で、宝物みたいなものじゃん?」
「………」
「琴葉って友達いないの?」
「………」
 その言葉に、琴葉は再び何も言えなくなる。
 心から信頼できる友達が、果たして自分にはいるのだろうか。
 いたとしても、それは久遠や聖奈、歩といった縦の繋がりでしかないのかもしれない。
 その仕事の延長上にある関係を、友情と呼んでいいのか琴葉には判断出来なかった。
「あしはいっぱいいるよ!小百合とか、香とか、りのとか。他にも沢山!」
「………」
 身近にいる人間を友達だと断言出来るれいんの純粋さは、琴葉の瞳に眩しく映った。
 それは、りのやみなもと同じものでもあったのだ。
 琴葉にはそれが少し、羨ましかった。
 するとれいんは、明るい笑顔のまま、琴葉に言った。
「もちろん、琴葉も友達だよ?」
「え?」
「琴葉に友達いないなら、あしが琴葉の友達第一号になってもいい?」
「…角元…」
 照れ隠しのように軽く頭の後ろを掻きながら、れいんは笑顔を崩さずに続けた。
「友達ってさぁ、堅苦しく考えないで、結構気軽になれるもんだと、あしは思う」
「………」
「だからさ、用がある時だけじゃなくて、用がなくても一緒にいようよ!」
 明るい笑顔に、琴葉の瞳は未だに奪われたままだった。
「つの…」
「あぁーっ!?やばい!もうこんな時間じゃんっ!?」
 れいんは何気なく見た腕時計の針が指す時間に、思わず大きな声を上げた。
 釣られて琴葉も携帯電話を取り出して時刻を確認すると、昼休みの時間が終わる頃だった。
 すると、れいんは琴葉の携帯を持つ手を掴んで飛び出した。
「ちょっ!?つ、角元っ!?」
 琴葉は腕を引っ張られ、慌てて走り出した。
「ダッシュ!急いで!間に合わないよー!」
 この旧校舎から校舎までは少しの距離がある。下手をすれば二人とも五時限目に遅刻をしてしまう。
 琴葉は、一人で走った方が速いかもと思ったが、そんな事はしなかった。
 誰かとこうして、手を繋いで走るのは初めてだったから。
 そして、その繋いだ指先から伝わる温もりの心地良さを知ってしまったから。
 れいんと父親を繋げた事をきっかけに、琴葉とれいんが繋がったのは、きっと偶然ではなく、必然だったのかもしれない。
 そんな事を考えもせずに、二人は手を繋いだまま、旧校舎を走り抜けて行った。