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443 :君と私を繋ぐモノ・1 :2006/01/22(日) 00:19:46 ID:QspNng2Z

 日曜日、私は極上寮の中にいた。
 人気の無い静かな廊下。周囲に人がいない事を確認してから、目の前の扉の前に歩いていく。
 扉は厳重なセキュリティーでロックされているが、訓練された私にとっては意味のないものだ。
 素早くロックを解いて、その部屋の中に入った。
 玄関を通り、広いリビングに辿り着く。
 そこから振り分け式に別れた寝室が二つ。用があるのは右側の部屋だ。
 その一室に向かう為に方向転換し、ほんの少しだけ立ち止まり、後ろを振り返る。
「………」
 今日は、いるのだろうか。
 そんな事をぼんやりと考えながら、私は再び足を動かした。
 寝室の扉を軽くノックすると、中から「どうぞ」と短い返事が聞こえた。
「失礼します」
 ドアノブに鍵は掛かっていなかったのか、簡単に回った。
 中に入ると、私の直属の上司、銀河久遠さんが椅子に腰掛けていた。
「あら、琴葉。どうしたんですの?」
「…先日の任務の報告書をお持ちしました」
 言いながら、幾つかの書類を手渡す。
 私が来る前、読書をしていたのだろうか。机の上には栞が挟んである本と紅茶が置かれていた。
「別に明日でもよろしかったのに」
 書類を受け取りながら、副会長は小さく笑った。
「…時間がありましたので」
 渡した書類を眺めながら、副会長は口を開いた。
「そういえば、最近、琴葉はよく此処に来ますわね」
「……そうですか?」
 すると、その綺麗な瞳で私を見つめる。
「とぼけても無駄ですわよ、琴葉。私を誰だと思って?」
「………」
 聡いこの人の事だ。任務の報告を口実に此処に来ている事など、とっくに見透かしているに違いない。
 きっと、もう知られている。私が此処に来る、本当の理由を。
「…奈々穂さんなら、部屋にいますわよ」
「…え」
 突然、核心に触れる言葉。思わず硬直してしまった。
 副会長は報告書から視線をはずし、ニヤリとした笑いを浮かべた。
「……で、では、私はこれで…」
「あら、会いに行きませんの?」
「…用事がありませんので」
「…なら、これを渡して来ていただけないかしら?」
 そう言って、少し大きめの封筒を渡された。用事がないなら作ればいいと、副会長は目で語った。
 何となくお節介だとも感じたが、私はそれを素直に受け取った。

444 :君と私を繋ぐモノ・2 :2006/01/22(日) 00:21:05 ID:QspNng2Z

 副会長は再び読書を始め、私は部屋を出た。歩を進めるごとに、自然と鼓動は高鳴る。
 任務の報告なんて、副会長の言うとおり、明日でも支障は無かった。
 それでも此処に来たのは、もしかしたら逢えるかもしれないという微かな期待。
 扉の前に立ち、少し躊躇いながら、僅かに震える右手で扉を叩く。
 直ぐに中から声が聞こえ、「誰だ?」と言う言葉に対し、私は自分の名前を名乗った。
「…琴葉です」
「琴葉?」
 小さな物音を立てながら、扉が開かれていく。心拍数が上昇するのが分かった。
「お、珍しいな。私に何か用か?」
 姿を見せた遊撃の副会長、金城奈々穂さんは笑顔で私を迎えてくれた。
「まぁ入れ。少し散らかっているが」
「…失礼します」
 高まる胸を抑えながら、私は中に入っていった。

 リリカルな趣味は健在のようだ、と心の中で苦笑しながら、部屋を見渡す。
 昔から変わらない、本人とは対照的な女の子らしい部屋。ピンクのカーテンに沢山のヌイグルミ。
 他のメンバーには知られないよう努めてはいるが、幼い頃から彼女の趣味を知っている私には隠す事はしない。
 それが密かに優越感を浸らせる。
 周囲を見つめている私に、奈々穂さんは声を掛けた。
「…そ、そんなに見るな」
 隠さないとはいえ、気恥ずかしいのだろうか。僅かに頬を紅く染めて、拗ねるような表情を見せた。
 ただそれだけの仕草が、私の心をどんなに掻き乱しているか、この人は知らないだろう。
 いつからこの人に惹かれていたのかなんて、昔の事すぎて憶えていない。
 気付けば、好きだった。気付いたらもう、どうしようもなかった。
 自分が誰かに心を奪われるなんて、想像すらしなかったから。
 だからと言って、この想いを伝える気はない。
 この想いを口にすれば、きっと彼女を困らせるだけだから。
 傍にいたい訳じゃない。遠くからそっと見守るだけでいい。
 その姿を瞳に映す事だけで、私の心は満たされるから。


