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69奈々穂×久遠 1 :2005/09/19(月) 01:00:55 ID:SBwwkN08

「なんなんだ、久遠の奴・・・」
 文化祭を数日後に控えているにも関わらず、奈々穂は稽古に励むわけでもなく、
自室のベッドで呆けていた。
 つい先ほど、久遠と部屋で劇の稽古をしていたときのことだった。
いつものように稽古と称した『情事』を終え、互いに一息ついた頃、奈々穂は話し始めた。
奈々穂にしてみれば、なんてことはない、先ほど行った行為の恥ずかしさを紛らわせるための取りとめのない会話のつもりだった。
しかし予想に反して久遠は、あからさまな不機嫌の顔をみせ、
唖然とする奈々穂を尻目に、衣服をまとって部屋から出て行ってしまった。
「はぁ・・・・・・」
 理由は分からないが、自分が久遠を怒らせたのは事実・・・その思いが奈々穂を気を滅入らせる。
こんな気持ちでは稽古をしても実に入らない。とりあえず明日久遠に会おう。

 翌日・・・奈々穂は登校するなり昨日のことを話しようと、いの一番に久遠のクラスを訪れた。
だが、まだ久遠は登校していなかった。時間いっぱいまで待ち、予鈴が鳴り終えるまで待っていたが結局会えなかった。
 その後もたびたび教室をのぞいたが久遠の姿は確認できなかった。机を見るとかばんが掛けられており、学校には来ているようだった。
「ねぇ」
 近くの女生徒を捕まえたずねてみる。
「くお・・・銀河さ副会長どこにいるか知らないか?」
「副会長さんでしたら、授業が終わるたびに早足でどこかへ言ってますけど・・・」
「そうか・・・すまない」
 それが一回だけならまだしも、昼休みまでの休み時間すべて同じ様な答えが返ってくると奈々穂も疑わざるをえない。
 ・・・もしかして・・・避けられてる・・・?


70奈々穂×久遠 2 :2005/09/19(月) 01:01:53 ID:SBwwkN08

 疑惑が確信に変わったのは昼休みのことだった。
いつもなら、昼食のときは必ずと言っていいほど生徒会のみんなでとるのだが、今日に限って久遠の姿が見えない。
「聖菜さん、久遠を知りませんか?」
「さぁ、今日は見てませんけど」
 他の誰かに聞いみても行方を知るものはいなかった。
「どういうつもりだ・・・」
 昼食もそのままに生徒会室を飛び出し久遠を探すが、
結局、昼休みを丸々潰して学園中を駆け回ったが、久遠は見つけられなかった。
 ・・・そんなに怒らせちゃったのかな・・・
 普段の、生徒会執行部隊長の威厳を微塵も感じさせない足取りで寮の道をいく。
このとき、普段の奈々穂なら学園の教室から自分を見つめる視線に気づいたかもしれない。
「・・・・・・」
 トボトボと歩く奈々穂の姿を見て久遠は寂しいような、不機嫌なような表情を浮かべる。
「いいんですか?」
「・・・構いませんわ」
 聖菜に、気のない返事で返す。聖菜が苦笑する。
「何があったか知りませんが、仲良くしないと・・・」
「あの人がいけないんですわ!あんなこと・・・」
 言ってから、久遠はばつが悪そうな顔をして、そのまま部屋を出て行ってしまう。「ん〜・・・」
 後に残された聖菜は、人差し指を顎にあて、眉をひそめる。


71奈々穂×久遠 3 :2005/09/19(月) 01:02:45 ID:SBwwkN08

 その後も学園祭までの間、普段の学園生活はおろか放課後の練習ですら、個別に訪れるも、二人が顔を合わせることはなかった。
 そんな二人に、生徒会の面子も危惧せざるをえない。
「う〜ん、困りましたね〜」
「どうにかならないかしら?聖菜さん」
 奏も聖菜も、生徒会長室で外を眺めながら浮かない顔をしていた。
「二人ともちゃんと練習してるようですから、劇のほうの心配はなさそうですけど・・・」
 聖菜も、言ってみたものの大して劇の心配などいなかった。それは奏も同様で、
せっかく結ばれた二人の仲が悪くなって、大げさだが、破局してしまうなんてことになるかもしれない。
程度の大小こそあれ、他の生徒会のメンバーも同じことを考えていた。
「もう文化祭も明後日だし・・・」
「・・・こうなったら、ぶっつけ本番でいっちゃいますか」
 妙案が閃いたのか、ポンッと手を合わせる。
「何か思いついたの?聖菜さん」
「はい、かなりの荒療治ですけど」
 それから、久遠と奈々穂以外の生徒会の面子が招集され、
聖菜発案の『奈々穂と久遠大作戦』が説明されるまで30分とかからなかった。