445 :君と私を繋ぐモノ・3 :2006/01/22(日) 00:22:14 ID:QspNng2Z

「ところで、私に何か用か?」
 ベッドに腰を掛け、私を見上げて彼女は口を開いた。
 私は思い出したように、手に持っていた封筒を手渡す。
「…副会長が、これをあなたに、と…」
 そう言って手渡すと、奈々穂さんは何だか複雑な顔をした。
「…久遠の奴…余計な事を…」
「…何か?」
「え、あ、いや、何でもない!」
 少し慌てた様子の奈々穂さんは、何かを誤魔化すように声を大きくした。
「まったく、同室なんだから自分で渡せばいいものを…困った奴だな」
 そう言って封筒の中身を確認する為に中身を出した。
 一冊の雑誌。その表紙には『最新!ピロットちゃん人形特集!』と書かれていた。
 どうやら奈々穂さんの好きなヌイグルミのカタログか何からしい。
 奈々穂さんはとても嬉しそうな顔をしていたが、黙ってそれを見ていた私に気付くと、ゴホンと一つ咳払いをして、雑誌を再び封筒の中に入れた。
 後で一人でじっくり見るはずなのだろう。そう思って、少し惜しい気もしたが、私は部屋を出て行こうとした。
 これ以上留まる理由もない。副会長のお陰で、彼女に逢えたのだ。それだけで良かったから。
「…では、私はこれで」
「…え?」
 小さくお辞儀をしたその時、視界の隅で僅かに映った彼女の表情。ほんの少しの淋しさを浮かべたそれと、小さな呟き。
 顔を上げると、彼女はしまったとでもいうように、視線を逸らした。
「…奈々穂さん?」
 何かは解らないが、彼女に異変が起きたのは間違いない。そして、その原因は私にある。
 私は何かしてしまったのだろうか。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、その…」
 あちこちに視線を泳がせ、私の方を極力見ようとはしない。
「…奈々穂さん?」
「な、何でもない!」
「…ですが」
「何でもないと言っているだろう!?」
 一際大きな声を出して立ち上がると、バランスが崩れたのか、目の前の私に向かってきた。
「!」
 咄嗟に前に出て、私より大きい身体を支える。腕を背に回して、しっかりと受け止めた。

446 :君と私を繋ぐモノ・4 :2006/01/22(日) 00:23:28 ID:QspNng2Z

 彼女の身体が床に叩きつけられるのを回避した私は、その事に安堵するも、直ぐに現状に意識を引き戻せられる。
「……あ」
「…!?」
 重なった二つの身体は、まるで抱き合うような形になっていた。
 それに気付いて、自分の顔が熱くなっていくのが分かる。
「…す、すみません!」
 慌てて離れようと、背中に回した両手を解く。しかし、いつの間にか背後に回されていた彼女の腕は、私を放してはくれなかった。
 そればかりか、その腕に僅かに力が込められ、益々彼女に捕らえられていく。
「な、奈々穂さ…ん?」
 動揺が隠せない。一体自分に何が起こっているのかが把握出来ずに、ただ、抱き寄せられるままになる。
 伝わる温もりを感じて、心拍数が上がる。心臓の音が五月蠅い。胸が締め付けられて苦しい。
 けれど、この腕を振り払う事は出来なかった。
 心にずっと想い描いていた人の腕を、どうして振り払う事が出来るのだろう。
「……こ、琴葉」
 刹那の沈黙を破ったのは、奈々穂さんだった。
 耳のすぐ近くに唇があるのか、直接声が響いて、心臓が飛び跳ねた。
「…あ、そ、その…琴葉…お、お前は、その…」
「…何ですか?」
 徐々にこの体勢に順応してきた思考が、ようやくいつもの私に戻してくれた。
 途切れ途切れに紡がれる言葉の続きを促すと、躊躇いながらも、奈々穂さんは話し始めた。
「…お前は…その…す、す…」
「…?」
「…す…あぁぁぁっ!訊けるか、こんな事!!」
 奈々穂さんは顔を真っ赤にして、突然叫んだ。
 何を言わんとしているのかまったく理解出来ない私は、どうする事も出来ない。
「…奈々穂さん?」
 名前を呼ぶと、私の方に顔を向けて、怒鳴るように言葉を続けた。
「何でもない!」
「いや、しかし…」
「何でもないと言っているだろう!」
 これじゃあ先程と変わらないではないか。いい加減、この体勢もそろそろどうにかしたい。
 いや、別に離れたい訳ではないが…。
「…何か言いたい事があるのなら、言って下さい」
「何でもないし、言いたくない!」
「…何を言いたくないのですか?」
「お前に好きな人がいるのかなんて、訊ける訳がないだろう!」
「……へ?」