「・・・・・・」
 奈々穂は無言で、自分の役である王子の立ち回りの稽古をしていた。
少しでも気が紛れることをしていようと形だけの練習をしていたが、奈々穂の出番は最後の場面だけで、
すでに台詞は頭の中に全て収まっている。何度も反芻した言葉を無機的に口から出す。
 思い出されるのは久遠の顔ばかり。付き合うようになってから、普段見せないカオを見てきた。
笑顔の久遠、むくれる久遠、はにかむ久遠・・・そんな彼女の姿を見るたび、より心魅かれるようになっていった。
 彼女を思い出すたびに募る寂しさに奈々穂は練習の足を止める。
そのままフラフラとベッドに横になり、ぬいぐるみのピロットちゃんを抱きしめて丸くなってしまう。
「久遠・・・・・・会いたいよ・・・」
 避けられるようになって一週間と経っていないのに、こんなにも辛くなる。
泣き出しそうになるのを堪え、ぬいぐるみでその寂しさを埋める奈々穂だった。

72奈々穂×久遠 4 :2005/09/19(月) 01:03:29 ID:SBwwkN08

「は〜い、いいですか、みなさ〜ん」
 聖菜が生徒会室を見回す。
彼女はいつもと同じ高等部の制服。室内もなんら変わった装飾はなくいつもの佇まいを見せている。
 ただ違うのは部屋にいる生徒会役員の格好だった。
生徒会長の神宮司奏は豪華なドレスを身にまとっている。対照的にシンディ=真鍋は頭がすっぽり隠れるフードがついた黒いローブに身を包んでいた。
他の役員たち・・・角元れいん、飛田小百合、和泉香、桂みなも、蘭堂りのと、彼女がつけている人形のプッチャン達、
それと壁際にいる桜梅歩、矩継琴葉ものとんがり帽子をかぶっていた。
「とうとう仲直りせずに今日を迎えちゃいました」
 誰が、とは言わない。すでに聖菜から事情を聞いていたみんなは、それが奈々穂と久遠を指すことを承知していた。
この場にいない二人も、それぞれの役柄通り王子と姫の衣装を着けていた。
「しかし副会長も、頑固で、意地っ張りで、石頭だね〜」
「確かに。結局二人とも最終打ち合わせのこの場にも来ていない」
「まあ、そのほうが私たちにも都合が良いんですけどね」
「それにしても・・・あの二人将来苦労しそうね」
「あぁ、どちらかというと隠密副会長が奈々穂を尻に敷くタイプだな」
「カカアテンカ」
「あのふたりの場合だとどっちがおくさんなのかな?」
「みんな〜、もうちょっと心配しようよ〜」
「はいは〜い、お話はそこまで。会長、お願いします」
「・・・みんな知っての通り、今回の劇は二人の痴話喧嘩を収める意味もあるわ。
まあでも、片意地は張らずに気楽にやりましょ。いつもどおりに」
「ちょっと失敗してもナレーションの私がフォローできますし」
「よろしくね、お姉ちゃん!」
 奏は人差し指をたて、ウィンクをする。
「あ、もちろん、劇を楽しむことも忘れずにね」
『は〜い!!』
 こうして各人思いを胸に、舞台は幕をあける・・・

73奈々穂×久遠 5 :2005/09/19(月) 01:04:15 ID:SBwwkN08

「続いて・・・極上生徒会による、『白雪姫』です」

『むか〜しむかし、とっても美しいお后様がいました』

「鏡よ鏡よ鏡さん・・・この世で一番美しいのはだ〜れ?」
「you」
「ありがと」

『な〜んて、鏡に問いかけては日がな一日暮らしていました・・・ところが・・・
 一人娘の白雪姫が大きくなり、日に日に美しくなるにつれてちょっと雲行きが怪しくなります』

「鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番美しいのはだ〜れ?」
「you no」
「あら?」
「it's シラユキヒメ」