447 :君と私を繋ぐモノ・5 :2006/01/22(日) 00:24:29 ID:QspNng2Z

「………」
「………」
 微妙な空気が部屋に流れる。抱き合う姿勢こそ変わらなかったが、その心情は何かが変化していた。
 真っ赤な顔をしていたはずの奈々穂さんの顔は、いつの間にか青ざめていた。
 今、この人は何を口走ったのか。
「…わ、私に、好きな人がいるのか…ですか?」
 確認の為に尋ねてみる。聞き間違いだったら、私の方が恥ずかしい。
 しかし、奈々穂さんの表情が固まったのを見て、どうやら間違いないらしい。
「い、いや、今のは、だな!」
 どうしてそんな事を訊いたのか、訊きたかったのか。
 ドクン、ドクンと、鼓動が跳ねる。
 ありえもしない奇跡が起きようとしていたのだろうか。
 波紋のように広がる気持ち。
 まさか、そんなはずない。そんな事、ある訳ない。だって、彼女は…。
「……います」
「え?」
 なのに、どうして口を開いてしまったのだろうか。
 心臓とは正反対に、冷たくなっていく思考。
 伝えるはずなど、なかったのに。
「そ…そう、か。い、いるのか」
「はい」
 すると、ゆっくり身体が解放されて、正面に立つ。
 奈々穂さんは俯いて、口許を僅かに歪ませた。
「…そうか…お前はやっぱり…」
「…はい?」
 私は、やっぱり?
「…やっぱり、久遠が好きなんだな…」
「……は?」
 思わず間抜けな返事をしてしまった。この人は今、何と言った?
「…あの、奈々穂さん?」
「…いや、いいんだ…そうだよな…」
 勝手に人の好きな人を決め付けないで欲しい。
「…違います、奈々穂さん」
「…え?」
「私が好きなのは、副会長ではありません」
「…え」
「私は…あなたが好きです、奈々穂さん」

448 :君と私を繋ぐモノ・6 :2006/01/22(日) 00:26:22 ID:QspNng2Z

 目が点になる、とはこの事を言うのだろう。目の前の奈々穂さんは、今まで見た事のないような面白い顔をした。
「………」
 告白する気なんてなかった。けれど後悔はしていない。
 例え結果が分かっていても、私の想いが変わる事はないから。
「…琴葉は、私が、好き…?」
「……はい」
 すると、何だか怒った顔をして、奈々穂さんは大きな声を出した。
「う、嘘だ!お前は久遠が好きなんだろう?」
「…ですから、違うと…」
 それはあなたの勝手な思い込みだ。
 確かに副会長は好きだ。でも、奈々穂さんのそれとは違う。
「私はあなたが好きです」
 はっきりと断言すると、奈々穂さんは顔を真っ赤にして、俯いた。もっとも、私よりも背が高いから、表情は丸見えだった。
「……わ、私は、あ、いや、私、も……好き、だ」
 え?
「そ、その、私も、琴葉が…す、好きだ!」
 半ば叫ぶように口にした言葉の意味を理解するのに、数秒の時間は必要だった。
 奈々穂さんも、私の事が好き?
「…奏さまの事を好きではなかったのですか…?」
 ずっとそうだと信じて疑わなかった。彼女は奏さまの為に、どんな事でもしてきたから。
 だから、この恋が叶う事はないのだと、そう思っていた。
「…奏は好きだ。だけど、その、こ、恋じゃ…ない」
「…本当、ですか?」
 確認をとると、奈々穂さんはしっかりと頷いた。
 つまりは、お互いに勘違いをしていたのだろうか。
 互いに想い合っていながらも、相手の好きな人は自分以外の人を想像していた。
 胸が熱くなる。これ以上ないというほど、幸福感を感じた。
 私と彼女を繋げるものは、神宮司を守るという共通の使命だけだと思っていたから。
「…奈々穂さん」
 名前を呼ぶと、恥ずかしそうな顔をして、私を見つめてくれた。
「…お、お互いに勘違いをしていたようだな…」
 赤い顔で、微笑した。つられるように、私も笑った。
「…琴葉」
 自然と近付く顔。その気配を感じて、私は瞳を閉じた。
 柔らかい唇が一瞬だけ触れると、ゆっくりと離れていった。
 そして再び抱き締められる。
「…嘘じゃ、ないんだな…」
「はい…」
 確かな真実は、今、この腕の中にある。
 夢のような温もりに包まれて、私は再び瞳を閉じた。