『世界で一番美しいのが自分ではないと知ったとき、嫉妬深いお后様は・・・』

「そう、良かったわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『・・・え〜と、起こったお后様は白雪姫をお城から追い出してしまいます』

「そんな・・・可愛そうだわ」

『そうしないとお話が進みませ〜ん』

「あら、そうなの?・・・なら仕方ないかしら・・・」

『ともかく、お城から追い出された白雪姫は、さまよった挙句森の中で迷ってしまいます』



74奈々穂×久遠 6 :2005/09/19(月) 01:05:07 ID:SBwwkN08

「ここは・・・一体どこかしら?」

『途方にくれていると、どこからか楽しげな歌声が聞こえてきます』

『ハイホー、ハイホー!』
「あらなんですの?」
「私たちは7つ子の小人」
「こんな森の中でどうしたんですか?」
「実はかくかくしかじかでして・・・」
「そいつは大変だな〜」
「お願いですわ。どうかしばらくご厄介になれませんかしら?」
「う〜ん、そう言われてもなぁ」
「分かりましたわ。ならこれを・・・」

『というと、白雪姫はスカートの中をゴソゴソと探ると・・・』

「はい、どうぞ」
「そ、それは!甘くて、美味しくて、高級な、某○○屋の高級お菓子セット詰め合わせ!」
「あなたには、これを」
「これは!本黒檀製の木刀!」
「あなたには・・・これなんかいかがかしら?」
「これは・・・写真ですか?」
「ん?あ、副会・・・白雪姫が裸でYシャツ一枚」
「あ!?琴葉さん鼻血!」
「だ、大丈夫だ・・・これも芝居のうち・・・」
「でも本当に出てますよ・・・」
「これで異論はありませんわね。さ、お家に案内してくださいな」
『は〜い!!』

『なんだか立場が逆転気味ですが、白雪姫は寝床を確保して、
 愉快な7人の小人と楽しく過ごしました。・・・・・・ところが』

75奈々穂×久遠 7 :2005/09/19(月) 01:05:56 ID:SBwwkN08

「鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番美しいのはだ〜れ?」
「you no」
「え?」
「it's シラユキニヒメ」
「まぁ」

『白雪姫が生きていることを知ったお后様は、怒り心頭でした』

「生きていたのね。良かったわ、心配で夜も眠れなかったんだもの」

『・・・・・・怒り心頭で、白雪姫を確実に亡き者にしようと考えたのです』

「はぁ・・・小人さんたちが外に出てしまったらわたくしは暇ですわ」
 コンコン
「どなたですの?」
「me」
「?・・・どちらさまです?」
「アップル for you」
「下さるんですの、わたくしに?」
「yes」
「ありがとうございますわ」
「good luck」
「あ、ちょ・・・行ってしまいましたわ。これどうしましょう」

『そのとき白雪姫のお腹がキュルキュルと鳴りました』

「せっかくですから頂いてしまいましょう。はむっ」

『するとどうしたことでしょう、とたんに白雪姫を眠気が襲います』

「あら・・・あら・・・ら」

『その場で横になって眠ってしまいました。りんごには魔女の呪いがかけられており、
 食べたものを永遠に眠りにつかせてしまうものでした』


76奈々穂×久遠 8 :2005/09/19(月) 01:06:30 ID:SBwwkN08

 舞台の袖から、崩れ落ちる白雪姫を見つめる視線があった。
「・・・・・・」
 久方ぶりにみる久遠はいつも通りで、それが逆にどこか遠くにいるような、そんな郷愁を奈々穂は感じた。
先ほどからずっと久遠を見ていた。それに気づかない久遠ではないが一向にこちらを見る気配は無い。
もちろん劇の最中に舞台袖を見る余裕などあるはずもない。だが、奈々穂は久遠から、『気づかない』のではなく、
『意に介さない』という、明確な拒絶の気配を感じ取っていた。
 それすらも奈々穂の妄想だが、今の彼女に思い込んだ陰鬱な考えを払拭する余裕は無かった。

 そろそろ王子の出番だ。眠りについた姫にキスをし、目覚めさせハッピーエンド。
 本来の『白雪姫』の最後の場面では、棺が運びだされたその弾みでりんごの芯が出て
姫が目覚める、というものだったが、聖菜やみなもが面白いからという理由でキスシーンを導入することになった。
それも配役が決まった後のことなので、主役の二人に、劇にかこつけてキスをさせようという魂胆は明白だった。
だが、奈々穂は危惧していた。
 もしキスの瞬間・・・久遠にキスを拒まれたら・・・。
小人たちによって棺に入れられた白雪姫。棺の側面は高く作られていて、実際にしなくとも顔を近づけるだけで観客からはキスをしているように見える。
そう思ったとき奈々穂に緊張が走る。
自分の『女の子』としてのか弱い部分は理解していた。それでも、これほどまでにも弱い人間だったのかと思うと苦笑するほかない。
 気を引き締めよう。生徒会副会長として、今は劇に集中しよう。
頬を両手でパンとたたき喝をいれ、颯爽と舞台に踊り出る。

「あ、あなたは・・・?」
「ここに異国の姫君がいると聞いたのだが」
「はい、こちらです」
「魔女に呪いをかけられてずっと眠ったままで・・・」
 案内された棺には純白のドレスを着た久遠が目を閉じて横たわっていた。
 (久しぶりだな・・・・・・久遠)
 無言で挨拶をする。心なしか、久遠の表情に陰りが見えた気がした。
ここで、つまずいて白雪姫にキスをすれば彼女は目覚める。奈々穂の心臓が高鳴る・・・。
棺に近づく・・・
 (今だっ!)


77奈々穂×久遠 9 :2005/09/19(月) 01:07:02 ID:SBwwkN08

「あ、ちょっと待って下さ〜い!!」
「なっ!?」
 突如小人に扮するりのに呼び止められ、思わずつんのめってしまう。
「な、なんだりの!・・・じゃなくて小人さん」
「あの〜さっき魔女の方から手紙が来まして・・・呪いの解除方法に追加だそうで」
「・・・・・・え?」
 (なんだ、一体。こんなの台本には・・・)
 奈々穂は思わず久遠の顔をのぞく。久遠も目を閉じたまま予期しない展開に狼狽していた。
『は〜い、説明しちゃいます。魔女の手紙には、「本当ならキスで目が覚めるんだけど、
 それだけじゃつまらないので告白シーンも追加」と書かれていました』
「・・・・・・ということは」
『はい、王子様が白雪姫に愛の告白です。もちろん今ここで』
 場内がどよめく。誰もがこのままありきたりなハッピーエンドに向かうことを疑いもなく、劇に見入っていたのだ。
 それは主役である奈々穂と久遠も同様だった。
 (みんなの仕業か・・・)
 薄々感ずいていたが、その意図まで分からなかった奈々穂は、渋々と姿勢を正し、咳払いをすると久遠を見つめる。
「・・・白雪姫・・・お慕いしております」
『ブー、そんなのじゃダメで〜す』
「はぁ!?」
 ナレーションから審判を下されると、小人たちが一斉に棺を担いで舞台の端のほうまで持っていってしまう。
壇上真ん中に奈々穂は一人残される。
「ちょ・・・何を・・・?」
「そんな気持ちのこもってない告白じゃお姫様は起きませんよ。おうじさま」
「お前たち・・・一体」
「そう、何を隠そう私たちは・・・魔女の手下だったのです!!」
 声高らかに笑い声を上げる香をぽかんと見つめる奈々穂。
「というわけだ・・・で、どうなんだ、副会長さんよ?」
「・・・何がだ?」
 とんがり帽子のプッチャンを睨む。
「こいつのことをどう思っているかっつってんだよ」
 立てかけられた棺の中を指差す。久遠がビクッと肩を震わせる。
奈々穂は、その反応で『こいつ』が劇の中の姫ではなく、銀河久遠を指していることを悟った。

78奈々穂×久遠 10 :2005/09/19(月) 01:08:00 ID:SBwwkN08

「どうって・・・当然・・・」
 ・・・に決まっている。そう言おうとしたが、なぜか躊躇い言葉を詰まらせる。
今自分がこれを言うのは簡単だ。だがこんな安請け合いのような形でその言葉を発せば、それは久遠に対して失礼だと思ったからだ。
 言葉を詰まらせているとプッチャンが畳み掛けるように言及する。
「こんな大勢の前じゃ、言えないってか?所詮あんたの気持ちなんてそんなもんだろ。」
 とげのある言い方にカチンとくる。
「プッチャン、ちょっと言いすぎじゃ・・・」
「黙ってろりの。だいたいこいつは見栄を張りすぎなんだよ。熊のぬいぐるみを溺愛して、
 それを内緒にしているのがいい証拠さ。周りに良く見せようとしぎてる。
 たまに久遠と夜をともにしているようだがそれも久遠への見栄の表れじゃないのか?」
「・・・・・・っ!」
 怒りで、全身の血が逆流するのを奈々穂は感じた。舞台の床を、握りこぶしで思い切りたたきつける。
「ふざけるなぁ!!!」
 怒号が会場内に響き渡る。観客も、舞台上の生徒会メンバーも息を呑む。
「そんな気持ちで久遠を抱いたことなんてあるものか!!いつだってあいつと向き合うときは精一杯だった!
 からかわれてもバカにされてもどんなときも、素の自分を見せてきた!
 喧嘩してから今日まで、会えない日々をどんな気持ちですごしたか貴様にわかるかっ!
 胸が張り裂けそうで、泣きそうなのを必死にこらえて・・・!
 私は・・・私は、久遠のこと・・・・・・!」
 両のこぶしを、爪が食い込むのも構わずきつく握り締め、爆発しそうな思いを必死に堪える。
プッチャンの顔が不意に柔らかくなる。
「・・・あんたは小利口にまとまりすぎなんだよ。今みたいに腹の中にためてるものを全部吐き出してみろ。
 ほらよ、その先はこっちに言ってやんな」
 棺への道が開けられる。奈々穂は頬を流れる滴を拭おうともせず、久遠を見つめる。
そのときに初めて気がついた。眠りの姫は今だ瞳を閉じながらも、その目からとめどなく涙が溢れていた。
 肩が上下するほどの荒い呼吸を、深呼吸を一つ二つして整える。
「・・・好きだ!」
 たった一言、奈々穂が発したその言葉が、彼女自身の心のたがをあっさり外した。
「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだぁ!好きだぁぁぁ!!
 ・・・愛してる!久遠っ!!」


79奈々穂×久遠 11 :2005/09/19(月) 01:08:46 ID:SBwwkN08

 最後のその言葉が終わるか否かの寸前、コツコツと甲高いヒールの走る音が、広い会場内に響き渡る。
白いドレスのフリルが床に擦れるのも構わず、一目散に奈々穂のもとへかけていく。
この数日間の行為を詫びるかのように・・・あの人の思いに答えるために・・・
 ・・・一瞬でも早く、この気持ちを伝えるために・・・
その足音の主が誰なのか気づかないものがいたとするならそれは、たった今ありったけの思いをぶつけた金城奈々穂その人だけだろう。
 ずっと下をうつむいていた奈々穂は、自分に近づく足音に気がつく。
 ゆっくりと顔を上げる・・・
「奈々穂さんっ!!!」
「久遠っ!!」
 体当たりするかのようにぶつかってきた久遠を、奈々穂は柔らかく受け止める。
普段鍛えておいてよかった・・・と、不謹慎な考えが一瞬頭をよぎる。
「わた・・・わたくし・・・ごめんなさ・・・ごめんなさぁい!!」
「もういい・・・わたしこそ・・・ごめん」
 胸の中でしゃくりをあげて泣き出す久遠の髪を梳きながら、奈々穂は数日振りに久遠の感触を味わう。
鼻腔をくすぐる、久遠のシャンプーの匂いに懐かしいものを感じる。
「ダメだろ、お姫様がキスの前に目を覚ましちゃ」
 奈々穂は、久遠の顎に手を当て唇を上に向ける。
「あ・・・その・・・みんな、見てますわよ」
「え?」
 周囲を見渡すと、観客、小人、はては舞台袖からお后様と魔女まで固唾をのんで見守っていた。
「じゃあ、やめておくか」
 そういうと、奈々穂は久遠の頬を両手で押さえて固定させる。
「・・・舌を入れるのはな」
 

 ・・・刹那、耳をつんざくほどの歓声が、会場を震撼させた。
 彼女たちは会えなかった数日間の分、互いを確かめようと夢中だった。
拍手の音、イスから立ち上がる音、奈々穂や久遠の名前を口々に叫ぶ生徒達の声。
宙を舞う紙ふぶきやテープも、二人を囲む、生徒会のみんなの祝福も、奈々穂と久遠に向けられたものだったが、
 それすら二人には遠い世界のことのように感じられた・・・


 二人の口付けが終わりを迎えたのは、垂れ幕がおりてからしばらくたってからのことだった。
それでもなお歓声は止まず、二人に喝采を浴びせ続けていた・・・




80奈々穂×久遠 12 :2005/09/19(月) 01:09:39 ID:SBwwkN08


――エピローグ――


 文化祭が終わり、奈々穂と久遠は、キャンプファイアーから離れたところにいた。
楽しそうなフォークダンスの喧騒が遠くに聞こえる。
「結局、何に腹を立てていたんだ?」
 奈々穂の当然の疑問に、久遠は明らかに不服そうな顔をするが、渋々理由を説明する。
「奈々穂さん、あの後・・・わたくしとエッチした後、アイドルの話をしたでしょう。確かキヨぽんがどうとか・・・」
「あ、ああ・・・」
 言われて、自分が今お気に入りのアイドルについて、熱心に話したことを思い出す。
久遠が口ごもる。恥ずかしそうに奈々穂を上目遣いで見ながら、その顔はなぜかむくれていた。
「その・・・・・・わたくしとした後に、他の人の話をするだなんて・・・だ、誰だって怒りますわ!」

 ・・・・・・あ、そうか。
 しばらく、久遠からの言葉を頭の中で整理して、ようやく気がつく。
「もしかして・・・やきもち?」
「ち、違いますわっ!そ、その・・・」
 顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。その仕草があまりにも可愛く新鮮で、奈々穂は思わず笑ってしまう。
「あははははっ!!」
 ようやくすべての合点がいった。
奈々穂としては、久遠に、自分が今夢中になっていることを多少なりとも理解してもらい、楽しさを分かち合う。
ただその程度のことで、それ以上の他意はない。
 だが、目の前の少女はそのことに過敏に反応して、数日間姿をくらますほどふてくされてしまったのである。
一体誰が、一人の少女のやきもちから、文化祭の劇を巻き込むほどの出来事になると想像できただろうか。
そう思うと奈々穂のおなかがどんどんよじれてくる。
「わ、笑わなくてもいいじゃありませんの!」
「ごめ・・・でも・・・くくっ・・・」
 なんとか笑いをこらえようとするが、おなかを抱えてうずくまってしまう。
「ひどいですわっ!」
 そんな、奈々穂に久遠は怒って背を向ける。
 ひとしきり笑ったあと、さすがに怒らせてしまったかと奈々穂はなだめにかかるが、久遠は憮然と黙りこくっている。
こうなってしまった久遠は、言葉ではどうしようもないことを知っているため、別の方法に切り替える。

81奈々穂×久遠 13 :2005/09/19(月) 01:10:24 ID:SBwwkN08

 遠く、閉会後の花火が打ちあがりだす。
「・・・?」
 奈々穂のなだめる声が止む。花火の音でかき消されたのか思ったら、久遠は髪に暖かい手を感じる。
「久遠の髪・・・きれいだよ」
 奈々穂は、久遠が人一倍髪の手入れが徹底していることを知っていた。手櫛で優しく梳きながら、
束でつかんで離すと、流れる川のせせらぎのようにサラサラと滑り落ちる。
 むず痒いような感触を感じ、すでに機嫌は直っていたが、今ここで相手を許すのは少し悔しい気がして
久遠は未だ頑なな態度をとこうとはしない。しばらく奈々穂に髪を梳かせてから、
「・・・こんなものでわたくしの機嫌は晴れませんわよ。奈々穂さ・・・!?」
 強気な言葉尻を変えぬまま、そう後ろを振り向いたすぐ鼻先に奈々穂の顔があり、思わずたじろいでしまう。
奈々穂はニカリと笑うと、久遠の額にかかる前髪をどかし、おでこに口付けをする。
「あ・・・」
「ごめん、私が無神経すぎた」
 唇が触れた部分が熱くなる。奈々穂に抱きしめられると、その熱が急速に体中を駆け巡る。
奈々穂の控えめな胸に久遠の顔が埋まる。
「私が好きなのは・・・あなただけだ、久遠」
 熱を帯びた頬が、いっそう赤くなる。
「・・・ほ、本当にそう思っているんですの!?本当に悪いと思っているなら・・・
 ここは・・・く、唇にキス・・・するところですわ」
 顔を真っ赤にさせながら、素直にキスを求める久遠を今度は茶化さず、奈々穂は優しく微笑んで唇を重ねる。


  重なる二つの影が打ちあがる花火に彩られ、万華鏡のようにたゆたっていた・・・


                                    END